学園一の美少女は、キモデブの俺から絶対に離れない【完結】 作:ドン・ドナシアン
020 あなた、DAIよね?
『おー、入っていいよ。いま開けた』
ユイの軽い声が響くとともに、ロックが外れる音がした。
門を押すと、そのまま開いていく。
高い石壁に囲まれた前庭は思っていたより広かった。石と低木が並んでいて、手入れは完璧ではなかったが、日本庭園という感じだ。
正面に洋館がある。
「大きいなあ。あいつん家、金持ちだったんだな」
大悟は、周囲を眺めながら玄関に向かって歩いていく。
「そうだね」
隣を歩く真白が軽く頷いたのがわかったが、それほど関心を持った気配はない。
大悟も真白も、肩に大きなトートバッグを担いでいる。バッグの中身は、撮影に使う道具と着替えなどだ。
今日は、このユイの家で、いよいよ真白をモデルに緊縛撮影会をする。
大悟は、これ以上ないくらいに緊張していた。
それに比べて、真白はいつものままだ。
その差が、格の違いのようで、余計に落ち着かない。
洋館の前にやってくると、玄関の扉が向こうから開いた。
「ぴったり十二時だな。さすがはお姫様と従者だ。入んな」
ユイが片手で扉を押さえたまま顎で中を示す。大悟は軽く会釈してから、出されているスリッパを履いて中に入った。真白もそのまま続く。
「予定通りに今日は夜まで誰もいない。気にせずやれるぞ」
案内をしながらユイが言う。
「そりゃ、よかった」
大悟は短く返して、案内されるままリビングへ入った。
緊縛撮影は、この家にあるスタジオを使うことになっている。ユイは写真撮影が趣味ということにしていて、専用のスペースを持っているらしい。
「お前は金持ちだったんだな」
大悟は、案内をされたリビングのソファに腰を下ろしながら、部屋を見回して言う。
極端に広いというほどではないが、ゆとりのある部屋だった。ソファとローテーブルが中央に置かれ、壁際に棚や飾りが並んでいる。生活感はあるが、どれも雑に扱われている様子はない。
「そんなでもねえよ。ちょっと待ってな」
ユイは軽く肩をすくめる。
真白は、大悟が座るのを待ってから隣に腰を下ろした。
隙間を空ける様子はなく、ぴったりと体を寄せてくる。座る場所は余っているのに、わざわざそこに来る。
最近はもう、こういう距離の取り方に遠慮がない。
大悟はくすりと微笑む。
「きもダイ、あんまりじろじろ見ると、庶民がばれるぞ」
ユイが盆にアイスティーを三つ載せて戻ってきた。ローテーブルの上にひとつずつ置いていく。
「庶民だしな。真白の家の一条家は違うけど」
大悟も軽く笑う。
「あたしも、もう木許家」
真白がぼそりと告げる。
「ああ、そうだったな。だけど、いまだに信じられねえなあ。お前らがもう夫婦だって」
ユイが呆れたように言う。
大悟と真白が籍を入れていることをユイに話したのは昨日のことだ。真白が隠す気もなく口にしようとするので、先に説明しておくしかなかったのだ。
真白としては、大悟に馴れ馴れしく接するユイを牽制するつもりなのだろうが、当のユイはそれを面倒くさそうに受け流している。
「言うなよ。学園には秘密にしろって、釘を刺されてんだ」
大悟は慌てて言い返す。
「言わねえよ。どうせ、言っても信じねえしな。面白いネタと思われて終わりだ。まあだけど、学園まで公認というのはびっくりしたけど」
「でも、大悟はもうあたしのもの。それは決まってる」
真白がぴしゃりと横で言った。
「わかってんよ、お姫様。とにかく、まずは昼飯にしようぜ。パスタでいいよな。まあ、嫌だって言っても、それしか作ってねえけど」
ユイが言う。
「んっ、お前は料理ができるの?」
真白が視線を向ける。
「料理じゃねえよ。茹でただけだ。キッチンに準備してる。そっちでいいか?」
ユイが言いながら、キッチンの方を顎で示す。
「いいよ」
大悟は短く答えて、アイスティの入っているグラスを手に取る。
立ち上がると同時に、真白も動く。
「……ソースは、インスタントだからな」
ユイが小さく笑って、先にキッチンへ向かった。
三人でキッチンに入る。リビングより少し狭く、中央にテーブルが置かれていた。すでに皿に盛られたパスタが並んでいる。真ん中にレトルトのソースがいくつかまとめて置かれていた。
「じゃあこれでいいよ」
大悟は持っていたアイスティーをテーブルに置き、適当にソースのパッケージをひとつ手に取る。
すると、真白がその手元を見て、同じものを取る。
「同じの」
「……わかりやすねえ」
ユイが鼻で笑った。
「余計なこと言わなくていい。大悟が好きなものを知りたいだけ」
真白は、ユイに視線を向けることなく言う。
三人はそのままテーブルに着いた。
真白は、大悟の隣の席に座る。わざわざ間を詰めるようにして、椅子の距離を近づける。
大悟は、なにも言わずにフォークを手に取った。
皿にソースをかけて軽く混ぜて口に入れる。
真白も同じ動きをなぞっている。
「どうだ?」
ユイが聞く。
「うまいよ」
「嘘つけ、普通だろ」
ユイが笑う。
真白は、なにも言わずに食べている。ただ、とても綺麗な座り方と食べ方だった。なにをしても絵になる。
他愛もない会話をしながら、食事は進んでいった。
全員が食べ終わると、ユイが立ち上がり、皿をまとめだす。
「皿を食器洗浄機にかけたら、行くぞ」
ユイがキッチンの奥へ運び、一度軽く洗ってから食器洗浄機の扉を開けて皿を入れていく。
大悟と真白も立ちあがり、トートバッグを担ぎ直した
「じゃあ行くか、スタジオ」
ユイが戻ってきて顎で奥を示す。
そのときだった。
玄関のドアが開く音がした。
はっきりとした金属音と、扉が開く気配。
「……えっ、なんで?」
ユイの動きが止まる。
さっきまでとは明らかに違う声音だった。
そのまま、キッチンとリビングを繋ぐ扉が開く。
入ってきたのは、ひとりの女性だった。
清潔感のある装いだ。無駄のないシルエットの服に、髪はきちんと整えられている。派手さはないが、目を引く整った顔立ちだった。
女性は室内を見渡し、大悟と真白に視線を向ける。
「あら……ユイちゃん、お友達? いらっしゃい」
「お、お母様……? 今日は仕事じゃなかったの?」
ユイの声がわずかに揺れる。
“お母様”──?
ユイの態度も、さっきまでとはまるで違う。言葉遣いもぎくしゃくしていて、いつものユイとはまったく別人のようだ。
どうしたんだ?
大悟は、わずかに呆気にとられた。
一方で、女性は小さく溜息をついて一歩部屋に入る。
「モデルの子の都合で、急に撮影がキャンセルになってね。まったく困ったものだわ……。でも、珍しいわね、ユイちゃんがお友達を連れてくるなんて」
穏やかな声音だった。
その空気に、大悟はわずかに違和感を覚えた。
「あ、遊びに……来てくれて……」
つまりは、ユイの母親か……。
そのユイのお母さんの眼が大きく見開く。
「……えっ、あなた、ダイ?」
思わず、大悟が口を開いた。
「えっ、俺ですか?」
女性は一瞬だけ大悟を見て、すぐに視線を外した。
関心を失ったような、乾いた動きだった。
「……あら、あなたは……?」
確認だけの声音だった。
視線が上から下へ一度だけ流れ、次いで、表情が曇った。
ああ、そういう見方か。
大悟は内心で苦笑する。
「ええっと、ユイさんに招待されて」
「へえ、あなたを? ……まあ、いいでしょう」
なんとなく、不満そうな顔だ。
しかし、そのやり取りの横で、真白の空気が変わった。
ああ、むっとしてるな。
大悟には、それがはっきりわかった。
「あ、あのう……お母様、彼らはわたしの学友で、今日は写真のモデルになってもらおうと……」
そのとき、ユイが慌てて口を挟む。
「えっ、このダイをモデルに?」
女性の声がわずかに上がる。
今度ははっきりと、真白に視線が向いていた。
……ダイって、もしかして、真白のことか?
「あたしは、木許真白で──」
「あっ、いえ、こいつは、一条真白です。俺は木許大悟で、ユイとは同じクラスです……」
慌てて、真白の言葉に被せる。
言葉が早口になった。
女性の目が細くなる。
「そう……。ユイちゃんも、もう少し付き合うお友達は選びなさいね」
「えっ?」
思わず、問い返してしまった。
だが、それだけだ。
「まあいいわ。あなたは、あまり遅くならないうちに帰りなさい」
視線が真白に動く
「……ところで、さっきの話……あなた、DAIよね?」
静かに、真白に一歩踏み込できた。