学園一の美少女は、キモデブの俺から絶対に離れない【完結】 作:ドン・ドナシアン
「あなた、DAIよね?」
ユイのお母さんは真白の正面に立ち、距離を詰めたまま視線を外さない。
「あたしは……真白」
真白がそれだけを短く返す。
反応の薄い真白の態度だったが、大悟には真白がかなり不機嫌なことはわかった。自惚れるわけはないが、真白が不機嫌なのは、ユイのお母さんがさっきから大悟を軽んじるような態度を見せるからだと思う。
「わたしは、神崎志保よ、あなたも業界の人間の端くれなら聞いたことあるでしょ?」
ユイのお母さん──志保が真白に迫る。
真白は反応しない。
「いまのプロデュースは母親?」
志保が軽く首を傾げる。
「……国内の仕事は、母を通して受けてる」
真白は淡々と答えた。
「だから駄目なのね、素材が止まってる、もったいないわね。わたしなら、あなたの価値を上げられるわ。あたしに任せなさい」
志保が即断で言い切る。
大悟の視界に、ユイの肩が強張ったのが見えた。
「お母様、今日はやめて……、今日はあたしの撮影できたの……、大悟、真白、行こう、スタジオに」
ユイが強めに割って入る。
志保の目が細くなる。
「ダイゴ?」
志保の視線が大悟に落ちる。
「ええっと、俺です。真白の……恋人です」
大悟は割って入った。
おそらく、“DAI”というのは、真白のカタログモデルとしても名前なのだろう。真白がそういうことをしているのは、少し前まで知らなかったが、実は随分と前から、写真モデルとしての活動をしているというのは、先日教えてもらった。
ユイの母親の志保が、おそらく、その業界に関係のある人物なのだと思う。
だから、真白の顔を知っていたのだろう。
「もしかして、DAIって、そこから?」
志保が薄く笑う。
「さあ……」
大悟は苦笑する。
「ええっと、あなた、名前なんだったかしら?」
志保は初めて、大悟に興味を抱いたように視線を向ける。
「俺は木許大悟です、同じクラスで、真白と付き合ってます」
言い切る。
志保の眼が一瞬大きくなり、次いで、息を吐く。
「……その程度で?」
軽く首を傾げた。
そのとき、真白の手が動いて、大悟の腕をぐっと掴んだ。
強く引き寄せて、身体を密着させる。
「……まあ、本当のことなの?」
志保の声がわずかに変わる。
「はい、そうです、お母様、ふたりはそういう関係です」
ユイが即答する。
「無駄よ。その子がいる限り、あなたの市場価値は上がらない。恋人持ちの高校生モデルなんて、誰が使うの?」
志保は静かに断定する。
そのままバッグから名刺ケースを取り出す。
「……名刺を渡しておくわ、あなたのお母さんには、わたしから連絡しておく、今度、改めて話をしましょう」
名刺を一枚抜き、真白に向けて差し出す。
真白は一瞬だけ視線を落としたが、だが手は伸ばさない。
「行こう、大悟」
そのまま志保の差し出した手を無視して、腕を掴んだまま大悟を連れて進む。
「……あ、うん、こっち」
ユイが慌てて道を開けて、先導する。
大悟は真白に連れられながら、一瞬だけ背中を振り返った。
志保の手は、名刺を握ったまますでにおろされていた。しかし、その表情は崩れない。むしろ、値踏みするように細く笑っていた。
「止まりなさい、ユイ──。話はまだよ」
そのとき、大きな声が響いた。
廊下に出る扉を開けようとしたユイがびくりとして立ち止まる。そのため大悟と真白も止まる形になる。
「ねえ、あなた、わたしに任せれば、あなたの価値をあげてみせる。あなたのことを知らない者がないくらいに……。考え直しなさい──」
志保が声をあげた。
「……必要ない。間に合っている」
真白は振り返ることなく応じて、ユイの横を押しのけるようにして、扉を開け、大悟を連れて部屋を出る。
「あっ、待ってよ──」
ユイが慌てて追い掛けてきた。
両側が全面ガラスの渡り廊下に出る。外光が強く差し込み、足音がやけに軽く反響した。
家の中というより、どこか別の施設に入り込んでいく雰囲気だ。
突き当たりに扉があり、そこを抜けると、また、短い廊下に出た。
左右に二つずつ、同じ造りの扉が並んでいる。どれも簡素で、装飾はない。
だが、取っ手や枠の金具は無駄にしっかりしていた。四つの部屋が、用途ごとに切り分けられているように見える。
ユイがそのうちの一つの扉を開けた。
中は広くはないが、照明機材と背景布が整然と配置されていた。三脚、スタンド、ケーブルが無駄なく収まっている。作業場という印象が強い。
ユイは扉を閉め、しっかりと鍵を回した。
カチリ、と音が響く。
数秒、誰も喋らなかった。
真白はまだ大悟の腕を掴んだままだ。
力は抜けているが、離していない。
ユイが両手を膝につけて、大きく息を吐いた。
「はああ……聞いてねえよ。なんで、お母様が……」
肩が落ちる。
「お母様かよ」
大悟は苦笑した。
ユイがきっと睨む。
「……お、お前、誰にも言うんじゃねえぞ、特にレナとミカには」
「じゃあ、お互いに秘密持ちだな、まあ、詳しいことは訊かねえよ」
「そうしてくれ……。とにかく、あたしの母親が悪かった、あんな態度ねえよね……」
ユイが小さく頭を下げる。
「お前が殊勝な態度をするなんて気持ち悪いな」
大悟は笑う。
「お、お前と違って、あたしはいいとこのお嬢さんなんだよ──」
ユイが真っ赤な顔で怒鳴る。
その様子を見て、大悟はくすりと笑ってしまった。
そのとき、大悟の腕を握る真白の手に少しだけ力が加わった。
改めて真白を見た。
「……そんなに怒るなよ、俺が馬鹿にされるのはいつものことだよ」
軽く言う。
「えっ、お姫様は怒ってるのか? そんな風に見えねえけど……」
ユイが首を傾げる。
「……怒ってない」
真白が答える。
間を置かず、続ける。
「……でも、大悟の敵は、あたしの敵」
「敵って言わないでくれよ、態度は悪かったけど敏腕プロデューサーなんだ。有名なタレントもモデルも育ててる」
ユイが肩をすくめる。
「エンタテーメント系?」
「まあそういうことだな」
ユイが頷いた。
「それはともかく、DAIってなんだよ、お姫様、もしかして本当にモデルなのか?」
ユイが真白を見る。
「仕事はしてる」
真白が短く答える。
「やっぱりか……、それでお母様が知ってたのか……」
「月に二回くらい撮影して、モデル料をもらう」
真白はそれだけ言う。
「それで、DAIって、モデル名なのかよ?」
「本名以外がいいと言われたから」
「それで……このきもダイの名前を?」
「外国向け……。とっさに思いついた名前がそれだった」
即答だった。
「外国?」
大悟は思わず声を上げる。
理解が追いつかない。
真白はそれ以上説明しない。
すると、真白が一歩だけ前に出た。
その場でシャツのボタンに手をかけて、迷いなく外していく。
「……ちょ、おい、いきなりかよ」
大悟は、慌てて声をあげた。