学園一の美少女は、キモデブの俺から絶対に離れない【完結】 作:ドン・ドナシアン
「……はああっ」
ユイの声が裏返る。
そして、そのまま数秒、動かなかった。
「……ふ、ふ、ふざけんなよ」
ようやく出てきた声は低かった。
怒鳴る直前で抑えたような声だ。
「全部、最初からそのつもりだったってことかよ」
「当たり前。あたしは、大悟に切っ掛けをあげたかっただけ」
真白は即答する。
迷いはない。
後手に縛られ、股縄を受けて、いまでも呼吸が切なそうなのに……全身を火照らせて肌に浮かんだ汗と、縄が喰い込んでいるショーツに大きな染みができているのに……いまの真白は圧倒的な圧をユイに向け、毅然とした態度を崩してない。
わずかに歩幅が狭く、重心の乗り方が少し浅い。
でも、それだけだ。
「こっちは条件も飲んだ。顔も隠した。撮影もした。なのに全部なしって、それが通ると思ってんのかよ──」
「通る」
「通らねえ──」
「いや通る……。そもそも、これはあたしと大悟のためのもの。お前の作品じゃない」
「はあ?」
「技術はもらった。環境も使わせてもらった。それで十分」
言い切る。
ユイの顔が引きつる。
「……それで、満足しろって……?」
「するしかない。これで終わりだから」
完全に断ち切る声。
そこで、ユイの肩がわずかに上がった。
怒りで息が荒くなる。
「ざけんなって言ってんだよ。こっちは遊びでやってんじゃねえ」
言いながら、一歩踏み出す。
距離を詰めてくる。
ユイが激昂のまま真白にぶつかる寸前──。
「ちょっと待てって」
大悟は、慌ててユイと真白の間に身体を入れた。
「きもダイー──。お前もグルか──。このあたしを虚仮にしたのかよ──」
ユイの視線が一瞬こちらに来る。
さっきと違う。
測るような目だ。
……でも、引くわけにはいかない。
「いや、落ち着けって……。とにかく、真白が駄目だと言ってんだから駄目だろ」
大悟にはそれしか言えない。
「なら、最初から言えばいいだろう──。全部終わってから言うことじゃねえだろ──」
ユイが喚く。
「まあ……それもそうだけどなあ」
大悟がとりあえず、落ち着かせようと宥める。
そして、これをどう片付けるのか懸命に頭を捻る。
「とにかく、約束だからな──。投稿するぞ。こっちにはデータもあるんだ。口頭とはいえ同意もとった。勝手にやらせてもらう──」
「……投稿したら、どうなるかわかってる?」
真白が言う。
声は変わらない。
静かなまま。
「はあ?」
ユイが眉を寄せる。
「投稿した時点で送る」
真白が淡々と続ける。
「送る──? なにをだよ?」
「内容証明付きで訴状を……。お前の母親に」
そこで、空気が落ちた。
はっきりわかる。
「お母様に? き、汚えぞ」
ユイが喚いた。
しかし、さっきまでの怒りとは違う。
ユイの顔から、色が引く。
ほんのわずかに。でも、確実に。
「自撮り……緊縛……。それもばれる。お前の母親はなかなかに厳しそうだった。困るのはお前……」
「……お、お前なあ」
声が低くなる。
さっきよりも、さらに。
大悟は、ふたりあいだに立ちなにも喋れない。いまの大悟の役割は、ユイが真白に飛び掛からないように、あいだに立つことだけだ。
「あたしは、やるときはやる」
即答。
間はない。
「……わかったよ……。もう帰れ。その代わりに、このことは、忘れねえからな。覚えとけよ……」
ユイが真白と大悟をすごい形相で睨みつけながら言った。
そっとするほどの恨みのこもった眼だ。薄らと涙が溜まっている。ちょっと可哀想になってきた。
「覚えてとけって、どういうこと?」
真白が言った。
「さあな、だが、覚えとけというのは、覚えとけってことだ。それだけだ……。じゃあな」
ユイが手で真白を追い払うような仕草をする。
「言っておくけど、大悟になにかあったら、全部お前のせいにする」
真白が淡々と告げる。しかし、大悟にも、そこにぞっとするほどの圧があるのがわかった。
ユイの目が細くなるとともに、たじろぐような表情が顔に浮かぶ。
「……な、なんだよ?」
「事故でも、病気でも、関係ない……。大悟になにかあれば、母親に全部ばらす」
真白が言葉を重ねる。
ユイの呼吸が、一度だけ乱れる。
「……そこまでだ。ふたりとも落ち着け」
大悟は言った。
「あたしは落ち着いている」
真白が返してきた。
「あたしは、まったく落ち着いてねえよ──」
ユイだ。
「とにかく、ユイ」
大悟はユイを見る。
「はあ?」
「いずれにしても、あの写真は外に出さない。それについては終わりだ」
言い切る。
ユイはなにも答えない。喉の奥で押し殺したような低い音だけが鳴る。不本意だと顔に出ている。
大悟は視線を外さない。
「それと、真白──」
今度は振り返る。
「流された俺も悪いけど、やり方はよくねえ」
大悟は少しばかり強い口調で言った。
真白は一瞬だけ目を瞬かせた。わずかに相好が崩れる。
「……大悟のお説教。珍しい。わかった。やり過ぎた。大悟に縛ってもらいたかっただけ」
あっさりと引く。その言い方も変わらない。
大悟は短く頷く。それ以上は触れない。
「……チッ。結局、お前らのダシかよ。……まあいい。わかったよ。あの写真は出さねえ」
ユイが吐き捨てる。視線は落とさないまま、不満が残っているのは明白だ。
大悟は一度だけ息を吐く。そこで終わらせず、真白を見る。
「……なあ、真白。写真は一切だめなのか。ユイのモデルになるのも、全部なしか」
呼びかける。
真白はきょとんとした顔になった。しかし、すぐに理解したように視線が戻る。
「……別に駄目じゃない。あたしは大悟のもの。大悟がいいなら、さっきのも出してもいい」
「えっ、そうなの?」
ユイが声を上げる。
振り返ると、目が大きく開いている。怒りは消え、計算が戻っている。
「……じゃあ、きもダイ次第ってことだよな」
言葉を選ぶように口を開く。声の調子が変わる。軽くはないが、さっきより柔らかい。
大悟は首を横に振る。
「だめだ。さっきのは全部なしだ。あんまりエロすぎる。ただ、撮り直すなら話は別だ。服を着たままならいい。それが条件だ」
静かに置く。
部屋が一瞬、止まる。ユイは黙ったまま大悟を見る。測るような目だ。
そして、ゆっくり息を吐いた。
「……なるほどな……。最初からそう言えよ……と言いたいけどな」
小さく頷く。
それで十分だった。
横で真白が静かにこちらを見る。なにも言わない。ただ、視線だけがある。
その意味はわかる。
──任せた。そういう眼だ。
大悟は視線を外さずに受けた。
「だけど、ただ服を着ただけじゃつまらねえ。真白にも罰を与えないとな」
大悟はにやりと笑った。