学園一の美少女は、キモデブの俺から絶対に離れない【完結】 作:ドン・ドナシアン
ホームルームを待つ教室は、いつもと同じだった。
教室の空気は、四月特有のまだ落ち着かないざわつきを含んでいる。前の席では誰かが小声で笑い、後ろではスマホを机の陰に隠しているやつがいる。
なにも変わらない。
なにも──。
大悟は窓際の後方、自分の席に座っていた。机に肘をつきぼんやりとしていた。
今朝教室についたときから声を掛けてくる者はいない。視線も飛んでこない。
いつも通りだ。
真白は教室の中央付近。周囲には自然と人が集まっている。男子がなにかを話しかけ、女子がノートを見せ合っている。
笑っている。
これも、いつも通り。
廊下ですれ違っても軽くうなずく程度の距離。それが学校での二人の関係だ。それも変わらなかった。
昨日の夜など、存在しなかったみたいに。
──朝、目が覚めたとき。
最初に感じたのは、シーツの冷たさだった。
身体を動かして、違和感に気づく。
裸だった。自分だけが。
慌てて起き上がる。部屋は静かで、カーテンの隙間から朝の光が差し込んでいる。
隣には誰もいなかった。
脱ぎ捨てたはずの真白の服も、トートバッグもない。革枷も見当たらない。床にも、机にも、痕跡らしいものはなにも残っていない。
ベッドの皺も、ひとりで寝ていたような形にしか見えなかった。
胸がざわつく。
夢なのか──?
だが、唇に触れた感触は覚えている。舌が触れた瞬間の熱も。手首にかけた革の感触も。真白の肌の感触も、彼女の喘ぎ声も──。身体がやっと繋がったときの感動も──。
夢にしては、生々しい。
けれどなにもない。
起き上がって服を着る。鏡を見る。いつもの自分だ。腹の出た、丸い体。昨夜の高揚を知る者は、どこにもいない。
階段を下りると、母親が普通に朝食を出してきた。特別な顔はしていない。
隣の家も、静かだった。
そしていま。
教室の真ん中で笑っている真白は、完璧な学園のヒロインのままだ。
大悟に近づくこともない。
視線も寄越さない。
あれは、本当にあったのだろうか?
ホームルーム開始のチャイムが鳴る。
担任がやってきて、日直だった真白が号令をかけて、全員が挨拶をする。
そして、淡々と連絡事項を読み上げる。文化祭実行委員の募集、模試の申込期限、進路希望調査の再提出。
やっぱり、いつもと変わらなかった。
ホームルームが終わり、担任が真白を見る。
「一条さん、号令を」
担任の言葉に、真白はそのまま応じることなく、座ったまま手を真っ直ぐにあげた。
「……なにかあるの、一条さん?」
担任が真白を見る。
大悟だけでなく、全員の視線が真白に集まる。
「はい、あたし、結婚したので、今日から一条ではなく、木許真白になりました」
騒然となった。
教室が悲鳴と雄叫びと叫び声で揺れる。
大悟はびっくりした。
教室が悲鳴と怒号で揺れる。
「はあああ──?」
「嘘だろ──」
「誰とだよ──?」
担任が声を張り上げるが、誰も聞いていない。
真白は立ち上がらない。
ただ静かに、教室の斜め後方を見た。
視線が突き刺さる。
次の瞬間──。
周囲の何人かが、同じ方向を見る。
波のように、視線が流れる。
大悟の席へ。
喉が乾く。
身体が固まる。
真白がバッグからスマホを取り出し、ほんの一瞬だけこちらに向ける。
大悟は慌てて自分のスマホを開く。
通知が一件。
『やっぱり、すぐに提出してきた。木許大悟さん、旦那様』
呼吸が止まる。
顔が熱くなる。
教室中の視線が刺さる。
「木許って──まさか、キモだいとか?」
「本当?」
「いや、違うだろう──」
また叫び声がクラスを包む。
しかし、真白は、囲まれながらも微笑んでいる。
昨日の夜と同じ顔で……。
その瞬間、大悟は理解した。
夢じゃなかった。
しかも、学園一の美少女は、本当に自分の妻になったのだ。
真白は、囲まれながらも微笑んでいる。
昨日の夜と同じ顔で……。
ほんのわずかに、唇の端が上がる。
視線が絡む。
その瞬間、舌が触れた感触が蘇る。
背中で革がきしむ音も。真白の綺麗な裸身もありありと──。
喉が熱くなる。教室中の視線が突き刺さる中で。真白は、静かに瞬きをした。
――逃げ場は、ない。
早朝、目が覚めた。
隣で小さないびきが聞こえる。
横を見る。
小太りで、小柄で、丸い寝顔。
可愛い……。
布団の中は静かだ。
互いに何も身につけていない。
肌が触れている。
昨夜の熱が、まだ残っている。
股間にわずかな違和感がある。
痛みというより、内側が広がった感覚。
身体が変わった証。
大人になった。
時計を見る。
四時半を少し過ぎている。
外は薄く明るい。
昨夜、わかったことがある。
大悟は、思った以上に器用だ。
最初はぎこちなかった。
けれど、すぐに真白の反応を観察し始めた。
どこに触れれば息が変わるか。
どの速さで動けば声が変わるか。
学習していた。
そして、止まらなかった。
真白の限界を探るように、追い詰める。
けれど乱暴ではない。
逃げ道を塞ぎながら、壊さない。
危ない……。
大悟は、多分、もてるようになる……。
学校では喋らないし、目立たない。
笑われる側にいるのかもしれない。
でも、話せば理路整然としているし、パソコンの話になると、目が変わる。
それに、優しい。
嘘をつかない。
大人になれば、評価基準は変わる。
見た目の優劣は消える。
残るのは能力と人柄。
真白の勘は外れない。
大悟は、いずれ認められる。
だから──。
真白は決心した。
本当は、婚姻届は卒業後に出すつもりだった。
両親にもそう話している。
でも……。
それでは遅いかも……。
いまは真白だけのものでも、社会に出れば、誰かが気づく。
優しさにも、頭の良さにも、そして昨夜知った──あの一面も……。
奪われる可能性がある……。
それは許せない。
真白はそっと身を起こす。
寝ている頬に、軽く口づける。
「……旦那様。届を出しに行ってきていい?」
小さく囁く。
返事はない。
ならば、承諾したのだと思おう。
昨夜使った手枷をトートバッグに回収する。
すごかった。
大悟を誘うために準備したけど、途中からは真白の方が、動けなくされて大悟に責められることに夢中になった。我を忘れた。
これは危険だ。
だけど、まだこれを使ってもらおう。
服を抱えて、一階へ降りる。
自分の家ではないが、勝手は知っている。
大悟の義父と義母を起こさないように、静かに浴室へ入る。
熱い湯が肌を流れる。
鏡に映る自分を見る。
少しだけ、女の顔になっていた……。
制服を着る。
髪を整える。
五時を過ぎたところ……。
時間はまだある。
いまから役所へ寄っても、十分間に合う。
自転車で行って自宅に戻り、支度をし直して学校に行けば十分──。
今日──。
真白は、大悟と夫婦になる。
既成事実は作った。
あとは、消せない形にするだけ。
たぶん、大丈夫。
なんとかなる。
真白は、今日──木許真白になる──。