※この作品はR-18です。

学園一の美少女は、キモデブの俺から絶対に離れない【完結】   作:ドン・ドナシアン

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032 今日の夜、あたしの家でいい?

「はああ、なんすかそれ──? つまりは一条さんが木許先輩、脅して落としたって話っすか?」

 

 かおるが菓子パンを頬張ったまま笑った。

 

「脅してない。ただ、婚姻届に署名をしなければ、どうなるか保証しないと言っただけ」

 

 真白が弁当の蓋を開けながら淡々と答える。

 

「いや、それが脅しじゃないっすか」

 

 かおるがすぐに突っ込む。

 笑いはそのままだ。視線だけは真白に向けられている。

 

「脅しでもなんでもいい。大悟が手に入れば」

 

 真白は箸を取り、卵焼きを口に運んでいる。大悟が黙って会話に耳を傾けていた。

 

「ある意味、男らしいっすね。それで木許先輩としてはどうだったんですか? 脅迫されて仕方なく応じた感じっすか?」

 

 かおるがペットボトルの蓋を開けながら言い、大悟を見て意味ありげに微笑む。

 

「そんなわけあるかよ。嬉しかったに決まってるだろ──相手が真白だぞ」

 

 大悟は肩をすくめて答えた。

 別に誇張でもなんでもないと思う。

 目の前にいるのは一条真白だ。学園で知らない奴はいないレベルの美少女で、昔からずっと隣にいた相手でもある。

 その真白が、自分を選んだ。

 いまだに信じられない。

 

 昨夜のことも、はっきりと残っている。

 あの禁断の領域に触れたときの、真白のわずかな強張りも覚えている。だが、それは長く続かなかった。時間をかけるうちに抵抗はほどけていき、代わりに別の反応に変わっていく。

 途中からは、むしろこちらに合わせるように、静かに受け入れてきた。

 もう、お互いに知りすぎている。隣で弁当を食べている真白は、なにも変わらない顔をしている。それが、余計に現実感を強くした。

 

「まあ、だけど、なんとなくわかりました。一条さんが木許先輩が好きになった理由。つまりは、幼馴染という名の刷り込みっすね」

 

 かおるがパンを持ったまま、こっちと真白を交互に見る。

 

「刷り込みとは失礼」

 

 真白がかおるを睨む。

 

「へえ、じゃあ、一条さん、木許先輩のいいところってなんすか? 一条さんみたいな大美少女が好きになる理由、知りたいっす。小説のネタにもするし」

 

 かおるが言う。

 真白がほんのわずかに目を細めたのがわかった。

 

「……あたしは、あまり表情が変わらない」

 

 やがて、ぽつりと言う。

 

「なんすか、いきなり?」

 

 かおるが怪訝そうに顔をしかめる。

 

「でも、大悟はわかる……。嬉しいときも、怒っているときも、外さない」

 

「へえ、まともに答えが返ってくると思わなかったっす。でも、わかる気もします」

 

 かおるが頷く。

 

「真白はわかりやすいぞ」

 

 大悟は口を挟んだ。

 

「そう思ってるのは、木許先輩だけっす」

 

「うん、大悟だけ」

 

 真白が即答する。

 

「そうか?」

 

 大悟は思わず笑う。

 そのとき、わずかに真白が首を横に傾けた。

 

「どうかしたか?」

 

 弁当に箸を伸ばしながら真白に視線を向ける。

 

「そういえば、あたしが圧倒的に大悟にかなわないことがあった」

 

「へえ、なんすか?」

 

 かおるが真面目な顔になって真白を見る。

 

「夜のこと」

 

 真白は少しだけ間を置いて言った。

 

「夜?」

 

「大悟には、かなわない。あたしは途中で限界になるのに、大悟は最後まで崩れない」

 

「うわっ、いきなりそっちっすか? 真面目な話かと思ったじゃないですか」

 

 かおるが声をあげる。

 

「むっ、あたしは真面目。大悟はすごい。あたしはいつも最後は動けなくなる」

 

「それ、普通にやばくないっすか……。え、木許先輩ってそんなに体力あるんすか」

 

 かおるが眉をひそめる。

 

「お前ら、なんの話してんだよ。やめないか」

 

 大悟は呆れて声をあげた。

 ひとしきり笑いが続いて、それぞれが弁当に意識を戻す。さっきまでの話題は、そのまま空気の中に溶けた。

 弁当をつつきながら、三人の会話は自然と続いていた。

 

「ところで、羽虫」

 

 真白が何気なく言う。真白の弁当は空になっている。かおるはすでに食べ終わり、大悟もちょっと前に食べ終わっている。

 

「あたしと大悟についての、おかしな噂が消えない。どうなってるの?」

 

「おかしな噂って、木許先輩が一条さんを脅してるとか、弱み握ってるとかいうやつっすか」

 

 かおるはパンをちぎりながら答えた。

 

「そうそれ。不愉快」

 

「まあ、仕方ないっすよ。有名税みたいなもんです……、ちゃんとつきあってるって、流れている噂もありますから」

 

「仕方なくない。事実を浸透させるのがお前の役割。消えるまで続けろ」

 

「や、やってるっすよ──。努力してるっす」

 

 かおるが不本意そうに顔を赤くする。

 

「お前の努力に興味はない。興味があるのは結果だけ」

 

「相変わらず、酷いっすね。でも、一条さんって有名人ですし。いまだに木許先輩の存在を認めてない男子多いっていうか……」

 

「関係ない──。大悟とあたしの関係を浸透させる。それがお前の仕事」

 

「だから、やってるっすって──」

 

 かおるが少し声を上げる。

 そのやり取りを聞きながら、大悟は弁当を弁当袋にしまう。

 

「まあ、ほどほどで問題ないだろ。変に騒ぐと余計こじれるしな。こいつは十分に俺たちのために動いてくれたって」

 

 大悟は真白を宥めた。

 

「むっ……。大悟が言うなら仕方ない……。まあいい」

 

「うわっ、木許先輩、感謝っす。惚れるかもしれないっす」

 

 かおるが大袈裟に大悟に向かって両手を拡げた。

 

「……羽虫」

 

 すると、真白がその場にすっと立ちあがった。

 かおるを鋭い眼付きで睨んでいる。

 心なしか顔色が赤い、これはかなり腹を立てている。大悟にはわかる。

 

「冗談っすよ」

 

 かおるが椅子ごとその場で後退る。

 

「……あたしは、冗談は好きじゃない……」

 

 真白が低く言うと、かおるは肩をすくめた。

 

「覚えときます」

 

 かおるは口元だけで笑い、パンの袋をくしゃりと潰して、空のペットボトルとともに、机の横のゴミ箱へ放り込む。

 

「じゃ、そろそろ戻ります? 昼、終わりますし」

 

「うん。行く」

 

 真白は短く答えて、椅子を静かに引いた。

 大悟も、真白のものも含めて、弁当袋を手提げ袋に入れて上げて立つ。

 三人で部室を出た。

 

 廊下に出ると、さっきまでの静けさが嘘みたいに、話し声と足音が重なっていた。昼休みの終わりが近いらしい。

 大悟と真白が連れだって歩くと、すれ違う連中が、ちらりとこちらを見る。

 もう珍しくはないが、完全に慣れたわけでもない。視線は来るが、誰も踏み込んではこない。

 

「じゃあ、自分はここで」

 

 文化部棟から教室棟に入った階段前で、かおるが足を止めた。

 

「おう」

 

 大悟は軽く頷く。

 

「続きはまたっす。ネタ、かなり貯まりましたし」

 

「変なこと書くなよ」

 

 大悟は肩越しに言った。

 

「書きますよ。先輩たちって十分に変っす。その代わり、ちゃんとフィクションにするんで」

 

 かおるは軽く手を振る。

 真白は特になにも言わなかった。

 

 かおるが反対方向へ歩いていく。背中が角を曲がって見えなくなると、廊下の音がまた一段、はっきりした。

 大悟と真白は、そのまま三階の教室へ向かって歩き出す。

 

 並んで歩く距離は、さっきまでと変わらない。

 腕が触れるか触れないかの位置に真白がいる。それが当たり前のように感じられる。

 

「今日の夜……あたしの家でいい?」

 

 木許家と一条家は隣同士だ。婚姻届を出してからというもの、どちらかの部屋で一緒に寝るのが当たり前になっている。

 ただ、木許家には陽奈がいる。

 その点、一条家の方が都合がいい。母親の帰りは遅いことが多く、多少声が漏れても問題にならない。

 つまりは、これは真白の今夜の誘いなのだ。

 大悟はにんまりとしてしまった。

 

「……いや、今夜は木許家だ」

 

 大悟は短く言う。

 

「むっ、なんで?」

 

 真白はちょっと不満そうだ。

 

「……声を出せない状況で、たっぷりと苛めてやる。覚悟しとけ」

 

 大悟はにやりとした顔を真白に向ける。

 真白はすぐには意味がわからなかったのか、すぐには反応がなかった。しかし、少しして足をつなずかせたように、歩きながら体勢をわずかに崩す。

 すぐに平静となったが、心なしか頬が赤くなっていた。

 

「……大悟のエッチ……」

 

 ほとんど聞こえないくらいの小さな声だった。

 

「いやか?」

 

 大悟は短く返す。

 

「……いやじゃない。大悟の好きなようにしていい」

 

 それ以上の言葉は必要なかった。

 階段を上がり、渡り廊下に出る。校舎側から流れてくる人の密度が一気に増えた。昼休みの終わりを告げるように、生徒たちがそれぞれの教室へ戻っていく。

 その中で、前方の人の流れにわずかな淀みがあるのが見えた。

 

 立ち止まっている人影がひとつ。

 こちらを向いている。

 距離があるのに、視線だけがはっきりとわかった。

 大悟は歩みを緩めないまま、そのまま前を見た。

 

 真白も同じ速度で歩いている。

 数歩、近づく。

 相手の輪郭がはっきりする。

 クラスが違うが知っている顔だった。

 

 ──工藤。

 

 サッカー部のエースであり、大悟が真白と付き合うようになっても、いまだに真白を落とす本命という噂が絶えない男子だ。大悟自身はほとんど喋ったことはない。

 ただ、以前から真白のことを意識する視線を向けていることは知っていた。

 大悟は、そこで初めて、わずかに息を吐いた。

 

 その工藤が大悟と真白の前を塞ぐように、廊下の真ん中に立ちはだかった。避けようのない位置だ。

 廊下にはまだかなりの生徒がそれぞれの教室に入ることなく、過ごしていた。彼らがざわりとなる。

 

「一条、手紙を読んでくれたか? あれは俺の気持ちだ」

 

 工藤が真っ直ぐに真白に視線を向けた。

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