学園一の美少女は、キモデブの俺から絶対に離れない【完結】 作:ドン・ドナシアン
「手紙?」
真白の声は低い。
廊下の中央に立っている男子生徒は、すぐに目に入った。
背は高く、姿勢がいい。短く整えられた髪に、無駄のない体つき。制服の着こなしも崩れていない。鼻筋の通った整った顔立ちで、派手さはないが、目を引く。笑えばそのまま人気が出るタイプだとわかる。
サッカー部のエース、工藤だ──。
名前くらいは知っている。学園でも目立つ存在だし、女子からの人気も高い。
大悟と真白が一緒にいるようになってからも、なぜか学園内のSNSでは、真白の本命は工藤だという話が消えない。冗談なのか本気なのかは知らないが、そういう噂が出る程度には、この男は“釣り合う側”にいる。
工藤の興味が真白に向いていることは、なんとなく前から気づいていた。
真白が選んだのは大悟だったが、それ以前は、ああいう男が釣り合うのかもしれないと、ぼんやり思ったこともある。
工藤と真白と大悟──。廊下にわずかに空間ができる。
通り過ぎる連中が足を緩め、自然と距離を取る。女子の視線が集まっている。誰も騒がないが、この場の中心がどこかははっきりしていた。
「読んでくれたか、一条?」
工藤がまっすぐに言う。
そのまま距離を詰めてくる。迷いのない足取りだった。
大悟はわずかに前に出る。
完全に遮るほどではない。だが、真白との間に半歩だけ入る。
工藤の足が一瞬だけ止まった。
だが、それだけだった。
視線は一度も大悟に向かない。最初から最後まで、真白だけを見ている。
「……読んでない。必要ない。それと、邪魔」
真白が即座に答えた。
「読んでない? 俺の手紙を」
工藤の声がわずかに変わる。
驚きというより、戸惑いに近い気がした。それでも姿勢は崩れない。
大悟は一拍だけ置いた。
「……読んでないぞ。俺が捨てた」
短く言う。
工藤の視線が、そこで初めて動いた。
わずかに、大悟へと向く。工藤の身長は百八十センチを超えているだろう。上から大悟を見下ろす姿勢だ。
「お前が捨てた?」
工藤の表情がわずかに険しくなる。だが、それは一瞬で消えた。
視線はすぐに真白へ戻る。
「読んでないなら、ここで言う──。一条真白──。お前が好きだ」
次の瞬間、周囲の女子から小さな悲鳴のような声が上がった。
「お前には、俺の方が合ってる。だから、俺と付き合え」
工藤がきっぱりと言い切った。
「付き合わない。もう一度言う。邪魔──。どいて」
真白が即答する。
そして、前に立つ工藤を避けるように横に動く。
「待て──」
工藤が真白の前に動く。
大悟は強引に間に入った。
「おっと」
「いてっ」
工藤と大悟は思い切りぶつかった。体勢を崩したのは工藤の方だった。数歩、後ろに下がる。
「デブでよかったと、はじめて思ったな」
大悟は軽く笑った。
工藤はなにも言わなかった。
ただ、ゆっくりと姿勢を戻す。
その視線が、今度ははっきりと大悟に向いた。
「さっきから、なんだ。俺は一条と話している。邪魔をするな」
「いや、邪魔するだろう。人の女を目の前で口説くなよ」
大悟は吐息をつく。
「人の女? まるで、もの扱いだな。一条がお前の物ではない、ひとりの人間だ」
工藤が大悟を睨む。
「んっ? あたしは大悟のもの。もの扱いで十分」
真白が小さく声を挟む。
「お前、ややこしくなるから、口挟むなよ」
大悟は苦笑した。
「そうやって、お前は、いつも彼女を縛っているのか──」
工藤が大きな声で喚いた。
「縛る? いまの言葉のことか?」
大悟はきょとんとなった、
「いつも、縛る?」
そのとき、真白が我慢できなくなったかのように、突然に吹き出した。
多分、余計なことを想像してしまったのだろう。しかし、学園内での真白の笑顔は珍しい。周囲が騒然となる。
「お前が一条の弱みでも握っているという噂があるな」
工藤の声は大きい。周りも「マジ?」、「脅しって?」などとささやいているのは耳に入ってくる。
面倒だな。
大悟は内心で舌打ちした。
「一条──いや、真白。俺に言え──。ただ一言──。助けてと。そうすれば、俺はすべてからお前を救ってみせる」
工藤が大袈裟な素振りで手を振り回す。
役者か──。
大悟は突っ込みそうになった。
そのときだった──。
「……さっきから、キーキー、うるさい、サル」
声の主は真白だ。
視線を向ける。
真白は無表情だった。珍しく大悟には、いまの真白の感情が読めないでいた。
「えっ、サル? まさか、俺のことじゃないよな?」
工藤は困惑している。
「大悟、ちょっと床を見て」
不意に真白が言う。
「えっ、床か?」
目線を落とす。
なにもない。
「次に上見て」
「上?」
訝しみながら顔をあげる。
すると、大悟の頬に温かい感触が触れた。
頬に触れたのは、手のひらだった。
次の瞬間、上から唇に真白の唇が触れていた。
びっくりして、身体を硬直させてしまう。大悟の眼は大きく見開いていた。見えているのは、悪戯が成功して喜んでいるときの真白だ。
真白の顔が離れた。
目の前の工藤は明らかに狼狽している。
一方で、周囲は完全な静寂に包まれていた。次いで、爆発するような絶叫が襲いかかってきた。
「あたしが選んだのは大悟。サルに関係ない」
真白が大悟の腕をしっかりと両手で握って、工藤に言い放つ。
「あっ、うわ……そんな……」
工藤は衝撃を受けてしまった雰囲気だ。
気後れするように、その場から数歩後退った。
「行こう、大悟」
「あ、ああ……」
大悟は頷く。
その大悟を真白が腕を抱えたまま引っ張られて歩き始めた。