学園一の美少女は、キモデブの俺から絶対に離れない【完結】 作:ドン・ドナシアン
「呼び出された理由に心当たりはあるか?」
生活指導部長が机越しに問いかけた。大悟の正面には、三人の男性教師が並んで座っている。中央に生活指導部長、両脇に教頭と担任だ。
窓の外はもう夕方で、部屋の空気が妙に重い。
大悟は足を揃え、視線を落とした。隣に立つ真白は微動だにしない。
「昼休みの件ですよね……。騒ぎにして申し訳ありません」
軽く頭を下げる。
「謝る理由がわからない。なにも悪いことはしてない」
横で真白が即座に淡々と言い切った。大悟が視線を向けるが、真白はまっすぐ前を見たまま、態度を崩さない。
「真白……」
自制しろという意味で名を呼ぶ。しかし、真白の表情に変化はない。
「騒動を起こしたろ」
生活指導部長の声が低くなる。
「キスしただけ。夫婦だから普通」
真白が即座に応じた。
「校内では自粛しろ。別に学校の外で駄目だとは言ってない」
「そんな校則ないはず」
「明文化されてなくても制限される行為はある。学園生徒としての品位を保つ義務──第十四条だ」
生活指導部長が横に置いていた生徒手帳を開いて大悟たちにかざす。
「キスが品位を落とす根拠を示して」
「……真白、俺が話すから」
大悟は、真白の方へわずかに顔を向けて制する。
「むっ……でも、無理矢理にキスしたのはあたし。謝るなら、あたしが謝る」
真白は一歩も引かないまま言い切る。
「えっ、一条さんからか?」
それまで黙っていた担任が口を挟んだ。
「あたしは、木許真白です」
真白が言い直す。声は平坦で迷いがない。
「……いや、そういう問題じゃなくてな」
担任は一瞬言葉を失い、視線を逸らしながら、曖昧に言葉を濁す。
大悟は咳払いした。教師三人の視線が揃って向く。
「騒がせたのは事実なので、そこは気をつけます」
短く言い切って、とりあえず頭をさげた。
「……ただ、行為そのものについては……問題があるとは思っていません」
言葉を選びながら続ける。
生活指導部長が机に指を打ちつける。
「周囲への影響を考えろと言っている」
「悪いことはしてない」
「……問題は、個人の感情ではない。この学園全体の秩序の話です」
教頭が初めて口を開く。低く、抑えた声だった。
すると、真白からわずかに身じろぎする音が聞こえた。
「誰にも迷惑かけてない……。むしろ、迷惑をかけられてました」
真白が重ねる。
空気が一瞬止まる。
「迷惑?」
生活指導部長が眉をひそめた。
「毎日、手紙がある」
真白だ。
「はあっ、手紙がどうした?」
「中身は見てないけど、告白。呼び出しもある。応じたことはないけど、今日は廊下で声をかけられた。結婚したのに、言い寄られるのは迷惑でしかない」
真白がきっぱりと言う。
「ああ、そういうことか。それであそこでいきなりキスを?」
大悟は思わず口を挟んだ。
真白がなんで、あんなに人の眼のあるところで大悟に口づけをしてきたのか、やっと理解できた。
確かに、大悟と真白が学園内で親しくするようにしたことで、真白に言い寄る男子生徒がむしろ多くなった気がした。以前の真白は、男嫌いの評判があり、男には氷の対応の雰囲気があった。
しかし、大悟が真白の相手という評判が広まると、大悟程度であれば、自分の方がましだと考える男子生徒が多いのかもしれない。
今日の昼休みに、大悟の目の前で真白を口説いてきた工藤も、そんなことを口走っていた。
大悟が横にいてもあれなのだ。
よく考えれば、大悟がいないときには、もっと真白は煩わしかったはずだ。……溜まっていたのかもしれない。
「困っているのであれば、まずは相談してください。個別の行為については、必要に応じて指導します。ただし、それを理由に廊下でキスをするという行為は、学校として適切とは認められません」
教頭が静かに言い切る。室内の空気が一段重くなる。
真白が息を吸う気配がした。言い返そうとしている。
その気配を感じたまま、大悟は横に視線を向けた。
「真白、そこはいい。俺が話す」
小さく制する。真白は口を閉じたまま前を向いた。
「おっしゃることはわかります。やり方については、配慮が足りなかったと思っています」
もう一度、頭を下げる。
「……やり方だけの問題じゃないぞ」
生活指導部長が低く応じる。
「それは反省します。でも、俺たちの関係を隠さないことも必要だったんです」
大悟は言葉を切らずに続けた。
「そう、大悟に変な虫が寄ってこないために必要」
横で、真白が小さく頷いた。
「いや、俺に虫なんて来ないから。お前のことだ」
大悟は苦笑した。
「……その話は、一旦、ここまでにしましょう。実は、あなた方を呼び出した理由は、別にあります」
教頭が静かに言い、視線で生活指導部長に促した。場の空気が切り替わる。
生活指導部長が無言でタブレットを操作する。数秒の沈黙のあと、画面をこちらに向けた。
「これだ」
差し出された画面を見た瞬間──。
「……あっ」
「……あれ?」
大悟と真白の声が重なる。
連休中、二人でラブホテルに入ったときの写真だった。距離はあるが、輪郭と体格で大悟だとわかる。隣の女はウィッグをつけて変装しているが、真白だ。
「単刀直入に聞く。これは、お前たちか?」
生活指導部長が言う。視線が突き刺さる。
「……そうです」
大悟は一度だけ画面を見直してから、短く答えて頷いた。
「悪いことはしてない」
間を置かず、真白が言い切る。
──ここで引けば、全部崩れる。
大悟は一度だけ息を整え、真っ直ぐに顔をあげた。
「学園外のことです。俺たちは夫婦です。利用すること自体に問題はないはずです」
はっきりと言い切る。
しかし、ホテルの前だけじゃない。あの羞恥プレイまがいのやり取りまで見られていたのだろうか。
背中に冷たいものが走る。
「もう一度、確認するけど、これは間違いなく、お前たちふたりなんだな?」
担任が身を乗り出すようにして、二人の顔を覗き込む。
「そうです」
「そう……」
大悟と真白がそれぞれ答える。
「……そうか」
担任が小さく息を吐き、わずかに肩の力を抜いた。
「その写真だがな、学園内のSNSに投稿されていたものだ。その後、匿名で学校にも送られてきた。当学園の三年生、木許大悟という男子生徒が、不純異性交遊を行っている。そういう内容だ。……つまりは、たれ込みだ。木許、恨みを買った覚えはあるか」
生活指導部長が一息で言い切り、口の端をわずかに歪める。
「恨みなど……」
否定しかけて、大悟は言葉を止めた。
考えれば、思い当たる節はある。真白と親しくしているだけで、周囲の目は変わっている。
「心当たりがあるの、大悟?」
真白の声に、わずかに棘が混じる。
「……ないことはない、というか」
大悟は言い淀んだ。
「君たちが夫婦であることは承知しています。この写真が二人である以上、それ自体を咎めるつもりはありません。ただし、このような形で情報が持ち込まれた以上、なんらかの対策は必要ですね」
教頭が静かに言い切る。
それを受けるかたちで、生活指導部長が口を開く。
「その写真の件については、匿名だ。従って、学校としての正式な対応は、現時点は保留だ。ただし、当面は行動を慎め。これ以上、騒ぎを広げるな」
「校内で木許君たちに関して無責任な噂が広がらないよう、こちらでも指導は徹底します。なにかあれば、すぐに報告してください」
教頭が静かに補足する。
「無理」
真白が即座に返した。
「無理、とはどういう意味だ?」
生活指導部長が眉を寄せる。
「もう標的になってる。身の程知らずだとか、あたしを脅してるとか、洗脳してるとか、好き勝手に書かれてる。ずっと流れ続けてる」
真白が一息で言い切る。
「……そうなのか。詳しいな」
大悟が思わず言う。
「報告させてる」
真白は短く返した。
「報告?」
担任が首を傾げる。
「羽虫に」
真白が平然と言う。
「は?」
担任が目を丸くする。
「いえ、なんでもないです。ただ……そういうのが収まってないのは事実です。今回の写真も、その流れと無関係とは思えません」
大悟がすぐに引き取って、話を戻す。
「大人しくすれば収まるっていうのは、納得できない」
真白が重ねる。
「じゃあ、どうするんだ?」
「大悟とあたしが夫婦だと言えばいい。それで終わる」
「お前なあ……」
生活指導部長が睨みつける。
「一条君……いえ、真白君の言い分にも一理ありますね」
教頭が静かに言う。
「……それはどういう意味ですか?」
生活指導部長が眉を寄せた。
「問題は、不純異性交遊かどうかではなく、誤解と噂が広がっている点にあります。そこに対して“慎む”だけで収束するとは限らない、という指摘です」
教頭が淡々と説明する。
「だからといって、全部出せばいいという話にはならんでしょう」
生活指導部長が低く返す。
「いえ、根っこは同じなんです。不純異性行為にしても、木許君の評判の件にしても、事実ではないことが、事実のように扱われかけているといのが問題です。放置すれば、否定しないのと同じです」
教頭が続けた。
生活指導部長が腕組みをして唸った。
大悟はわずかに身を乗り出した。
「その通りです。放置すると、向こうの言い分だけが残ると思います」
大悟が短く言う。
「だからって、自分から火に油を注ぐというのは……」
生活指導部長が腕組みしながら大悟を見る。
「隠してる限り、好きに書かれる。訂正しないと、向こうの形で固定される」
真白が言い切る。
「……」
生活指導部長が言葉を詰まらせた。
「少なくとも、誤解をそのままにはしない、という点については合理的です」
教頭が静かにまとめる。
「じゃあ、どうするんですか?」
生活指導部長が苛立ちを隠さずに言った。
「公表はしません。しかし、隠しもしません」
教頭が即答する。
「……中途半端じゃないですか?」
生活指導部長が眉を寄せた。
「二人が夫婦であることについて、学園として積極的に発信することはありません。ただし、問い合わせがあれば事実として応じます」
教頭が続ける。
「隠すから面白がられる」
真白が小さく言った。
「……それで収まるのか」
生活指導部長が低く返した。
「話題にはなるかもしれませんね」
教頭が小さく笑った。
そのときだった。
真白がすっと姿勢をただす。大悟はその動きに気づき、わずかに視線を向けた。
「では、お願いが二つあります」
真白が静かに言う。
「……お願いだと?」
生活指導部長が低く返した。
「ひとつ目は、あたしのことは、今後、一条真白ではなく、木許真白としてください」
真白が言い切る。
室内がわずかに静まった。
大悟の呼吸が一瞬だけ止まる。
「……婚姻をしても、旧姓の使用は認められています。これからは、そういう時代です」
教頭がゆっくりと顔を上げて言う。
「あたしがそうしたい」
真白が間を置かずに返した。
大悟は大きく眼を開かせた。
真白がずっと大悟に本気なのは伝わっている。学園一の美少女の真白が、大悟のようなきもデブにである──。でも、いま、改めてその強さを突きつけられた気がした。
すると、教頭が小さく頷く。
「わかりました……。通称の選択は本人の自由意志によるものです。それが希望であれば、学園としても対処しましょう……。そのように処置してください」
教頭が担当に視線を向けて告げた。
「わかりました」
担当が短く応じる。
「あと、もうひとつは……」
そして、真白はもうひとつの希望を口にした。