学園一の美少女は、キモデブの俺から絶対に離れない【完結】 作:ドン・ドナシアン
「小さい頃は、大きな公園だと思っていたのに、こんなに小さな場所だったんだな」
足を止めたまま、大悟は目の前の公園を見渡した。
大悟たちの自宅の近所であり、住宅地に囲まれたほんのわずかな敷地だ。砂場と、滑り台と、ブランコがひとつずつ置かれているだけで、ほかにはなにもない。ベンチすらない。
あの頃、新興住宅だった周りの家々も、いまではそのまま年月を重ねているのか、子どもの姿は見当たらなかった。
「あの砂場だった……」
横からの真白の声に視線を向ける。
絡められた指が、そのまま外れることはない。
指の間に入り込んだ真白の手は、逃げ場を塞ぐように強く絡みつき、そのまま離れる気配がない。
小さな枠に収まっただけの砂場だ。子どもの背丈に合わせて作られたそれは、いまでは低く、浅く見える。
ここが真白と大悟が結婚の約束をした場所──らしい。もっとも、大悟は砂場だったか、滑り台の下だったか──そのあたりの記憶は曖昧だ。まあ、どちらでも大した違いはないだろうが。
「ロマンチックな場所じゃねえな」
「……問題ない。あたしにはロマンチック」
間を置いて返ってきた声は、変わらず淡々としている。
「……ここでいいのか?」
問いではなく、確認のように言う。
「ここがいい」
絡められた指に、わずかに力がこもった。
真白が大悟との婚姻届を勝手に提出してしまい、クラスで突然に「木許真白だ」と名乗ったのは、約一箇月半前だ。
あのときは、冗談だと思ったやつも多かったようだ。
だが、あの生活指導室での話し合いを受けた翌日の一週間前、担任から改めてクラスで、大悟と真白が夫婦関係であることの説明があった。
名簿もロッカーの名札もすべて「木許」に修正され、籍を入れたことが正式に通達されたのだ。
教室は一度静まり、そのあとで崩れた。
「マジで籍、入れてんのかよ」
「……なんであいつなんだよ」
抑えきれない声が、そのまま漏れる。
「一条さんが、あれでいいわけないじゃん」
「でも名簿も変わってるし……」
「本当なんだよね、それ」
女子の声は、否定しきれないまま続いていく。
廊下に出るころには、もう隠す気配はなかった。
別のクラスに話が伝わるのに、時間はかからない。
昼休みには、知らない顔からも見られていた。
放課後には、上級生にまで名前を呼ばれた。
スマホを見ている連中の視線が、何度もこちらに向く。
噂は、形を変えながら勝手に増えていった。
真白と結婚したことへのやっかみ半分の悪評は、いまも続いている。
担任から削除要請は出していると聞いているが、悪評は収まっていないし、目に見えて変わった感じもない。
ただ、公然とキスしたことも広まっていて、あっという間に空気が変わっていった。
それまで、真白と距離を詰めてきていた連中も、さすがに露骨に踏み込んでくることはなくなった。
なにしろ、すでに既婚者だ。
軽口を叩くやつはいても、それ以上先に出てくる気配はない。
だが──。
真白は、なにも変わらなかった。
視線も、声も、全部分かっているはずなのに、反応すらしない。
ただ当たり前のように、大悟の隣にいる。
「待ってね」
真白が肩から提げていたトートバッグに手を入れる。
大悟はその動きだけを見て、なにを取り出すかを察した。
結婚指輪だ。
真白が取り出した箱を開く。
中には宝石もない、細い銀のペアリングが収まっている。
「貸して」
大悟は、その箱に手を伸ばした。
だが、真白は首を横に振った。
「……まずは、あたしが大悟に嵌めたい」
「こういうものは、普通は、男からじゃないのか?」
大悟は苦笑した。
一週間前にあった生活指導室での話し合いの場で、真白は、木許の姓を真白が使うこととともに、大悟と真白が結婚指輪を装着することを学園側に認めさせていた。
学園側も、婚姻関係にある以上、それを拒む理由はないと折れた。
「あたしたちに、普通は関係ない」
「そうか」
大悟はその真白の一言で右手を引っ込めた。
真白が絡めていた指をほどき、箱をパーカーのポケットにしまう。
左手を真白に取られる。
「……じっとして」
真白が短く言って、迷いなく指環を左手の薬指に通す。
金属の冷たい感触がゆっくりと指に収まっていった。
最後まで押し込んだ。だが、手を離さない。満足そうに、大悟の指に嵌まった結婚指輪を見ている。
真白は言葉にはしない。表情にも出さない。
でも、大悟には、真白がとても嬉しそうなのはわかった。
「じゃあ、俺の番だ」
大悟は手を離し、真白から箱を受け取る。そして、残っている指環を抜き取り、箱をポケットにしまう。
同じように真白の左の薬指に嵌める。
なんの変哲もない銀の輪が、ふたりの指に揃う。
この結婚指環を準備したのは真白だった。
あの一週間前の話し合いを受けて、この指環を用意したわけではない。
指輪は、それより前から真白によって準備されていた。たまたま時期が重なっただけだ。
それで、今日ここに来た。
指環を嵌めるなら、この場所がいいと真白が言ったのだ。
代金を出すと言ったが、真白は受け取らなかった。
「さて、帰るか」
大悟が真白に手を出す。
「うん」
真白は当たり前のようにその手を握り返した。
住宅街の道を並んで歩く。
しばらく無言が続いたあと、ふと、真白が口を開いた。
「……ねえ」
「なんだ?」
大悟が横に視線を向ける。
「もうひとつある」
「もうひとつ?」
大悟はわずかに首を傾げた。
真白は前を向いたまま口を開いた。
「……チョーカー」
「チョーカー?」
「嵌めていい」
短く、それだけだった。
間が落ちる。
「それはまた……急だな」
大悟は苦笑する。
「問題ない」
「いや、問題あるだろ。少なくとも学園にはしていけないな」
「夫婦だからいい」
「いや、夫婦でも、学校じゃあだめだろ。指環とは違うしな」
「むうっ」
「付けたいのか?」
「付けたい。大悟に嵌められる首環……ドキドキする」
「ドキドキかあ……。じゃあ、家でな」
「なら家で……」
「わかった。じゃあ、今夜もドキドキさせてやる。でも、ちょっときついかもしれないぞ」
「……問題ない……」
真白が頷いた。
ただ、その口元がちょっとだけあがっている。
握っている真白の手が少しだけ熱くなったのを感じた。
(終わり)
【作者より】
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
大悟と真白の関係は、この先も変わらず続いていきますが、本作は本話をもって一区切りにしたいと思います。
少しでも楽しんでいただけたなら幸いです。