※この作品はR-18です。

学園一の美少女は、キモデブの俺から絶対に離れない【完結】   作:ドン・ドナシアン

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035 あたしたちに、普通は関係ない

「小さい頃は、大きな公園だと思っていたのに、こんなに小さな場所だったんだな」

 

 足を止めたまま、大悟は目の前の公園を見渡した。

 大悟たちの自宅の近所であり、住宅地に囲まれたほんのわずかな敷地だ。砂場と、滑り台と、ブランコがひとつずつ置かれているだけで、ほかにはなにもない。ベンチすらない。

 あの頃、新興住宅だった周りの家々も、いまではそのまま年月を重ねているのか、子どもの姿は見当たらなかった。

 

「あの砂場だった……」

 

 横からの真白の声に視線を向ける。

 絡められた指が、そのまま外れることはない。

 指の間に入り込んだ真白の手は、逃げ場を塞ぐように強く絡みつき、そのまま離れる気配がない。

 小さな枠に収まっただけの砂場だ。子どもの背丈に合わせて作られたそれは、いまでは低く、浅く見える。

 ここが真白と大悟が結婚の約束をした場所──らしい。もっとも、大悟は砂場だったか、滑り台の下だったか──そのあたりの記憶は曖昧だ。まあ、どちらでも大した違いはないだろうが。

 

「ロマンチックな場所じゃねえな」

 

「……問題ない。あたしにはロマンチック」

 

 間を置いて返ってきた声は、変わらず淡々としている。

 

「……ここでいいのか?」

 

 問いではなく、確認のように言う。

 

「ここがいい」

 

 絡められた指に、わずかに力がこもった。

 真白が大悟との婚姻届を勝手に提出してしまい、クラスで突然に「木許真白だ」と名乗ったのは、約一箇月半前だ。

 あのときは、冗談だと思ったやつも多かったようだ。

 だが、あの生活指導室での話し合いを受けた翌日の一週間前、担任から改めてクラスで、大悟と真白が夫婦関係であることの説明があった。

 名簿もロッカーの名札もすべて「木許」に修正され、籍を入れたことが正式に通達されたのだ。

 教室は一度静まり、そのあとで崩れた。

 

「マジで籍、入れてんのかよ」

 

「……なんであいつなんだよ」

 

 抑えきれない声が、そのまま漏れる。

 

「一条さんが、あれでいいわけないじゃん」

 

「でも名簿も変わってるし……」

 

「本当なんだよね、それ」

 

 女子の声は、否定しきれないまま続いていく。

 廊下に出るころには、もう隠す気配はなかった。

 別のクラスに話が伝わるのに、時間はかからない。

 

 昼休みには、知らない顔からも見られていた。

 放課後には、上級生にまで名前を呼ばれた。

 

 スマホを見ている連中の視線が、何度もこちらに向く。

 噂は、形を変えながら勝手に増えていった。

 真白と結婚したことへのやっかみ半分の悪評は、いまも続いている。

 担任から削除要請は出していると聞いているが、悪評は収まっていないし、目に見えて変わった感じもない。

 

 ただ、公然とキスしたことも広まっていて、あっという間に空気が変わっていった。

 それまで、真白と距離を詰めてきていた連中も、さすがに露骨に踏み込んでくることはなくなった。

 なにしろ、すでに既婚者だ。

 軽口を叩くやつはいても、それ以上先に出てくる気配はない。

 

 だが──。

 

 真白は、なにも変わらなかった。

 視線も、声も、全部分かっているはずなのに、反応すらしない。

 ただ当たり前のように、大悟の隣にいる。

 

「待ってね」

 

 真白が肩から提げていたトートバッグに手を入れる。

 大悟はその動きだけを見て、なにを取り出すかを察した。

 結婚指輪だ。

 真白が取り出した箱を開く。

 中には宝石もない、細い銀のペアリングが収まっている。

 

「貸して」

 

 大悟は、その箱に手を伸ばした。

 だが、真白は首を横に振った。

 

「……まずは、あたしが大悟に嵌めたい」

 

「こういうものは、普通は、男からじゃないのか?」

 

 大悟は苦笑した。

 一週間前にあった生活指導室での話し合いの場で、真白は、木許の姓を真白が使うこととともに、大悟と真白が結婚指輪を装着することを学園側に認めさせていた。

 学園側も、婚姻関係にある以上、それを拒む理由はないと折れた。

 

「あたしたちに、普通は関係ない」

 

「そうか」

 

 大悟はその真白の一言で右手を引っ込めた。

 真白が絡めていた指をほどき、箱をパーカーのポケットにしまう。

 左手を真白に取られる。

 

「……じっとして」

 

 真白が短く言って、迷いなく指環を左手の薬指に通す。

 金属の冷たい感触がゆっくりと指に収まっていった。

 最後まで押し込んだ。だが、手を離さない。満足そうに、大悟の指に嵌まった結婚指輪を見ている。

 真白は言葉にはしない。表情にも出さない。

 でも、大悟には、真白がとても嬉しそうなのはわかった。

 

「じゃあ、俺の番だ」

 

 大悟は手を離し、真白から箱を受け取る。そして、残っている指環を抜き取り、箱をポケットにしまう。

 同じように真白の左の薬指に嵌める。

 なんの変哲もない銀の輪が、ふたりの指に揃う。

 

 この結婚指環を準備したのは真白だった。

 あの一週間前の話し合いを受けて、この指環を用意したわけではない。

 指輪は、それより前から真白によって準備されていた。たまたま時期が重なっただけだ。

 それで、今日ここに来た。

 指環を嵌めるなら、この場所がいいと真白が言ったのだ。

 代金を出すと言ったが、真白は受け取らなかった。

 

「さて、帰るか」

 

 大悟が真白に手を出す。

 

「うん」

 

 真白は当たり前のようにその手を握り返した。

 住宅街の道を並んで歩く。

 しばらく無言が続いたあと、ふと、真白が口を開いた。

 

「……ねえ」

 

「なんだ?」

 

 大悟が横に視線を向ける。

 

「もうひとつある」

 

「もうひとつ?」

 

 大悟はわずかに首を傾げた。

 真白は前を向いたまま口を開いた。

 

「……チョーカー」

 

「チョーカー?」

 

「嵌めていい」

 

 短く、それだけだった。

 間が落ちる。

 

「それはまた……急だな」

 

 大悟は苦笑する。

 

「問題ない」

 

「いや、問題あるだろ。少なくとも学園にはしていけないな」

 

「夫婦だからいい」

 

「いや、夫婦でも、学校じゃあだめだろ。指環とは違うしな」

 

「むうっ」

 

「付けたいのか?」

 

「付けたい。大悟に嵌められる首環……ドキドキする」

 

「ドキドキかあ……。じゃあ、家でな」

 

「なら家で……」

 

「わかった。じゃあ、今夜もドキドキさせてやる。でも、ちょっときついかもしれないぞ」

 

「……問題ない……」

 

 真白が頷いた。

 ただ、その口元がちょっとだけあがっている。

 握っている真白の手が少しだけ熱くなったのを感じた。

 

 

 

 

 

(終わり)





【作者より】
 ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
 大悟と真白の関係は、この先も変わらず続いていきますが、本作は本話をもって一区切りにしたいと思います。
 少しでも楽しんでいただけたなら幸いです。
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