学園一の美少女は、キモデブの俺から絶対に離れない 作:ドン・ドナシアン
【作者より】
しばらくお休みしていましたが、連載を再開します。
無事に、学園公認の夫婦となった大悟と真白ですが、だからといって、めでたしめでたしとはいかないようです。
もうしばらく、この二人にお付き合いください。
036 夫婦に秘密はだめ
チャイムが鳴った。
「はい、そこまで。筆記用具を置け。後ろから解答用紙を送ってこい」
試験監督の教師の声が、静まり返った教室に響いた。
大悟はシャープペンシルを机に置いた。
中間考査の最後の科目が終わった。
教室のあちこちから、ため息が漏れている。
大きく息を吐いて机に突っ伏すやつがいる。天井を仰いで、両手を合わせているやつもいる。最後まで答案用紙に目を落としていた女子が、諦めたように顔を上げた。
まだ、シャーペンを離さない生徒が、試験監督の教師に促されて、渋々ペンを置くのも見えた。
答案用紙が回収されていく。
さっきまで、時計の秒針の音さえ気になるほど静かだった教室が、少しずつざわめき始めた。
まだ試験監督がいるので、話し声は抑えられていたが、みんなの顔には、もう試験中の緊張感は残っていない。
大悟も椅子の背にもたれた。
疲れた。
今回ばかりは、本当に疲れた。
なにしろ、この一週間、本当にこの試験に専念したのだ。
真白にも協力してもらった。
いや、協力してもらったというより、我慢してもらったという方が正しいかもしれない。
一週間の禁欲──。
籍を入れた四月の連休前以来、猿のように真白の身体に溺れた大悟だったが、今回は耐えた。
それくらいの覚悟で試験に臨んだのだ。
少なくとも、これまで受けてきた試験の中では、一番努力したつもりだ。
もっとも、努力したからといって、いい点数が取れるとは限らない。
そこは、答案が返ってこなければわからない。
だが、真白に頼んで教えてもらったこともあり、それなりに手応えがあった気がする。あとは結果待ちだ。
とにかく、少しでも、真白に相応しい男になりたかった。
学園一の美少女、一条真白──。
優等生で、スポーツ万能で、芸能人ではないが、モデル業までこなしているくらいの、同じ高等部どころか、中等部でも知られている大美少女だ。
告白もラブレターも日常茶飯事であり、表情には乏しいが話しかけられれば、それなりに受け答えもするので、真白の周りには自然に人が集まる。
いわゆる、カーストトップ。学園の誰もが知る、少し近寄りがたい雰囲気まである孤高の美少女──。
それが、真白だ。
しかし、どんな男子生徒に言い寄られても、ほぼ返事すらすることなく、高校三年生の四月になるまで、誰とも付き合うこともなかった。
その一条真白は、いまは木許真白である。
あの真白と、大悟は籍を入れたのだ。
もっとも、ふたりは赤ん坊の頃から同じ座布団に寝かされていた幼馴染だった。家も隣同士だ。
学園では、真白は大悟と距離を取っていた。ところが、帰宅すると話は別だった。
真白は当然のように大悟の部屋にやってきて、夜まで入り浸る。
そんな日々が、ずっと続いていたのだ。
だが、お互いの十八歳の誕生日が終わった四月の最後の週に、真白が突然に、婚姻届を押しつけてきて、半ば強引に大悟は署名をさせられた。
もともとは、将来の約束だとして、書かされたのだが、翌日の早朝には、真白はその婚姻届を提出してしまい、夫婦になってしまったのだ。
当初は、それを知った学園側から箝口令を強要されたが、いろいろとあって、いまでは、そのことは、一応は学園中に知られている。
正直なところ、いまだに実感が湧かないことがある。
左手に目を落とす。
薬指に、細い銀の指環が嵌まっている。
真白とお揃いの結婚指環だ。
これを見れば、夢でも冗談でもないことはわかる。
ところが、そう思っていない連中は、まだ大勢いるらしい。
真白がクラスのみんなの前で、自分は木許真白だと名乗ったときには、ほとんど誰も信じていなかった。
それも当然だろう。
学園一の美少女が、よりによって、小太りで背も低く、パソコン好きのきもデブの大悟と結婚したというのだ。
それだけでも信じられない話なのに、真白はそれまで、そんな素振りをほとんど見せていなかったのだ。
だが、二週間ほど前に、学園側から正式に説明があり、出席簿の名前まで一条から木許に変わった。
ロッカーの名札もそうだ。
さすがにクラスの連中も、冗談では済まされなくなったようだ。
以前のように、真白が嘘をついていると決めつける声は減った。
それでも、どこか半信半疑なのだ。
──本当に籍を入れたらしい。
──だが、なぜ相手が木許大悟なのか。
そんな空気は、いまも教室に残っている。
まして、他のクラスとなると、事情はもっとひどい。
いまだに結婚そのものを信じていないやつもいるという。
学園内のSNSでは、相変わらず大悟について、いろいろなことが書かれているらしい。
──大悟が真白を脅迫しているとか。
──別の男性との恋愛を隠すための嘘であり、本当は付き合ってさえいないとか。
なかには、付き合っていることは認めながら、大悟が浮気をして真白を泣かせているという話まであるそうだ。
いったい、どういう理屈なのだろう。
大悟と真白が結婚したことは信じられないくせに、大悟が浮気をしているという話は信じられるらしい。
もっとも、大悟自身は、そんな書き込みを見ていない。
見たいとも思わない。
担任が削除を求めているという話も聞いているが、噂というものは、そう簡単には消えてくれないようだ。
結局のところ、真白と籍を入れたからといって、大悟を見る周囲の目が大きく変わったわけではない。
相変わらず、大悟は大悟だ。
きもデブの木許大悟──。
それでも、少しくらいは変わりたいと思った。
真白が大悟を選んでくれたことを、後悔させたくない。
もちろん、試験でいい点数を取ったくらいで、真白に相応しい男になれるとは思っていない。
だが、なにもしないよりは、ずっといい。
「はい、これで中間考査は終了だ。じゃあ、午後からは、クラスごとの体育祭の準備だ。授業の一環だからな。勝手に帰るなよ。じゃあ、委員長たち、後は頼む」
教師の声がした。
そのまま、教室の外に出ていき、入れ替わるように、クラス委員と、体育祭実行委員を務めるクラス代表が教壇に立った。
指示が告げられる。
午後一時から、男子は組体操、女子はダンスの練習。二時からは、出場種目ごとのパートに分かれて練習するらしい。応援合戦の練習は今日はない。
なお、二時半からの三十分間は、クラスリレーの選手にトラックが割り当てられているため、選手はパート練習を抜けて集合するように、とのことだった。
最後に、運営係については、午後一時に集会室に行くように、おまけのように付け加えられた。
委員長たちが教壇から降りた途端、教室が一気に騒がしくなった。
十一時半──。幾人かの男子生徒は、学食に向かうために、脱兎の如く教室を飛び出していった。
「あーっ、終わったあ」
「最後の問題、なんだった?」
「やめろよ──。もう答え合わせなんかしたくねえよ」
「ねえ、パート練習が終わったら、打ち上げ行かねえか?」
笑い声も弾けている。
さっきまで机に突っ伏していたやつまで、もう元気に友人と話している。気がつくと、半分近くはすでに学食に向かって消えていた。
一方で、教室のあちこちで、早くも答え合わせが始まっている。
そんなクラスメートたちを漫然と眺めていると、何人ものクラスメートが、ひとつの席に集まっていくのが見えた。
真白の席だ。
「ねえ、一条さん……じゃなくて、木許さん。最後の問題、どう解いた?」
「私、あそこ全然わからなかったんだけど」
「ちょっと待って。あたしも聞きたい」
真白は、いつもの無表情のまま、集まったクラスメートたちに向き合っている。
別に愛想がいいわけではない。
だが、面倒そうな顔をすることもなく、質問にはひとつひとつ丁寧に答えている。
ときにはシャープペンシルを手に取り、取り出したノートになにかを書いて説明していた。
それを覗き込む男女の生徒たちが、感心したように声もあげたりする。
真白は、相変わらず人気者だった。
学園一の美少女という評判も人気も、結婚したからといって変わるものではないらしい。
大悟は、窓際の隅にある自分の席に目を戻した。
こちらには、誰も寄ってこない。
真白の周りには人が集まり、大悟の周りには誰もいない。
これもまた、見慣れた教室の風景だった。
あれほど騒がしかった結婚騒動も、二週間が過ぎ、六月に入る頃には、すっかり落ち着いていた。
中間考査が近づいていたこともあるのだろう。
みんな、自分の試験のことで忙しくなったのだ。
もっとも、納得したわけではないと思う。
ただ、いつまでも騒いでいるわけにはいかなかったのだろう。
真白の名字が木許になったことも、いつの間にか日常の一部になっていた。
そして、試験が終わったいま、教室はすっかり以前の雰囲気に戻っていた。
真白の周りには人が集まる。
大悟の周りには、誰もいない。
それでいて、真白と大悟は夫婦だ。
なんとも不思議な気持ちだ。
「よう、きもダイ、相変わらず、暗いなあ」
不意に声を掛けられた。
「就職組はいいよなあ。試験なんて、どうでもいいしなあ」
「それよりも、お姫様を放っていいのかよ。なんせ、お前が夫だっていうんだからな。自分の方がましだろうって、お姫様に告白する男子が、余計に増えたらしいぞ」
顔を上げると、三人の女生徒が机の前に立っていた。まるで取り囲むように、大悟の視界を塞いでいる。
大悟は溜息をついた。
以前と違った日常がここにあった。
片桐レナ、姫野ミカ、神崎ユイの三ギャルだ。
それまで、接点はなかったのだが、真白と大悟が恋仲だと噂が流れ出すと、それを面白がって、やたらに大悟に絡んでくるようになった。
三人とも、それなりに可愛い顔をしているが、校則ぎりぎりのアクセサリーや化粧をしていて、スカートもわざと短くしている。
正直なところ、大悟はこの三人が苦手だった。
だが、最近では、こうして絡まれることにも慣れてしまった。
人間、慣れというものは恐ろしい。
「……言っとくけど、別に就職組ってわけじゃねえぞ。まだ決めてねえし」
大悟は、とりあえずそこだけ訂正した。
「ええ? お前、お姫様と籍入れたんだろう。だったら、当然、働くんじゃねえのかよ」
「貢ぐのがお前の役割だろう。まさか、お姫様と一緒に、大学生活を謳歌しようと思ってんじゃねえだろうなあ」
「公務員だよ、公務員。真っ当な仕事をしろよ。わかったな」
レナとミカが、好き勝手なことを言いながら詰め寄ってきた。
しかも、二人揃って大悟の机の縁に腰掛け、座っている大悟の身体に、自分たちの太腿をわざとくっつけてくる。
「……お前ら、どけよ」
わざとやっているのはわかっている。
大悟が困るのを見て、面白がっているのだ。
まったく、こいつらは──。
大悟は閉口した。
「いやいや、この大悟様は、もう就職先が決まっている勝ち組だぜ」
それまで黙っていたユイが、笑いながら口を挟んできた。
「えっ、お前、もう就職先が決まってんのか?」
レナがユイに視線を向けてから、すぐに大悟に顔を向け直す。
「しかも、就職先からは、経験を積むために進学してもいいって言われてんだぞ。その間も、仕事をした分だけ給料をくれるって約束までしてんだ」
「はああっ?」
「なんだそれ?」
レナだけでなく、ミカも揃ってユイを振り返った。
ふたりは怪訝そうな口調だった。
大悟は苦笑した。
ユイが事情を知っているのは、つい一週間ほど前のことだった。
中間考査に向けて禁欲生活に入る、その直前のことである。
レナとミカは知らないだろうが、ユイには写真家になるという夢がある。
しかも、ただの写真家ではない。
緊縛師兼写真家──。
なんとも変態じみた夢だが、本人は至って真剣だった。
もともと自分で自分を縛った写真を撮影し、専用のサイトに投稿していたらしい。だが、それでは限界があるということで、真白をモデルにしたいと言い出したのだ。
もちろん、最初は断るつもりだった。
ところが、大悟に緊縛を教えるという条件もあって、結局、真白が承諾してしまった。
それで一度、ユイの自宅にあるスタジオで撮影会を開いた。
その最後に撮影された一枚が、すごかった。
真白は服を着ている。しかも、襟元からほんのわずかに縄が覗いているだけだ。
だが、大悟の手に口づけする真白の姿には、なんともいえない艶めかしさと格好よさがあった。
大悟自身、写真を見たときには息を呑んだほどだ。
ユイによると、その一枚を公開しただけで、サイトの登録者の数の桁が一つ増えたらしい。
それで気をよくしたユイが、もう一度撮影会を開きたいと言い出したのだ。
もちろん、大悟への緊縛指導も込みである。
その二度目の撮影会で、たまたま進路の話になった。
大悟がプログラミングの能力を買われ、ソフト開発会社の仕事を手伝っていること。すでに報酬をもらっていること。そして、進学するなら、それも経験になるから構わないと言われていること。
真白がそんな話をすると、ユイは目を丸くしていた。
「ちょっと、大悟。詳しく、教えろよ」
「そうだよ。全体練習が終われば、お前、どうせ、なんにも選ばれてないんだろう。カラオケ行こうぜ。そのときに白状しろ。いいな」
レナとミカが迫った。
「いや、俺、運営係だから、いつ終わるかわかんねえし」
大悟は言った。
「運営係? ああ、そういえば、今度の体育祭のヒーローだったな」
「赤組のために、裏方を引き受けたんだったな。そうか、今日から準備作業か。頑張れよ、きもダイ」
レナとミカが、思い出したように笑った。
「引き受けたんじゃねえよ。お前らが押しつけたんだろうが」
大悟は言い返した。
運営係というのは、要するに裏方だ。
各クラスから一名ずつ選ばれ、体育祭当日の準備や運営を手伝う。その代わり、競技に出なくても許されることになっている。
大悟は運動神経が悪い。おまけに見栄えも悪い。
だから、集団競技にも参加するなと、半ば強引に運営係を押しつけられたのだ。
もっとも、それはまだ真白と籍を入れる前のことだった。
「まあ、だけど、ちょうどよかったよ。お前が運営係のおかげで、お姫様もお前と一緒に出場するって駄々こねずに済むしな」
ミカが口を挟んだ。
「なんだ、それ?」
大悟は首を傾げた。
「だって、お前、体育祭に不参加だから、誰がどの競技に出るのか知らねえだろうけど……」
「不参加じゃねえ。運営係だ」
「まあ、それはいいだろ。とにかく、お姫様は、女子のダンスに、男女ペアの二人三脚、それに最後の組対抗リレーの代表だ。だけど、お前が出てたら、二人三脚のペアに指名するに決まってるだろ。そうなりゃ、いくらお姫様でもビリ決定だ。でも、お前がいねえおかげで、別の男と組めるんだ。陰の殊勲だぞ」
「まあ、そうだな。あたしたちだけは褒めてやるぜ」
「いらねえよ」
大悟は言った。
「ところで、きもダイ。お姫様が誰と二人三脚するのか、知ってるか?」
レナが意味ありげに訊ねてきた。
「……いや」
そもそも、大悟は真白がどの競技に出るのかさえ、実は聞いていなかった。
二人きりのときに体育祭が話題になったこともなかったし、大悟自身、さほど興味がなかったのだ。
「三組の工藤だよ。因縁の相手なんだろう? 工藤がお前の目の前でお姫様に交際を申し込んで、振られただけじゃなく、お姫様がお前に廊下でキスしたんだろう。あーあ、あたしも見たかったぜ」
レナが声を上げて笑った。
「なんでだよ。あいつ、別のクラスだろう。どうして真白と二人三脚なんだよ」
大悟は思わず声を上げた。
「知らねえよ。クラスは違っても、同じ赤組だしな。あいつ、赤組の総合キャプテンなんだ。権力でねじ込んだんじゃねえか。決まった名簿を見たらそうなってたぜ」
ミカが横から口を挟んだ。
「はあ? なんだ、それ」
大悟は眉をひそめた。
「……お姫様は、なにも言ってなかったのかい?」
今度はユイが顔を寄せてきた。
「聞いてないけど……」
「だったら、多分、後ろめたかったんじゃねえか。でも、言わないのはよくねえよな……。夫として、お仕置きしてやりな……」
声をひそめ、意味ありげに笑う。
半分はからかいだろう。だが、残りの半分には、大悟をけしかけるような響きがあった。
ユイだけは、大悟と真白が二人きりのときに、どんな遊びをしているのか知っている。
だからこその「お仕置き」なのだ。
「こいつが、お姫様にお仕置き?」
「そんな根性ねえだろう」
だが、レナとミカには、ユイの言葉は完全な冗談にしか聞こえなかったらしい。
二人は揃って馬鹿笑いした。
「近い。三人、離れて」
そのとき、三人の後ろから声が割り込んできた。
抑揚のない、いつもの口調だった。
だが、大悟だけにはわかる、不満そうな響きが混じっている。
真白だ。
いつの間にか、大悟たちのところに来ていた。
周囲を見渡すと、教室にいた生徒の三分のニ以上が、すでに姿を消していた。昼食を取りに行ったのか、それとも体操服に着替えに行ったのか。
残った生徒たちは、いくつかのグループに分かれ、弁当を広げ始めている。
真白は、いつものトートバッグを手にしていた。
中に入っているのは、大悟と真白、二人分の弁当だ。
「おっと、お姫様の登場か。じゃあ、あたしたちは退散するかな」
「じゃあ、いつか、お姫様のいないときに、四人でカラオケな。密室でサービスしてやっからな。愉しみにしてな。じゃあ、ずらかれ──」
レナがわざとらしく掛け声をかけると、三人が歓声をあげて逃げていく。
それぞれ、一度自分の机に戻って、バッグを抱えていったから、おそらく、どこかで一緒に食べるんだろう。
「むっ、逃げた……。大悟、ねえ、なに? カラオケって……」
真白が眉間に皺を寄せている。
珍しく、不機嫌さを顔に出している。
大悟は嘆息した。
「なんでもねえよ。また、揶揄われたんだよ」
大悟は応じた。
「なんでもないって、なに? 夫婦に秘密はだめ。ちゃんと教えて……」
そう言いながら、真白が大悟の隣に立ち、身体を押しつけてきた。
「……おい、真白」
「なに?」
真白は大悟を見下ろしたまま、さらに身を寄せてくる。
いつものことだ。
真白は大悟に不満があると、こうして身体を押しつけてくる。まるで、自分がここにいることを思い出させようとするかのようにだ。
「……近いって」
「近くない」
「いや、近いだろ」
「夫婦だから」
「いや、お前……」
まったく、こいつは──。
大悟は周囲に目をやった。
幸い、教室に残っている生徒たちは、それぞれ昼食やお喋りに夢中になっている。
「……ねえ、カラオケってなんなの?」
真白は離れようとしなかった。
「だから、あいつらが勝手に言ってるだけだって。俺の仕事の話を聞きたいとかなんとか……」
「……仕事?」
「ああ。ユイが余計なことを喋ったんだよ」
「そう……」
真白は少し考えるような顔をした。
だが、身体は離れない。
「……でも、密室でサービスって言ってた」
「そこは無視しろよ」
「無視できない……。じゃあ、大悟、あたしとカラオケ行って。密室でサービスする」
真白がさらに身体を寄せてきた。
「……サービスって……」
大悟は思わず余計な想像をして、ごくりと唾を飲み込んだ。
そのとき、さっきまではこちらを見ていなかった生徒たちの視線が、いつの間にか自分たちに集まっていることに気づいた。
大悟は慌てて真白を引き離すと、隣の席から椅子を引き寄せ、そこに座らせた。
隣の席は、ユイの席だ。
「そんなことより、お前も俺に隠していることがあるみたいじゃねえか」
真白が弁当を取り出し、二人の前に並べ終わったところで、大悟は切り出した。
「隠していること?」
真白が小首を傾げた。
「二人三脚……。お前、あの工藤とペアなんだって?」
大悟はぼそりと言った。
「えっ? あっ、違う。いえ、違わないけど、隠してない。気にしてなかったし。違うの。隠してない」
珍しいことに、真白が明らかに動揺していた。
頬を赤くして、わかりやすいほど焦っている。
やっぱり、多少は後ろめたいところがあったのかもしれない。
もっとも、気にしていなかったというのも、本当なのだろう。
「気にしてなかったとしても、俺としては愉快じゃねえな。さっきの三人に教えられたんだ。しかも、あの工藤だろう? もしかして、やましいことでもあるのか?」
大悟はわざと不機嫌を装った。
もちろん、真白が工藤に特別な感情など抱いていないことは、よくわかっている。
一か月前なら、嫉妬に似た感情を抱いたかもしれない。
だが、いまは違う。
真白を疑う気持ちなど、微塵もなかった。
それだけの心のつながりが、二人の間にはできている。
「大悟、違う。やましくない。本当。信じて」
真白が真剣な表情になった。
心なしか、涙目にさえ見える。
今度は大悟のほうが慌ててしまった。
どうやら、少しからかいすぎたらしい。
「……わかってるよ。お前が工藤のことなんか、なんとも思ってねえのは……」
大悟は不機嫌な顔をやめて、微笑んだ。
「思ってない。本当」
真白が間髪入れずに口を挟む。
「ただ、黙ってたことは確かだしな。お仕置きくらいは必要かもな」
「……えっ、お仕置き?」
真白がきょとんとした。
大悟はすぐには答えなかった。
真白がじっと大悟を見つめている。
そのまま、ほんの数秒が過ぎた。
「……ええっと……大悟?」
「俺は午後から運営係の作業があるから、多分、五時くらいまでかかる。どこかで待ってろ。一緒に帰るぞ。そのときに、お仕置きしてやる」
大悟は真白の耳元に口を寄せて言った。
真白の表情が一変した。
さっきまで焦りで赤くなっていた顔が、今度は明らかに期待を帯びた赤さに変わっている。
「……うん……。あたしは、大悟に黙っていた。黙っていたつもりはないけど、結果は同じ……。だから、お仕置きして」
真白がかすかな声で言った。
そして、無意識なのか、舌先で自分の唇を舐めた。
さらに、向かい合って座る真白が、落ち着かなげに脚を動かし、小さく吐息を漏らす。
その仕草があまりにもエロくて、大悟はどきりとしてしまった。