学園一の美少女は、キモデブの俺から絶対に離れない 作:ドン・ドナシアン
ギコギコと、のこぎりを動かす音が響いていた。
学園の敷地の隅にある資材庫。その前の、普段はほとんど人が立ち寄らない裏庭で、大悟は体育祭に使う得点板を作っていた。
角材を寸法に合わせて切断し、組み合わせて釘を打つ。その上にベニヤ板を張り、一メートル×一・五メートルの長方形の板に仕上げる作業だった。
「大悟先輩、結構器用っすね。見かけによらないっす」
大悟の隣で、遠藤かおるが笑っていた。
「どういう見かけだよ」
大悟は切断した角材をかおるに渡して、金槌と釘を引き寄せた。
「いや、なんか、こういう作業って苦手そうじゃないっすか」
「ほっとけ」
遠藤かおるは二年生で、文芸部に所属している。三つ編みに丸眼鏡を掛けた小柄な女生徒で、小説家を目指しているらしい。
以前、大悟と真白を小説の題材にしようとして、真白を脅迫するという無茶をやらかした。ところが、逆に弱みを握られ、今では真白に「羽虫」と呼ばれ、舎弟のようにこき使われている。
体育祭の運営係は、各クラスから一名ずつ選ばれている。一学年九クラスなので、三学年合わせて二十七名。午後一時に集合して作業の分担を決めたあと、三つの班に分かれて準備を始めていた。
大悟たちの班は、得点板や看板などの製作と補修を担当している。
資材庫の前には十名ほどの生徒が集まっていた。大悟とかおるが得点板を作り、その少し離れたところでは、別の生徒たちが古い看板の傷んだ部分を補修している。
三年生は大悟と、もう一人の女子生徒だけだった。残りは一年生と二年生で、顔も名前も知らない生徒がほとんどだ。
「そっち、取ってくれ」
大悟が声をかけると、かおるが切断済みの角材を手渡してきた。
受け取った材を枠に合わせ、釘を打っていく。
「そういや、お前、四月の顔合わせのときには運営係じゃなかったろ。誰かと交替したのか?」
「そうっすよ。無理やり交替させられたんす」
「無理やり?」
「真白先輩っすよ。あの人に命令されたんす」
「真白に?」
大悟は金槌を動かす手を止めた。
「なんで真白が、お前を運営係にするんだよ」
「大悟先輩の監視っす」
「……は?」
「大悟先輩に変な虫がつかないように、見張ってろって言われたんすよ」
「変な虫って……」
「女っす。大悟先輩に近づいてくる女がいないか、見張ってろってことっす」
「……あいつ、なに考えてんだ」
「それ、あたしが聞きたいっすよ。大悟先輩にそんな女が寄ってくるわけないって、ちゃんと言ったんすけどね」
「おい」
「あの人、勉強も運動もなんでも完璧なのに、大悟先輩のことになると、普通におかしくなるんすよ。判断力、バグってるっす」
「……バグってるって」
「だって、そうでしょ。大悟先輩に女が寄ってくるなんて、あり得なくないっすか?」
「お前なあ……。まあいいや。それより、お前、いつから俺のこと、大悟って呼ぶようになったんだ? きもダイ呼びだったろ」
大悟は次の角材を要求しながら言った。
「きもダイなんて呼んでませんよ。それも真白先輩っす。同じ木許になったんで、下の名前で呼べって言われたんすよ。……はい、どうぞ」
かおるが角材を手渡してきた。
「そういうことか」
「だけど、本当に結婚したんすね。驚いたっす」
「驚いたって、知ってただろ」
「知ってたって、驚きっす。いまだに信じられないっす」
かおるは、大悟の左手の薬指にはめられた指環を指さした。
「へえ、これが結婚指輪なんすね。意外に地味っすね」
「まあ、こんなもんだぞ。婚約指輪じゃないんだから」
「あれって、なんで婚約指輪の方が高いんすかねえ。結婚指輪の方が長く嵌めるんだから、そっちが高いのが当然じゃないっすかねえ」
「知らねえよ」
大悟は苦笑した。
「もうちょっと見せてもらっていいっすか?」
「別にいいけど」
大悟が金槌を置いて左手を差し出すと、かおるは指環を覗き込んだ。
「へえ……。本当に結婚してるんすねえ」
「だから、さっきからそう言ってるだろ。本当にくどいなあ」
「あのう……すみません」
不意に声をかけられ、大悟は顔を上げた。
少し離れたところで看板を補修していた女子生徒が、二人、こちらに近づいてきていた。どちらも二年生らしい。
「あの、木許先輩ですよね? 三年生の」
「まあ、そうだけど……」
「一条真白先輩と結婚したって、本当なんですか?」
「……ああ」
「ええっ、本当なんだ」
もう一人の女子生徒が声を上げた。
「ねえ、指輪してるよ」
「ほんとだ。ちょっと見せてもらってもいいですか?」
「……別に」
大悟が左手を差し出すと、二人は興味津々といった様子で覗き込んできた。
「すごい。これが結婚指輪ですか」
「真白先輩も同じのしてるんですか?」
「ああ、同じのだよ」
「いいなあ。高校生で結婚って、なんかすごいですよね」
「ねえ。真白先輩って、学校じゃ全然そんな感じしないのに」
「家ではどんな感じなんですか?」
「えっ?」
「やっぱり、二人きりだと甘えたりするんですか?」
「いや、それは……」
大悟が返事に困っていると、隣からかおるが口を挟んだ。
「はいはい、そのへんにしとくっす。先輩、作業の途中なんで」
「あ、ごめんなさい」
「またお話聞かせてくださいね」
二人は笑いながら、看板のところへ戻っていった。
大悟は小さく息を吐き、金槌を手に取った。
「……なんだったんだ、いまの」
「あれが、虫っす」
「は?」
「さっそく寄ってきたじゃないっすか。真白先輩の言ってた虫」
「いや、ただ結婚のことを聞きに来ただけだろ」
「真白先輩にとっては、あれも虫なんすよ」
「……虫って」
「だから、あたしが見張ってるんじゃないっすか」
「お前も女だろ」
「そういや、あたしも羽虫でしたね」
「自分で言うなよ」
大悟は呆れながら、再び釘を打ち始めた。
「そういや、大悟先輩、体育祭はなんに出るんすか?」
かおるが次の角材を手に取りながら尋ねてきた。
「俺? なんも出ねえよ」
「えっ、出ないんすか?」
「ああ」
「じゃあ、応援合戦だけっすか?」
「いや、それも出ない」
「ええっ? なんでっすか?」
「見栄えが悪いから、外れてろって言われたんだよ」
かおるは大悟の身体を上から下まで眺めた。
「……まあ、見栄えは悪いっすけど」
「おい」
「でも、応援合戦なんて大勢でやるんだから、大悟先輩がひとり混じってても、別に目立たないじゃないっすか」
「俺もそう思うけどな。ほら、全員で合わせて棒振ったりするじゃねえか。なんか、俺は合わないらしいんだよ」
「それ、普通にハブられてるじゃないっすか」
「……ほっとけ」
大悟は角材を押さえ、釘を打ち始めた。
「でも、競技にも出ないって、体育祭の間、ずっと暇じゃないっすか?」
「暇じゃねえよ。運営係の仕事があるだろ」
「ああ、そっか。つまりは、競技に出なくていいように、裏方やらされてるんすね」
「まあ、そういうことだな」
「なんか、扱い酷くないっすか」
「いいんだよ。俺だって、走ったり、応援の振り付け覚えたりするより、こっちの方が気楽だしな」
「ふうん……」
かおるは少し考えるような顔をしたあと、口元を緩めた。
「でも、大悟先輩がリレーに出たら、ちょっと面白そうっすね」
「なにが面白いんだよ」
「真白先輩、出るんすよね。大悟先輩が走るなら、真白先輩が張り切るっす。絶対赤組が一番っすよ」
「ああ、お前のクラスも赤組か……。だったら、本当に俺に対抗リレー出て欲しいのか? 一番得点が高いやつだぞ」
「そうだったっすね。先輩は裏方で頼むっす」
「そうだろう」
大悟は笑いながら、金槌を振り下ろした。
「……ねえ、大悟先輩」
「なんだよ」
「最近、変わった感覚とかないっすか?」
「変わった感覚?」
「例えば、まだ起きてないことなのに、なぜか記憶にあったり。初めてのはずなのに、前にも経験した気がするとか」
「……なんだそれ」
「こうやって、あたしと話してるのも、前にあった気がするとか」
「デジャブってやつか?」
「そう、それっす。なんかないっすか?」
「別にねえけど」
「そうっすか……」
かおるは残念そうに呟いた。
「なんだよ、いきなり」
「いやあ、実はいま、先輩たちをネタに小説を書いてるんすよ」
「そうだったな」
「でも、どうしても引っかかるところがあって」
「なんだ?」
「真白先輩が大悟先輩にベタ惚れって、やっぱりリアリティないじゃないっすか」
「……おい」
「いや、だって謎でしょ。あの真白先輩っすよ?」
「だから、幼馴染で……」
「幼馴染の刷り込みだとしても、さすがに無理あるでしょ。だって、あの真白先輩と大悟先輩っすよ?」
「あのなあ……」
「そこで、あたし、考えたんすよ。実は真白先輩、タイムリープしてるんじゃないかって」
「……は?」
大悟は思わず、かおるの顔を見た。
「一周目の人生では、真白先輩は超イケメンで金持ちの男と結婚するんす。でも、そいつがとんでもないクズ男で、真白先輩に暴力を振るうんすよ」
「……なんだよ、その話」
「で、そこにたまたま居合わせた大悟先輩が、真白先輩を助けるんす」
「俺が?」
「そうっす。すっかり落ちぶれて、人生どん底だった大悟先輩が、命懸けで真白先輩を助けるんすよ」
「落ちぶれさせんな」
「でも、大悟先輩はそのまま殺されちゃうんす」
「殺されんのか?」
「だって、ここで死なないと、真白先輩が人生をやり直す動機が弱くなるじゃないっすか」
「俺の命より、小説の都合かよ。まあいいけど……」
「そりゃそうっすよ。小説なんすから」
「……お前なあ」
かおるは気にした様子もなく、話を続けた。
「で、真白先輩は大悟先輩を失って、初めて気づくんす。本当に自分を愛してくれていたのは、大悟先輩だったんだって」
「……ふうん」
「ところが、気がつくと高校生に戻ってるんすよ。二周目の人生が始まったわけっす」
「それで?」
「今度こそ大悟先輩を幸せにしようって決意するんす。自分のせいで死なせちゃった罪悪感もあるし」
「なんだよ、罪悪感って」
「それで、大悟先輩に猛アタックして、ついに結婚するんす。つまり、いまの先輩たちが二周目って設定っす」
「……なんだ、それ」
「でも、これなら説明つくでしょ? 真白先輩が大悟先輩にベタ惚れなのも」
「いや、全然つかねえよ」
「ええっ? そうでもないとおかしいじゃないっすか。真白先輩と大悟先輩っすよ?」
「何回言うんだよ、それ」
大悟は呆れながら、金槌を置いた。
「でも、それじゃあ『真白の逆襲』じゃねえのか? お前、前に小説の題名、『きもデブの逆襲』って言ってなかったか?」
「いや、いくらなんでも、大悟先輩を主人公にはできないっすよ。あたし、売れる小説が書きたいんすから」
「いくらなんでもってなんだよ」
大悟は、笑いながら再び金槌を握った。
かおるは何事もなかったように、次の角材を差し出してくる。
まったく、失礼なやつだ。
大悟は受け取った材に釘を打ち込んだ。