※この作品はR-18です。

学園一の美少女は、キモデブの俺から絶対に離れない   作:ドン・ドナシアン

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037 判断力、バグってるっす

 ギコギコと、のこぎりを動かす音が響いていた。

 学園の敷地の隅にある資材庫。その前の、普段はほとんど人が立ち寄らない裏庭で、大悟は体育祭に使う得点板を作っていた。

 角材を寸法に合わせて切断し、組み合わせて釘を打つ。その上にベニヤ板を張り、一メートル×一・五メートルの長方形の板に仕上げる作業だった。

 

「大悟先輩、結構器用っすね。見かけによらないっす」

 

 大悟の隣で、遠藤かおるが笑っていた。

 

「どういう見かけだよ」

 

 大悟は切断した角材をかおるに渡して、金槌と釘を引き寄せた。

 

「いや、なんか、こういう作業って苦手そうじゃないっすか」

 

「ほっとけ」

 

 遠藤かおるは二年生で、文芸部に所属している。三つ編みに丸眼鏡を掛けた小柄な女生徒で、小説家を目指しているらしい。

 以前、大悟と真白を小説の題材にしようとして、真白を脅迫するという無茶をやらかした。ところが、逆に弱みを握られ、今では真白に「羽虫」と呼ばれ、舎弟のようにこき使われている。

 

 体育祭の運営係は、各クラスから一名ずつ選ばれている。一学年九クラスなので、三学年合わせて二十七名。午後一時に集合して作業の分担を決めたあと、三つの班に分かれて準備を始めていた。

 大悟たちの班は、得点板や看板などの製作と補修を担当している。

 資材庫の前には十名ほどの生徒が集まっていた。大悟とかおるが得点板を作り、その少し離れたところでは、別の生徒たちが古い看板の傷んだ部分を補修している。

 三年生は大悟と、もう一人の女子生徒だけだった。残りは一年生と二年生で、顔も名前も知らない生徒がほとんどだ。

 

「そっち、取ってくれ」

 

 大悟が声をかけると、かおるが切断済みの角材を手渡してきた。

 受け取った材を枠に合わせ、釘を打っていく。

 

「そういや、お前、四月の顔合わせのときには運営係じゃなかったろ。誰かと交替したのか?」

 

「そうっすよ。無理やり交替させられたんす」

 

「無理やり?」

 

「真白先輩っすよ。あの人に命令されたんす」

 

「真白に?」

 

 大悟は金槌を動かす手を止めた。

 

「なんで真白が、お前を運営係にするんだよ」

 

「大悟先輩の監視っす」

 

「……は?」

 

「大悟先輩に変な虫がつかないように、見張ってろって言われたんすよ」

 

「変な虫って……」

 

「女っす。大悟先輩に近づいてくる女がいないか、見張ってろってことっす」

 

「……あいつ、なに考えてんだ」

 

「それ、あたしが聞きたいっすよ。大悟先輩にそんな女が寄ってくるわけないって、ちゃんと言ったんすけどね」

 

「おい」

 

「あの人、勉強も運動もなんでも完璧なのに、大悟先輩のことになると、普通におかしくなるんすよ。判断力、バグってるっす」

 

「……バグってるって」

 

「だって、そうでしょ。大悟先輩に女が寄ってくるなんて、あり得なくないっすか?」

 

「お前なあ……。まあいいや。それより、お前、いつから俺のこと、大悟って呼ぶようになったんだ? きもダイ呼びだったろ」

 

 大悟は次の角材を要求しながら言った。

 

「きもダイなんて呼んでませんよ。それも真白先輩っす。同じ木許になったんで、下の名前で呼べって言われたんすよ。……はい、どうぞ」

 

 かおるが角材を手渡してきた。

 

「そういうことか」

 

「だけど、本当に結婚したんすね。驚いたっす」

 

「驚いたって、知ってただろ」

 

「知ってたって、驚きっす。いまだに信じられないっす」

 

 かおるは、大悟の左手の薬指にはめられた指環を指さした。

 

「へえ、これが結婚指輪なんすね。意外に地味っすね」

 

「まあ、こんなもんだぞ。婚約指輪じゃないんだから」

 

「あれって、なんで婚約指輪の方が高いんすかねえ。結婚指輪の方が長く嵌めるんだから、そっちが高いのが当然じゃないっすかねえ」

 

「知らねえよ」

 

 大悟は苦笑した。

 

「もうちょっと見せてもらっていいっすか?」

 

「別にいいけど」

 

 大悟が金槌を置いて左手を差し出すと、かおるは指環を覗き込んだ。

 

「へえ……。本当に結婚してるんすねえ」

 

「だから、さっきからそう言ってるだろ。本当にくどいなあ」

 

「あのう……すみません」

 

 不意に声をかけられ、大悟は顔を上げた。

 少し離れたところで看板を補修していた女子生徒が、二人、こちらに近づいてきていた。どちらも二年生らしい。

 

「あの、木許先輩ですよね? 三年生の」

 

「まあ、そうだけど……」

 

「一条真白先輩と結婚したって、本当なんですか?」

 

「……ああ」

 

「ええっ、本当なんだ」

 

 もう一人の女子生徒が声を上げた。

 

「ねえ、指輪してるよ」

 

「ほんとだ。ちょっと見せてもらってもいいですか?」

 

「……別に」

 

 大悟が左手を差し出すと、二人は興味津々といった様子で覗き込んできた。

 

「すごい。これが結婚指輪ですか」

 

「真白先輩も同じのしてるんですか?」

 

「ああ、同じのだよ」

 

「いいなあ。高校生で結婚って、なんかすごいですよね」

 

「ねえ。真白先輩って、学校じゃ全然そんな感じしないのに」

 

「家ではどんな感じなんですか?」

 

「えっ?」

 

「やっぱり、二人きりだと甘えたりするんですか?」

 

「いや、それは……」

 

 大悟が返事に困っていると、隣からかおるが口を挟んだ。

 

「はいはい、そのへんにしとくっす。先輩、作業の途中なんで」

 

「あ、ごめんなさい」

 

「またお話聞かせてくださいね」

 

 二人は笑いながら、看板のところへ戻っていった。

 大悟は小さく息を吐き、金槌を手に取った。

 

「……なんだったんだ、いまの」

 

「あれが、虫っす」

 

「は?」

 

「さっそく寄ってきたじゃないっすか。真白先輩の言ってた虫」

 

「いや、ただ結婚のことを聞きに来ただけだろ」

 

「真白先輩にとっては、あれも虫なんすよ」

 

「……虫って」

 

「だから、あたしが見張ってるんじゃないっすか」

 

「お前も女だろ」

 

「そういや、あたしも羽虫でしたね」

 

「自分で言うなよ」

 

 大悟は呆れながら、再び釘を打ち始めた。

 

「そういや、大悟先輩、体育祭はなんに出るんすか?」

 

 かおるが次の角材を手に取りながら尋ねてきた。

 

「俺? なんも出ねえよ」

 

「えっ、出ないんすか?」

 

「ああ」

 

「じゃあ、応援合戦だけっすか?」

 

「いや、それも出ない」

 

「ええっ? なんでっすか?」

 

「見栄えが悪いから、外れてろって言われたんだよ」

 

 かおるは大悟の身体を上から下まで眺めた。

 

「……まあ、見栄えは悪いっすけど」

 

「おい」

 

「でも、応援合戦なんて大勢でやるんだから、大悟先輩がひとり混じってても、別に目立たないじゃないっすか」

 

「俺もそう思うけどな。ほら、全員で合わせて棒振ったりするじゃねえか。なんか、俺は合わないらしいんだよ」

 

「それ、普通にハブられてるじゃないっすか」

 

「……ほっとけ」

 

 大悟は角材を押さえ、釘を打ち始めた。

 

「でも、競技にも出ないって、体育祭の間、ずっと暇じゃないっすか?」

 

「暇じゃねえよ。運営係の仕事があるだろ」

 

「ああ、そっか。つまりは、競技に出なくていいように、裏方やらされてるんすね」

 

「まあ、そういうことだな」

 

「なんか、扱い酷くないっすか」

 

「いいんだよ。俺だって、走ったり、応援の振り付け覚えたりするより、こっちの方が気楽だしな」

 

「ふうん……」

 

 かおるは少し考えるような顔をしたあと、口元を緩めた。

 

「でも、大悟先輩がリレーに出たら、ちょっと面白そうっすね」

 

「なにが面白いんだよ」

 

「真白先輩、出るんすよね。大悟先輩が走るなら、真白先輩が張り切るっす。絶対赤組が一番っすよ」

 

「ああ、お前のクラスも赤組か……。だったら、本当に俺に対抗リレー出て欲しいのか? 一番得点が高いやつだぞ」

 

「そうだったっすね。先輩は裏方で頼むっす」

 

「そうだろう」

 

 大悟は笑いながら、金槌を振り下ろした。

 

「……ねえ、大悟先輩」

 

「なんだよ」

 

「最近、変わった感覚とかないっすか?」

 

「変わった感覚?」

 

「例えば、まだ起きてないことなのに、なぜか記憶にあったり。初めてのはずなのに、前にも経験した気がするとか」

 

「……なんだそれ」

 

「こうやって、あたしと話してるのも、前にあった気がするとか」

 

「デジャブってやつか?」

 

「そう、それっす。なんかないっすか?」

 

「別にねえけど」

 

「そうっすか……」

 

 かおるは残念そうに呟いた。

 

「なんだよ、いきなり」

 

「いやあ、実はいま、先輩たちをネタに小説を書いてるんすよ」

 

「そうだったな」

 

「でも、どうしても引っかかるところがあって」

 

「なんだ?」

 

「真白先輩が大悟先輩にベタ惚れって、やっぱりリアリティないじゃないっすか」

 

「……おい」

 

「いや、だって謎でしょ。あの真白先輩っすよ?」

 

「だから、幼馴染で……」

 

「幼馴染の刷り込みだとしても、さすがに無理あるでしょ。だって、あの真白先輩と大悟先輩っすよ?」

 

「あのなあ……」

 

「そこで、あたし、考えたんすよ。実は真白先輩、タイムリープしてるんじゃないかって」

 

「……は?」

 

 大悟は思わず、かおるの顔を見た。

 

「一周目の人生では、真白先輩は超イケメンで金持ちの男と結婚するんす。でも、そいつがとんでもないクズ男で、真白先輩に暴力を振るうんすよ」

 

「……なんだよ、その話」

 

「で、そこにたまたま居合わせた大悟先輩が、真白先輩を助けるんす」

 

「俺が?」

 

「そうっす。すっかり落ちぶれて、人生どん底だった大悟先輩が、命懸けで真白先輩を助けるんすよ」

 

「落ちぶれさせんな」

 

「でも、大悟先輩はそのまま殺されちゃうんす」

 

「殺されんのか?」

 

「だって、ここで死なないと、真白先輩が人生をやり直す動機が弱くなるじゃないっすか」

 

「俺の命より、小説の都合かよ。まあいいけど……」

 

「そりゃそうっすよ。小説なんすから」

 

「……お前なあ」

 

 かおるは気にした様子もなく、話を続けた。

 

「で、真白先輩は大悟先輩を失って、初めて気づくんす。本当に自分を愛してくれていたのは、大悟先輩だったんだって」

 

「……ふうん」

 

「ところが、気がつくと高校生に戻ってるんすよ。二周目の人生が始まったわけっす」

 

「それで?」

 

「今度こそ大悟先輩を幸せにしようって決意するんす。自分のせいで死なせちゃった罪悪感もあるし」

 

「なんだよ、罪悪感って」

 

「それで、大悟先輩に猛アタックして、ついに結婚するんす。つまり、いまの先輩たちが二周目って設定っす」

 

「……なんだ、それ」

 

「でも、これなら説明つくでしょ? 真白先輩が大悟先輩にベタ惚れなのも」

 

「いや、全然つかねえよ」

 

「ええっ? そうでもないとおかしいじゃないっすか。真白先輩と大悟先輩っすよ?」

 

「何回言うんだよ、それ」

 

 大悟は呆れながら、金槌を置いた。

 

「でも、それじゃあ『真白の逆襲』じゃねえのか? お前、前に小説の題名、『きもデブの逆襲』って言ってなかったか?」

 

「いや、いくらなんでも、大悟先輩を主人公にはできないっすよ。あたし、売れる小説が書きたいんすから」

 

「いくらなんでもってなんだよ」

 

 大悟は、笑いながら再び金槌を握った。

 かおるは何事もなかったように、次の角材を差し出してくる。

 まったく、失礼なやつだ。

 大悟は受け取った材に釘を打ち込んだ。

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