学園一の美少女は、キモデブの俺から絶対に離れない 作:ドン・ドナシアン
大悟が、遠藤かおるとともに文芸部の部室に戻ると、夏制服姿の真白が窓際の椅子に座っていた。
窓から差し込む午後の陽射しが、真白の長い黒髪を照らしている。椅子に腰掛け、スマホを眺めているだけなのに、妙に絵になる。背筋を伸ばし、長い脚を揃えて座る姿は、まるで雑誌の一ページのようだった。
……本当に、綺麗な奴だよな。
毎日一緒にいるのに、こうして不意に目にすると、いまだに見惚れてしまう。
部室は、教室の半分ほどの広さだった。
中央には長机が二つ並び、周囲にはパイプ椅子が置かれている。壁際には古い書棚があり、文庫本や文学全集、文芸雑誌などが並んでいた。
その一角には、文芸部が発行したらしい季刊誌が、号数順に数冊ずつ、丁寧に並べられている。
ただ、その本棚の横には段ボール箱がいくつも積まれていた。蓋が開いている箱を覗くと、棚に並んでいるものと同じ冊子が、ぎっしりと詰め込まれている。箱には年度と号数が記されており、古いものは数年前の日付だった。
……売れ残りかな?
文芸部は、季誌を発行していて、部活動の一環として販売もしていると、かおるが言っていた気がする。しかし、大して売れてないのだろう。ただし、管理は行き届いているようだ。書棚にも机にも埃はなく、段ボール箱もきちんと揃えて積まれている。
売れていないからといって、ぞんざいに扱われているわけではないようだ。
それはともかく、そんな飾り気のない部室に真白がひとり座っているだけで、まるで違う場所に見えてしまうのだから、不思議なものだ。
「大悟、お疲れさま」
大悟たちが入ってきたことに気づくと、真白がスマホから顔を上げて、座ったまま弾けるような笑みを向けてきた。
普段は無表情な真白が、大悟にだけ見せる、心からの笑顔だった。
大悟は、思わずどきりとしてしまった。
「うわっ、真白先輩、そんな顔で笑うんですね」
横に立っているかおるが驚いたような声をあげた。
「ああ、待たせたか」
大悟は真白のところまで歩いていく。
「大丈夫。あたしも、さっき来たところ。運営係の仕事は終わった?」
「ああ。今日はもう終わりだ。明日からは放課後だ。ペンキ塗りだ」
大悟は長机にあったパイプ椅子を窓際に持っていって、真白の横に座る。
「大悟先輩って、意外に器用なんすね。驚きました」
かおるが真白に声を掛けた。
「そう。じゃあ、帰ろうか、大悟」
「ちょっと待ってくださいよ。あたしもいるんすけど。さっきから無視っすか。見えてますよね」
横にやってきたかおるが立ったまま声を掛けてきた。
「ちゃんと見えてる。羽虫、お疲れさま」
「いや、なんすか、その扱い……」
かおるは笑っている。
すると、真白はスカートのポケットから鍵を取り出した。
「羽虫、これ。助かった。ありがとう」
「ああ、部室の鍵っすね。どういたしまして」
「ちょうどよかった。サルに誘われて、鬱陶しかったから」
「……サル?」
かおるが鍵を受け取りながら、首を傾げた。
「二人三脚は息が合うことが大事だとか。親睦を深めるためにカラオケにでも行こうとか。本当にサルがうるさかった。だから、ここに逃げ込めて助かった」
「さっきから、サルって、誰のことっすか?」
「二人三脚でペアを組むことになった、うるさい男……。名前は忘れた」
「工藤だろ」
大悟は横から口を挟んだ。
「ああ、それ」
「工藤先輩のことっすか。あのサッカー部の工藤先輩ですよね。赤組のキャプテンじゃないっすか。なんで、サルなんすか」
「いつもキーキー喚いている。だから、サル」
「いや、あの人、女子にはかなり人気あるんすけどねえ……」
「知らない。興味ない」
真白はあっさりと言い切った。
「あいつ、まだお前のことをしつこく誘ってるのか。あれで懲りたんじゃないのか」
大悟は呆れて言った。
工藤は以前、大悟の目の前で真白に告白していた。それも、大悟より自分の方が真白にふさわしいと、人前で大見得を切ったのだ。
真白は工藤をあっさり振ったばかりか、大勢の生徒が見ている廊下で、大悟にキスまでしてきた。
あのときは、生活指導室に呼ばれたりして大変だった。
その工藤が、今度は二人三脚を口実にカラオケとは……。
まだ、懲りてないらしい。
そもそも、真白はもう人妻だ──。
「ねえ、ちゃんと言った。大悟に隠し事をしなかった」
真白が大悟に真っ直ぐに視線を向けてきた。
「ああ、そういうことか。ちゃんと報告してくれたんだな」
大悟は自然に手を伸ばし、真白の頭を撫でた。
真白が褒めてもらいたそうな顔をしていると思ったのだ。
「うん……」
真白は嬉しそうに目を細め、撫でられるままになっている。
やっぱり、当たりだった。
「……なんか、すごいもの見せられてる気がするんすけど」
かおるが呆れたように呟いた。
「なにがだ?」
「いや、あの真白先輩が、頭を撫でられて喜んでるんすよ。学校の連中が見たら、腰抜かすっすよ」
「羽虫、うるさい……」
真白はかおるを睨んだが、頭は大悟の手に押しつけたまま、離れようとはしなかった。
「ほら、その態度の違いっすよ……」
かおるが肩をすくめ、長机の前にあるパイプ椅子に腰掛ける。
大悟は、真白の頭から手を離すと、さっき売店で買ってきたペットボトルをレジ袋から取り出した。
「真白、これ」
「……水?」
「ああ。練習で汗をかいただろ。ここで飲め。飲み終わったら行くぞ」
真白は一リットルのペットボトルを受け取ったものの、すぐには動かなかった。
「……ここで?」
不思議そうに大悟を見上げてくる。
大悟はその視線を受け止めながら、今度は鞄から深紅のチョーカーを取り出した。
真白は、大悟がチョーカーを取り出したことで、眼を大きく見開いた。
「……髪をあげろ」
真白の首の前に、開いたチョーカーを持っていく。
慌てたように、真白が髪を持ちあげる。
大悟は開いたチョーカーを真白の首に回し、留め具を合わせた。
小さな金属音が鳴り、ロックがかかる。もう、大悟の持っている解除信号を出すスマホソフトでないと外れない。プログラミングは大悟自身だ。
真白はじっと大悟の顔を見つめている。
大悟が留め具を確かめてから手を離すと、真白が何度か瞬きをした。
「……水は残すな。ゆっくりでいい。でも、飲み終えてから行くぞ」
「……わかった……」
その声は、さっきよりもずっと小さかった。
真白がペットボトルの蓋を開ける。
「……なんすか、なんすか……。あたし、なにを見せられてるっすか?」
かおるが大悟と真白を交互に見た。
「なにって、チョーカーを嵌めただけだろう」
「いや、それは見ればわかるっすよ。なんで、そんな当たり前みたいに嵌めてるんすか?」
かおるは真白を見た。
「それに、真白先輩も……。なんか、急に雰囲気が変わったような……。なんか……エロいっす……」
真白はペットボトルに口をつけかけていたが、かおるに視線を向けた。
「……羽虫、うるさい」
「うわっ、そっちはいつもどおりっすね……」
かおるがわざとらしく声をあげる。
大悟は黙ったまま、口元を綻ばせた。この深紅のチョーカーは、欲しいと強請った真白のために、大悟が準備したものだ。そして、このチョーカーを嵌めることが、ふたりの秘密の〈ごっこ遊び〉に入ることの合図でもある。
真白は、すでに〈ごっこ遊び〉のモードに入っている。
「それに、その水なんすか? 作業の後、購買部でわざわざ買ってたけど、どういうことです」
「どういうこともない。真白が練習終わりで喉が渇いているかと思ってな。いいから、気にするな」
大悟が言った。
「いいや、気にするっす。なにが始まったんです?」
「うるさい、羽虫──」
真白が一生懸命に飲んでいたペットボトルから口を離して、かおるを睨みつけた。
しかし、真白はすぐにペットボトルへ口を戻す。
透明なボトルが傾き、水が少しずつ減っていく。
真白は両手でボトルを支え、何度か喉を鳴らしている。途中で息をつき、また飲み始めた。
大悟は黙って、その様子を眺めていた。
時折、真白が大悟の顔を窺うように視線を上げる。そのたびに、大悟がなにも言わずにいると、またペットボトルに口をつける。
……本当に、素直だな……。
もちろん、かおるがいることは承知している。
むしろ、かおるには、ある程度知っておいてもらおうと思っていた。これからも付き合いが続くのなら、真白と大悟の関係を、少しくらい理解してもらった方がいい。
なにしろ、かおるには以前にも、大悟と真白の〈ごっこ遊び〉を目撃されているのだ。学園内で協力者を作るとすれば、このかおる以外にはあり得ない。
もっとも、なにもかも説明するつもりまではなかった。
そこは、夫婦だけの秘密だ。
「……真白、練習の後で、トイレに行ったか?」
大悟は訊ねた。
真白がペットボトルを離して、首を横に振る。
「……行ってない……。大悟に……命令されたから……」
「俺は命令してないぞ。なるべく、行くなって言っただけだ」
「午後は一度も行ってない」
真白はそれだけを言うと、再びペットボトルに口を付けた。
「……うわ、うわ、うわ……。あのう、大悟先輩」
かおるが声を潜めた。
「なんだ?」
「もしかして、あれ……あのときみたいな……命令っすか?」
「どうしてそう思う?」
大悟はかおるを見た。
「いや、あのときと同じ眼をしているから……。真白先輩も……大悟先輩も……。そもそも、さっきの会話、どういう意味っすか……。トイレ行くなって言ったんすか?」
「言ってはないな。なるべくって、言ったんだ……。なあ、真白?」
大悟は真白を見る。
真白が水を飲み続けながら、小さく頷いた。
「……いや、なるべくって……。なんすか、それ……?」
いつの間にか、かおるの顔は真っ赤になっていた。
「羽虫……聞こえてる」
真白がペットボトルから口を離した。
「わっ、すみません。でも、気になるじゃないっすか。なんで真白先輩も、そんなに一生懸命、水を飲んでるんすか?」
「大悟が、飲めって言ったから……」
「……それだけ?」
「それだけ」
真白は当然のことのように答えると、またペットボトルを傾けた。
かおるはしばらく、その姿を呆然と眺めていた。
だが、やがて、大きく息を吐いた。
「……あーあ、あたし、やっぱり、とんでもない夫婦に関わっちゃった気がするっす……」
かおるが大袈裟な仕草で肩を竦めた。
しばらくして、真白がやっとペットボトルの水を飲み干した。
空になったボトルを大悟に差し出す。
「……飲んだ」
「ああ。よくできたな」
大悟が頷くと、真白は満足そうに目を細めた。
「あっ、それ、捨てとくっす」
かおるが横から手を伸ばし、空のペットボトルを受け取った。
「どうもな」
「いえいえ……」
かおるはペットボトルを手にしたまま、真白と大悟を交互に見た。
「……なんか、わかってきた気がするっす」
「なにがだ?」
「真白先輩って、大悟先輩の言うことなら、なんでも聞くんすね」
「なんでもってわけじゃないぞ」
「そうっすかねえ……」
かおるは少し考えるような顔をした。
「……だったら、ちょっと相談があるんすけど、大悟先輩……」
「相談?」
大悟はかおるを見た。
「おふたり、文芸部に入らないっすか?」
「なに言ってんの、羽虫」
真白が口を挟んだ。
「いや、悪い話じゃないと思いますよ。実は、この文芸部って、部員が五人しかいないんすよ」
かおるが真剣な顔を真白に向ける。
「五人?」
大悟は思わず聞き返した。
「はい。しかも、あたし以外はほぼ幽霊部員っす。生徒会からも校友会本部からも、部員が少ないうえに活動実績も乏しいって言われてて……。このままじゃ、部室を明け渡さなきゃならないかもしれないんす」
かおるが困ったように頭を掻いた。
「お前以外って……。もしかして、文芸部の部長って、お前なのか?」
大悟は言った。
考えてみれば、この部室には何度も来ている。しかし、かおる以外の文芸部員と顔を合わせたこともない。
「それを知らなかったんすか? あたしが部長っす。だから、部室を貸したりできるんす」
かおるがちょっと憤慨したように応じた。
「だって、まだ二年生だろ」
「二年生だから、なんすか。三年生がいないんすよ。別に、大悟先輩たちが入っても、部長になってくれなんて言わないっす。面倒なことは、全部あたしがやります。名前だけ貸してくれればいいんす。まあ、できれば季誌に投稿くらいはしてほしいっすけど……」
「季誌?」
「文芸部で発行してる雑誌っす。本当は年四回なんすけど、去年から年二回に減っちゃって……。それでも全然売れないんすよ」
かおるが本棚に視線を促した。
整然と並べられた季誌がそこにある。箱詰めされているものもだ。
「俺たちに名目だけの部員になれってことか?」
大悟は首を傾げながら、真白を見る。
真白は無表情だが、あまり興味を抱いてないのはわかった。
「そうっす。真白先輩が……いや、おふたりが入ってくれれば、部員も増えるし、なんとかなるんじゃないかなって……」
「だから、なに?」
真白が冷たく言った。
「えっ?」
「それになんの得があるの? お前じゃなくて、あたしたちに」
すると、かおるが真白に笑みを向けた。
「……この部室、あたし以外は幽霊部員で、実質的にあたししか使ってないんす。だから、さっきみたいに変なことするんなら、部室を貸してもいいっすよ……。いつかみたいに、階段で変なことするより、安心じゃないっすか?」
かおるが、さっき真白から受け取った部室の合鍵を見せた。
「……スマホで連絡してくれれば、あたしも近づかないっす。これも渡しとくっすよ」
「へえ……」
大悟は思わず声を漏らす。
確かに、悪い話ではないと思ったのだ。
「却下」
しかし、真白が即答した。
「なんでっすか──?」
かおるが素っ頓狂な声をあげた。
「あたしたちを入部させたいのは、新しい部員を確保するためよね?」
真白が冷ややかな眼をかおるに向けた。
「そうっす。真白先輩が部員になったっていうだけで、入部希望者が殺到すると思うんすよ。……あっ、いや、おふたりが入ってくれれば……」
「もういいよ。取り繕わなくて」
苦笑しながら、大悟は口を挟んだ。
「あっ、すいません……。でも、入部の条件を作品ひとつの提出にしておけば、それだけで季誌の原稿集めに苦労しなくて済むっす」
「さっきから、お前の利点と、こっちの利点を混ぜるな、羽虫」
真白がかおるの言葉を遮った。
「えっ?」
「部員が増えれば、この部室には人が群がることになるかもしれない。でも、あのサルみたいなのが集まってくれば、部室なんて使えなくなる。意味がない」
「それもそうだな……」
大悟も気がついた。
真白が入部したとなれば、大勢の生徒が文芸部に押しかけてくることは十分に考えられる。
しかも、そのほとんどは真白目当てだろう。
そんな連中が部室に入り浸るようになれば、二人きりになるどころではない。むしろ、面倒なことになるだけだ。
「羽虫の提案は、むしろ面倒。だから、却下」
真白が言い切った。
大悟も頷いた。
「あっ、ちょっと待ってほしいっす。だったら、こっちはどうっすか?」
かおるが慌てたように立ち上がった。
本棚から分厚い文学全集を一冊取り出すと、机の上に置いて表紙を開く。
大悟は思わず眼を見張った。
本の中身が四角くくり抜かれ、そこに小さな空間が作られていたのだ。
かおるはその中から鍵束を取り出した。
「これを渡すっす」
「……なんの鍵だ?」
大悟が訊ねた。
「この前、先輩たちが屋上の階段で変なことしてたじゃないっすか。その横に、使ってない古い茶室があったの、覚えてるっすか?」
「ああ、あそこか……」
大悟は頷いた。
以前、真白と屋上へ続く階段にいたとき、踊り場の近くに古びた扉があるのを見かけていた。
茶道部の部室だったらしいが、普段は閉ざされていて、人が出入りする様子もなかった。
「あそこ、もう何年も前に茶道部が廃部になって、それっきり使われてないんすよ。その合鍵っす」
「……なんで、羽虫がそこの鍵を持ってるの?」
真白が眼を細めた。
「なんででもいいじゃないっすか」
かおるが視線を逸らした。
「……お前、まさか勝手に合鍵を作ったんじゃないだろうな?」
大悟が訊ねると、かおるは答えずに鍵束を揺らした。
「屋上の合鍵も一緒につけるっす。これなら、先輩たちは文芸部の部室に来る必要もないっすよ。あの茶道室なら邪魔も入らないっす」
「ほう……」
大悟は声を漏らした。
確かに、それなら話は違ってくる。
文芸部にどれだけ人が集まろうと、茶室には関係がない。誰にも邪魔されず、真白と二人で過ごせる場所が手に入るというわけだ。
「……ただし、こっちを渡すんなら、名前だけの入部じゃ困るっす。ちゃんと作品を提供してほしいんすよ」
「作品?」
大悟は首を傾げた。
「真白先輩の写真を五枚……。いや、表紙にも使いたいんで、六枚っす。それをもらえれば、あたしが詩をつけて、先輩たちの名前でフォトポエムとして季誌に載せるっす」
「フォトポエム?」
「写真と詩を組み合わせた作品っす。真白先輩の写真なら、絶対に見栄えがするっすよ」
「つまり、お前が俺たちの代わりに詩を書くってことか?」
「そうっす。どうせ、毎回、ほかの部員の名前だけ借りて、作品は全部あたしが書いてるんす。ひとつくらい増えても同じっすよ。でも、真白先輩の写真が載るなら、絶対に季誌も売れるっす」
「……お前、全部ひとりで書いてたのか?」
大悟は呆れてかおるを見た。
「仕方ないっす。さすがに、投稿者がひとりだと、部誌としては成り立たないっすから」
「それで、季誌が年二回になったのか」
「あたしだって苦労してるんすよ……」
かおるが情けない顔をした。
「確かにな。だが、写真かあ……」
大悟は頷いた。
真白は母親の紹介で、以前からカタログモデルの仕事をしている。学校の雑誌とはいえ、写真を載せることに問題はないのだろうか。
大悟は真白を見た。
「……悪くない……。次の季誌はいつ?」
真白が眼を細めた。
「秋の文化祭っす。夏休み明けに写真をもらえれば、あとはこっちでやるっす。詩も編集も、全部あたしが引き受けるっすよ」
かおるが嬉しそうに答えた。
そして、鍵束を真白に差し出しかけたが、思い出したように手を止めた。
そのまま、大悟の方へ差し出してくる。
「大悟先輩。あの茶室なら、誰も来ないっすよ。鍵も掛けられるし、変なことし放題っす」
かおるがにやりと笑った。
「お前なあ……」
大悟は呆れた声を出した。
しかし、悪い提案ではなかった。
もう一度、真白を見る。
「……カメラマンが大悟ならいい……」
真白がぼそりと言った。
「俺が撮るのか?」
「……うん。大悟が撮った写真なら、いい……」
真白は静かに頷いた。
大悟は少し考え、それから、かおるが差し出していた鍵束を受け取った。
「わかった。入部願書をくれ」
「本当っすか──」
かおるが勢いよく立ち上がった。
机の引き出しから取り出された入部申込書が渡される。
大悟と真白はそれぞれ名前を書き込んだ。
「やったっす。これで文化祭と季誌は、間違いなく乗り切れるっす」
かおるが二枚の申込書を嬉しそうに受け取った。
「まあ、そこまでしてくれたんだ。まるっきり知らない振りはしねえよ。全面的にとはいかないけど、多少は部の活動に協力するから」
「ありがとうございます。大悟先輩が来てくれれば、真白先輩も必ず来てくれるっすからね。これで文芸部も危機を乗り切れるっすよ」
かおるが満面の笑みを浮かべた。
「……だったら、もういいよね……。大悟、そろそろ……」
真白が大悟を見た。
大悟は改めて、真白の姿を眺める。
その声には、どこか落ち着かない響きがあった。
視線を下げると、真白は太腿を小さく擦り合わせるように動かしている。
大悟は内心でほくそ笑んだ。
そろそろ、飲ませた水の効果が出てきたのだろう。
「そうだな……。お仕置きだったな……」
大悟は鞄を開け、全国展開しているハンバーグチェーンの紙袋を取り出した。
それを真白に差し出す。
もちろん、中身は食べ物ではない。
試験の準備と試験期間中、二人は一週間にわたって〈ごっこ遊び〉を控えていた。
その期間が終わったら、真白と遊ぶつもりで、大悟は前もって道具を用意していた。
今日の「お仕置き」は、たまたま都合のよい口実ができただけだ。
そうでなくても、真白と遊ぶつもりだったのだ。
だから、鞄に入れて持ってきていた。
「……これって……」
真白が紙袋を開き、中を覗き込んだ。
途端に、その顔が真っ赤になった。
「つけろ」
大悟はそれだけを言った。
「……羽虫、出ていって」
真白がかおるを見る。
「えっ、出ていけって……。ここ、あたしが部長なんすけど。それに、屋上手前の茶室の鍵を渡したじゃないっすか」
「つべこべ言わなくていい。さっさと行く──」
真白が怒鳴った。
いつもの冷ややかな口調とは違い、明らかに余裕を失っている。
「わ、わかったっす。すぐ出ていくっす。鍵は閉めといてくださいね」
かおるは慌てて部室の鍵を長机に置いた。
そして、大悟と真白を交互に見たかと思うと、逃げるように部室を後にした。
大悟は、かおるがいなくなるのを待って、改めて真白に視線を向ける。
「……それと、下着は袋に入れて渡せ。スパッツもな」
「……はい……」
真白は紙袋をぎゅっと抱きしめると、真っ赤な顔のまま大きく息を吐いた。
……ちょっと、人には見せられない顔になっているな。
大悟は思わず口元を緩めた。