※この作品はR-18です。

学園一の美少女は、キモデブの俺から絶対に離れない【完結】   作:ドン・ドナシアン

4 / 35
004 婚姻を禁止する校則はありません。しかし

「ごめん」

 

 真白の声を、大悟は横で聞いた。

 生活指導室には、ふたりしかいない。担任は「ここで待っていてください」とだけ告げて出ていった。午前中の授業は、もう始まっている。

 扉は閉まっている。廊下を通る足音だけが、ときおりかすかに聞こえる。

 真白は前を向いたまま、膝の上で指を組んでいた。背筋は伸び、視線は揺れていない。

 

「……ごめんって、なにがだよ?」

 

 大悟は、その横顔を見る。

 相変わらずの美少女だ。

 幼馴染だが、学園での立場はまるで違う。図抜けた容姿で、「芸能人」よりも綺麗だと言われるのは日常茶飯事。表情に乏しく、無駄口をきかないところは人を寄せ付け難い面もあるが、冷静でクールだと男女を問わず人気がある。教室の空気を一発で変えられる存在だ。

 

 それに比べて、大悟は背も低く、身体も太っている。趣味はパソコン自作とプログラム。名字が“木許”であることから、「きもダイ」だの「きもデブ」だのと呼ばれ、カーストの底に置かれている。

 住む世界が違うのだと、何度も自分に言い聞かせてきた。

 毎日のように家に来る真白も、ただの幼馴染だからだと思っていた。自分のような男と一緒にいるのは、彼女の気まぐれか、優しさだと。

 真白に恋愛感情を見せてはならない。一度でも踏み外せば、二度と隣に立てなくなる。そう思い込んでいた。

 

 昨日までは──。

 

 幼稚園のころの約束を持ち出され、婚姻届を差し出されて、署名を求められた。

 半ば押し切られる形で名前を書き、そのまま一線を越えた。

 いまでも、現実感が薄い。

 

 そのうえで、真白は婚姻届を役所に提出したという。

 教室での突然の宣言──騒然とする空気──。クラス担任の男性教諭は、宣言の直後にふたりをここへ連れてきた。それがいまに至る。

 今朝、ベッドにいなかった理由は、時間外窓口に向かっていたかららしい。たったいま確認したが、どうやら、それは事実のようだ。

 

 つまり、法律上は、もう夫婦だ。

 やらかしてくれたな──とは思う。

 だが、このきもデブの自分と──という驚きと爆発するような嬉しさもまたある。

 隣にいる真白は、いつもと同じ無表情だ。

 

「いろいろ……」

 

「……いろいろか……」

 

 大悟は小さく笑った。

 改めて、真白の横顔を見る。

 大悟には、ほとんど表情を変えない真白の感情が読める。真白のお母さんにも、どうしてわかるのかと驚かれる。わかるからわかるとしか言えない。

 無口で無表情のいまの幼馴染には、じっと観察すれば、緊張と動揺、少しばかりの迷いの色があった。この幼馴染どのも、どうやら事態の拡大に焦りのようなものを感じてはいるようだ。

 まあ、それでよしとしよう。腹も括るべきか──。

 まさか、本当に婚姻することになると、夢にも思わなかったが、すでに大悟は真白の夫なのだ。

 

 

 

 生活指導室での待機は、思っていたよりも長かった。

 担任は何度も出入りを繰り返した。最初は事実確認だった。

 

「婚姻届を本当に提出したのか?」

 

「はい」

 

 真白が即答する。

 

「双方の保護者は承知しているのか?」

 

「結婚には同意をもらってます。証人欄には、両家の母が署名しています」

 

 真白が淡々と応じる。大悟には答えようがない。親が承知しているかどうかを知るどころか、大悟自身が署名に応じたのが昨日の夜のことだ。

 その婚姻届をすぐに提出してしまうとは、大悟も驚いている。

 今朝学校に行くときには、母親もいつもと同じで、なにも言わなかった。

 

 真白の答えを聞いて、担任は小さく息をつき、手帳に何かを書き込む。

 すると、視線が大悟に向いた。

 

「木許。お前が無理に迫った、ということはないな──?」

 

 室内の空気がわずかに硬くなる。

 大悟は一瞬、言葉を失った。

 その沈黙を、真白が切る。

 

「違います。あたしの意思です」

 

 担任は表情を変えない。

 

「一条さんの?」

 

 担任が怪訝そうに、大悟と真白を交互に見る。なにを思っているかはわかる。学園一の美少女と、大悟のようなきもデブとの関係が納得いかないのだろう。

 大悟自身がいまだに信じられないので、担任の反応にも腹はたたない。

 

「あたしが大悟にお願いして、結婚に同意してもらいました」

 

 真白の指が、わずかに強く組まれる。

 

「いや、万が一、強引なものがあったのなら……」

 

「大悟は、そんなことしません」

 

 声は低いが、はっきりしている。

 大悟は横から小さく言った。

 

「……あのう……。俺も同意しています。婚姻は同意のうえでのことです……」

 

 担任はそれ以上は追及せず、いったん退室した。

 

 しかし、しばらくすると、担任が再びやって来た。

 訊ねられたのは、性行為の事実はあるかという質問だった。

 

「夫婦になったから当然です」

 

 と間髪入れずに真白が応じて、担任が目を丸くする。

 まあ、気持ちもわかるな、と大悟は苦笑した。

 担任はすぐに出ていった。

 

 代わって、今度は教頭が担任と一緒に入室する。改めて確認を始める。

 訊ねられたのは、ほぼ、担任のときと同じ内容であり、やはり、真白が返した。

 

「婚姻は、役所で受理されていますか?」

 

 最後に教頭がそう訊ねた。

 

「はい」

 

 真白が答える。

 

「確認は取れますか?」

 

 真白はスマホを取り出した。役所を調べて電話をかける。氏名と生年月日を告げ、受理を確認している。短いやり取りのあと、通話を終えた。

 

「受理されているそうです。九時前です」

 

 教頭と担任が目を合わせる。否定の余地はない。

 

 その後、女性の養護教諭がやって来た。

 

「確認だけど、妊娠の事実はある?」

 

 大悟の思考が一瞬止まる。

 

「ありません」

 

 真白が即答する。

 

「避妊は?」

 

「しています。ピルを飲んでます」

 

「避妊は絶対じゃない。念のため、産婦人科で検査を受けることを勧めるわ」

 

 養護教諭は淡々と告げる。

 

「必要ありません。妊娠していれば産みますが、現時点でその事実はありません……。そもそも、大悟とそういう関係になったのは昨夜です」

 

「昨夜? そして、今朝に婚姻届を?」

 

「出しました」

 

 真白の揺れのない声だった。

 その後、大悟は隣室の進路指導室に移された。

 養護教諭と真白が残り、しばらく待たされた。

 生活指導室に戻るように養護教諭に告げられたときには、生活指導室にいたのは、真白だけだった。相変わらずの無表情だったが、憤慨しているのが大悟にはわかった。なにを怒っているのかは、大悟は訊ねなかった。

 

 

 

「大悟──」

 

「真白──」

 

 ほぼ同時に呼ばれた名に、大悟と真白は顔を上げた。

 生活指導室の扉の前に、並んで立つ母親たちの姿があった。大悟の母親は普段着に近いが、働いている真白の母親はスーツ姿だ。急いできたのは明らかだった。

 

「電話で聞いたけど、あんたたち、本当に婚姻届を提出したの?」

 

 開口一番、大悟の母親が呆れたように言った。

 

「う、うん」

 

 大悟は頷く。

 

「いえ、真澄さん。多分。娘よ。慎重な大悟くんがこんなことするわけないもの……。真白、もしかして、大悟くんに無理矢理に署名させて、勝手に役所に出したんじゃないの?」

 

 真白のお母さんが真白を睨む。

 真澄というのは、大悟の母親の名前だ、なお、真白のお母さんは「麗子」だ。

 

「……勝手じゃない……。大悟には納得して署名してもらった」

 

「つまりは、署名までは勝手じゃないけど、提出は勝手にしたのね……。あんたねえ──」

 

 麗子さんが真白を睨んで嘆息する。

 

「あっ……違います……。提出も……同意の……うえです」

 

 大悟は横から口を挟む。

 

「庇わなくていいのよ。大悟くんがそんな無分別をするとは思えないもの。ごめんね、大悟くん。真白は大悟くんのことになるとおかしくなるの……。ねえ、実際にはどういう経緯なの?」

 

 麗子さんが大悟に向かって頭をさげる。

 

「……それは……真白と相談して……ふたりで……決めて……」

 

 大悟はそう応じる。

 本当は麗子さんの言う通りだが、ここで真白だけの責任にするのは違うと思った。

 

「まあ、うちのへたれを好きになってくれたのは嬉しいから歓迎だけど……、大悟、まさか、不満はないわよね。あんた、真白ちゃんを逃がしたら、一生誰とも結婚できないわよ」

 

 大悟の母親が横から暢気そうに笑う。

 

「大悟は逃がしません──。絶対に……」

 

 真白が大悟の腕に突然がしがみついてきた。

 そのとき、生活指導室の扉が外から叩かれ、教頭と担任が部屋に入ってきた。真白が大悟から手を離して姿勢をただす。

 

「失礼します」

 

 教頭が促して全員が着席する。室内の空気が改まる。

 

「では、これより確認とご相談をさせていただきます」

 

 教頭が落ち着いた声で告げた。全員が椅子に座り直し、テーブルを囲む形になっている。

 

「まず事実の確認から申し上げます。本日午前、木許くんと一条さんが婚姻届を提出し、受理されたとの申告を受けています……。間違いないね?」

 

 教頭が大悟と真白を順に見た。

 

「はい」

 

「はい」

 

 真白が即答して、大悟も続けた。

 

「次に保護者の皆さまに伺います。本日の提出について、ご存じでしたか?」

 

 教頭が母親たちへ視線を移した。

 

「……結婚そのものは、将来の話としては賛成していましたし、昨日も話し合っていました。ただ、今日提出するとは思っていませんでした」

 

 麗子さんが言い終えて口を閉じた。

 

「……昨日、署名はしました。でも、提出は卒業後のつもりでした……。決まったら、大悟から話があるものと……」

 

 大悟の母親が言い切り、膝の上で両手を重ね直した。声に軽さはなく、動揺を押し込めた響きだった。

 

「承知しました……。現時点では、法的には婚姻は成立しているようです」

 

 教頭が淡々と言い、手元の書類を指先で整えた。

 

「……本校に婚姻を禁止する校則はありません。しかし、在学中の婚姻については前例もありませんし、学業および学校生活への影響を確認する必要があります」

 

 教頭が一息で述べ、視線を上げた。室内がさらに静かになった。

 

「はあ……申し訳ないとしか……」

 

「すみません」

 

 母親二人が頭をさげる。

 

「……できれば事前にご相談いただきたかったというのが本音です」

 

 教頭が静かに続ける。

 

「……申し訳ありません。将来の話として進めていたので、学校にまで相談が必要だと考えが至りませんでした」

 

 麗子さんが頭を下げて言った。謝罪の動きは小さいが、覚悟の重さは滲んでいる気がした。

 

「……すみません。提出するなら、段取りを踏ませるべきでした」

 

 大悟の母親も続けて言い、同じように頭を下げた。視線は大悟へ一瞬だけ落ちた。

 

「ちょっと待ってください──。違います。提出はあたしが決めました。卒業後に出すと言って説明しました。でも、あたしが今朝出しました」

 

 真白が遮るように言い切る。

 

「真白、あなたねえ……」

 

 麗子が低い声で言った。叱る前の抑えた呼吸が混じった。

 

「大悟には署名の時点で同意してもらっています。あたしたちは成人していますので、法的には問題ありません」

 

 真白が続けて言った。声は落ち着いていて、逃げ道を残さない言い方だった。

 

「成人であることは承知しています。ただし、高校生である以上、学業を優先すべき立場にあることは変わりません。本校として懸念しているのは、婚姻によって学業への専念が難しくなる可能性です。その点について、どのようにお考えですか?」

 

 教頭がすぐに受け、視線を母親たちに向ける。

 

「もちろん、学生のあいだは、これまで通りに過ごさせます。しっかりと学業に専念させます」

 

 麗子さんが応じる。

 

「うちの子にも節度ある生活を言い聞かせます」

 

 大悟の母親も横で頷いた。

 すると、今度は教頭は、大悟たちを見る。

 

「……君たちは、どのように考えて、婚姻届を出したの? 収入は? 生活はどのように? まだ責任のとれない高校生でしかないのに婚姻届を出す必要があったの?」

 

「そ、そのことですけど──」

 

 大悟は口を開く。

 全員の視線が大悟に集まる。

 

「お、俺は高校を卒業したら就職したいと思います……。実は、誘われている会社があって……。小さなソフト開発の会社なんですけど……。あのう、しばらくは、俺と真白の学費はそのまま面倒見てもらいたいと思ってます……。真白の大学進学も。でも、いずれ返します。お願いします」

 

 大悟は麗子さんに頭をさげた。

 

「なに言ってるのよ。真白の学費なんて、大悟くんが考える必要ないわ。就職だって──」

 

 麗子さんが驚いたように声をあげる。

 

「でも、真白は……もう、俺の妻ですし……」

 

「ちょっと待って。どうして、大悟が就職? 大学に行くんじゃないの? そうなんでしょう?」

 

 真白だ。

 

「あ、いや……本当に誘われてて……。向こうは大学を出てからでもいいと言ってくれてるけど、どうせソフト開発で食べていくなら学歴関係ないし……。そのまま就職でいいかなと」

 

「どうして──? あたしが勝手に婚姻届を出したから──? じゃあ、あたしが就職する。大悟を食べさせる──」

 

 真白が声を荒げた。珍しく動顛した口調だ。

 

「いい加減にしなさい、真白──。まったく、お前は、大悟くんのことになるとおかしくなるんだから……」

 

 麗子さんがたしなめる。

 

「大悟、問題ない。あたしは大悟と結婚する前提で、ずっと資金を準備してきた。お母さんの紹介でカタログモデルをしている。報酬はすべて自分名義で管理してる。大学卒業までの生活費と学費は計算済み」

 

「えっ、ちょっと待って、モデルって?」

 

 大悟は狼狽して訊ねた。

 真白が芸能人のモデルよりも、ずっと綺麗なことは知っているが、本当にモデルをしているとは知らなかった。

 麗子さんを見る。

 

「……ああ、確かに、それなりに貯金はあるわね……。月に一日か二日くらいだけど、この子、単価が高いから……。なんか大悟くんに知られたくなかったらしくて、大悟くんも知らなかったと思うけど……」

 

 麗子さんが嘆息する。

 

「学校への届け出はありますか?」

 

 教頭が担任を見る。

 

「はい。中等部二年時にすでに提出されています。お母様の経営する企業を通じての撮影契約で」

 

 担任が頷いた。

 

「えっ、中等部? そんな昔から?」

 

 大悟はびっくりした。

 放課後はほとんど一緒に過ごしているわりには、全く知らなかった。

 

「……大悟と暮らすお金が貯まったらやめるつもりだったから言わなかった。でも、大悟が生活のために就職とかいうなら、教えておく。生活にしばらく問題ない」

 

 真白が淡々と言った。

 すると、教頭が小さく咳払いをする。

 

「……事実関係は理解しました。ただし、本校としては生活基盤が確立しているとは判断していません。進路については、ご家族でよくご検討を……。それよりも、学園のことです。学園としては、婚姻が成立している事実は否定しません。しかし在学中は公表を控えてください。本校は学業の場です。一条さんの名前もそのままで」

 

 教頭が言った。

 

「……それだと大悟が取られるかも……。だから婚姻届を出して、あたしのものにした」

 

 すると、真白が不満そうに口を挟む。

 いや、実際には平板なく口調だ。ただ大悟には、真白の感情がわかっただけ。

 

「やめなさい、真白──。……わかりました。娘には言って聞かせます。ご迷惑お掛けしました」

 

 麗子さんが頭をさげる。

 

「進路については、家で話し合います。このたびは、お騒がせして申し訳ありません」

 

 大悟の母親も同じように頭をさげた。

 

「婚姻は私的な問題です。しかし在学中の立場は公的なものです。その線引きは理解してください」

 

 教頭は、母親たちの謝罪を制して言った。

 そして、担任に顔を向ける。

 

「ふたりの結婚の事実は隠してください。それと、今後、生徒たちのあいだに、無責任な噂が拡がる可能性もあります。それもしっかりと監督を」

 

「わかりました」

 

 担任が小さく頷く。

 

「いずれにしても、結婚おめでとう……。婚姻した以上、一人前の責任がついてくる。しっかりとやりなさい……。それと、困ったことがあればすぐ相談を。なんでも話を聞こう」

 

 教頭が大悟と真白に言った。

 

「頑張ります」

 

 大悟はしっかりと頭をさげた。

 

「……大悟は頑張らなくていい……。大悟はあたしの夫。あたしが守るのは当然」

 

 すると、横の真白がそう言った。

 

「……頭をさげろよ」

 

 大悟は、小さくささやいて、真白に頭をさげさせた。

 

 同時に小さく嘆息する。

 もう、真白は「高嶺の花」じゃない。

 

 妻だ──。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。