学園一の美少女は、キモデブの俺から絶対に離れない 作:ドン・ドナシアン
「木許先輩、動きました──」
運営係の一年生の女子が手元のタブレットを操作した瞬間、校舎二階のバルコニーに設置された三台のモニターに、三個のキャラクターが現れた。赤龍、白虎、そして青色の海神だ。
次いで、得点表示のテスト用に、三台のモニターすべてに『888』の数字が並んだ。
体育祭本番まで三日に迫った六月下旬のグラウンドには、湿気を含んだ風が吹き抜けていた。
明日は予行演習ということもあり、準備はほぼ終わっている。運営係のメンバーも分散して各所の準備を進めていたが、大悟の班は校舎側に設置されたモニターの表示テストをしていた。
「いやあ、すごいっす……」
大悟の横で、いつの間にか助手のような立ち位置になっている遠藤かおるも、モニターを眺めながら感嘆の息を吐いた。
グラウンドでは、三学年の生徒たちが赤、白、青の三組に分かれて体育祭の競技練習をしていたが、何人もの生徒が練習の手を止め、モニターを見上げているのがわかった。
そのとき、ふと、グラウンドの向こうに、見覚えのある姿を見つけた。
真白だ──。
工藤と並んで、二人三脚の練習をしている。
互いの足首を紐で結び、肩を寄せ合って走っていた。
さすがは運動神経抜群の二人というべきか、息はぴったり合っている。ほかの組の生徒たちが何度も足をもつれさせているのに、二人は危なげなく、ほぼ全力疾走で走り抜けていった。
もっとも、真白の表情はいつもどおり淡々としたものだ。遠目にも、工藤がなにか話しかけても、真白はまともに返事すらもしてないように見える。
……それにしても、よく練習するな。
「……またやってるっすねえ」
大悟の視線を追っていたかおるが、呆れたように呟いた。
「なにがだ?」
「二人三脚っすよ。あれ、そんなに配点高くないのに、なにかっていうと、練習増やしてるっす。工藤先輩、いまだに諦めてないんすかねえ」
「知らねえよ」
大悟は素っ気なく答えた。
「まあ、大丈夫っすよ。真白先輩は大悟先輩に一途っすから」
「……わかってるよ……」
それは疑っていない。
真白が大悟を好きでいてくれることについては、いまさら不安になる必要もない。なにしろ、あいつは自分の妻なのだ。
ただ、それとこれとは別の話である。
自分の妻がほかの男と肩を組んで走っている姿を見るのは、面白くはなかった。
「……先輩、顔に出てるっすよ」
「はあ?」
「いやいや……。ほんとっす。工藤先輩がどんなに頑張ったって、入り込む余地なんかないっすから。真白先輩の大悟先輩への想いは、間違いなく病気っす」
かおるがくすくす笑った。
「……わかっている……。まあだけど、俺もまだまだだな」
「まだまだって、なんすか?」
「どうやら、俺はまだまだ人間ができていないようだと思ってな……」
「いきなり、どうしたんすか? 突然、哲学者にでもなったんっすか?」
「いや……ちょっと前までは、俺は真白の横に立つことさえ、あり得ないと思ってたんだけどな……。それが、こうして付き合う……というか、夫になったら、今度はほかの男が身体に触れただけで嫉妬だ。真白が俺を好きでいてくれるのは、わかってるのにな。……人間って、欲張りになるもんだな」
「おっ、なんか、青春してますねえ」
かおるが笑う。
「うるさい」
大悟は、視線をモニターに戻した。
かおるも、合わせるように、そっちに顔を向ける。
「あーあ、それはともかく、あんなに苦労して作った得点板が、結局、モニターの横に置く赤白青の色板にしか使われないって、ちょっと寂しいっすねえ」
かおるが話題を変えた。
「……それは言うな。俺もちょっと思ってるんだから。だけど、採点結果を持って走り回るよりはいいだろう。トランシーバーも駄目っていうのは意味がわからないし」
大悟は苦笑した。
本来、校舎二階のバルコニーには、紙を貼って得点を表示するための手作りのベニヤ板が設置されるはずだった。
だが、得点表示がデジタル化された結果、苦労して作った得点板は、いまやモニターの横で各組の色を示すだけの飾りになっていた。
「なんか、何年か前にトランシーバーで点数をやり取りしたら、聞き間違いで表示を間違えて、もめたらしいっすね。それ以来、紙を持って走るのが伝統になったらしいっすけど」
「馬鹿馬鹿しい。データをWi-Fiで飛ばせば済むことだろ。その方がよっぽど間違いが少ない」
「同感っす。大悟先輩が運営委員会を説得してくれて感謝っす」
かおるが小さく笑った。
そもそも、従来の手作業による得点集計と表示を、全面的にデジタル化しようと提案したのは大悟自身だった。
運営係に割り当てられて初めて知ったのだが、これまでの体育祭では、複数の生徒が電卓を使って得点を集計し、その結果を別の生徒が本部から得点板まで走って運び、さらに表示係が紙を貼り替えていたのだという。
そんな面倒なことをする必要がどこにある。
順位を入力すれば得点は自動で計算できる。結果はWi-Fiで送ればいいし、表示もモニターを使えば一瞬だ。
なにより、本部から得点板まで、集計用紙を持って走り回らなくて済む。
大悟にしてみれば、汗だくになって走り回るより、パソコンの前で何時間か作業する方が、よほど楽だったのである。
「だけど、運営委員会での演説もすごかったっすよねえ。『人から人へ伝える回数が増えれば、それだけミスが起きる可能性も高くなる。だったら、人の手を介する回数を減らせばいい。走り回るのが伝統だなんて馬鹿らしい』……迫力あったっす。なんか、先輩じゃないみたいだったっすよ」
「なんだよ、俺じゃないみたいって」
大悟は苦笑した。
実際、あのときは少々熱くなってしまった自覚がある。
もっとも、言ったからには自分でやるしかない。提案資料の作成から、関係者への説明、機材の手配と調整、ソフトの開発まで、結局は大悟がほとんど一人で引き受けることになった。
生徒会や運営委員会だけでなく、担当教師や教頭先生まで巻き込んだ大騒ぎになったが、最終的には、大悟がシステムの開発と当日の運用管理を担当することを条件に、提案は全面的に採用された。
完成したソフトは、各競技の順位を入力するだけで得点が自動集計される仕組みだ。同点や失格、棄権といった例外にも対応しており、あとはタブレットを操作するだけで、最新の得点がモニターに表示される。
こうして、今年の体育祭から得点集計と表示のデジタル化が実現することになったのである。
「じゃあ、デモに入ろう。試験用の採点を送ってくれ。アニメの“01”、得点表示“001”の順だ」
大悟はタブレットを持っている一年生の女生徒に指示した。
女子たちがタブレットの周りに集まってきて、小さな歓声を上げる。ひとりが画面に並んだボタンを指で押した。操作は画面を見ればだれでもわかるように簡略化してある。学園の教育用タブレットに、許可を得て大悟がプログラムを入れたものだ。単純なソフトで作成に半日もかからなかった。
ボタンを押すと、校舎側の三台のモニターが連動して動き出す。赤、白、青の各組の三個のキャラクターがそれぞれのモニターで軽快に動き、そのあと仮データの数字が得点表示された。
「“A1”だ」
大悟の指示で、女子がタブレットをさらに操作する。
数字が消えて、仮データの途中経過で一位だった赤組のキャラが三つのモニターを駆け抜けるアニメーションが流れ、最後に三つのモニターが一斉に赤色に染まった。
「成功だな」
大悟は頷いた。
グラウンドのあちこちで、どよめきのようなものが起きているのが聞こえてきた。
続いて、仮データを使って、青組、白組の場合のパターンテストもして、三組すべての表示パターンが正常に動くことを確認した。
「実際のときには各種目の競技ごとに順位を入れるだけだ。集計も自動でできるから、本番でやるのは、順位の入力とさっきの得点表示の操作だけだ。どこか変えてほしいところはある? 簡単なものならすぐに修正するよ」
大悟はタブレットを持っている一年生の女生徒たちに訊ねた。
「いえ、問題ないです」
「うん、やりやすいです」
女子たちは揃って頷いた。
「……うーん、すごいっす。あのアニメのキャラって、大悟先輩の自作っすか?」
かおるが訊ねた。
「自作っていうか、各組の応援合戦用のパネルに描かれているキャラをデフォルメしただけだけどな」
大悟は答えた。
「それでも、動かせるようにするのは、大変だったんじゃないですか?」
「いや、元の絵を写真に撮って、輪郭をなぞって、色を塗り直して……。あとはパーツごとに分けて、関節と動く範囲を設定して、動きのタイミングを合わせるだけだよ」
「だけって……。よくわからないけど、やっぱりすごいっす。やっぱり、ゲームを作れるだけあるっすね」
かおるが目を細めた。
「まあ、ゲームを作るときに使ってた自作のアニメーション制作ソフトがあるからな」
「えっ? ゲーム開発って、開発のための制作ソフトも自作するんすか?」
「まあ、人によるけど、俺はアニメについては作った。でも、ほかのは、オープンソースのフリーのツールを書き換えたりするだけのときが多いかな」
大悟は言った。
「ううん、なに言っているのか、わかんないっす」
かおるが苦笑している。
「ええっと……。先輩、ゲームを作れるんですか?」
すると、一年生の女子が驚いた口調で大悟に声を掛けてきた。
「まあ、少しだけな」
大悟は首の後ろを掻いた。詳しく説明すると長くなるので語らないようにしようと思ったが、中学生の頃から数年かけてスマホゲームを作って、それを買い取りにしてもらったのがきっかけで、いまは、そのソフト開発会社でバイト仕事をしている。
アルバイト許可も学園から取った。大悟がすでに籍を入れていることがわかっていることもあり、許可はすんなりと通った。
とにかく、この程度の採点のためのソフト作成程度なら、はっきり片手間だ。
「木許君」
背後から落ち着いた声がかかった。
振り向くと、教頭先生が立っていた。腕を組み、校舎のモニターを見上げている。
「あっ、お疲れ様です」
大悟は慌てて頭を下げた。
「先ほどから拝見していましたが、素晴らしい出来栄えですね。得点がすぐに反映されるだけでなく、各組のキャラクターを動かす演出まであるとは。生徒たちも喜ぶでしょう」
「ありがとうございます。手を加えれば、もっと複雑なこともできるんですけど……」
「いえ、これで十分です。従来の方式に比べれば、集計も表示も格段に速く、正確になります。木許くんの提案を採用して正解でした」
教頭は満足そうに頷いた。
「あっ、はい」
「……それに、機材の件でも助かりました。アルバイト先の会社が協賛してくださったそうですね」
「はい。社長に相談したら、イベント機材会社に掛け合ってくれて……。モニターも設置作業も、無償で提供してもらえました」
「ありがたいことです。普通に業者へ依頼すれば、かなりの費用がかかるでしょうからね。ちなみに、来年以降も同じ設備を使うとすれば、どのくらい必要になるのでしょう?」
「そうですね……。普通なら三十万から五十万円くらいでしょうか。でも、俺に言ってもらえれば、業者とのあいだに入れると思います。ソフトも、こんなのでよければ提供しますし」
「それは心強いですね。来年度の予算を考える際の参考にさせてもらいます」
教頭はもう一度モニターを見上げた。
「……それにしても、木許君は大したものですね。アルバイトと勉学を両立させながら、学園行事にまでこれほど貢献してくれるとは」
「いえ、そんな大したことでは……」
大悟は視線を逸らした。頬のあたりが少し熱くなった気がする。
「本番当日も、システム全体の管理をお願いしてよろしいですね?」
「はい。操作は運営係のメンバーに教えてありますので、俺は監視とトラブル対応に回ります」
「よろしくお願いします。それと、もうひとつ」
教頭は少し表情を改めた。
「今回の件で、改めて考えさせられました。木許くんのような情報技術に優れた生徒を、学園としても育てていく必要がありますね。あなたは独学でここまでの技術を身につけたそうですが、本来なら、そうした才能を伸ばせる環境を学園が用意すべきなのでしょう」
「はあ」
いきなり教育方針のような話をされても、なにを答えればいいのかわからない。
大悟はとりあえず、生返事をするしかなかった。
「それでは、引き続きよろしくお願いします」
教頭は穏やかに微笑んで頭を下げると、本部テントを後にした。
その姿が遠ざかり、一瞬、あたりが静かになった。
「……大悟先輩って、教頭先生に期待されてるっす。かっこいいっす」
かおるが揶揄うように言った。
「俺が格好いいわけないだろ」
大悟は苦笑する。
「いやあ、不思議っすねえ。あたしも、大悟先輩のことを格好いいって感じるなんて、頭がおかしくなったと思うっすけど、実際にちょっと格好よかったっす。さすがは、真白先輩の選んだ人っす」
かおるが笑う。
「でも、先輩本当にすごいんですね。ゲームも作れるし、こういうシステムも作れるし」
「おまけに教頭先生にも認められてるし」
一年生の女子たちも、大悟に集まってくる。
「アニメキャラも作れるって、知らなかったです。あれって、難しいんですか?」
一年生の女生徒たちが、次々に大悟に話しかけてくる。
こんなことには慣れてないので、圧倒され、たじろいでしまう。
「いや、慣れればそんなに難しくないよ。今回は元の絵があったから、動かすための加工をしただけだし。ツールさえあれば、誰でもできると思うよ」
大悟はとりあえず答えた。
パソコンやプログラムのことだったら、相手が女生徒でも大悟は普通に話せる。
「でも、あの龍、すごく滑らかに動いてましたよね? あれって、たくさん絵を作るんですか?」
「いや、あれは動きの途中を自動補間してるんだ。全部の絵を一枚ずつ描いてるわけじゃないよ。そんなことしたら、時間がいくらあっても足りないし」
「へええ」
「木許先輩、さっき、遠藤先輩と話してましたけど。ゲームも自分で作ったんですか?」
「まあ、そうだね」
「どんなゲームですか?」
「ダンジョンを攻略するやつ。スマホ用の」
「えっ、スマホゲーム? あたしたちも遊べるんですか?」
「遊べるよ。もう俺の手を離れてるけど、普通に配信されてるから」
「ええっ、売ってるんですか──?」
「すっごい──。なんていうゲームですか?」
「ええっと……『アルバエラ』って、ゲームで……」
「アルバエラ? うわっ──。ゲームって、どんな風に作るんですか?」
「あたし、聞いたことあるかも。ちょっと話題になっているやつですよね」
「先輩にもお金が入るんですか?」
「音楽とかもあるんですか?」
女子たちが一斉に身を乗り出してきた。
大悟は思わず一歩後ずさった。
なんだ、これは……。
別に大した話をしているつもりはない。
ゲームを作ったことも、ソフト会社でアルバイトをしていることも事実だが、そんなに驚くようなことなのだろうか。
「ちょっと待ってくれ。一度に訊かれても答えられないから」
「先輩、プログラミングって、どうやって覚えたんですか? あたしも、そういうのに興味があって……」
五人ほどの女生徒に囲まれているが、そのひとりが身を乗り出した。
「ええっと……。中学の頃から独学でかな。ネットにいくらでも資料があるし、まあ、実際に作ってみるのが一番早いよ」
「音楽とかできますか?」
「できると思う。音楽作成ツールも、ネットにフリーが充実しているし……。最初は簡単なものから始めればいい」
「ほんとですか? じゃあ、今度教えてください!」
「あ、あたしも──」
「いや、教えるのはいいけど……」
いつの間にか、女子たちとの距離が妙に近くなっている。
大悟は少し困惑した。
女子に囲まれること自体、大悟の人生では、あまりない出来事だ。しかも、相手がこちらを見て笑っている。馬鹿にしているわけでも、からかっているわけでもない。
どうにも落ち着かない。
「いやあ、先輩。ついに来たっすねえ」
横から、かおるが妙に感慨深そうな声を出した。
「なにが?」
「モテ期っすよ、モテ期」
「はあ?」
「女子に囲まれて質問攻め。しかも、みんな目がキラキラしてるっす。いやあ、あの大悟先輩がねえ……。世の中、なにが起こるかわからないっす」
「おまえ、さっきから失礼だぞ」
「いやいや、褒めてるっすよ。あたしだって、ちょっと見直したくらいっすから」
「ちょっとかよ」
「そこは謙虚に受け取ってほしいっす」
かおるが笑うと、一年生たちもつられて笑った。
「でも、木許先輩って、結婚してるんですよね?」
そのうちの一人が、不意に訊ねてきた。
「ああ、うん……」
「真白先輩とですよね? あの、すごく綺麗な」
「そうだけど」
「すごいですよねえ。最初、聞いたとき、びっくりしました」
「うん。あたしも。高校生で結婚する人なんて、初めて聞いたし」
「それに、真白先輩って、学園で一番の美人じゃないですか」
大悟は曖昧に頷いた。
それについては、大悟も異論はない。
「どうやって知り合ったんですか?」
「幼馴染だよ。家が隣同士で、小さい頃から一緒だったんだ」
「ええっ、幼馴染と結婚──」
「なにそれ、漫画みたい──」
「じゃあ、ずっと付き合ってたんですか?」
「いや、それは……」
大悟は言葉に詰まった。
付き合っていた、というのとは少し違う気がする。
大悟自身、真白があそこまで本気だったと知ったのは、つい最近のことなのだから。
「まあ、いろいろあってな……」
「いろいろって、なんですか?」
「そこ、詳しく聞きたいです!」
女子たちがさらに身を乗り出してきた。
「でも、真白先輩って、木許先輩のこと、すっごく好きですよね?」
一年生の一人が言った。
「え?」
「だって、この前も廊下で見かけましたけど、先輩の腕にぴったりくっついて歩いてたじゃないですか」
「ああ、あれは……」
「いつもあんな感じなんですか?」
「まあ……だいたい」
「きゃあ、いいなあ」
「すごい──。結婚してるって感じ──」
なにがそんなに嬉しいのか、女子たちが声を弾ませる。
大悟には、さっぱりわからなかった。
「真白先輩に、激惚れされてますね、大悟先輩」
かおるがにやにやしている。
「……否定はしないけどな」
そう答えると、なぜか女子たちがまた小さな歓声をあげた。
「先輩、いまのちょっと格好よかったです」
「いや、だから、なんでそうなるんだよ」
大悟は思わず頭を掻いた。
まったく、女子というのはわからない。
そのときだった。
突然、腕をぐいっと引っ張られた。
「うわっ」
思わずよろめきながら振り向くと、大悟の腕を掴んでいたのは、かおるだった。
さっきまであんなに楽しそうに笑っていたのに、どういうわけか、顔色が変わっている。
「おい、なんだよ、急に……」
「……まずいっすよ」
「なにが?」
「……あれっす」
かおるがグラウンドの隅を指さした。
そこは、少し前まで真白と工藤が二人三脚の練習をしていた場所だった。
いつの間にか練習は終わったらしい。真白の周りには、いつものように大勢の生徒たちが集まっている。工藤もなにか話しかけているようだが、真白はまるで聞いていない。
ただ、こちらを見ていた。
両手を身体の脇に下ろし、仁王立ちになって、じっと大悟たちの方を睨みつけている。
もちろん、かなりの距離がある。
普通なら、相手の表情などろくにわからないはずだ。
だが、大悟にはわかった。
普段から表情の乏しい真白が、いま、ものすごく不機嫌になっているのが……。
いや、不機嫌どころではないな……。
……あれは、怒っている。
「……ねえ、大悟先輩……」
かおるの声が、妙に小さくなった。
「なんだよ……?」
「……あれ、怒ってないっすか?」
「……怒ってる……かもしれねえな……」
いや、かもしれない、ではない。
間違いなく怒っているだろう。