学園一の美少女は、キモデブの俺から絶対に離れない 作:ドン・ドナシアン
大悟は、学園の旧茶道部室の前に立っていた。
屋上に向かう最上階の階段の踊り場が入口になっていて、茶道部が廃部になってから、もう何年も使われていない部屋だ。
屋上そのものも生徒は立ち入り禁止であるため、滅多に人が近づくことはない。
もっとも、大悟と真白にとっては、すっかり馴染みの場所になっていた。
かおるが部長をしている文芸部に、名目だけの入部をするのと引き換えに、かおるが持っていた合鍵をもらったのだ。かおる自身がどうやって、合鍵を入手したのかは知らないが、それ以来、時折ここを使っていた。
午後いっぱい続いた体育祭の全体練習が終わったあと、真白からスマホに届いたメッセージは、たった一言だった。
──茶室──。
それだけである。
怒っているのは、まず間違いないだろう。
運営係として、デジタル採点システムの動作確認をしていた大悟は、倉庫で最後の片付けをしている最中にそれを見た。
そのとき、まだ横にいた、同じ運営係のかおるが横から覗き込んできた。
『来たっすね』
『……ああ』
『健闘を祈るっす』
かおるは手を軽く振って、にやりと笑った。
『お前なあ……』
『生きて帰ってきたら、話を聞かせてくださいっす』
『面白がることしか考えてないだろ』
『面白いものは、面白いっすから』
大悟はため息をついて、スマホをポケットにしまった。片付けが終わると、すでに帰宅準備の終わっているかおるはすぐに運営室用の倉庫を出て行った。
一方で、大悟については、もう少し当日に使用するタブレットの調整をして、さらに一度教室に戻って鞄をとってから、一人で屋上階に向かう踊り場階にある旧茶室に向かった。廊下も階段も静かだった。
やがて、階段室にある茶室まで来た。
周囲に人の気配はない。
鍵はかかっていなかった。奥の茶室の襖が少し開いている。中から薄暗い光が漏れていた。
大悟は小さく息を吐くと、引き戸に手をかけた。
「……真白?」
戸を開けると、畳の匂いがした。
先日、二人で掃除したばかりの茶室には、六月下旬の西日が差し込んでいた。
奥の小部屋では、年代物のウインドエアコンが低い音を立てている。少し開けた襖の隙間から、涼しい風が流れ込んでいた。
その茶室に、真白がいた。
体育祭の練習で着ていた体操服姿のままであり、畳の上にきちんと正座している。横には、畳んだままの制服と鞄があった。
背筋を伸ばし、両手を膝の上に揃えて、まっすぐこちらを見ていた。
やはり、かなり不機嫌そうな顔だ。
理由は、だいたい見当がついていた。
午後の体育祭の準備のとき、運営係の大悟が一年生の女子たちに囲まれていたことが気に入らなかったのだろう。
もちろん、やましいことなどなにもない。ただ質問に答えていただけだ。
しかし、真白が見ていたのはかなり遠くからだった。ひょっとすると、大悟が女子たちに囲まれて、鼻の下でも伸ばしているように見えたのかもしれない。
もしそうなら、誤解は解いておかなければならない。
とはいえ、なにも訊かれていないのに、こちらから「違うんだ」と言い出すのもおかしな話だ。かえって、なにか後ろめたいことでもあるように聞こえそうだった。
さて、どうしたものか……。
「……来たよ」
大悟が声をかけても、真白は答えなかった。
ただ、じっと大悟を見つめている。
「……真白?」
もう一度呼びかけた。
それでも返事はない。
聞こえるのは、ウインドエアコンの音だけ。
大悟は戸を閉め、真白の向かいに腰を下ろして、胡座をかいた。
「……どうした、真白?」
真白は答えない。
ただ、その大きな瞳で、まっすぐ大悟を見つめ続けていた。
すると、真白の両手がすっと、大悟の顔に伸びてきた。
そして、その手が大悟の両頬をふわり掴む。
最初は柔らかく、ただ触れているだけのような力加減だった。
ただ、大きな瞳がじっとこちらを見つめていた。
真白は視線を逸らさない。その眼差しは批判を込めて突き刺さるようであり、問い詰めるようでもあった。
しばらくそのままの時間が続いた。
真白は何も言わない。
ただ、握る手の力を少しずつ強めていく。頬がじわじわと圧迫され、内側から熱が集まってくるのがわかった。
真白の顔色が赤くなっていく。眉間の皺が深くなり、唇が突き出るように尖っていく。
──あ、これはやばいかな……。
大悟は思った。
しかし、滅多に怒った表情をしない真白のその表情が、あまりにも漫画じみていて、思わず吹き出してしまった。
「……おかしくない……」
真白の声は低く、絞り出すように硬い。
その言葉と同時に、頬を掴んでいた指にぐっと力が込められ、大悟の顔が左右に捻られた。
「いひゃっ」
さすがに声が出た。
真白の手が離れる。頬がじんじんと熱を帯びて痛んだ。
頬を押さえながら大悟は真白を見た。真白はまだ大悟を見ていた。しかし、さっきまでの険しい表情は少し和らいでいる。怒っているというより、いまにも泣き出しそうな顔だった。
膝の上の拳を握りしめている。頬はまだ膨らんだままだ。
「……ごめんなさい。痛かったよね……」
「大丈夫だけど……」
実際には痛かった。まだじんじんとしている。真白の指先は細くて、力がかなり入っていたのだ。
大悟は苦笑しながら、自分の頬をさすった。
「……ごめんなさい……」
真白がもう一度言った。
「……いいけど、あれはただの質問だぞ。一年生の子たちにプログラムのことを訊かれたんだ。ほら、俺が採点システムをタブレットで操作できるように作ったから」
「うん、わかっている……。さすが大悟……。あれは、すごくよくできてた。あの子たちが感動するのは当然」
真白は膝の上の拳を少し緩めた。声のトーンが落ち着いている。しかし、目元はまだ赤い。
「……ありがとう」
大悟はそれだけを言った。
「ちゃんと計画書を作って、あちこちを説得してたよね。先生たちにも。ちゃんと説明して、予算のことも考えて」
「まあ、あれくらいは」
「頑張ってたよ。休み時間もずっとノートに書いてたし。家でパソコンに向かってる時間も多かったよ」
「……あれは、計画の方な。ソフトはあっという間にできたんだけどな」
大悟は、笑いながら肩をすくめた。
だが、真白の表情がそのままなので、すぐに笑みを消した。
「……あんな大きなモニターを、お金をかけずに付けたのもすごい」
「あれは、社長さんの伝手だ。お前も知っているだろう。俺の売ったソフトが買い取りだったからな。予想以上に売れてしまって、向こうで恐縮してくれてるんだ」
「アニメも上手だった。得点が入るたびにキャラクターが動いて。あたしの周りでもみんな褒めてたよ」
「……そうか」
「うん……。みんな、すごい、すごいって……」
真白は、相変わらず真っ直ぐ大悟を見ていた。
褒めている。確かに褒めている。
それなのに、表情は崩れない。眉間の皺はまだ残っていて、唇は固く結ばれたまま。瞳の奥には、どこか困ったような、助けを求めるような色があった。
泣きそうな顔だ。
褒めているのに、泣きそうな顔をしている。
「……でも……」
真白の声が、小さくなった。
「……面白くないの……」
ぽつりと、落ちるように言った。
「……」
「大悟が褒められて……。すごいって言われて……。すごいから、下級生の女の子たちも大悟を褒めるのは当たり前。でも面白くない……」
「真白……」
「ごめんなさい」
真白が正座をしたまま畳の上に両手を突いて頭をさげた。
「謝らなくてもいいだろう。頭を上げろよ」
「……違う」
真白は頭を下げたまま言った。
「違う?」
「……面白くなかっただけじゃない」
「うん?」
「大悟がすごいことは知ってる。でも……みんな、知らなければいいって思った」
「……知らなければ?」
「大悟がすごいのは、あたしだけが知ってればいい……」
真白はそこで言葉を切った。
「……ううん。違う。すごくなければいいって……そんなことまで思った」
「真白……」
「そうしたら、誰も大悟に近づかないから……」
真白の声が震えた。
「……妻なのに。大悟がすごいこと、喜んであげられなかった。妻失格……。だから……ごめんなさい」
大悟はしばらく黙っていた。
そして、口を開く。
「……真白」
「……うん」
「ありがとう」
真白がようやく顔を上げた。
「……ありがとう?」
「俺のこと、そんなに好きでいてくれるんだなって思ったから」
「……好きだよ……。多分、大悟が思っているよりも、あたしは大悟が好き」
「知ってる」
大悟は笑った。
「……知っているの?」
真白がやっと微笑んだ。
「それに、俺だって似たようなもんだ」
「似たようなもの?」
真白が小さく首を傾げた。
「俺も嫉妬した。お前と工藤が二人三脚の練習をしているのを見て面白くなかった。真白が頑張っているのを素直に認められなかった。一緒だな」
大悟が笑った。
「むっ、あれは、あたしも嫌」
真白が眉を寄せた。
「そうなのか?」
「……足まで縛るし」
「そりゃ、二人三脚だからな」
「……大悟、笑わないで」
「いや、笑ってないって」
実際には、少し笑っていた。
真白があまりにも真剣な顔で言うので、ついおかしくなってしまったのだ。
「でも、嫌なら断ればよかったじゃないか」
「……条件だった」
真白は少し口を尖らせた。
「条件?」
「……リレーでアンカーをする」
「アンカー?」
「アンカーを走りたかったから」
「ああ……」
そういえば、なぜか、真白は体育祭のリレーにかなり意気込んでいた。
真白は脚も速いので、各学年の男女二名ずつの十二名から編成される選抜チームである組対抗リレーの選手に選ばれるのは、ほぼ決まっていた。その疾走順は各組所定となるものの、通常は運動部の男子がアンカーになる。最後のアンカーは、ほかの選手に比べて倍の距離を走るのだ。
しかし、赤組は、真白がアンカーだ。
高等部でもかなり話題になっている。
「……サルにアンカーを走りたいって言ったら、二人三脚に出るのが条件だって言われた」
「……なんだ、そりゃ?」
交換条件ということか……。
工藤は、赤組の総合キャプテンだ。
最終的な選手名簿の調整は、工藤の裁量だ。
「でも、サルと組むなんて、聞いてなかった」
真白は不満そうに言った。
「……まあ、そうなるだろうな」
大悟は呆れて息を吐く。
どうやら、工藤もなかなか抜け目がないらしい。ただ、大悟と真白が本当に籍を入れたというのは、学園として公表されたはずだが、まだ真白を諦めてないのは、どうかと思うが……。
「でも、お前が嫌がってるなら、無理して出なくてもいいんじゃないか?」
「……アンカーを走りたい」
「どうして」
「……目立つ」
「目立つ?」
大悟は首を傾げた。
確かに、真白は目立つ。しかし、結果的にそうなるのであり、真白が望んでいるわけではない。むしろ、真白は目立ちたがりではない。
目立ちたいから、リレーのアンカーをやりたいというのは、なんとなく、いつもの真白ではない気がした。
真白はしばらく黙っていた。だが、やがて小さく息を吐いた。
「……でも、大悟が嫌なら……やめる……」
「え?」
「二人三脚。大悟が嫌なら出ない」
真白は真剣だった。
大悟は少し考えた。
正直に言えば、嫌だ。工藤が真白に好意を持っていることも知っている。そんな相手と身体を寄せ合って走るのだから、面白いはずがない。
しかし、それとこれとは別の話だ。
「……でも、それだと、リレーのアンカーじゃなくなるんだろ?」
「わからない……。でも交換条件だったから、そうなるかもしれない……」
真白は小さな声で返す。
大悟は大きく息を吐いた。
「いや、出ろ」
「ん?」
真白が大悟に真っ直ぐに視線を向ける。
「お前は、アンカーを走りたいんだろ?」
「……うん……。だけど……」
「だったら走ればいい。俺が嫉妬したからって、お前がやりたいことを諦める必要はないだろ」
大悟は真白の言葉を遮って言った。
真白は大悟をじっと見つめてくる。
「……でも、嫌じゃないの?」
「嫌だ」
大悟はあっさり答えた。
「……嫌なのに?」
「嫌だけど応援するよ。それくらいはできる」
「……大悟」
真白の目が少し大きくなった。
大悟は真白に笑みを向けた。
「それに、工藤と組んだからって、お前の気持ちが変わるわけじゃないだろう?」
「むっ、当たり前──。あたしの心は変わらない」
即答だった。
「絶対に変わらない」
「わかってるよ」
大悟は頷く。
「……絶対だから」
「うん」
真白はようやく、いつもの表情に戻った。
そして、正座したまま、にじり寄ってきた。
「……大悟」
「なんだ?」
「……抱っこ」
「ここ、学校だぞ」
「……誰も来ない」
「まあ、そうだけど……」
「抱っこ──」
真白は両手を伸ばした。
まったく……。
大悟が腕を広げると、真白は胡座をかいている大悟の膝の上に対面で乗ってきて、脚で大悟の胴体を挟むようにして身体を預けてきた。
ぎゅっと背中に腕を回して、顔を肩口に埋めてくる。
体操服越しに真白の身体の温もりが伝わってきた。午後いっぱいグラウンドで練習していたせいか、髪からは微かに汗の匂いがする。いつもの甘い香りに混じったその匂いが、妙に生々しく感じられた。
真白は大悟にしがみついたまま、しばらく動かなかった。
「……大悟」
「なんだ?」
「……好き」
「うん」
「……すごく好き」
「知ってる」
「……もっと知って」
「どれだけ知ればいいんだよ」
大悟は思わず笑った。
「……全部」
真白が顔をあげずに答えた。
隣室の古いウインドエアコンが、相変わらず低い音を立てている。
大悟は真白の背中をゆっくり撫でた。
「……嫉妬って、厄介なものだな」
大悟は真白を抱きしめながら言った。
相手のことを信じていても、面白くないものは面白くない。
面白くないからといって、相手の望みまで奪ってしまうのは違う。
それはわかっている。
だけど、どうしても嫉妬をしてしまうのだ。
「あたしは、まだ嫉妬している。あの子たちに……」
腕の中で、真白が小さく呟いた。
「……嫉妬するようなことは、なにもないんだぞ」
大悟は笑った。
「わかってる……。だけど、嫉妬する……」
「まだ言うか」
「……嫌なものは嫌」
「はいはい」
大悟は抱きしめている手で、真白の背中を軽くぽんぽんと叩いた。
どうやら、こちらの問題は、まだ完全には解決していないらしい。
「とにかく俺は嫉妬しないようにするから、お前は遠慮なく頑張れ」
大悟は言った。
すると、真白が抱きしめていた腕を解き、大悟と向かい合ったまま顔だけをあげた。
「むっ、だめ……。嫉妬していい……。うん。嫉妬して」
真白はそう答えると、再び大悟の首に両腕を回し、ぎゅっと抱きついてきた。
さっきよりも強く、隙間をなくすように身体を寄せてくる。大悟もその背中に腕を回した。
「……そんなにくっつかなくても、逃げないぞ」
「……逃がさない」
「いや、だから逃げないって」
真白は答えず、ますます腕に力を込めた。
体操服の薄い布地を通じて、真白の丸い乳房の感触が伝わってくる。
真白の乳房が当たっている場所で、硬くて小さなものが主張していることに気がついた。大悟が真白を抱きしめたまま、わざと胸をこすり動かすようにすると、「んふうっ」と真白が鼻息を荒くして、身体をわずかに悶えさせる。
その反応に、大悟は唾を呑み込んだ。
「……お前、もしかして……」
「……あたしも……興奮している……」
「興奮って……」
大悟は戸惑う。
「……しよう……」
さらに密着して甘えてくる。
「しようって……お前……」
大悟は息を吐く。
だが、すぐに焦りが込みあがってきた。
さすがに真白にこんなに密着されると、どうしても股間が硬くなってくる。
すると、真白が「あっ」と小さく声をあげて、びくんと身じろぎした。さすがに気がついただろう。大悟の股間と真白の股間は布越しだが、しっかりと対面して密着しているのだ。
「……大悟、お仕置きして」
真白が顔を上げた。
頬はかすかに赤く、わずかに鼻の息が荒くなっている。瞳はちょっとだけ潤んで、目尻が下がっていた。
これはスイッチが入ったな……。
しかし、ここでは……。
「ねえ……お仕置き……」
真白がまたささやく。
大悟を抱きしめる腕に力が加わる。
「い、いや……。ここは……ちょっと……まずいんじゃないか……」
大悟が言った。
「まずくない……」
「でも見回りの先生が来るかも……」
ここが滅多に人が来ない場所なのはわかっている。
だが、もう夕方だ。
戸締まりのための見回りもあるだろうし、体育祭関連の用事で屋上にまであがってくるかもしれない。そうすれば、ウインドエアコンが動いていることで、間違いなく怪しんで、ここまで入ってくるだろう。
校内で真白と情事に及んだことは数回あるけど、いまは時間がまずい。
「問題ない。あたしたちは夫婦……」
「問題あるだろ。学園内でセックスしているのが見つかれば、さすがに停学かな。多分、俺たちが夫婦でも、校内ではなあ……」
大悟は困ってしまった。
「大丈夫、手は打ってる」
大悟の膝の上からおりた真白が、大悟の肩を両手で掴むと、思い切り体重をかけてくる。
「うわっ」
大悟はその場に押し倒されてしまった。
体操服姿の真白が両膝を立てて、大悟の脚を跨ぐ。
「大悟、見て」
見上げる視線の中で、真白が体操服のシャツを首までめくり上げた。
白い乳房が露わになる。
その双乳の中心では真白の小さな乳首が硬く屹立していた。
「お前、やっぱり」
真白がブラをしておらず、肌に直接、体操服を身につけていたのだ。
そうではないかと思った。
真白に抱き付かれたとき、しっかりと乳首の感触があったのだ。
「よく考えたら、大悟、一年生の女の子にもててた。お仕置きを受けるのは大悟」
真白が大悟のズボンに手をかけた。
ベルトを外し始める。
「もててたって……。もててねえよ。ただ、プログラミングのことを聞かれただけだ。気に入らないなら、これから気をつけるから」
「気をつけなくていい……。でも、別の女の子と話したら、そのたびにお仕置きする。大悟はあたしのもの」
ベルトが外され、ズボンのファスナーが下ろされた。
真白の両手が大悟のズボンと下着に一緒にかかる。
こいつ、目が据わっている──。
大悟は息を呑んだ。