学園一の美少女は、キモデブの俺から絶対に離れない 作:ドン・ドナシアン
大悟は、思わず手を止めていた。
グラウンドの中央で、真白が踊っている。
体育祭当日。午前のプログラムも中盤に差しかかり、高等部三年女子による集団創作ダンスが始まっていた。
抽選で決まった演技順は、青組、白組、赤組。いよいよ真白の属する赤組の出番だ。
本部テントで得点集計用のタブレットに向かっていた大悟は、グラウンドから目を離せなくなっていた。
赤組の女子生徒たちが着ているのは、白いショート丈のジャケットに、紺色のショートパンツ。足元は白いスニーカーで統一されていた。
普段の体操服とはまるで違う、舞台衣装のような華やかさがある。
とりわけ目を引くのは、すらりと伸びた脚だった。軽やかにステップを踏むたびに、鍛えられた脚の線が際立つ。
真白も例外ではない。
長く、形のいい脚。無駄のない立ち姿。いつも制服で見慣れているはずなのに、今日は妙に新鮮だった。
しかも、ほかの女子生徒とまったく同じ衣装なのに、真白が着ると、まるでファッションショーの衣装のように見える。
ダンスの練習については聞いていたが、衣装のことまでは知らなかった。
──おいおい、こんな衣装だったのかよ……。
大悟は思わず目を丸くした。
しかも、真白はどこか楽しそうだった。
いつもの無表情に近い顔なのに、口元にはかすかな笑みが浮かんでいる。
──あいつ、こんな顔もするんだな……。
音楽が鳴り響く。
女子生徒たちが一斉に腕を伸ばした。白いジャケットが陽光を受けて輝き、紺色のショートパンツとの鮮やかな対比が、グラウンドいっぱいに広がった。
隊列が変わる。
全員が同じ方向に身体を傾け、脚を高く蹴り上げる。次の瞬間には反対側へと回転し、足を踏み鳴らす音まで見事に揃っていた。
その中に、真白がいた。
もちろん、真白が綺麗なのは知っている。
毎朝、隣で目を覚ますのだから、知らないはずがない。制服姿も、私服姿も、寝ぼけた顔だってだ。
大悟の腕の中で喘ぎ、悶え、涙目で快感を極める姿まで知っている。
それなのに……。
──なんだ、あれ……。
真白の動きは、周囲の生徒たちとぴたりと揃っている。決して一人だけ目立つような振り付けをしているわけではない。
しかし、どうしても目が行く。
指先まで伸びた腕。軽やかなステップ。身体を回転させた瞬間に広がる黒髪。
力強い動きのはずなのに、どこか優雅で、艶やかですらあった。
そして、真白がふと顔を上げた。
その視線が、本部テントのほうに向けられる。
……えっ?
一瞬、目が合ったような気がした。
しかも、真白の口元が、ほんのわずかに緩んだように見えた。
──おいおい、まさか、俺を見てるのか……?
もちろん、偶然かもしれない。
だが、大悟には、どうしてもそうとしか思えなかった。
音楽のテンポが上がる。
女子生徒たちが次々に位置を入れ替え、腕を高く掲げた。
真白も軽やかにステップを踏み、腰を艶やかにひねって向きを変える。その動きには少しの無駄もない。
しかも、表情まで変えていた。
凜とした顔で正面を見据えたかと思えば、次の瞬間には意味ありげな微笑みを浮かべる。そして、また何事もなかったように涼しい顔に戻ってしまう。
──なんなんだよ、あれ……。
ほかの女子生徒たちも上手に踊っている。だが、真白は、どうすれば自分が美しく見えるのかを知り尽くしているようだった。
あれが、プロのモデルの表現力というものなのだろうか。
それにしても、妙だ。
あの微笑みも、身体の動かし方も、まるで誰かを意識しているように見える。
──まさかな……。
大悟は小さく首を振った。
しかし、目を離すことはできなかった。
そのときだった。
五十人近い女子生徒が一斉に跳躍して回転し、ぴたりと同時に着地した。
「おおっ」
観客席から、どよめきが起こった。
あちこちから漏れた感嘆の声が重なり、大きな歓声になっていく。
「すげえ……」
本部テントの隣にいた男子生徒が呟いた。
「やっぱ、一条さん、すげえなあ」
「あの子、ダンスも上手いんだな……」
別の生徒が答える。
──一条じゃなくて、木許真白だ。
そう思ったが、大悟はなにも言わなかった。
それよりも、目の前で踊っているのは、間違いなく自分の妻なのだ。
いつも大悟の膝の上で甘えてくる真白とは、まるで別人のようだった。
凜とした表情。迷いのない動き。そして、大勢の視線を集めても、まったく物怖じしない堂々とした姿。
──綺麗だな……。
いや、知っていた。
知っていたはずなのに……。
音楽が最後の盛りあがりに入った。
白いジャケットの集団が大きな円を描き、次々に位置を入れ替えていく。
真白もその中で大きく腕を広げ、軽やかに回転した。黒髪がふわりと広がり、ジャケットの裾が翻る。
そして、最後のポーズへ移る直前だった。
真白が、もう一度だけ本部テントに顔を向けた。
ほんの一瞬。
だが、今度は確かに、大悟を見たように思えた。
その唇に、いたずらっぽい微笑みが浮かぶ。そして、大悟に向かって片目をつぶった。
──こいつ、わざとやってるな。
大悟の胸がどきりと鳴った。
真白はすでに何事もなかったように正面へ向き直っている。
最後の音が響く。
女子生徒たちが一斉にポーズを決めた。
一瞬、静まり返るグラウンド。
そして、割れんばかりの拍手が湧き起こった。
大悟はようやく息を吐いた。
──参ったなあ……。
普段から綺麗だと思っている真白なのに、今日は、特に見惚れてしまった。
しかも、それは大悟だけではなかったらしい。観客席からも、あちこちで感嘆の声があがっていた。
──まあ、そうなるよな……。
少しだけ誇らしく、でも少しだけ面白くない。
いずれにしても、魅せるという一点において、やっぱり真白は超一流だ──。
拍手と歓声が続くなか、赤組三年の女子生徒たちが駆け足で退場を始めた。
その集団の中に、真白の姿がある。
隣を走っていたレナが、真白になにかを囁いた。ミカも顔を寄せ、にやにやしている。ユイはその後ろで笑っていた。
なにを言われたのか、真白がくすりと笑った。
──ん?
大悟は思わず目を疑った。
いつの間に、レナたちとあんなふうに笑い合うようになったんだ?
そして、四人が本部テントの前を通りかかったときだった。
レナがこちらを向いた。
それを合図にしたように、ミカとユイ、そして真白までが、一斉に唇に手を当てた。
四人揃って、本部テントに向かって投げキスをしたのだ。
途端に、周囲がどっと沸いた。
「うおっ、なんだ、いまの──」
「こっちにやったぞ──」
そんな声が飛び交う。
四人は声を上げて笑いながら、ほかの女子生徒たちと一緒に駆け去っていった。
──あいつら……。
大悟は自分の顔が熱くなるのを感じた。
まったく、なにをやってるんだか。
いや、それよりも真白だ。
あいつが人前で、あんなことをするなんて。
しかも、笑っていた。
大悟はしばらく呆然とその後ろ姿を見送っていたが、やがて苦笑してしまった。
──まったく、愉しそうだな、おい。
「相変わらず愛されてるっすねえ、大悟先輩。それにしても、真白先輩、今日はずいぶんはっちゃけてますね。なにかいいことでもあったんすか?」
本部テントの運営係スペースで、隣に座っている遠藤かおるが声をかけてきた。
「さあな。俺にもよくわからん」
大悟は肩を竦めた。
だが、はっちゃけている、か……。
そう言われれば、実のところ、思い当たることがないわけでもなかった。
最近、大悟と真白の間では、いつもの“ごっこ遊び”に加えて、ちょっとしたコスチューム遊びが流行っていた。
モデルとしての収入と預金がある真白はもちろん、最近ではソフト開発会社から仕事を請け負うようになった大悟も、高校生としてはそれなりに金銭的な余裕がある。
大悟はその一部を“ごっこ遊び”のグッズに充てているのだが、真白もまた、通販サイトなどでさまざまなコスチュームを購入するようになっていた。
バニーガール、レオタード、獣耳にメイド服。チャイナドレスや、妙に丈の短いナース服やミニスカポリスまである。
普段は何事にも淡々としている真白だが、大悟との“ごっこ遊び”となると、驚くほど乗りがいい。新しい衣装が届けば、さっそく大悟に披露しようとするほどだった。
そんな衣装を真白に身につけてもらい、二人だけの夜の時間を愉しむ。
それが最近の、ちょっとした夫婦の楽しみになっていた。
そして昨夜は、大悟のほうが衣装を用意した。
翌日はいよいよ体育祭本番──。真白の所属する赤組にちなんで、大悟が選んだのは、“赤褌”だ。
さすがの真白も、これには顔を真っ赤にして恥ずかしがった。
普段なら、どんな衣装でも平然と着こなしてしまう真白であるが、昨夜ばかりは、しばらく衣装を手にしたまま、大悟を恨めしそうに見つめていた。
もっとも、赤褌をコスチュームと呼んでいいのかどうかは、大悟にも自信がなかったが……。
真白に全裸になってもらい、厳しく赤布を喰い込ませてやると、真白はすぐに褌の股間部分に丸い染みを拡げ始めた。陰毛を断ち割って赤布が股間に深く喰い込んだ真白の姿は異常なほどにエロかった。
その日の〈ごっこ遊び〉では、真白には、褌姿のままベッドの上で大の字拘束になってもらった。
そして、褌と一緒に購入してきた電気あんまをしっかりと股間にあてがって固定して、しばらく放置してみた。
よくその手のビデオにあるシチュエーションだが、一度やってみたかったのだ。
真白は悶え狂ってしまい、あまりの悲鳴に布で猿轡を噛ませなければならないほどだった。
それでも、そのまま電気あんまを固定し、さらに大悟が全身を愛撫してやっていると、彼女は狂ったように絶頂を繰り返し、最後には失禁までした。
褌をしていなかったら、もっと大惨事になっていただろう。
その後、拘束を解いて、改めて愛し合い始めたときに、いつにも増して、真白は大悟に甘えまくった。
しかし、結局、連続絶頂の影響で、長く意識を保っていられず、大悟が真白を抱いている途中でも絶頂を繰り返して、そのまま気絶してしまった。
ただ、今朝、妙に機嫌がよかったのは事実だ。
あのときはあんなに嫌がって「はずしてくれ」と懇願していた電気あんまについても、朝になったらもう二度とやりたくないとは口にしなかった。
それどころか、満更でもなさそうに見えた。
もともとMっ気の強かった真白だが、最近はますますその傾向が強くなっているように思えた。
もっとも、それは大悟の前だけの話だが……。
かおるの“はっちゃけた”という言葉で、大悟はそんな昨夜のことを思い出してしまった。
「……大悟先輩?」
「ん?」
横を見ると、かおるが呆れた顔で大悟を見ていた。
「なんか、変な思い出し笑いしてません?」
「いや、してない」
「怪しいっすねえ」
かおるは眼を細めている。
大悟は慌てて表情を引き締めた。
「いや、本当になんでもないぞ」
「まあ、いいっすけど……」
そのときだった。
「木許先輩、運営委員から組体操の採点結果が届きました」
運営係の一年生女子が、クリップボードを手に駆け寄ってきた。
「ああ、ありがとう」
大悟は受け取った順位表に目を走らせた。
一位、白組。二位、青組。三位、赤組。
──あらら、赤組がビリか……。
三年男子の組体操は、創作ダンスの前に終わっていた。先生と来賓による審査が行われ、その採点結果がようやく運営係まで届いたのだ。
「わかった。入力、頼む」
「はい」
女子生徒がタブレットを持つ仲間のところへ戻っていく。
その間にも、放送部のアナウンスがグラウンドに響いていた。
『見事な三年生女子の創作ダンスでした。審査結果については、集計が終わり次第、発表いたします』
放送部テントでは、女子生徒が次のプログラムを案内している。
『続きまして、プログラム八番。一年生女子による障害物競走です。また、プログラム九番の玉入れに出場する選手のみなさんは、入場門に集合してください』
グラウンドでは、赤組の女子生徒たちが退場し、入れ替わるように障害物競走の準備が始まっていた。入場門のあたりには、次の玉入れに出場する生徒たちも集まり始めている。
「木許先輩、組体操の採点結果、入力終わりました」
タブレットを操作していた一年生女子から声が飛んだ。
「よし。放送部のタブレットに結果を送って。まずは組体操の順位だけ表示するから」
「はい。送信します」
女子生徒が画面を操作する。
「送信完了です」
「放送部、確認できてるかな」
「確認取れました。読み上げの準備、できてるそうです」
「じゃあ、モニターは組体操の結果表示に切り替えて。放送が始まったら出すよ」
「はい」
大悟は校舎二階のバルコニーに並んだ三台の大型モニターを見上げた。
それぞれに赤龍、白虎、青海神のキャラクターが表示され、その下には各組の得点が並んでいる。
まもなく、放送部の女子生徒の声が響いた。
『障害物競走に先立ち、プログラム五番、三年生男子による組体操の結果についてお知らせいたします』
「よし、結果表示に切り替えて」
大悟の指示で、一年生女子がタブレットを操作した。
三台のモニターが一斉に切り替わる。
『第一位、白組』
「白組、一位表示」
白虎のモニターに、一位の文字と得点が大きく浮かび上がった。
「おおっ」
白組の応援席から歓声が上がった。
『第二位、青組』
「青組、二位表示」
続いて青海神のモニターに二位の文字が現れる。
青組の応援席からも拍手と歓声が湧いた。
『第三位、赤組』
「赤組、三位表示」
最後に赤龍のモニターへ三位の文字が浮かんだ。
「ああー……」
赤組の応援席から、落胆の声が漏れた。
一方、白組の生徒たちは大喜びだ。グラウンドのあちこちから歓声とどよめきが起こり、しばらく騒がしさが収まらなかった。
「やっぱり、赤組がビリっすか……。赤組は、組体操の練習時間を割いて、二人三脚とかのペア練習ばっかりやってたからっすね」
かおるが、順位表を覗き込みながら呟いた。
「そうなのか?」
「工藤先輩なんか、真白先輩との二人三脚にずいぶん熱心だったみたいっすよ。組体操のほうは、ちょっと手を抜きすぎたんじゃないっすかねえ」
かおるの言葉には、少々棘があった。
大悟は苦笑した。
工藤が真白との二人三脚に熱心だったことは知っている。だが、それが組体操の結果にどれほど影響したのかまではわからない。
「まあ、まだ競技は残ってるからな」
「そうっすね。せめて、二人三脚で取り返してもらわないと」
かおるが肩を竦めた。
そのとき、運営係の一年生女子から声が飛んだ。
「木許先輩、結果表示、終わりました」
「ああ、ありがとう。じゃあ、続いて総合得点の途中経過いくよ」
大悟はタブレットを持つ女子生徒たちに声をかけた。
「いま、どこがトップ?」
「白組っすね」
横から、かおるが答えた。
「じゃあ、総合得点を表示したあと、B3のアニメ行って」
「はい。B3ですね」
女子生徒が画面を操作する。
『続いて、ここまでの総合得点の途中経過をお知らせします』
放送部のアナウンスが響いた。
「総合得点、表示」
三台のモニターに、それぞれの組の合計得点が大きく浮かび上がった。
『現在の第一位は、白組です』
「B3、スタート」
大悟の指示と同時に、白虎のキャラクターが画面いっぱいに躍り出た。
大きく咆哮する白虎。その背後で光が弾け、第一位の文字が鮮やかに浮かび上がる。
「おおっ」
観客席から再び歓声が上がった。
「木許先輩、表示、正常です」
「うん。じゃあ通常画面に戻して。障害物競走の着順入力、準備しておいて」
「はい」
女子生徒がタブレットを操作すると、三台のモニターはいつもの得点表示に戻った。
そのとき、放送部のアナウンスが響いた。
『それでは、プログラム七番、一年生女子による障害物競走の始まりです。この競技は、コース上に設けられたさまざまな障害を乗り越えながら、ゴールを目指していただきます』
グラウンドでは、出場する女子生徒たちがスタート位置に並び始めていた。
「じゃあ、次の玉入れの準備に入ります」
運営係の生徒が数人、椅子から立ち上がった。そのうちの一人が、身体を出口に向けたまま、顔だけを大悟に向けて声をかけた。
「はい、お願いします」
大悟はタブレットから目を離さずに答えた。
「行ってきます」
数人の生徒が、慌ただしくテントを出ていく。
大悟はその背中を見送りかけて、ふと首を傾げた。
……ん?
ちょっと待てよ。
──なんで俺、当たり前みたいに指示を出したり、報告を受けたりしてるんだ?
別に運営係の責任者になった覚えはない。
全体の指揮を執るのは運営委員のはずだし、そもそも運営係には正式なリーダーすら決められていないのだ。
それなのに、さっきから一年生たちは、なにかあるたびに大悟へ報告してくる。
しかも、大悟自身、それを不思議とも思わず、当たり前のように返事をしていた。
「……なんか、変だな」
「なにがっすか?」
隣にいたかおるが顔を向けた。
「いや、なんでみんな、俺に報告してくるんだろうと思ってさ」
「はあ?」
かおるは呆れたように大悟を見た。
「いや、だって、俺は別に責任者じゃないぞ」
「大悟先輩、いまさらなに言ってるんすか。そんなこと、みんな知ってるっすよ」
かおるはあっさり答えた。
「だったら……」
「でも、得点板のシステム作ったのも、運営委員会にも出て、ここまで準備してきたのも大悟先輩じゃないっすか。みんな頼りにしてるんすよ」
「……そうか?」
「そうっすよ。とにかく、いまさらっす。そのままお願いするっす」
かおるは、にやりと笑った。
「……ええ……? まあ、わかったけど……」
大悟は返す言葉もなく、頭を掻いた。