学園一の美少女は、キモデブの俺から絶対に離れない 作:ドン・ドナシアン
『……プログラム七番、高等部三年女子による集団創作ダンスの審査結果を発表いたします……』
放送委員の声が、グラウンドに響き渡った。
『第一位は……赤組です──』
途端に、赤組の応援席から大歓声があがった。
大悟は顔をあげ、赤組の応援席へ目を向けた。
真白がいた。
隣にいたレナとミカが、真白に飛びつくように抱きついている。ユイも加わり、四人で肩を抱き合いながら、声を上げて笑っていた。
──あいつ、あんな普通の顔もするんだな……。
大悟は、しばらくその光景に見入っていた。
真白が笑うところなら、何度も見ている。甘えるところも、拗ねるところも、泣くところだって知っている。
だが、友人たちと抱き合い、あんなふうに無邪気に喜んでいる姿は、ほとんど見たことがなかった。
──よかったな、真白。
自然と頬が緩んだ。
「創作ダンスの結果、表示します──」
そのとき、隣の一年生女子がタブレットを操作した。
校舎二階のバルコニーに並ぶ三台のモニターで、大悟が制作したデフォルメ調の赤龍が躍る。
応援席から再び歓声があがった。
「……続いて、総合得点の更新に入りまーす。アニメはB1でいいですか──?」
「はい、オーケーだよ」
タブレットを操作していた一年生女子から声が飛び、大悟はすぐに指示を返した。
『続いて、現在までの総合得点を発表いたします……』
放送委員のアナウンスに続いて、総合得点の途中結果と現在の順位が発表される。
その結果に応じて、各組の応援席から歓声やため息があがった。校舎二階のモニターにも、新しい得点と順位が表示されていく。
赤組の総合順位は、まだ三位だった。
しかし、二位の青組との差は、わずかだった。一位の白組との得点差も縮まっている。
男子組体操で最下位に沈んだ赤組だったが、女子の創作ダンスで大きく挽回していた。
赤組の応援席では、まだ歓声が続いていた。
レナたちと抱き合っていた真白のところへ、工藤がやってきた。満面の笑みを浮かべ、右手を高く掲げる。
どうやら、ハイタッチを求めているらしい。
ところが、真白はその手をちらりと見ただけで、何事もなかったようにレナたちとの会話に戻ってしまった。
工藤の右手が、宙に取り残された。
──おいおい……。
大悟は思わず苦笑した。
「……見ました?」
隣で、かおるが笑いをこらえていた。
「見た」
「工藤先輩、見事に空振りしたっすねえ」
「まあ、真白だからな」
「でも、女の子たちとは抱き合って喜んでるんすよね」
「そうだな」
「以前の真白先輩からは、ちょっと想像できないっすよね」
大悟は、もう一度赤組の応援席に目を向けた。
真白はまだ、レナたちと愉しそうに話している。
「……まあ、そうかもしれないな」
「ところで、大悟先輩」
「ん?」
「真白先輩が、最近、周りの子たちと仲良くなった理由って、知ってます?」
「……理由?」
「ええ。あたし、ちょっと気づいちゃったんすけどね」
かおるは、妙に含みのある笑みを浮かべた。
「なんだよ、それ?」
「知りたいっすか?」
「……もったいぶるなよ」
「簡単っすよ。大悟先輩っす」
「俺?」
「少し前まで、大悟先輩って、きもデブだったじゃないっすか」
「いまでもそうだけどな」
大悟は小さく笑った。
「いやいや、最近は見直してる生徒も多いっすよ。今回だって、先輩が運営委員会や先生たちと掛け合って、得点表示システムを導入したこと、結構知られてるっすからね。意外にすごい人だって、評判になってきてるっす」
「そう……なのか……?」
褒められることにも、評価されることにも慣れていない。
大悟は照れくさくなって、首の後ろを掻いた。
「それに、なんといっても、あの真白先輩があれだけぞっこんなんすよ。羨ましがることはあっても、馬鹿にはできないっす。あの人、大悟先輩に関しては、ほとんど病気っすから」
「病気なあ……」
大悟は苦笑した。
「で、あたしが言いたいのは、真白先輩って、周りの人間を、大悟先輩を見る目で分けてるってことっす」
「俺を見る目?」
「そうっす。大悟先輩を馬鹿にする相手には、氷みたいな目を向けるっす。いや、もっとひどいっすね。ゴミを見るような目っす」
「……そこまでか?」
「そこまでっす。でも、そうじゃない相手には、意外にちゃんと普通に接するんすよ。まあ、あの人にとっての普通っすけど」
かおるは赤組の応援席に目を向けた。
「真白は普通だろ」
「あの人のどこが普通っすか。なにからなにまで、おかしいじゃないっすか。とにかく、周りが大悟先輩を見る目を変えたから、真白先輩の世界も変わったってことっす」
「……なんだよ、それ」
「ほんとっすよ。あの人の基準は、いつだって大悟先輩なんすから」
かおるは、またにやりと笑った。
「……つまり、真白が変わったのは、俺のせいだってことか?」
「そうっす。先輩が変わるから、あの人も変わるんすよ。愛されてますねえ、大悟先輩」
「……そういうもんなのかねえ」
大悟は、もう一度赤組の応援席へ目を向けた。
真白はまだ、レナたちと笑っていた。
──まあ、愉しそうなら、それでいいか。
「ちょっとトイレに行ってくるよ」
大悟はタブレットを置いて、かおるに声をかけた。
午前中の競技はまだ数種目が残っているが、組対抗の得点対象となるのは、最後の二人三脚だけだ。途中経過の発表も、その競技が終わった昼休み直前となる。
午後は応援合戦と最後の組対抗リレーだけが得点対象で、途中経過の発表はない。集計結果は、閉会式で総合優勝が発表されるまで伏せられる。
つまり、運営係として最も忙しい時間帯は、すでに過ぎていた。
「了解っす。こっちは任せてください」
「なにかあったら、スマホに連絡してくれ」
「はいはい。安心して行ってきてくださいっす」
大悟は席を立ち、本部テントを出た。
グラウンドでは、次の競技が始まろうとしていた。放送部のアナウンスを背中に聞きながら、大悟は校舎へ向かった。
体育祭の最中だけあって、校舎内は静かだった。
開け放たれた窓から、グラウンドの歓声が遠く聞こえてくる。
一階の男子トイレに近づいたときだった。
「工藤さん、意外に手こずってるじゃないですか」
廊下の奥から、男の声が聞こえてきた。
「……やっぱ、あのお姫様は手強いみたいですね。結局、あのデブと結婚したって、本当みたいですし、残念でしたね。まさか工藤さんを振る女がいるとは思いませんでしたけど」
「ばーか。いろいろあんのよ」
答えた声にも聞き覚えがあった。
大悟は思わず足を止めた。
トイレの前の手洗い場の前に、二人の男子生徒がいた。
一人は、イケメンの工藤だった。今回の赤組の総合キャプテンだ。
もう一人にも見覚えがある。以前、校門で大悟と真白に絡んできたサッカー部の二年生だ。名前までは覚えていないが、工藤の後輩だったはずだ。
どうやら、真白のことを話しているらしい。
大悟は反射的に廊下の角へ身を引いた。
でも、どうしてこっちに?
そのトイレは本部席から近い一方、一般生徒の応援席からは遠い。本部委員と運営係以外がわざわざ利用することは、あまりないはずだが。
「えっ、いろいろって、なんすか?」
「結婚っつっても、親同士が決めたらしくってさあ。あいつ、ずいぶん悩んでるみたいなんだよ」
「えっ、そうなんですか?」
後輩が驚いた声をあげた。
「ああ。俺にも相談してきてさあ……。まあでも、親に逆らうつもりまではねえから、仕方ないって、泣いてなあ」
工藤は、さも当然のように言った。
「へえ、あのお姫様、泣くことあんですか? 気は強そうでしたけど」
「女っつうのは、好きな男の前だけは素直になんだよ。覚えとけ」
「へーい、勉強になります。で、だったら、やっぱ、あのお姫様は、あのデブのことは好きじゃないんですか?」
「考えればわかるだろ。あの真白があんなきもデブになびくわけねえだろうが。親同士が勝手に決めちまって、どうにもならなかったんだと」
「マジっすか?」
「まあ、そのうちなんとかしてやるって言ってるけどな」
「さすが工藤さんっすね」
「まあ、もう籍まで入れられちまってるからな。いまはどうにもならねえけど」
「でも、お姫様、工藤さんに冷たくないっすか?」
「そりゃ、お前、学校じゃ知らん顔しろって俺が言ってんだから」
「えっ、そうなんすか?」
「バレたら面倒だろ。あのきもデブも一応は旦那なんだ」
「えっ、じゃあ、一条先輩も工藤さんのこと……」
「まあな。だから、表向きはなんにもないことにしようって話になってる」
「なるほど……。だから、学園内じゃ、あんなに素っ気ないんすね」
「そういうことだ。だが、まあ、実質、俺の女みてえなものだな」
工藤が軽く笑った。
大悟は廊下の角に立ったまま、呆気に取られていた。
──……はあ?
あまりにも話が違いすぎて、腹が立つより先に呆れてしまった。
親同士が決めた結婚?
真白が工藤に相談?
しかも、工藤に惚れている?
──おいおい。どこの誰の話だよ、それ……。
工藤が真白に好意を持っていることは、以前からなんとなくわかっていた。
だが、ここまで勝手な話を作り上げているとは思わなかった。
「……ところで、工藤さん」
「ん?」
「もう、やったんすか?」
「なにをだ?」
「いや、だから……あのお姫様と、っすよ」
後輩の言葉に、工藤が一瞬、黙り込んだ。
大悟はそっと顔を出して、工藤の様子を見た。こっちには気がついてない。
工藤の口元はいやらしく歪んでいた。
「……当たり前だろ」
「マジっすか?」
「ああ。しっかり、あのきもデブから寝取ってやったよ」
「うわ、すげえ。さすが工藤さんっすね」
「ははは。まあ、あいつには悪いけどな」
「で、どうだったんですか?」
「ところが、夫婦とは言いながら、まだ身体の関係はなかったようでさあ。処女だったぜ」
「うわっ、まじっすか。あのデブ、仮にも自分の嫁、抱いてなかったんすか。馬鹿ですねえ。だから、寝取られるっすね」
「だが、この話は内緒にしとけよ。形式的には、そのデブが夫には変わらねえんだ。表になれば、慰謝料を払わないとならねえのはこっちなんだ」
「ええっ? だって、あのきもデブですよ。ちょっとばかり脅せば、そんな根性ないですよ。そのまま、もらっちまえばいいでしょ」
「なに言ってんだ。処女だったとしても、一度結婚しちまえば、別れたとしても中古だぞ。話が大きくなって、中古女を俺がもらわなければならなくなったら、どうすんだ。いいから黙っとけ──」
「まあ、わかりました。でも、その代わり、あのお姫様の抱き心地がどうだったか、今度ゆっくりと聞かせてくださいよ」
「わかった、わかった」
二人は声を上げて笑った。
「じゃ、そろそろ戻るか」
「はい」
工藤が後輩の肩を軽く叩いた。
二人の足音が遠ざかっていく。
大悟は廊下の角に身を隠したまま、その足音を聞いていた。
──……は?
なんだ、いまのは?
真白が工藤に相談しているだの、惚れているだの、勝手な妄想を……。
しかも、真白が自分と関係を持ったと、後輩に言いふらしているのかよ……。
大悟は、二人が消えた廊下をじっと見つめた。
──おい、工藤……。それは、いくらなんでも駄目だろう……。
大悟は大きく溜息をつくと、用足しをするために、男子トイレに入っていった。
小便器に向かう。
そして、ズボンの前から一物を外に出そうとしたときだった。
トイレの扉が開いたような気がした。
何気なく、顔を向けようとした。
「うわっ」
しかし、いきなり背後からなにかを顔に被せられて、視界が塞がれた。
そのまま背後から羽交い締めにされ、強引に後ろに引っ張られた。