学園一の美少女は、キモデブの俺から絶対に離れない 作:ドン・ドナシアン
裏手で大きく一度深呼吸をしてから、大悟は本部席の隅の運営係用のテントへと足を踏み入れた。
まだ少しだけ心臓の鼓動が速い。額に浮いた汗をタオルでぬぐい、平静を装ってパイプ椅子に腰を下ろした。
「お帰りなさい。長かったっすね、大悟先輩」
眼の前の長テーブルに置いているタブレットに触れていたかおるが、ひょいと顔を上げた。
その視線にわずかに探るような色が混じっているように見えて、大悟の背筋が一瞬だけ強張る。
「……ちょっと混んでてな」
「ふーん? なんか顔、赤くないっすか? 暑かったっす?」
「まあ、日差しも強いしな」
誤魔化すようにパイプ椅子の位置を直し、机の上のタブレットに視線を落とす。男子トイレの扉一枚を隔てたあの極限の緊張感が、まだ身体のどこかに残っているようだった。
何気なくグラウンドへ視線をやると、入場門の付近ではすでに午前の最終種目である「二人三脚リレー」の選手点呼が始まっていた。
そこに、ショートパンツと赤組のTシャツを身につけている真白がいた。
さっきまで、大悟と狭い個室で息を殺し、動揺し、淫らに喘いでいたはずの彼女は、すでに何事もなかったかのような涼しい顔で列に並んでいる。
その隣に立っているのは工藤だ。
満面の笑みを浮かべ、足首を結ぶための赤いハチマキを手に真白へなにかを話しかけている。
真白は相変わらずそっけない態度で適当に相槌を打っているようだが、工藤の方は意気揚々といった様子だった。
その真白が、ふとこちらに視線を向け、口元を微かに緩ませた。
だが、あいつの股間には、少し前に注いだ大悟の精液がしっかりと残っているはずだ。あの男子トイレで大悟が真白に精を吐いたあと、真白は大事そうに股間を手で押さえながら、拭くことなしに下着を身につけていた。
なんとも倒錯的で、淫靡で、耽美的な光景だった。
しかし、グラウンドにいる真白は平然としている。さっきまでの大悟との情交の気配など微塵もない。
──あいつ、肝が据わりすぎだろう……。
大悟は小さく息を吐き、熱を持った首の後ろを手のひらで押さえた。
「……大悟先輩、ひとつだけ忠告するっすよ」
そのとき、かおるが声をかけた。
「んっ、忠告?」
大悟は横のかおるに視線を向ける。
「……次からは、ちゃんと消臭スプレー使った方がいいっすよ」
「えっ、匂い?」
「なんかこう、むせぶような匂いがするっすよ。どこに行ってたっすか?」
かおるが口元に薄笑いを浮かべて眼を細める。
「どこって、トイレだろ」
「じゃあ、トイレでやってたっすか? 先輩方、サルっすか。体育祭の最中に。それで、その匂いっすか」
かおるが呆れたように息を吐く。
大悟は慌てた。
「ちょ、待て。匂いなんて──」
「嘘っすよ。嘘です」
かおるがにやりと口の端を上げ、白い歯を見せた。
「……試したのか?」
大悟が眉を寄せると、かおるは肩をすくめてグラウンドに視線を向けた。
「かまかけたっす。大悟先輩がテントを出たら、すぐに真白先輩が赤組の応援席から抜けたっすから。まあ、そんなことしてるんだろうなとは思ったっすけどね」
「……」
大悟は言葉を詰まらせ、グラウンドの方へ視線を逸らした。視線の先では、真白が何事もなかったかのように二人三脚の列に並んでいる。
「でも、真白先輩もやるっすね。工藤先輩と二人三脚をする前に、大悟先輩の匂いをつけようってことっすか?」
かおるがくすりと笑った。
「ああ、そう言えば、そんなこと言ってたな……」
大悟はぼんやりと口にする。
「はああ? まじっすか? 本当にそんなこと言ったんすか?」
かおるが声をあげた。
二人三脚の選手が整列を終え競技開始を待つ時間。放送アナウンスが流れる中テントの中は少し静かになっていた。
かおるも、それに気がついたのか、口元を手で隠す仕草をして、大悟との距離を詰める。
「……相変わらず、あの人、ぶっ飛んでるっすね。あれだけの美少女なのに、ほんとに残念っす」
ほんの聞こえるかどうかの小さな声だ。
「残念って言うなよ」
大悟は苦笑しながら、顔をグラウンド側に向ける。
そのとき、大悟たちの前をふと影が差した。
さっきまで同じテント内の隅にいた運営係の一年生の女子三人が目の前に立っていた。
「あのう、木許先輩と遠藤先輩、仲いいですよね」
そのうちのひとりが思い切ったように言った。
「えっ、まあ、仲はいい方かもな」
大悟が答えると、別の女子が続けた。
「親しいんですか? よく一緒にいますよね」
「ああ、真白と一緒に、こいつが部長をしている部活に入ったからな。文芸部だ」
まさか、学園内で大悟と真白が〈ごっこ遊び〉をしていて、それをかおるに目撃されたのが縁とは言えない。大悟は無難な理由を口にした。
大悟が顎でかおるを指すと、女子たちは一斉にかおるの方を向いた。
「えっ、遠藤先輩、文芸部長なんですか?」
「そうっすよ」
かおるが女子たちに顔を向ける。
「昨日、貼られた文芸部の部員募集のチラシ見ました。一条先輩……いえ、木許真白先輩の写真、すっごく綺麗だったです」
三人の中で一番小柄な女子が少し興奮した口調で言った。
「真白先輩が文芸部に入ったって、本当だったんですね」
「本当っすよ。文芸部に入れば、真白先輩と大悟先輩がついてくるっす」
「うわあ。入ろうかな」
「希望したら、入れるんですか?」
「歓迎するっすけど、入部の条件はふたつあるっす。ひとつは、なんでもいいので、文学作品をひとつ出すことっす。それと、文芸部の定期刊行誌の季誌にも原稿をあげてもらうっす」
「文学作品ってなんですか?」
「書いたことないんですけど……」
「別にこだわらなくてもいいっすよ。詩でも、読書感想文でも、小説でも。たとえば、大悟先輩たちはフォトポエムを準備してるっす」
「へえ……わかりました。頑張ります」
「それで、もうひとつの条件ってなんですか?」
別の女生徒が訊ねた。すると、かおるが三人をじっと見つめたまま押し黙った。
「あのう……」
三人が困惑した様子で顔を見合わせる。沈黙がテントの中に漂った。
「……この人のこと、どう思うっすか。きもデブの大悟先輩っす」
かおるが三人を睨んだまま、一瞬だけちらりと大悟に視線を向けてきた。
「えっ、俺か?」
大悟は戸惑った。
「どう思うっすか? 大事なことっす」
かおるの視線が再び三人に戻る。三人が戸惑った表情になりながら、おずおずと口を開く。
「……ええっと、きもデブなんて、思わないです……」
「運営係ではお世話になってますし……」
「スマホゲームを作れるって聞きました。……なんだか、すごい人だなあって……」
三人がそれぞれに言い、最後は顔を見合わせて小さく頷いた。
「合格っす」
かおるがにっこりと微笑んだ。
「えっ?」
三人が唖然として声を上げる。
「それが大事なことっす。大悟先輩のことを悪く言うと、真白先輩に真剣に怒られるっす。それさえ間違わなければ、問題ないっす」
「なんだそれは」
大悟は呆れて言った。
そのとき、スタートの合図のピストル音がグラウンドに響き渡った。
午前中最後の種目である「二人三脚リレー」が始まったのだ。
赤、白、青の三チームに分かれ、学年混合の男女ペア十二組ずつが参加する競技だ。各組のペアが順番に走り、フィールド内に設置された三角コーンを回って、次のペアへとたすきをつないでいく。
赤組のアンカーは、真白と工藤のペアだった。
「さあ、みんな、仕事っすよ」
かおるが声をかけ、一年生の女子たちも順位入力用のタブレットの前に戻っていく。
大悟もグラウンドへ視線を向けた。
各組の第一走者のペアは、すでにスタートしている。
序盤から青組がリードを奪い、白組がそれに続く。赤組はなかなか足並みが揃わず、三角コーンを回ったときには、かなり遅れが広がっていた。
「赤組、ちょっと厳しいっすねえ。でも、赤組の工藤先輩も、二人三脚だけは時間を割いて練習させてたのに、なにをしてるんすかねえ」
かおるが呟いた。
「まあ、まだ序盤だ」
大悟は肩を竦めた。
しかし、競技が中盤に差しかかっても、赤組はなかなか差を詰められなかった。
六番手、七番手とたすきが渡されるうちに、青組はさらにリードを広げていく。
一方、白組も健闘していた。青組には及ばないものの、赤組との差を着実に広げている。
赤組の応援席からは、懸命な声援が飛んでいた。
だが、九番手、十番手と競技が進んでも、順位は変わらない。
むしろ、赤組は二位の白組からも大きく引き離されてしまっていた。
「……こりゃ、さすがに厳しいっすねえ」
かおるが再び呟いた。
「ああ。アンカーだけで逆転するには、ちょっと差が開きすぎたな」
大悟も頷いた。
すでに青組の十一番手が三角コーンを回り、アンカーへと向かっている。白組もその後を追っていたが、赤組はまだコーンの手前だ。
ふと、アンカーの待機場所に目を向けた。
真白と工藤が、足首を赤いハチマキで結んで並んでいる。
工藤がなにかを話しかけ、真白が短く頷いた。工藤は笑顔を浮かべているが真白は相変わらず涼しい顔だ。
やがて、青組のアンカーが走り出した。
少し遅れて白組もスタートする。
赤組の十一番手が戻ってきたのは、そのかなり後だ。
たすきが渡される。
次の瞬間、真白と工藤が地面を蹴った。
「……えっ?」
大悟は思わず声を漏らした。
速い──。
二人三脚とは思えない速度だった。
普通なら、互いの足並みを確かめながら、少しずつ加速するものだ。ところが、二人は最初の一歩から、まるで一人の人間のように動いていた。
工藤の長い脚が大きく踏み出される。それに合わせて、真白が寸分の狂いもなく脚を運ぶ。
いや、違う。
真白が工藤に合わせているのだ。
工藤が全力で走れるように、その歩幅とリズムを正確に読み取り、自分の動きを調整している。
大悟には、そのすごさがわかった。
「うわっ、なんすか、あれ……」
かおるも目を丸くした。
工藤はサッカー部のエースだ。脚力も瞬発力も、学園の男子生徒の中では群を抜いている。
その工藤が遠慮なく全力で走っている。
まるで、二人三脚のために生まれてきたような走りだった。
「すごい、追いつくかもっすよ」
かおるが声を上げた。
先頭の青組が三角コーンを回り、復路に入った。
その後を白組が追っている。
真白と工藤は、折り返してきた青組、そして白組と次々にすれ違った。
だが、二人の勢いは衰えない。
そして、三角コーンに差しかかった。
普通なら、ここで大きく減速する。
二人の足首が結ばれている以上、急な方向転換は難しい。実際、先行する二組も、コーンの周囲を大きく回り込んでいた。
ところが、真白たちは違った。
コーンの手前で跳躍した。
そして、空中で真白は、工藤に密着するように身体を傾け、まるでフィギュアスケートのペアのように、二人の身体を滑らかに反転させた。
ふたりが着地したときには、すでに反転している。そのままほとんど速度を落とすことなく、二人は復路へと飛び出した。
「うわっ、なんすか、あの曲がり方……」
かおるが呆然と呟いた。
復路に入った二人は、さらに加速した。
あっという間に白組の背中が迫り、その横を抜き去る。
そして、先頭の青組も目前だった。
青組のアンカーが振り返った。
その表情に驚きが浮かぶ。
つい先ほどまで大きく離れていた赤組が、すぐ背後まで迫っていたのだ。
並んだ。
抜いた。
赤組の応援席から、割れんばかりの歓声が上がった。
そのまま真白と工藤がゴールラインを駆け抜ける。
赤組の大逆転勝利だった。
「うわあ、すごいっすねえ。真白先輩……」
かおるが呆然と呟いた。
「……工藤もな……」
気に入らないが、工藤も大したものだ。
真白に合わせてもらっていたとはいえ、あの速度で最後まで走りきったのだから、さすがはサッカー部のエースというところだろう。
しかも、二人の姿は妙に絵になっていた。
長身で容姿端麗な工藤と、学園一の美少女である真白。
揃ってゴールを駆け抜ける姿は、まるでスポーツ飲料のCMの一場面のようだった。
横を向いて小さくため息をつく。
こんなときに、いちいち劣等感に苛まれそうになる自分が嫌いだった。
視線を戻す。
グラウンドでは、赤組の生徒たちが総立ちになっていた。
ゴールした選手たちが互いの肩を抱き合い、歓声を上げている。
工藤も興奮を抑えきれない様子だった。
足首のハチマキを解くと、満面の笑みを浮かべ、隣の真白に向かって両腕を広げた。
そのまま肩を抱き寄せようとする。
しかし──。
真白は、工藤の手が触れる寸前に、するりと身を引いた。
その動きがあまりにも自然だったので、工藤は一瞬、なにが起きたのかわからなかったようだ。
真白はそんな工藤を一瞥すると、なにかを思い出したように顔を上げた。
そして、次の瞬間には踵を返し、競技の輪から駆け出していた。
「……えっ?」
工藤が間の抜けた顔になった。
抱きかけた両腕を宙に浮かせたまま、走り去る真白の背中を見送っている。
「……真白先輩は、どこに行ったんすか?」
かおるが首を傾げた。
「さあ?」
大悟にもわからない。
真白は赤組の応援席にも戻らず、そのままグラウンドの外へと走り去っていった。
残された工藤だけでなく、周囲の選手たちも呆気に取られている。
「まあ、真白先輩っすからねえ……」
かおるが肩をすくめた。
「……そうだな」
大悟も、それ以上は考えないことにした。
「まあいいっす……。さあ、順位入力するっすよ。赤組一位、青組二位、白組三位っす──」
かおるがタブレットを持っているさっきの一年生の女子たちに声を掛けた。
「もう入力、終わりました──。転送します」
運営係の一年生が入力した順位が反映された得点結果が、各委員の端末に転送される。
大悟の目の前のタブレットにも、データ転送完了の表示が出た。
アナウンスをしている放送部に渡したタブレットにも、得点結果が入ったはずだ。
『皆さん、お疲れ様でした。ここで午前中の競技を終了いたします。現時点での総合成績をお知らせします……。一位……青組。二位……赤組。三位……白組です……。なお、午後の部の最初のプログラムは、各組による応援合戦となります』
アナウンスに合わせて、設置しているモニターにも総合得点が表示される。三位だった赤組が二位に浮上し、一位の青組にかなり迫っている。
得点表示のあと、一年生の運営係たちの操作で、青組のキャラである海神が三台のモニターの中で咆哮している。
昼休み前ということで、アニメは一位の青組だけにとどまらず、赤組の赤龍、白組の白虎も順に表示させた。
組のキャラがモニターに登場するたびに、各組の応援席が盛り上がっている。
やっぱり、得点表示のデジタル化は成功だった。従来のやり方なら、まだ電卓を叩いて集計し、放送部と得点ボード担当に紙を持って走っている頃だ。
だが、すでに運営係も昼休みモードに入っている。
もともと二十七名の運営係だが、競技当日に運営係のテントに詰めるのは、大悟やかおるのほか十名程度しかいない。その生徒たちも、立ちあがって昼食の態勢に移ろうとしている。
「赤組、かなり迫ったっすね」
「ああ。午後の競技次第で、逆転もあるな」
かおるが声をかけてきたので、大悟は軽く頷いた。
そのときだった。
「大悟──」
テントの外から大きな声が響いたので視線を向けた。
風呂敷包みを両手で抱えた真白が息を切らして、運営係のテントの下に入って来ていた。
「ああ、真白か」
「お弁当」
大悟の前までやって来た真白が目の前の長テーブルに風呂敷包みをどんと置いた。
その瞬間、本部テントの空気が一瞬止まった。
「え、真白先輩がここに?」
「しかも、お弁当……?」
「木許先輩に?」
運営係の生徒たちだけでなく、隣のテントの運営委員の生徒たちも顔を見合わせ、小さなざわめきが本部側テントに広がっていく。
「ありがとう……。だけど、随分でかいな」
真白が昼食を準備してくれるのは承知していたが、いつもの弁当箱ではなく、随分と包みが大きい。
大悟は、長テーブルの上に置かれた風呂敷包の大きさに、思わず目を丸くした。
「夫のお弁当を作るのは妻の役目。今日は頑張った」
「……いや、確かに……」
大悟は小さく頷く。
真白の朝は早い。肌や体型を保つための美容や体幹トレーニング。授業の予習に復習。そのうえに、大悟のための弁当作りだ。
ゆっくり休めているのだろうかと心配になる。
しかも、昨夜の〈ごっこ遊び〉では、大悟もはっちゃけてしまい、真白を連続絶頂のすえに失神までさせたのだ。
それにもかかわらず、今日も早朝から動いていたのだろう。
本当に感心する。
「えっ、妻って言った」
「夫だって……」
一方で、真白の登場に周囲のざわめきがさらに大きくなる。
「たったいま競技終わったばっかりっすけど、もうそれ持ってきたんすか。早くないっすか?」
すると、横でかおるがぼそりと呟いた。
「そう言われてみれば、そうだな」
大悟は言った。
二人三脚の競技が終わった途端に、真白がグラウンドを飛び出したのは、これを取りに行くためだったのだろう。
学園に登校のとき、いつもよりも大きなトートバッグを担いでいるとは思っていたが、こんな大きな弁当が入っていたとは思わなかった。
朝礼後にグラウンドに出るときには、それは教室に置いたままだったので、真白はこの短い時間で、教室まで往復したことになる。
どおりで息を切らしているはずだ。
「あまり時間がない。午後の最初は応援合戦。その準備もある」
真白がパイプ椅子を大悟の真向かいに持ってきて腰掛けた。
「そうだったな。無理しなくてもいいんだぞ」
「大悟と一緒に食べるのは無理じゃない。無理なら応援合戦に出るのをやめる」
真白が風呂敷を解き始める。
中から現れたのは、二段重ねの重箱だった。
「うわっ、重箱っすか」
かおるが声をあげた。
「羽虫も食べていい。どうせ、菓子パン。羽虫の分もある」
さらに真白は、肩に提げていたトートバッグを横に置き、水筒とプラスチックのコップを三個取り出して並べだした。
「えっ、あたしの分もあるっすか? どういう風の吹き回しっすか」
「頼み事をしているから、お礼」
「頼み事?」
大悟は首を傾げた。
そのとき、同じテントから小さな影が寄ってきた。
「おふたりのお弁当ですか」
「もしかして、真白さんの手作りですか?」
さっきの一年生の女子三人だ。
三人とも小さなトートバッグを持っている。ここで弁当を食べようとしていたのかもしれない。
「誰、羽虫?」
真白がかおるを見る。
「同じ運営係で一年生の女子っすけど、できれば、羽虫呼びは……」
かおるが困惑している。
「羽虫は羽虫。呼びなれてないので、名前を忘れそうになる」
「酷いっすねえ。なんだかんだと、結構一緒にいるじゃないっすか。遠藤かおるっすよ」
「名前は忘れてない。でも咄嗟だと、羽虫がすぐに出てくる」
「できれば、かおるが先に頭に出てくるようにして欲しいっすけどね……。まあ、あたしが真白先輩の中で優先順位が低いのは知っているっすけど……。でも、弁当わけてもらえるならいいです」
かおるは苦笑いしている。
真白に舎弟にされて以来の、複雑な心境がその笑いに滲んでいる。
「へえ、やっぱり遠藤先輩は真白先輩とも仲がいいんですね」
一年生の女子のひとりが感心したように言った。
「仲がいいっていうか、まあ、いろいろあったっすからねえ……」
かおるが眼を逸らす仕草をした。
「切っ掛けは、こいつがあたしたちの写真を撮ったから……」
真白が何気ない様子で口を挟んだ。
「写真ですか? どんな写真を?」
「真白、余計なこと言わなくていいから」
大悟は慌てて口を挟んだ。
屋上近くでのあの出来事を、ここで話すわけにはいかない。
「……ところで、羽虫。この三人は虫?」
真白がかおるを見る。
「あのう……以前にも言いましたけど、大悟先輩に集まる虫なんて、絶対にいないっす」
かおるが呆れたように答えた。
「あ、そう。ならいい……」
真白が小さく頷いた。
三人の女子は、なんの話をしているのかわからないといった様子で顔を見合わせている。
「あのう……あたし、佐藤珠世、です。よろしくお願いします」
一番小柄な女子が、思い切ったように頭を下げた。
「田中律子です」
「斎藤恵子です」
ほかのふたりも続いて名乗った。
「……ふうん……」
真白は三人を一瞥しただけで、特に興味もなさそうに重箱へ視線を戻した。
「真白先輩、この三人、さっき文芸部に入りたいって言ってたっすよ」
かおるが補足した。
「……入部?」
真白が再び顔を上げた。
その眼が、わずかに細められる。
「……羽虫、大丈夫なの?」
「大丈夫っすよ。さっき、ちゃんと確認したっすから」
かおるがにやりと笑った。
「確認?」
「この三人、大悟先輩のこと、すごく頼りになるって言ってたっすよ。ゲームまで作れるなんてすごいって」
「……そう」
真白が三人に視線を向けた。
「はい。木許先輩、運営係でもすごく頼りになりますし……」
「得点表示のシステムも、木許先輩が作ったんです。あたしたち、びっくりしました」
「それに、真白先輩と木許先輩、すごくお似合いだと思います」
三人が口々に言った。
真白はしばらく三人を見つめていた。
相変わらず表情は乏しい。
だが、その口元がわずかに緩んだのを、大悟は見逃さなかった。
「……そう……。よければ、少し食べてもいい。多分、余る」
真白は小さく頷くと、重箱を三人の方へ少し押し出した。
その横で、かおるがほっとしたように息を吐いている。
……なるほどな。
大悟は内心で感心した。
かおるは、すっかり真白の扱い方を心得ているらしい。
「ほんとですか──。ありがとうございます」
佐藤珠世が目を輝かせて両手を合わせた。
「うわあ、真白先輩の手作りお弁当、愉しみです」
「食べていいんですか?」
田中律子と斎藤恵子も顔を見合わせて小さく飛び跳ねるように喜んでいる。
真白は無表情のまま重箱の蓋に手をかけて上段を開け、さらに二段目も開く。
重箱に詰め込まれていた弁当が露わになる。
「えっ?」
「あれ?」
「わっ」
すると、三人が戸惑った声をあげた。