学園一の美少女は、キモデブの俺から絶対に離れない 作:ドン・ドナシアン
「えっ?」
「あれ?」
「わっ」
真白が二段重ねの重箱を開くと、一年女子の三人が戸惑った声をあげた。
無理もない。
上段には、海苔を巻いた三角おにぎりが隙間なくぎっしりと詰め込まれていた。そして、二段目の右半分には綺麗に切り揃えられた卵焼きが隙間なく並んでいる。残り半分はウインナーだ。
こちらも、同じ方向に整然と詰め込まれている。
おにぎりにしても、卵焼きとウインナーにしても見た目は見事だ。
しかし、ほかにはなにもない。
「……卵焼きと、ウインナーっすね」
重箱を覗き込んでいたかおるが、妙に平板な声で言った。
「そう」
真白が、こいつにしては珍しく、口元にかすかな笑みを浮かべて頷く。
「……ええっと、それだけっすか?」
「そう」
「……」
かおるが黙り込んだ。
佐藤珠世たち一年生三人組も、顔を見合わせている。
まあ、そうなるだろう。
学園一の美少女で、成績優秀、スポーツ万能でなにをさせても抜群の結果を残してきた真白が、わざわざ早起きして作ってきた二段重ねの重箱弁当だ。
おそらく、色とりどりの豪華な料理を想像していたに違いない。
ところが、蓋を開けてみれば、おにぎり、卵焼き、ウインナーの三種類だけなのだ。
「……大悟先輩、卵焼きとウインナーが好きなんすか?」
かおるが訊ねた。
「えっ、ああ……」
大悟は返答に詰まった。
もちろん、嫌いではない。むしろ好きな方だろう。
だが、特別な好物かと言われれば、そういうわけでもない。
かといって、真白がこれだけ頑張って作ってくれたのに、別にそれほど好きではないなどと言えるはずもなかった。
しかし、ここで好きだと答えてしまうと、あとで辻褄を合わせるのが面倒なことになりそうだ。
真白のことだ。
大悟の好物だとわかれば、これから毎日のように、山盛りの卵焼きとウインナーが食卓に並ぶ気がする。
迂闊に返事はできない。
「違う」
大悟が答えあぐねていると、真白があっさり否定した。
「……えっ?」
かおるが真白を見る。
「大悟の好物は、唐揚げ、とんかつ、ハンバーグ、カツカレー、焼肉、豚の生姜焼き。それから、ラーメンとチャーハン。あと、ピザも好き」
「……ええっと、だったら、なんでこの三種類なんすか?」
「それ以外は作っちゃ駄目って言われてる」
「……えっ、誰にっすか?」
「大悟」
真白がきっぱりと言った。
かおるだけでなく、一年生三人も一斉に大悟に視線を向けた。
その眼には、明らかに批判めいた色が浮かんでいる。
「……いや、これには事情があってな……」
大悟は思わず頭を掻いた。
さて、どう説明したものか。
真白が料理を知らないことを、ここで明かしてしまっていいのだろうか。
料理ができないなどと知られれば、本人の名誉に関わるかもしれない。
いや、そもそも真白は料理が下手なわけではない。
卵焼きもウインナーも、最近新たに覚えてもらった海苔おにぎりも、味は絶品だ。
ただのおにぎりでさえ、真白が握ると、形も大きさも見事に揃った完璧な仕上がりになる。
もっとも、それには条件がある。
材料の分量から調理の手順、火加減に至るまで、完璧なレシピを覚えさせることだ。
一度覚えてしまえば、真白は寸分違わず再現できる。だが、教わっていないことになると、途端になにをしでかすかわからない。
しかし、そんな事情をどう説明すればいいのだろう。
下手な言い訳をすれば、かえって真白の料理の腕を疑われかねない。
かといって、うまい説明も思いつかなかった。
「……あのう、大悟先輩?」
かおるが訝しげに首を傾げる。
大悟がなおも返答に窮していると、その横から真白があっさりと口を開いた。
「あたしは料理を知らない。知っているのは、大悟が教えてくれたこの三つだけ」
「……お前、そういうことを自分で言うなよ」
大悟は息を吐く。
「本当のこと」
真白は涼しい顔だ。
「……料理を知らないって……。すごく美味しそうすっけど。卵焼きもおにぎりも……」
かおるの言葉に一年生三人も大きく頷いている。
「それは大悟の教え方が上手だから……。大悟に教わったことはできる。そうでないのは、ネットを見てもさっぱりわからない」
「えっ、そうなんですか?」
三人組のひとりの佐藤珠世が、思わずという感じで横から言った。口を開いたあと、慌てたように「ごめんなさい」と付け加えた。
しかし、真白は気にする様子もない。
「前に、生卵を包丁で切ろうとしたことがある」
「……えっ?」
かおるが声をあげた。
「いまは知ってる。生卵は包丁で切らない。大悟が教えてくれた」
「生卵を、包丁でですか?」
「あのう。殻ごと切ろうとしたってことですか?」
一年生の珠世、さらに田中律子が口を挟む。三人とも驚いた顔だ。
「ええっと……。もしかして、真白先輩は、料理は苦手ってことっすか?」
かおるが遠慮のない言葉をかける。
「違う。絶品だ──。食べればわかる。知らないだけだ。真白は料理下手じゃない。ただ、教えたもの以外は、危なっかしいから禁止しているだけだ。俺もそれほど教えられるわけじゃねえし……」
大悟は慌てて口を挟む。
「確かに、美味しそうですね」
斎藤恵子がぼそりと言った。
「とにかく、頂くっすか」
かおるが声を掛け、一年生の三人も含めて六人で長テーブルを囲んだ。
真白は重箱の横に置いていたトートバッグから、プラスチックの皿と割り箸を取り出した。
大悟とかおる、そして真白の前に、それぞれ皿が並べられる。かおるがお礼を口にして頭をさげた。
「大悟、これ」
真白はさっそく、大悟の皿におにぎりを載せ始めた。
一個、二個、三個……。
さらに卵焼きを何切れも並べ、その横にウインナーを山盛りにする。
「お、おい、真白。そんなに食えないぞ」
「大丈夫。大悟なら食べられる」
「いや、そういう問題じゃなくて……」
大悟が苦笑している間にも、真白は皿の空いたところに卵焼きを追加していた。
朝から頑張って作った料理を、できるだけたくさん大悟に食べてもらいたいのだろう。
その気持ちは嬉しいのだが、さすがに量が多すぎる。
まあ、頑張るか……。
ようやく満足したのか、真白は自分の皿を手に取った。
そして、おにぎりを一個、卵焼きを一切れ、ウインナーを一本だけ載せる。
それで終わりだった。
「……それだけか?」
「うん」
真白は当然のように頷いた。
まあ、真白はモデルとして体形の維持にも気を遣っている。大悟のように、好きなだけ食べるわけにはいかないのかもしれない。
その間、かおると一年生の三人は、遠慮がちに重箱を眺めていた。
「……じゃあ、あたしたちも頂くっすね」
「どうぞ」
真白が頷くと、かおるが最初に箸を伸ばした。かおるは、おにぎりを一個、卵焼きとウインナーも少しずつ自分の皿に取った。
それを見て、佐藤珠世、田中律子、斎藤恵子の三人も、自分たちの弁当箱の蓋を使って、卵焼きとウインナーを載せていく。遠慮しているのか、四人とも控えめな量だった。
「じゃあ、いただくっす」
「いただきます」
四人がそれぞれ料理を口に運んだ。
「……ん?」
その四人の動きが同時に止まった。
かおるはしばらく口を動かしていたが、やがて目を丸くした。
「……えっ、なにこれ。めちゃくちゃ美味しいっすよ」
かおるはびっくりしている。
隣では、珠世がウインナーを一口囓っていた。
「……あ、肉汁がすごい……。これ、ただのスーパーのウインナーですよね。こんなに変わるんですね」
思わず漏れたような声だ。
「ほんとだ。卵焼きも、すごく美味しいです」
律子も驚いたように皿を見つめている。
「……これも美味しい」
恵子もしばらく黙っていたが、やがて小さく呟いた。
どうやら、予想していた以上の味だったらしい。
「おにぎりも絶品っす。ちょっと食べてみたらいいっす」
かおるが三人に言った。彼女は卵焼きに続いておにぎりを口にしている。
三人がお互いに顔を見合わせたあと、それぞれにおにぎりにも手を出した。
「……いや、ちょっと待ってください。これ、本当に真白先輩が作ったんっすよね?」
かおるが驚きの声をあげている。
「そう」
真白は涼しい顔で頷いた。しかし、全くかおるを見ない。
じっと大悟だけに視線を向けている。
大悟は、おにぎりを手に取って頬張り、続いて割り箸で卵焼き、ウインナーと口に運んだ。
相変わらずの美味しさだ。
「……すっげえ美味しい。ありがとう、真白」
大悟は口に入れたものを呑み込むと、真白に顔を向けた。
「……うん」
真白が小さく頷いた。
それだけだ。
やっと大悟から視線を離して、自分の前のものを食べ始める。
でも、その頬は薄らと赤くなっていて、口元には小さな笑みが浮かんでいた。
「……あっ、真白さん、笑ってる……」
一年生の女子の中の誰だったのか……。そんな言葉がぽつりと漏れた。
本格的に食事が始まった。
真白はほとんど喋らなかったが、かおると一年生三人のおかげで食事の席は一気に賑やかになった。
真白の料理を褒めたり、体育祭の話をしたり。四人の会話は途切れることがない。
「よかったら、木許さんと真白さんも食べてください」
すると、律子が自分の弁当箱を大悟たちの方へ差し出した。
「あっ、あたしのも」
「どうぞ」
珠世と恵子も、それぞれ自分の弁当箱を差し出してくる。
「ああ、ありがとう……」
大悟が礼を言おうとした、そのときだった。
真白が無言のまま、大悟の皿に手を伸ばした。
そして、大悟の手元にすっと引いてしまった。
……おいおい。
思わず真白を見ると、彼女は何事もなかったかのような顔で、自分の皿に載せた卵焼きを口に運んでいる。
しかし、その無表情の奥に、かすかな不満が潜んでいる。大悟にはわかるのだ。
どうしたものかと、大悟がかおるに視線を向けると、彼女は慌てたように一年生三人に向かって首を横に振っていた。
さらに、真白からは見えない角度で、弁当箱を引っ込めるように小さく手を動かしている。
「あっ、やっぱり、いいです」
「……すみません」
三人が戸惑ったように顔を見合わせ、差し出していた弁当箱を引っ込めた。
「ごめんな。多分、真白の分だけで腹いっぱいになるから、こっちだけでいいよ」
大悟は肩を小さくすくめながら言った。
実際、目の前にはまだ山盛りのおにぎりと卵焼き、ウインナーが残っている。重箱にはもっとある。これを食べきるだけでも、かなり頑張らなければならないだろう。
そのとき、真白の口元がわずかに上がるのがわかった。
……まったく。
大悟は小さく息を吐いた。
しばらく、六人の間に沈黙が流れた。
その沈黙を破ったのは、律子だった。
「……真白さんって、木許さんが大好きなんですね……」
「ちょっと、律子」
隣に座っていた恵子が、たしなめるように律子の腕に軽く触れた。
しかし、真白は気にする様子もなかった。
「んっ、当たり前。あたしは大悟が大好き」
顔を上げ、当然という表情で言い切った。
……いや、まあ、そうなんだけどな。
さすがに、こうも真正面から言われると、大悟も少々恥ずかしい。
思わず視線を逸らしてしまった。
「あのう、ほっとしました」
律子が安堵したように息を吐いた。
「……ほっとした?」
真白が首を傾げる。
大悟も少し戸惑った。いったい、なにに安心したというのだろう。
「……ごめんなさい。いろいろな噂があるので……。工藤先輩が横恋慕していて真白さんがなびきかけているとか、本当はそっちとお付き合いをしているとか……」
「ああ……あれか」
大悟は小さく呟いた。
そんな噂がいまだに消えないのは知っていた。さっきは、工藤自身が後輩に勝手なことを言いふらしているのも目撃してしまった。
ふと見ると、ほかの一年生たちも顔を曇らせている。
「そうだったら、木許さんが可哀想だから、やだな、と思ってました……。あっ、申し訳ありませんでした。こんなこと話題にして」
律子が慌てて頭を下げた。
「別に気にしてない」
大悟が答えるより早く、真白が言った。
「……なら、よかったです……。あたし、ちゃんと周りに言います。おふたりが愛し合っているご夫婦だって」
律子が握り拳を見せた。
「それは嬉しい。いまのところ、実害はないから気にしてないけど、大悟になにかすれば、サルも小ザルも処理する。材料はある」
真白は静かな声で言った。
「……おい」
大悟は思わず箸を止めて、真白を見る。
「えっ、サルと小ザル?」
珠世が不思議そうに首を傾げる。
大悟には嫌な予感がした。
「真白、変なことするなよ。あいつらのことは放っておけ」
大悟は慌てて釘を刺した。
「大丈夫。大悟は気にしなくていい。夫の邪魔者を排除するのは、妻の役目」
「妻の役目じゃねえよ。危ないことするな」
「危なくない。写真一枚、匿名で送信するだけ」
「いいから、だめだ。命令だ」
その写真というのが、なんなのかはわからないが、おかしなことをして、真白が復讐でもされたら大変だ。
「むっ、命令。ずるい」
真白が頬を膨らませた。
……ずるいって、お前なあ。
大悟は呆れたように真白を見た。
だが、真白は不満そうに唇を尖らせたまま、こちらを見返している。
「えっ……?」
「真白さんが……」
一年生の三人が、揃って目を丸くしていた。
まあ、真白がそんな表情をするところなど、見たことはないだろう。無理はない。
普段の真白は、学園中の生徒が憧れる、近寄りがたいほどの美少女だ。
その真白が、きもデブの大悟に叱られて頬を膨らませているのだ。
大悟は三人の驚いた顔を見て、思わずくすりと笑ってしまった。
そのときだった。
「おい、真白。こんなところにいたのかよ」
不意に、背後から声がした。
振り返ると、テントの外に赤組総合キャプテンの工藤が立っていた。五人ほどの男子生徒を伴っている。
ただし、その格好を見て、大悟は思わず目を瞬かせた。
飾りがついた上着に、胸元のひらひらした白いシャツ。膝丈のズボンに長靴という、昔のヨーロッパの若い貴族令息を思わせる格好だった。
もっとも、上着やズボンには泥汚れのようなものがついており、顔にもわざと汚れを塗りつけている。
工藤の後ろの男子生徒たちも、昔のヨーロッパ風の衣装だ。だが工藤よりはかなり地味だ。粗末なシャツやベストを身につけ、町人か農民といった雰囲気だ。
どうやら、午後の応援合戦で使う衣装らしい。
「おい、真白。早く着替えねえか。応援合戦の最後の打ち合わせもするぞ」
工藤が苛立った声で言った。
「……いま、夫と食事中」
真白は工藤を一瞥もせずに言った。
工藤の舌打ちが聞こえた。
「おい、きもデブ。お前、競技に出ねえからって、真白を呼び出すんじゃねえよ。いい加減にしろよな」
突然、矛先を向けられた大悟は、思わず顔をしかめた。
「いや、別に呼び出したわけじゃ……」
「言い訳すんじゃねえよ。こっちは応援合戦の準備があるんだよ。お前みたいに暇じゃねえんだ」
工藤が大悟を見下ろすように言った。
……まったく。
大悟は小さく息を吐いた。
そのとき、工藤の後ろにいた男子生徒のひとりが、遠慮がちに口を開いた。
「あのう……。実際、メンバーの中で、まだ仮装が終わってないのは、一条さんだけで……」
「木許──」
真白が短く、その男子生徒の言葉を遮る。
「えっ?」
「あたしは木許真白。一条じゃない」
「あっ、ごめん……」
男子生徒が慌てて頭を下げた。
工藤が横で、また舌打ちした。
大悟は、ちらりと時計に目を向けた。
確かに、昼休みはもう半分以上終わっている。応援合戦の準備に着替えも必要となれば、そろそろ行かなければならないだろう。
工藤の態度は気に入らないが、準備を待っている生徒たちに迷惑をかけるわけにもいかない。
「……真白、そろそろ行った方がいいんじゃないか」
「……まだ食事中」
「お前は終わってるだろ。応援合戦、楽しみにしてるからさあ」
大悟はなだめるように言った。食事については、真白の前の皿は、いつの間にか空になっている。かおるたち四人も食べ終わっていて、残っているのは、最初に大量に載せた大悟の皿だけだ。
真白が少し不満そうに大悟を見る。
しかし、やがて小さく頷いた。
「……わかった……」
真白が立ち上がり、トートバッグをかおるに渡す。
「羽虫、大悟が食べ終わったら、あとは片付けておいて」
「あっ、わかったっす」
その様子を見て、工藤が得意げに鼻を鳴らした。
真白がテントの外に出ていき、工藤たちに合流する。そのまま、校舎に向かって歩きだす。
「よし、逆転がかかってるからな。気合い入れようぜ」
工藤が後ろから真白に近づき、その肩に手を伸ばそうとした。
しかし、真白が、その手をぴしゃりと叩き払った。
「……触るな」
「……ちっ」
工藤が顔をしかめる。
真白も工藤たちも、立ち止まったかたちになった。
そのとき、大悟の周りの三人の一年生の女生徒の誰かが小さく噴き出したのが聞こえた。
「誰だ、笑ったのは──?」
工藤が真っ赤な顔をして、大悟たちに振り返った。
一年生の女子たちが息を呑んだ。
「ああ、俺だよ。すまんな」
大悟は嘆息しながら、咄嗟に言った。
すると、工藤が大悟のそばに寄ってきて、顔を近づけた。
「……いい気になるなよ、きもデブ」
ほんの小さな声だった。
工藤は口元を歪めると、大悟を見下すようにして、そのまま立ち去ろうとした。
……やれやれ……。
大悟は肩をすくめた。
しかし、ふと真白を見ると、その足が止まっているだけでなく、表情が消えていることに気がついた。
こちらをじっと見ている。
……まずい。
大悟にはわかった。
真白が怒っている。
工藤が大悟に言ったことが聞こえたのかもしれない。しかも、さっきからの態度だけで、真白が怒りを覚えるには十分なのだろう。
このままでは、ひと騒ぎ起きそうな気がした。
「真白──」
大悟は慌てて呼びかけた。
真白が視線を大悟に向ける。
大悟は、できるだけ穏やかに微笑んだ。
「……頑張れよ。頑張ったら、夜にご褒美だ……。明日は休みだしな」
言ってから、さすがに少し恥ずかしくなった。
こんなことを人前で口にするなど、普段なら考えられない。
だが、いまは真白の機嫌を直す方が先決だった。
「……夜だと?」
工藤の取り巻きの一人が、怪訝そうに呟いた。
「おい、なに言ってんだ、お前」
「きもダイのくせに、夫気取りかよ」
工藤たちの間から、嘲るような声が上がった。
しかし、そのざわめきを遮るように、明るい声が響いた。
「うん──」
真白だった。
普段の彼女からは想像もつかないほど、弾んだ声だった。
工藤たちのざわめきが、ぴたりと止まる。
真白は、まだ大悟をまっすぐに見ている。
その顔には、もう先ほどまでの怒りはない。
「約束ね、大悟」
「……ああ、約束だ」
大悟が頷くと、真白は嬉しそうに微笑んだ。
そして、くるりと向き直った。
「行こう、サル」
「……はあっ、サル?」
工藤が間の抜けた声を上げた。
だが、真白はもう歩き出している。
しかも、かなりの早足だ。
「お、おい、真白……。待てって」
工藤が慌てて後を追った。
取り巻きたちも、顔を見合わせながら、その後に続いていく。
大悟はその後ろ姿を見送った。
「……大悟先輩も、あの人の扱いが上手になりましたね」
やがて、真白たちの背中が小さくなると、隣でかおるがぼそりと言った。
「俺は真白の夫だからな」
大悟は肩をすくめて答えた。