学園一の美少女は、キモデブの俺から絶対に離れない 作:ドン・ドナシアン
055 今夜は特別授業ですよ
「大悟くん、準備はよろしいですか。今日もびしびしいきますわ」
「……」
寝室の扉を開けて入ってきた真白を見て、大悟は思わず目を見開いた。
だて眼鏡に白いブラウス。髪は後ろでひとつに束ね、片手には見覚えのある指導ノートと白い指し棒を持っている。
このところ、ふたりきりの勉強会で、真白がずっと続けていた〈女教師〉姿だった。
ただ、今夜はいつもと違っていた。
ブラウスの下には、スカートをはいていない。白いブラウスの裾からは、剥き出しのきれいな生脚がすっと伸びている。
しかもブラウスの上から三つのボタンを外している。谷間が大きく覗いており、薄っすらと布の下にピンクの乳首が透けている。真白がブラをしていないのは明白だ。
なんて、格好だよ……。
大悟は、思わず息を呑んだ。
「……今夜もそれするのか? しかも、その格好で?」
「あら、なにか問題でもありますか、大悟くん?」
真白は空いている手で、くいとだて眼鏡を押し上げた。
「……問題というか……。試験はもう終わっただろう? ……いや、だから、この格好ということか……」
六月下旬の体育祭が終わってからというもの、期末考査、さらに大学受験を意識した実力試験と、大きな試験が立て続けに続いていた。
夏休みを目前に控え、桜瀬学園の三年生たちも、すっかりと勉強モードに入っている。夏休みに入っても、受験組は夏期講習と統一模試が待っている。
ふたりは試験勉強に集中するため、しばらく夜の〈ごっこ遊び〉を封印することにしていた。
そして今日、ようやく実力試験が終わったのだ。
つまり、今夜はふたりで決めた禁欲生活の解禁日だ。
だから、真白がこんな際どい格好で寝室にやってくるのは、当然なのか……。
「ええ。ですから、今夜は特別授業です」
「特別授業?」
「そうですよ、大悟くん」
真白は澄ました顔で答えると、自分の人差し指の先に軽く口づけた。そして、その指を腿の外側にそっと添え、すっと上へ滑らせた。
その指がブラウスの裾に触れ、じわじわとブラウスの裾を軽くたくし上げていく。
脚の横が付け根の上まで露わになった。
真白は……ブラウスの下にショーツを……つけてなかった……。
その表情は、まるで淫魔のようで……。
大悟は手にしていたペットボトルのお茶を、慌ててひと口飲んだ。
「お、お前なあ……。さ、誘っているのかよ……」
まったく、この妻は……。
まあ、誘っているんだろうけど……。
大悟にとっても苦しい禁欲生活だったが、それは真白にとっても同じなのだ。
一条家の二階にある広い洋間である。
もともとは、海外の企業ともモデル契約を結んでいる真白のために用意された衣装部屋だ。夜の生活のこともあり、結婚後に寝台を運び込み、いまではすっかり夫婦の寝室のようになっていた。
部屋の一角には小さな丸テーブルがあり、その両側には肘掛け付きのリクライニングチェアが置かれている。
木許家で夕食を済ませた大悟と真白は、今夜もこちらへやってきていた。
そして、先にシャワーを終えた大悟は、Tシャツと短パンに着替え、椅子に腰掛けて真白を待っていたのだ。
だが、今夜はまた、とんでもない〈女教師〉だな……。
「……さあ、それは、大悟くんの期末考査の結果によりますね……」
真白が意味ありげに微笑んだ。しかし、次の瞬間、その笑みがすっと消え、いつもの無表情に近い顔に戻った。
どうやら、女教師の芝居はここまでらしい。
真白は大学ノートと指し棒をテーブルに無造作に置くと、大悟の向かいの椅子に腰をおろした。
「さあ、期末考査の成績通知を見せて」
真白がすっと右手を大悟に向かって出した。
二年生の頃までは、学年約二百五十人の真ん中あたりをうろうろしていた大悟の成績だったが、三年生になって初めての中間考査では、学年八十位まで順位を上げていた。
もちろん、真白の指導によるところが大きい。
今回も真白は、さらに成績を伸ばそうと、家庭教師を買って出てくれたのである。
もっとも、いまだに進学を悩んでいる大悟とは違い、真白自身は受験生だ。
自分の勉強だけでも大変だろうに、と大悟は遠慮したのだが、真白はまるで取り合わなかった。
人に教えることは、自分の知識を整理するのにも役立つ。それに、妻が夫を助けるのは当然でしょう、と。
中等部以来、一度も学年首位を譲ったことのない真白にそう言われては、大悟も断る理由がなかった。
こうして、連日の家庭教師生活が始まったのだ。
そして、そのときの真白の格好が今夜のような女教師姿だった。もちろん、タイトスカートをはいたちゃんとした格好だ。
〈ごっこ遊び〉の延長のようなもので、真白の遊びだ。
「さあ、大悟くん。ぼんやりしていないで。成績表を出しなさい」
真白が指でテーブルをとんとんと叩いた。
「あれっ、やっぱ、それ続くのか?」
大悟は小さく笑った。
「そうですよ、大悟くん。さあ、早く期末考査の結果を持ってくるんです」
真白が〈女教師〉の口調で言った。
期末考査が終わったのは一週間前だったが、今日の夕方のホームルームで、大悟も真白もその成績通知を受け取っていた。
真白は、大悟の成績がどうなったのか、ずいぶん楽しみにしているようだった。
もっとも、教室では結果を聞こうとしなかった。せっかくだから、今夜、ふたりきりになってから教えてほしいと言われていたのである。
どうやら、真白はその約束を忘れていなかったらしい。
「……お前、まだ先生を続けるつもりなのか?」
「もちろんです。だって、大悟くんへのご褒美は、ちゃんと結果が出たときだけですから」
真白はにっこりと微笑んだ。
その笑顔を見て、大悟は思った。
どうやら今夜も、真白のペースになりそうだった。
大悟は立ちあがり、部屋の隅に置いていた鞄から期末考査の成績通知書を取り出すと、席に戻ってテーブルに置いた。
しかし、真白が手に取ろうとした瞬間、上から押さえて防いでしまう。
「……ところで、結果が出てなかったら……?」
大悟は真白の顔を見る。
「……うう……そのときは……ご褒美はお預け……」
「お預け?」
「……実力試験の結果が出るまで……」
「ええ、やばいな」
大悟は微笑んだ。
「うん、やばい。じゃあ見せて……」
真白は、大悟が手で押さえている成績通知書を、指先で引っ張ろうとした。
大悟は、通知書を押さえている手に力を入れる。
「……大悟、見せて……」
真白が顔を上げた。わずかに拗ねたような表情を浮かべている。ほかの誰にもわからないほどの変化だったが、大悟にはすぐにわかった。
「……じゃあ、成績があがってたら」
「……ご褒美……。なにしてもいい……」
「……でも、俺の成績が上がってなかったら、お預けってことだよな」
大悟はにやりと笑った。
「うう……我慢する……」
その顔があまりにも切なそうだったので、大悟は思わず噴き出してしまった。
「まあいいや。その言葉を忘れるなよ」
大悟は、成績通知書を押さえていた手を離した。
真白は、テーブルの上に置かれた成績通知書を手に取ると、そっと開いた。
その目が大きく見開かれた。
そして、ゆっくりと目尻が下がっていく。
「……二十八番」
真白がぽつりと呟いた。
「ありがとう。真白のお陰だ。お前の学年一位にはかなわないけどな」
大悟は照れくさそうに頭を掻いた。
「そんなことない。大悟はすごい」
真白が感極まったように立ち上がり、大悟に抱き付いてきた。
「うわっ」
ブラウス一枚の真白にいきなり抱き付かれ、大悟は思わず声を上げてしまった。
「これなら、大悟も大学に行ける」
真白は、大悟に抱き付いたまま嬉しそうに言った。
「……いや、俺は進学は……」
「大丈夫。これだけ成績が上がった。大悟なら、きっと行ける」
「いや、期末考査だろ。受験とは少し違うし……」
「違わない。そういう教え方はしてない。大悟はちゃんと実力試験でも結果が出てるはず」
真白はきっぱりと言った。
「……まあ、そうかもしれないけどな……」
大悟は曖昧に笑った。
「……大悟?」
真白が顔を上げた。
大悟の返事が気になったらしい。
そのまま真白は、大悟の膝を跨ぐようにして向かい合わせに座り直すと、両腕を首に回してきた。
「お、お前、そんな格好で抱き付くなよ。止まれないだろ」
大悟より背が高い真白に、正面から膝の上に乗られて、襟元から大きくはだけている乳房が顔に密着する。
しかも、真白が乗った大悟の膝にぬるっとした湿った感覚があった。膝の上に乗る真白は、本当に下着をはいてなかった。
「止まらなくていい……。それよりも大悟、ちゃんと言って。大悟は大学に行きたい。そうだよね?」
「……いや、そのことなんだけどな」
大悟は困ったように頭を掻いた。
いつかは話さなければならないと思っていたことだった。
「……俺、まだ迷ってるんだよ」
「……どうして?」
「ほら、俺たち、もう結婚してるだろう? だったら、これからの生活のことも考えなきゃいけない。いつまでも親に頼るわけにもいかないしな」
真白は黙って大悟を見つめていた。
「大丈夫。あたしにはモデルの仕事がある。いまは制限しているけど、大学に行けば仕事も増やせる。大悟の学費も問題ない」
「いや、俺だって、それなりに収入は確保できそうなんだ。いまは非正規雇用扱いだけど、社長さんも、卒業したらぜひ来てくれって言ってくれてる。条件もかなりいいんだ。たぶん、そこらの大学卒よりも、ずっといい収入になると思う」
大悟は少し間を置いた。
「わかっている。大悟はすごい。大悟がすごいのは、あたしが知っている。でもそれとこれとは違う」
「いや、あの会社なら好きなプログラムの仕事ができる。俺が作りたいものも作らせてくれるしな。だったら、無理に大学へ行かなくてもいいんじゃないかって……」
「……大悟」
「いや、勘違いするなよ。お前と結婚したから大学を諦めるってわけじゃないんだ。もともとプログラムを作るのが好きだったし、それを仕事にできるなら、俺としては十分なんだよ」
真白が押し黙る。
大悟は、その沈黙が少し気になった。
その顔には、大悟にだけわかる不機嫌な色がある。
「……怒ったか?」
「うん」
真白は小さく首を縦に振った。
「えっ?」
大悟は戸惑った。
「……ねえ、大悟」
「なんだよ?」
「あたし、大悟に縛られて抱かれるのが好き。ぞくぞくする」
「……は?」
あまりにも突然の話題だった。
大悟は思わず真白の顔を見つめた。
「お、お前、いきなりなんの話だよ……」
「ねえ、覚えてる? あたしが、大悟の隠していた雑誌をこっそり調べたこと」
「……え?」
大悟は一瞬、なんのことかわからなかった。
だが、すぐに思い出した。
まだ結婚する前のことだ。
大悟が自分の部屋に隠していた、女性を縛ったり、淫具で苛めたりするような、その手の写真集や雑誌を、真白が勝手に見つけて読んでいたのである。
婚姻届を突きつけられるときに、その写真集も突きつけられた。
しかも、こいつは大悟の好きなものを好きになろうと、同じ雑誌を買って研究までしていたのだ。
あれには参った。
「お、お前、またその話かよ……」
思い出しただけで、顔が熱くなる。
あのときも、真白がどこまで知っているのかわからず、ずいぶん慌てたものだった。
「あたしは、大悟の好きなものを知りたい。大悟が好きなものを好きになりたい。大悟がどんなものを好きで、どんなことを考えているのか。あたしは全部知りたい。あたしは妻。だから、当然」
「……いや、当然って……」
「だから、大悟。大悟が大学の情報工学科を調べていたことも、知ってる」
真白は大悟の首に回していた腕を少し緩め、その顔を正面から見つめた。
「……え?」
大悟は目を見開いた。
「大学の案内とか、学部の紹介とか、いろいろ調べてた」
「……お前、そんなことまで……」
「うん。大悟は、もっと本格的にプログラムを勉強したいんだよね。大悟はすごい。お金になるゲームソフトを作ってしまうくらい。でも自学。ちゃんと勉強したいと思っている。だから、調べてた……」
「……まあ、それは……」
大悟は言葉を濁した。
確かに、そうだった。
中学生の頃から独学でプログラムを覚え、ゲームを作ってきた。実際に自分の作ったゲームが商品になり、今では開発会社で仕事までしている。
だが、独学だからこそ、もっと体系的に学んでみたいという思いもあった。
大学の情報工学科を調べていたのも、そのためだった。
「でも……大悟、調べなくなった」
真白の声が、少し低くなった。
「……え?」
「あたしが無理やり婚姻届を提出してから。大学のことを全然調べなくなった」
真白は、大悟の顔をじっと見つめた。
いつもの無表情に近い顔だったが、どこか怒っているようにも見える。
「……真白」
「あたし、知ってる。大悟が大学に行きたいと思ってたことも、なにを勉強したかったのかも。それなのに、結婚した途端、就職するって言い出した」
「……いや、だから、それは……」
「生活のため? あたしと結婚したから?」
大悟は答えられなかった。
「……あたし、大悟と結婚できて幸せ」
真白の声が、わずかに震えた。
「……もちろん、俺もだ」
「でも、あたしと結婚したせいで、大悟がやりたかったことを諦めるのはだめ。それはだめ」
真白は大悟の目を見つめたまま続けた。
「だが、結婚した以上、普通は……」
「あたしたちに普通なんて、関係ない──」
大悟は、なにも言えなかった。
真白がそこまで知っていたとは思わなかった。
いや、考えてみれば、真白は昔からそうだった。
大悟自身が忘れてしまったようなことまで覚えている。大悟がなにを好きで、なにを嫌がり、なにを望んでいるのか、本人以上に知っていることさえある。
「……大悟。あたしのために、大学を諦める必要はない」
その声は、いつもの真白らしくないほど切実だった。
「……もう少し、考えさせてくれ……」
結局、大悟はそれだけを言った。
「わかった。なら、考えて。でも、あたしのことは関係ない。あたしは大悟がしたいことを応援する。それが妻」
「わかったよ」
大悟は微笑んだ。
すると、真白が満足したように頷く。
「……じゃあ、ご褒美の時間……。大悟くん……、先生に好きなことしていいよ……」
真白の表情と声が一変した。
また、最初のときのような妖艶な大人の女の顔になった。
「今夜はそっちなのか?」
大悟は真白を抱きしめながら苦笑した。
すると、真白がぎゅっと強く抱き返してきた。
「今夜は特別授業ですよ、大悟くん」