※この作品はR-18です。

学園一の美少女は、キモデブの俺から絶対に離れない【完結】   作:ドン・ドナシアン

6 / 35
006 甘いはずなのに、なぜか、少しだけ怖い

「……じゃあ、俺ら、向こうに戻るわ」

 

 大悟は居間に向かってそう言った。お父さんとお母さんと真白のお母さんは、まだ酒を続けている。

 笑い声が重なり、グラスが触れ合う音が響く。入籍の夜。三人とも上機嫌でまだ盛りあがっていた。

 

 玄関へ向かう。

 隣までは数歩だ。昔から行き来は当たり前で、境界なんてあってないようなものだった。

 それでも今日は、妙に意識する。

 

 向こうで寝る、と言い出したのは真白だった。

 

『今日は、あたしの家』

 

 静かに、そう言った。

 大悟は特に反対しなかったが戸惑いはした。

 なにしろ、木許家側には、二階には真白の部屋もある。制服も鞄も、ほとんど木許家側に置きっぱなしだ。

 実質、こちらで生活しているようなものだったので、いつの間にか、大悟と妹の陽奈の部屋のほかに、真白の部屋も作られていたのだ。

 

 だが、一条家側には、二階には真白の部屋しかない。

 わざわざ、真白が一条家側にというのは、つまりは、そういうことなのだろうか……?

 妙に緊張する。

 けれど、その理由を聞くほどでもないと思った。

 

「あれ、どこ行くの? 風呂空いたよ」

 

 声がして振り向く。

 陽奈が立っていた。パジャマ姿で髪はまだ濡れている。首元にタオルを掛けたまま、こちらを見ている。

 

「今日は向こうで寝る……ことになった」

 

 大悟は、できるだけ普通に言う。

 

「え、なんで? 部屋で寝ないの?」

 

 まっすぐな疑問だった。

 言葉に詰まる。

 そのとき。横の真白が大悟の半歩前に出た。

 

「ひなちゃん」

 

 真白が呼ぶ。

 低い声だった。穏やかで、きれいで、でも温度が少しだけ下がった気がした。

 だが、なぜか、陽奈の顔がたじろいだようになる。

 

「……大人の話……。詮索はだめ」

 

 同時に、真白が後ろに手を伸ばして大悟の手を取った。

 指が絡む。

 強い。

 反射的に握り返そうとしたが、その必要はなかった。真白のほうが、先に力を込めている。

 親指が、指の付け根に食い込む。

 

「う、うん……ごめんね……」

 

 陽奈が小さく言って、ほんのわずかに後ずさる。

 そんなに、怖がるようなことか、と大悟は思う。

 真白は怒っていない。怒鳴ってもいない。ただ静かに言っただけだ。どんな表情なのかわからないが……。

 

「行こ」

 

 振り返った真白が微笑む。あまり表情の変わらない真白だが、大悟だけに見せるいつもの笑顔だ。きれいで、落ち着いていて、なにも変わらない。

 ただ、握られた手が、離れない。

 絡めた指が、ほどけない。

 

 靴を履くときには一度離されたが、すぐにまた握ってきた。玄関の戸を開けたときも、外に出たときも、そのままだった。

 隣の家まで、ほんの数歩。

 そのあいだずっと、手は握られたまま。

 放す気配がない。

 

「実際、どうして、真白の部屋なんだ?」

 

 真白が一条家の玄関を開けるときに訊ねた。

 

「……大悟は上手だから……」

 

 すると、ほんの囁くような小さな声が返ってきた。

 

「えっ?」

 

「声が出る。恥ずかしい……」

 

 真白が握る手にさらに力が加わり、熱くなった。

 ふと、横を見る。

 玄関の電灯に照らされる真白の耳は真っ赤になっていた。

 

 

 

 

 真白の部屋は六畳の和室だ。

 入口は襖。入って右手に窓。窓の下に低い本棚。正面の壁際に小さな机と椅子。左手に箪笥がひとつだ。いつ来ても整然としていて、畳の目までまっすぐに揃っているように見える。

 

 机の上には余計な物がない。教科書とノートが端を揃えて重ねられ、シャープペンはペン立てに一本だけ立っている。読みかけの本すら、しおりがきちんと挟まれて閉じられていた。

 窓際のカーテンは半分だけ閉められ、外の街灯の光が細く差し込んでいる。夜の空気は静かで、この部屋だけ時間が止まっているみたいだった。

 真白が大悟の家に来ることが圧倒的に多いので、実は、そんなに真白の部屋に来たことはないが、散らかったところをほとんど見たことがない。

 

 そして、中央の畳に、ひと組だけ布団が敷かれている。

 白い敷布団に、掛け布団。枕は二つがぴたりと並んでいた。

 大悟は机の椅子に座り、その光景をぼんやりと眺めていた。

 

 自分がシャワーを浴びているあいだに、真白が準備したものだ。この部屋は昔から変わらないのに、中央に置かれた布団だけが、今日の意味を主張しているように見えた。

 背もたれに寄りかかり、足を組みかけてやめた。

 膝の上で指を組み直す。

 畳の中央にある布団を、どうしても視界から外せない。

 

『声が出る。恥ずかしい……』

 

 さっきの言葉が、遅れて浮かぶ。

 

 そのとき、階段を上る足音がした。

 止まる。

 襖の向こうで、衣擦れ。

 襖が、静かに開いた。

 

「えっ?」

 

 思わず声が漏れた。

 襖の向こうから入ってきた真白は、濡れた髪をそのまま下ろしていた。肩を越えて、背中の半ばまで落ちる黒髪から、まだ水気が残る。首筋が細く、鎖骨が白く浮いている。

 

 そして──。

 

 着ているのは、白いTシャツ一枚だった。

 胸元のロゴに見覚えがある。

 洗い立てではない、さっきまで大悟が着ていたものだと、すぐにわかった。

 

「それ……俺の……」

 

「うん。借りた」

 

 真白は何でもないことのように言う。

 太っている大悟のTシャツは真白の体には少し大きいはずなのに、なぜか胸の輪郭は隠れきれてない。薄い布が、身体の線に沿って静かに落ちている。

 部屋に入ってきた真白が動いた拍子に、胸元の布がわずかに張った。

 

 息が止まる。

 薄い布の下、胸の膨らみの中心に、かすかな乳首の輪郭が浮かんでいる。上はTシャツの下には、なにも着けていないのだと、遅れて理解する。

 慌てて逸らす。

 

「……見ていいよ。あたしは大悟のものだから…….……その代わり、大悟はあたしのもの……」

 

「えっ?」

 

 言葉よりも、逃がさないと告げるような静かな圧に、大悟は思わず視線を真白へ引き戻された。

 その真白が大悟の前の布団のそばに膝をついた。Tシャツの裾が持ち上がる。

 一瞬、Tシャツの裾の下、太ももの付け根近くに、白い布が見えた。ほんのわずかに青い刺繍があり、下着だとわかるその縁が、すぐに布の陰へと隠れた。

 呼吸が乱れる。

 見えたのは一瞬なのに、目に焼き付いて離れない。

 

「……な、なんで、俺の脱いだシャツなんて……。俺、汗かきだから、汗臭いだろう?」

 

 大悟はかすれた声で言った。

 

「問題ない」

 

 真白は頷く。

 

「なにがだよ。折角、身体洗ってきたのに」

 

「大悟の匂いがいい……。それに、どうせ、あとで同じ匂いになる」

 

「えっ?」

 

 思わず絶句する。

 真白は布団に膝をついたまま、椅子に腰掛けている大悟を静かに見上げてくる。

 いつもと同じ、落ち着いた目……。

 だが距離が近い。

 

 大悟はどうしても視線を動かしてしまう……。Tシャツの盛り上がりと小さな乳首の陰……裾からのぞく脚……。

 心臓がやけにうるさい。

 整然とした六畳の中央に、ひと組の布団と、その上に、自分のTシャツだけを着た真白。

 息が熱い……。

 

「……改めてよろしく、旦那様……。それとも、ご主人様?……」

 

 真白が布団の上に正座になり、身体の前に手を置いて頭をつけた。

 布団に伏せた背中が弓なりに反り、裾の下から、青い刺繍の入った白布が覗く。

 

「わっ、頭をあげてくれ」

 

 慌てて言った。

 真白が顔をあげる。

 

「……ありがとう、結婚してくれて……。だから、約束……、大悟はあたしに好きなことしていい……。その代わりに、あたし以外に触っちゃ駄目」

 

 静かな声だった。

 甘さよりも、条件の提示に近い。

 

「……俺がほかの女に相手にされるわけないだろ……。この俺だぞ」

 

 苦笑いのつもりだった。

 

「さっき、ひなちゃんに触った」

 

 声がすっと低くなる。

 

「ひなって……さっきのことか?」

 

 婚姻が成立したと知って、陽奈が思わず抱きついてきただけだ。

 妹だぞ、と言いかける。

 だが……真白の眼を見た瞬間、言葉が止まる。

 

 凍ったように澄んだ瞳。

 責めていない。

 けれど、譲らない。

 

「……わ、わかった」

 

 それだけを口にする。

 

「うん」

 

 真白が満足したように頷く。

 ほんのわずかに、口元が緩む。

 

 その変化を見たとき、大悟は、胸の奥に小さな冷たさが走るのを感じた。

 甘いはずなのに。なぜか、少しだけ怖い気がした。

 

 だが、大悟は首を横に振って、おかしな思念を振り払う。

 大悟は椅子から降りて、真白の前に同じように正座になった。

 

 大悟は、改めて真白を見る。

 六畳の中央。ひと組の布団。その前に正座している真白──。

 白いTシャツ一枚の姿なのに、なぜかだらしなさがない。むしろ整いすぎている。濡れた髪が肩を越えて落ち、細い首筋と鎖骨の線を際立たせる。街灯の光が横から差し込み、輪郭を淡く縁取っていた。

 背が高く、脚も長い。顔立ちは整いすぎているほど整っている。無表情に近いのに、目だけが強い。

 

 学園一の美少女──。

 高嶺の花──。

 

 自分とは無縁の存在だと、ずっと思っていた。

 そんな真白が、自分の妻になりたいと暴走して、入籍までしてくれた。

 ……勝手にされたのだけど……。でも、ものすごく嬉しく感じてはいる。この真白と結婚できたのだ。いまでも、どこか現実感がない。

 

「お、俺、努力する。少しでも真白の夫に相応しいように」

 

 思わず口に出ていた。

 

「はあ?」

 

 しかし、なぜか、真白の眼が細くなって、不満そうな声が戻ってきた。

 

「えっ……俺……なんか、変なこと言った?」

 

「努力って、なにするの……?」

 

 やはり、声は冷たかった。

 明らかに、気に入らないときの声色だ。

 

「……え、ええっと、まずは見た目とか……きもデブをどうにかして……勉強も……」

 

 言いながら、自分で情けなくなる。

 真白の目が、さらに、すっと冷えた。

 

「なに、それ……」

 

 声は低い。

 

「なんで、見た目を変えるの?」

 

 畳の上に置いていた手が、ゆっくりと動く。

 

「な、なんでって……こんなきもデブ……いやだろう? あまり変わりばえしないかもだけど……しっかりと運動して……髪とかちゃんとして、服も……」

 

「必要ない──」

 

 真白が大悟の言葉を遮る。

 

「え……?」

 

「格好よくなってどうするつもりなの? ほかの女とも仲良くするの?」

 

「いや、そんなわけ……」

 

「だったら、変わる必要ないでしょう──。格好よくなる必要ない。いまのままでいい。問題ない──」

 

 淡々としている。

 怒鳴っているわけじゃない。

 けれど、圧がある。

 大悟は口を閉ざした。

 真白が一歩、膝でにじり寄る。膝と膝が接する。

 

「大悟は、そのままでいい」

 

 真白がきっぱりと断定する。

 

「……努力するなら、あたしだけを見る努力をして」

 

 目が逸らせない。

 畏れ多いほど綺麗な顔で、真白は当然のように言う。

 

「大悟は、あたしの夫なんだから」

 

 大悟の喉が鳴る。

 

「で、でも……いまのままじゃ……真白も笑われるし……。真白に嫌な思いを……」

 

「くどいよ──」

 

 真白がほんの少し声を大きくした。

 それだけで、大悟は身体をびくりと震わせてしまった。

 

「ご、ごめん──」

 

 思わず返す。

 

「大悟は努力しなくていい──。努力するのはあたし……。こんな綺麗な女が大悟の恋人で妻なんだって、大悟が自慢できるように、あたしは自分を磨いている。でも、大悟はなにもしちゃだめ……」

 

「なにもって……」

 

「それとも、まだきもデブって、大悟を笑って苛める人がいる? だったら教えて──。また、あたしが排除してあげるから──」

 

 真白が珍しく感情を乗せて言った。

 大悟は、その一言に引っかかった。

 

「えっ、“また”、って言った?」

 

 視線を向けると、真白は一瞬だけ目を逸らした。ほんのわずかに。だが、誤魔化すときの癖だった。

 

「なんでもない」

 

 短く切る。

 それ以上は語らない顔だ。

 

 大悟は、胸の奥に引っかかりを残したまま、ふと思い出す。

 中等部の頃、陰で絡んできた連中がいた。持ち物を隠されたり、笑い者にされたり。陰で蹴られたりされていた。真白と親しくしていたことも、気に入らなかったらしい。

 その連中は、ある時期を境に、急にいなくなった。

 公立中学校に転校だと聞いた。理由は知らない。

 

 ただ、その頃から、真白は学園では距離を取るようになった。

 家では変わらないのに。

 

 大悟は真白を見る。

 無表情──。

 なにも読めない。

 

 偶然だろうか、と自分に言い聞かせる。

 だが、「また」という言葉だけが、静かに残った。

 

「……それよりも、大悟」

 

 真白が立ちあがる。

 押し入れになっている襖を開いた。

 その下段には、小さな本棚があった。

 見覚えのある装丁が、ずらりと並んでいる。

 

「えっ……あれ?」

 

 大悟は、思わず声をあげた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。