学園一の美少女は、キモデブの俺から絶対に離れない【完結】 作:ドン・ドナシアン
押し入れの襖が、音もなく横に滑った。
畳の匂いと、少し冷たい空気が流れ出る。
「……ちょっと待ってね」
真白は迷いなく下段に手を伸ばした。
Tシャツ一枚の背中が屈む。
裾が持ち上がり、蒼い刺繍入りの白い下着が視界に入る。
心臓が高鳴る。
「えっ……あれ?」
だが、その鼓動はすぐに別の衝撃に奪われた。
押し入れの奥──。
段ボールほどの飾り箱の横に、小さな本棚がある。
見覚えしかない背表紙。
写真集──。
SM雑誌──。
昔、処分したはずの官能小説──。
いま部屋に隠してあるシリーズの続巻まで揃っている。
喉が鳴る。
手を伸ばし、一冊を引き抜いた。
分厚い付箋が何十枚も挟まっている。余白には細い字。
──目隠し+首環で反応強──。
──主導を渡すとき呼吸浅くなる──。
──拒否できない構図で視線固定──。
──背後より正面のほうが視線が落ちない──。
無数の書き込み──。
読書ではない。解析だ。
「えっ……あの本とか雑誌って……」
最後まで言葉が出ない。
「んっ……ああ、それね……。大悟の好きなものを知りたかったから、同じものを買ったの」
真白は穏やかに言う。
「知りたかったって……」
喉が乾く。
「大悟のことは、性欲もなにもかも、あたしが引き受けるから」
微笑む。
「……ええっと、いつから?」
声がかすれる。
「中等部の頃から……」
真白は、さらりと答える。
「そんな前から……? どうやって」
完全に隠していたはずだった。
まさか、中等部のときから真白にばれていたなんて……。
「部屋、ときどき、見せてもらってた……」
あっさりと言う。
「見せてもらってたって……勝手にだろ?」
思わず強い口調になる。
「大悟のこと、なんでも知りたかったから。怒る?」
首を傾げる。
「怒るっていうか……普通びっくりするだろ」
羞恥で顔が熱い。
「でも、それを使って、準備はずっとしてた」
真白が、押し入れから取り出した飾り箱を引き出し、蓋を開けた。
束ねられた縄──。
幅の違う首環が数種類──。
銀色と革の手錠──。
小さな鍵──。
数多くの刺激具──。
「全部、大悟が持っていた本とかにあったもの……。あたしに使っていい。」
「……俺に使えって……こと?」
無意識に唾を飲み込む。
「うん、あたしに使えばいい」
まっすぐな目。
鼓動が早い。
「……でも、ごめんね、鞭はまだ買ってない」
少し視線を落とす。
「鞭って……」
思わず声が裏返る。
「痕が残るのは嫌だし、ちょっと怖い……、大悟は使いたい?」
小さく息を吐く。
「……いや……そう言われても……」
「……あと、浣腸も、買わなかった」
真白の頬が赤くなる。
「浣腸?」
喉が詰まる。
「身体に負担があるかもしれないし、ちゃんと勉強してからにしようと思って……」
真白は眼を逸らさない。
「使っても……いいのか?」
「大悟がしたいならいい……。その代わり……」
静かな声。
「その代わり……なんだ?」
「命令して……。命令されたら……恥ずかしいけど、ちゃんと準備する」
耳まで赤くなる。
「……真白」
名前しか出てこない。
「結婚してくれたから……」
息が近い。
「それは、俺のセリフだろう……。こんなきもデブだぞ。本当に俺でよかったのか?」
大悟は小さく言った。
いまさらの言葉だとは自分でも思う。でも、どうしても、大悟は劣等感を捨てきれない。真白と大悟では、あまりにも違いすぎるのだ。
「大悟がいい。大悟じゃないとだめ……」
真白の言葉には、やはり迷いがない。
「あ、ありがとう……」
大悟はそれだけしか言えなかった。
「……何度でも言ってあげるよ……。あたしは大悟が好き。一生懸命にきれいになる努力したのも大悟のため。こんな女を好きにできると大悟が喜ぶように……。これからも、あたしは努力する……。全部、大悟のため……」
「いや、それだと、お前だけが……。それなのに、俺は頑張るな、なのか?」
「いいの……。大悟はいまのままで……。それに、大悟の欲望は、全部あたしが引き受ける……。だから、他の人に目を向けないで……」
迷いがない。
鼓動が痛いほどに強くなった。
「……真白」
名前を呼ぶと、真白がわずかに身を固くする。
「なに?」
声は平静だが、箱の縁を握る指に力が入っている。
「そこまで言うならさ……。今度、一緒に店に行ってみるか?」
じりと、近づく。
真白の目が、わずかに見開かれる。
「……店って?」
「そういうのを売ってる店……。自分に使って欲しいもの……。自分で選べよ」
わざとゆっくり言う。
「あたしが……大悟に……使って欲しいものを……?」
真白の喉が動くのが見えた。
「だって俺の性癖ばっかり調べられたのは不公平だしな。真白の性癖も教えてもらう……。愉しみだな。真白はどんな道具を選ぶんだろうなあ?」
わざと羞恥を誘うような口調で言った。
同時に、自分がこんな物言いができることに驚いた。
一瞬の沈黙──。
真白の喉が小さく動く。
「……それは」
視線が揺れる。
「嫌か?」
「……一緒に行ってくれるの?」
真白の耳が赤い。
頬も、わずかに染まっている。
「……いいよ」
短く答える。
「大悟が隣にいるなら、平気……多分……」
目元が柔らかくなる。
だが、顔は真っ赤だった。
「……じゃあ、今日はこれを試してみるか」
大悟は箱の中から、ひとつの首環を手にした。
ただの首環じゃない。
首環の後ろに手枷が付いている。これを嵌めれば、真白の両手は頭の後ろに固定される。
真白は、枷付きの首環を静かに受け入れた。
「……きつくないか?」
大悟は革の感触を確かめながら問いかける。
「うん……平気」
声は小さいが、迷いはない。
両腕が頭の後ろで固定される。
動きにくくなった拍子に、Tシャツがわずかにせり上がる。
蒼い刺繍の白い下着が裾からのぞいた。
息が荒くなりそうになるのを必死に我慢する。
「目隠しもあるな……」
箱の中から取り上げる。
「……つけるの?」
真白の喉が動く。
「怖いか?」
落ち着いた声で聞く。
「……少しだけ。でも、大悟がいるなら大丈夫」
大悟はそっと目隠しを当てた。
「あっ……」
真白の身体が小さく跳ねる。
「見えないと不安か?」
「……ううん。大悟がいるなら」
箱の中には、まだいくつもの器具が並んでいる。よくもここまで集めたものだと、呆れるほどだ。
大悟は、次に乾いた筆を手に取った。
「……なにするの?」
目隠し越しに、真白が問う。
「さあな」
わざと曖昧に答える。
筆先を、ゆっくりとTシャツの胸元へ近づける。
「ま、待って、大悟──」
焦った声が上がる。
「なんだ? いまさら怖くなったのか?」
筆を引く。
「違う……約束して」
息が浅い。
「なにを?」
「大悟はあたしのもの……ほかの誰にも見向きしないって」
目隠しのまま、真っ直ぐ顔を向けてくる。
「そんなに心配か?」
大悟の声は自然と柔らぐ。
「……心配。もし約束を破ったら……大悟を殺したくなるくらいに……」
迷いのない声──。
「えっ?」
さすがにびびって、大悟は戸惑う。
「……でも大丈夫……大悟はそんなことしない……」
真白が小さく笑う。
「あ、当たり前だ」
大悟は意識して強い口調で返す。
「それに、そんなことさせない……。要らないものは、あたしが排除する……」
真白は淡々とした口調で言った。
「……怖いな」
「怖くても、もう妻……。大悟は離せない」
「……離さないよ。俺は、お前の夫で、お前だけのSだ」
言い切る。
そして、大悟は、筆先をTシャツの上にそっと滑らせた。
「ひゃっ」
真白の身体がびくんと大きく跳ねた。
なにかがシャツの上から乳首を擦りあげていた。
「ひゃっ」
真白はびくんと身体を揺らして、声をも漏らしていた。
昨夜も気がついたが、真白は大悟に受ける愛撫にすごく弱いようだ。初めてにもかかわらず、昨夜の真白は正体を失ってしまった。
しかも、今夜は目隠しで視界を奪われている。
それが真白の身体を鋭敏にしてしまっているみたいだ。
大悟が触れてきても、触れてこなくても、緊張でどうにかなりそうだ。
「うふうっ、ふああっ」
くるくると反対の胸を円を描くようにくるくると、また撫で回してきた。
もしかしたら、筆──?
真白は見えない視界でそう思った。
「……立て膝になれよ」
大悟が耳元で囁いた。
「あんっ……わ、わかった……」
耳元で言葉をかけられ、耳に息が掛かっただけで真白は身体を強張らせてしまった。
真白は、崩した正座の姿勢だったが、大悟の言葉を受けて、少し脚を開いた状態で立て膝になる。
すると、筆が下着の下から股間を蹂躙するように襲ってきた。
「あっ、ああ──」
快感が貫き、身体を弓なりにして悲鳴をあげる。腰の力が抜けて、ぺたんと腰を落としてしまった。
「座るなよ」
大悟が横から筆を足の裏から踵、ふくらはぎ、膝の横から太腿へと、一気に筆で撫であげた。
「あんっ、ああっ」
慌てて反射的に腰をあげ直す。
大悟の空気が、変わったのがわかった。
昨日も最初は、少し遠慮があった。触れる指先に迷いがあって、様子を窺うような間がある。
でも、それは長く続かない。
時間が経つにつれ、確実に変わるのだ。
真白の呼吸の乱れを読む。
震えた瞬間を見抜く。
崩れかけたところを、あえて立て直される。
昨夜も、翻弄され、追い詰められ、余裕を削られていく。
気づけば、自分が何を言っているのかもわからなくなる。
正体を忘れる。
真白を全力で感じさせようとする。
逃げ場を残さず、限界を越えさせる。
大悟は、気づいているのだろうか。
抱き合うときだけ、別の大悟になる。
真白のためのSになる。
やっぱり、大悟はすごい──。
「動くなよ」
耳元で囁かれる。
次の瞬間、Tシャツの脇から筆が滑り込み、腋の下をくすぐられた。
「んぐううっ」
思わず声が漏れそうになり、歯を喰いしばる。
笑いと快感が混ざる。
逃げたくなるのに、逃げられない。
動くな─。
大悟の命令だ。
必死に身体を保とうと身体に力を入れる。
まだ、耐えられる。
でも──。
このままでは、きっとまた……。
「くふうっ」
真白は全身を硬直させた。
またもや、下着の下から筆──。
敏感な場所を布の上から筆で投げられる。
「……くくっ……真白……いやらしい、敏感だな……。動くなって言ったぞ。ああ、それと……声も出すな」
大悟が耳元で言う。
「む、無理……み、見えないと……感じる……くうううっ」
またもや、びくびくと身体を震わせた。
下着の下から筆が襲いかかった。
峻烈な衝撃が五体を駆け抜ける。
いくら自制しても、筆に襲われれば快感から逃れられない。すでに、かなりの蜜が下着を濡らしているのかわかる。そえだけでなく、もどかしいような疼きが身体を悶えさせる。
「また、動いたぞ」
大悟が小さく笑う。
そして、下着の上から的確に膨らんだクリトリスをさすりあげてきた。
「ひうううっ、大悟──き、気持ちいいっ──」
痛烈な喜悦の旋律に見舞われ、真白は竦みあがって悲鳴をあげた。
後少し──ほんの少しの刺激で真白は達していたと思う──。しかし、快感を極めるには、布越しの刺激では足りなかった。
もう我慢できない──。
「だ、大悟──まだ、苛めるなら、服を脱がせて──」
真白は叫んだ。
眼は見えないが、大悟が当惑したように動きを止めたのがわかった。次いで、くすくすという笑い声が部屋に拡がる。
「……わかった。その代わりに、あの三十分は筆責めだ……。ご褒美はその後だ」
大悟が真白の両手を首環の後ろの繋げたままTシャツをめくり上げていく。
あと三十分もこのまま──。
真白を焦燥感が包むとともに、ちょっと大悟の言葉使いが突き放すような物言いになったことで、真白をぞくぞくとした被虐感が包む。
大悟は自分の言葉使いが変わることに気がついているのだろうか……。
「ほら」
下着がいきなり膝まで襲われ、お尻の谷間を筆が襲った。
「ひああつ」
真白は身体を伸ばし、反射的に腰を突き出すようにしながら声をあげた。
目が覚めたとき、腕の中に温かい重みがあった。
部屋はすでに朝の光に満ちている。
カーテン越しの光が和室の冊子の格子をくっきりと浮かび上がらせ、柱の木目まで見える。
身体に触れている感触で、すぐに昨夜を思い出す。
目隠しの下で、真白の呼吸が浅くなっていき、余裕を保とうとしていた声が、途中で震えた。
命令を待つと言いながら、その命令を受けるたびに身体が正直に反応した。
見えない筆を怯えるように待ち、それでも自分の気配を必死に追っていた。……可愛かった。
崩れまいとする意地と、崩れていく身体──。
最後には、言葉が続かなかった。
自分の名だけを繰り返し、掴んだ指先に力を込めて、正体を幾度も手放した……。
あの真白をそこまで導いたのは間違いなく自分だ。
その真白が、裸のまま密着している。
胸が押しつけられ、太腿が絡みつき、腹のあたりまでぴたりと寄せられている。
寝息は深い。規則正しいはずの呼吸が、今朝はわずかに重い。
大悟は、首だけをゆっくり動かした。
机の上のデジタル時計が目に入る。
“5:30”──。
真白は毎朝きっちり五時に起きる。寝坊など一度も見たことがない。
なのに、起きる気配がない。
腕の中の身体は、まだ熱を帯びている。
汗の名残が肌に薄く残っていた。
枕元に、丸まったTシャツが転がっている。大悟のものだ。昨夜、真白が身につけていた。その下に、白いショーツも絡まっている。
畳の上には、使ったままの筆や外された枷付きの首環が無造作に置かれている。
片付ける余裕などなかった。
最後は──真白が、倒れ込むように身体を預けてきた。
腕を解いたら、しがみついて離れなくなった。
呼吸が乱れ、言葉が途切れ、名前を呼ぶ声がかすれて。余裕を保とうとしていた目が、最後には保てなかった。
あの真白が……。
学園で一番の美少女で、誰よりも整っていて、冷静で、隙を見せない真白が、命令を待つ声を震わせた。大悟の名を声を震わせながら何度も呼んだ。
幾度も限界を越えさせた。
その先まで、導いたのは自分だ──。
大悟は、そっと息を吐く。
自分は、クラスでも誰も相手にしないようなきもデブだ。劣っている自覚は消えていない。勉強も、運動も、見た目も、胸を張れるものは少ない。
それに比べて、真白は誰もが振り返るような美少女で、勉強も、スポーツも、人を惹きつける魅力がある。大悟とは天と地ほどに立場が違う存在だ。
けれど……。
その真白を、あんなに崩れさせることができたのだ。
その事実が、胸の奥に小さな熱を残している。
なによりも……もう、大悟は真白の夫なのだ。
「真白、起きろよ」
腕の中の真白を軽く揺らす。
大悟の脱ぎ捨てた真白自身が口にしたように、大悟も真白もお互いの汗にまみれている。登校前にシャワーを浴びる時間も必要だ。
「う、ううん……」
真白は小さく唸ったような声を出したが、眼を覚まさない。
大悟の下着の裾を掴み、さらに身体を寄せてきた。
離れない、というより、離さないというかのように……。
「……真白」
もう一度、身体をゆさぶって、名前を呼ぶ。
返事はない。
ただ、額が胸元に擦り寄ってくる。
大悟は、天井を見つめた。
なにもできないわけじゃない……。少なくともあの優秀な真白を、あれほどまで崩れさせ、導き、満たすことができたのだ──。
朝の光が、静かに部屋を満たしていた。
「……あ、ああ……あれっ?」
大悟の身体にしがみつくようにしていた真白が、ゆっくりと眼を開けた。
しばらくぼんやりと大悟の顔を見つめ、端正な顔をくしゃりと歪めて笑った。だが次の瞬間、はっとしたように眼を見開く。
「……えっ、いま、何時?」
「五時半……をちょっとすぎたところ……。そろそろ起きた方がいいぞ」
真白はがばりと上体を起こし、そのまま一瞬固まる。
しかし、視線を落とし、自分が裸であることに気づいたらしく、慌てたように両腕を胸元に回し、耳まで赤くする。
「……シャワー浴びてくる……。あたしが先でいい?」
「ああ」
真白が布団から出る。身体を隠すように腕を添えながら、畳の上に散らばったシャツと下着を拾い集めだす。
すると、ぴたりと静止し、立て膝の姿勢のまま大悟に振り返って、わずかに口元を上げた。
「……見てる」
「……駄目か?」
「……駄目じゃない。旦那様なんだから、当然」
真白の返しに、胸の奥がじんわりと熱くなる。
「……なあ、真白。やっぱり俺、変わろうと思う」
自然と口に出ていた。
「……なんで?」
真白の眼がすっと細くなる。
「ああ、見た目の話じゃない。もっと自信を持とうかと思って」
真白は小さく首を傾げる。
「……自信?」
「俺、何もできないわけじゃない。そう思えた。だから、今日から一緒に学園に行ってもいいか?」
真白は動きを止めた。
手に抱えたシャツを胸元に押し当てたまま、視線だけをこちらに向ける。
ほんの一拍、沈黙が落ちた。
「……大悟は凄い。昨夜は大悟が二回……。あたしはたくさん……。凄かったよ……」
「ありがとう。自信持てたな」
大悟は笑ってしまった。
「……だけど、いいの? 騒がれるよ」
「俺が一緒に通学したい。だめか?」
再び、わずかな間──。
真白の目がまた細くなる。
「……だめじゃない……。大悟はあたしのご主人様……命令するだけでいい」
「なら、命令だ。今日から一緒に学園に行く」
「わかった」
無表情のままうなずいた次の瞬間、真白は満面の笑みを浮かべた。その笑みは、学園では決して見せない顔だった。
真白がシャツを抱えたまま、素足で軽やかに畳を踏む。
振り返りもせず、まるでスキップするような足取りで部屋を出ていった。
朝の光に、白い裸身が鮮やかに浮かび上がった。
大悟は布団の中で、その後ろ姿を見送る。
もう、隠れる必要はない。
隠れない──。
朝の光が、静かに部屋を満たしていた。