学園一の美少女は、キモデブの俺から絶対に離れない【完結】 作:ドン・ドナシアン
008 そのまま動くな……。命令だ
校門が見える。
通学路を歩く足が、ほんのわずかに重くなる。正面に見える鉄製の門柱。あの内側が、いつもの学園だ。
だが今日は、違う。
大悟の左手は、真白の右手と絡み合っている。指と指を組み合わせた、いわゆる恋人繋ぎだ。掌同士が密着し、互いの体温が逃げ場なく伝わってくる。
学園に近づくにつれ、周囲の流れが微妙に変わっていった。
前を歩いていた男子が振り返る。
すれ違った女子が歩幅を緩める。
小さな声が途中で途切れ、視線だけが残る。
スマホを持つ手がわずかに持ち上がる。
気づかないふりはできない。
注目されている。
激しく……。
昨日まで、真白とは学園では距離を取っていた。
並ばない。目立たない。触れない。それが暗黙の了解だった。
だが今は違う。
大悟が「一緒に行こう」と言った瞬間、真白は何の躊躇もなく手を握ってきた。
当たり前の顔で。
逃げる理由は、いくらでもあった。
だが逃げなかった。
心臓が、胸の内側から暴れる。鼓動が耳の奥で鳴り続ける。手汗が滲む。それでも大悟は、まるで当然のことのように握り返した。
言葉はない。
繋いだまま、歩く。
「あんなキモデブが……」
「一条さんが、あれと……?」
はっきり聞こえる距離で、囁きが飛ぶ。
足が止まりそうになる。
だが止めない。
隣を見る。
真白は平然と歩いている。背筋を伸ばし、視線はまっすぐ前へ。いつも通りの、学園一の美少女──。
「すごいな……真白は」
小さく呟く。
「なにが?」
真白が前を向いたまま、大悟だけに聞こえる小さな声で返してきた。
「こんな視線を浴びることなど、真白にとっては日常茶飯事なんだろう? 俺には耐えられない」
小さく返す。
でも、手は離さない。
だんだんと校門が近づいてくる。
「そんなことないよ……」
「そうか?」
「うん」
すると、絡んだ指にわずかな震えが伝わってきた。
真白の手に、力が入ってくる。
「……大丈夫だと思ったんだけど」
真白が小さく言う。
「なにがだ?」
大悟は歩きながら見上げる。
「……手を繋いで学園に行くこと……。夢だったか……ら。思った以上に嬉しいし……緊張する」
「お前が?」
大悟は握る手に、わずかに力を込める。
真白の指が、きゅっと絡み直される。
校門は、もう目の前だ。登校指導の教師と生徒会の生徒がこちらを見ている。門をくぐる生徒の流れの中で、何人かが立ち止まりかける。
「……本当に、このままでいいの?」
真白が訊ねた。
「ああ、このままでいい。それとも……」
真白が嫌なら……。と口にしようと思って、言葉を飲み込む。
昨夜のことを思い出したからだ。
「……いや、命令だ」
低く答える。
心臓はまだ暴れている。
「ふふ……」
すると、横から小さな笑い声が漏れた。
その瞬間、近くを歩いていた生徒の足がわずかに緩む。多くの生徒が振り返る。ざわめきが広がるというより、空気が薄く波打った。
どうやら、手を繋いでいることよりも、真白が微笑んだことのほうが、周囲には異様だったらしい。
そういえば、こいつは学園では、滅多に表情を崩さない女だった。
「おう、おはよう……」
登校指導の教師が大悟たちに一瞥をしてから声をかけてくる。
大悟と真白は、挨拶を返す。
手を繋いだまま。
「校内では、ほどほどにな……」
苦笑のような表情をしながら、大悟たちにささやく。
足は止めすに、門を越える。
視線が一段と増す。
それでも手は繋いだままだ。
もう、隠れない。
校門をくぐる。
足音がわずかに乱れる。ざわめきは広がるが、大きくはならない。
「……案外、大丈夫だな……。お前と手を繋いで登校したら、あっという間に他の男子に嫉妬で袋だたきに合うかと覚悟していたけど」
大悟は靴箱へ向かいながら、小さく言う。半分冗談、半分本気だ。
「気にしなくていい……。あたしと大悟がなにをしようと勝手。もう夫婦」
真白は足を進めながら、前を向いたまま答える。
「それは学園内では黙っとけって言われただろう」
大悟は苦笑し、繋いだ手をわずかに握り直す。
すると、真白の口元が、わずかにだけ緩んだのがわかった。
一方で、靴箱のある生徒玄関の前で、多くの生徒かがこちらを見たまま立ち止まっているのが見える。
「……ところで、大悟……。今日、いつもより制服のスカート短くした」
真白が距離を詰めて、ささやく。
「は?」
思わず、大悟の歩幅が一瞬だけ乱れた。
「……スパッツはいてない。下着だけだよ」
無表情の横顔のまま、真白は言う。
「ばか、学校だぞ」
大悟は低く返し、視線を逸らさない。
「だから……? 大悟はなにを命令してもいい……」
真白はそれだけ言う。指が絡み直される。
外のざわめきが遠のく。
そのとき、不意に目の前に影が差した。
生徒用玄関の前で、目の前を数名の男子生徒に阻まれていた。
「一条さん、これ、なにかのネタっすか?」
男子生徒のひとりの声をかけた。
目の前を囲んだのは三人の男子生徒だ。ひとつ下の二年生だと思う。声を掛けたのは中央の男子であり、彼は真白だけを見ている。
「ネタに見えるのか?」
真白が答える前に、大悟が割って入った。
「はあ? なんすか、あんた? 話に入りたいんすか?」
「入るもなにも、俺の話だろ」
大悟は瞬きせずに返す。
「一条さん、マジなんすか? こんなきもデブと」
男子はなおも真白を見る。
「……誰?」
真白は平坦に答えた。見た目の表情もなくなる。
だが、かなり不機嫌そうだ。大悟にはそれがわかった。
「誰って……。俺のこと知らないんすか? 一個下だけど、結構、知られていると思うんですけど?」
「知らない……。どいて」
真白が言う。
「もしかして罰ゲームっすか? それとも脅されてるんですか?」
中央の下級生が半笑いのまま言う。
そう言いながら、三人の男子がわずかに位置をずらして、真白の進路を塞ぐ形になる。
普段なら真白の前では誰もが一歩引く。それにもかかわらず、真正面から絡む生徒など初めてかもしれない。真白は遠巻きにされる側であって、進路を塞がれる側ではないのだ。
その取り巻きのひとりが、ほんの一瞬だけ後ろを振り返った。
視線を大悟は追った。
人影の向こうに、腕を組んだ男が立っている。
サッカー部のユニフォーム。整った顔立ち。工藤という男子生徒だ。サッカー部のエースストライカーでかなり人気がある。
確か、真白が付き合っていると、噂にもなったことがあるはずだ。
無言でこちらを見ている。笑っていない。感情は、隠していない。
ああ、そういうことかと思った。
目の前の三人は使われているのだろう。だから強引なのだ。
「どけよ」
大悟が低く言う。
「はあ? なんすか?」
下級生が鼻で笑う。
大悟は一歩前に出る。
繋いでいた手を離す。
代わりに、真白の腰へ腕を回し、引き寄せる。
制服越しに真白の体温が伝わる。
周囲の空気が一瞬で固まる。
「俺は真白が選んだ男だ」
大悟は周囲に聞こえるように、はっきりと言った。
周囲ざわめきが爆発する。
「ほ、本当じゃないっすよね、一条さん──?」
目の前の下級生が顔を真っ赤にして怒鳴った。
「……大悟はあたしの大切な人。邪魔……」
真白が冷ややかに言う。
「行くぞ、真白」
大悟はゆっくりと腕を離し、真白の手を握り直す。
三人の男子は言葉を失い、わずかに道を開けた。
周囲の人影も左右に割れる。
ざわめきの中を進む。
自分の脚が、わずかに震えているのが分かる。
人混みの向こうで、工藤がこちらを睨んでいるのが見えた。
顔が赤い。
だが、なにも言わない。
大悟の横目に、舌打ちするように離れていくのがわかった
「……格好よかった、大悟」
真白が小さく言う。
ちょっと揶揄うような口調。
「……お前の恋人というのは……怖い立場だな……。随分と注目される……。まあ……覚悟のうえだけど……」
大悟は前を向いたまま答える。
背後で、学園の空気が大きく動いた。
上履きに履き替え、三年の教室のある三階へ向かう。
さすがにもう手は繋いでいない。
階段を上る足音が、やけに大きく響く。
すると、真白は背中でくすりと笑ったのが聞こえた。
「……なんだよ?」
振り返ることなく言った。
「……脚……まだ震えてる」
「悪いかよ……。勇気を振り絞ったんだ」
「でも、嬉しかった」
「なにがだよ?」
「……みんなの前で、あたしを選んだこと」
「……お前の……ご主人様だしな……」
大悟は軽口を言った。
学園のヒエラルキーのトップの美少女が、このきもデブの妻で、寝室では淫らなM……。そんなの誰も信じないだろうな……。
大悟はそう考えると、ちょっと愉快な気持ちになる。
すると、真白が三階に着いたところで、さらに階段を昇り始める。
「……こっち来て……」
上は屋上だ。しかし、解放されるのは昼休みだけだ。
「どこに行くんだ?」
「責任、取って」
ほとんど聞こえないような小さな声。
「責任?」
首を傾げながら、真白の後ろを昇っていく。
踊り場に着いたとこで、真白が振り返った。
人の気配はない。三階からも見えない。
真白の頬は赤い。
目元が、わずかに鋭い。
挑むような……、待つような……。
あの目だ……。
大悟は思い出す。
昨夜……、ふたりだけの”遊び”のときの眼……。
大悟は息を吐く。
「学校だぞ」
低く言う。
真白の喉が動く。
「だから……?」
一歩、近づく。
制服の裾がわずかに揺れる。
大悟は苦笑した。
視線を逸らさない。
真白の呼吸が浅い。
「……お前……思ったよりも、Mだな」
大悟は小さく笑う。
「あたしは、M……。大悟だけのM……。なにか、命令して……」
真白が唇を舐めた。
一度……そして、二度……さらに……。
真白が、挑むように顎を上げ、大悟から視線を逸らさないまま、自分の指でスカートの裾をつまむ。
ゆっくりと持ち上げる。
白い太腿が、光の中に現れる。窓から差す朝の光が肌をなぞり、膝がわずかに震えているのがはっきりとわかる。
「……どう、大悟?」
さらに数センチ、裾が上がる。
下着の端が見える位置まで来ている。ぎりぎりだ。
「そこまでか?」
「ここから先は……命令……」
太腿がかすかに内側へ寄る。隠す仕草にも、誘う仕草にも見える。
めくりあがっているスカートの裾から、かすかに白い布が覗く。
「……命令して欲しいか?」
大悟が言う。
目の前にいるのは、学園一の美少女で……、誰も寄せ付けないヒエラルキーのトップで……でも、Mで……。
「……して欲しい。さっきはびっくりした……。みんなの前で言ってくれてありがとう。これで大悟に近づく女は少なくなる……」
「ばーか。それは逆だ」
大悟は一歩距離を詰める。
触れない。だが逃げ場はない。授業の開始までは十分に時間はある。
「……そのまま動くな……。命令だ」
大悟は距離を詰める。
真白の太腿に指を置く。
ゆっくりと、指をあげていく。
「あっ……」
真白から吐息が漏れる。
そのとき、かつかつと階段を上がってくる足音がした。
しかし、真白は酔ったような表情のまま、スカートをたくし上げたまま、動かなかった。
「誰か来るぞ……?」
「……いいの」
真白が妖艶に微笑む。
足音はすぐそこ……。