※この作品はR-18です。

学園一の美少女は、キモデブの俺から絶対に離れない【完結】   作:ドン・ドナシアン

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009 このまま破滅したいのかもしれない

『ねえ、真白、あの女の人、光ってるよ』

 

 あたしが小学校二年生の、性別の違いがまだ大きな意味を持たなかった頃の記憶だ。

 何気ない日常にすぎなかったそのときのことを、あたしは鮮明に覚えている。

 いつもと同じ日曜の午後で、大悟の家の居間では、つけっぱなしにしていたテレビで、古い白黒映画が意味なく流れていた。

 意味はよくわからなかったと思う。あたしたちはなにかのカードゲームをしていて、テレビはただ画面が流れていただけだ。

 

 テレビに視線を向ける。

 外国の街──霧のような空気──別れを選ぶ男女──。

 女が振り向く──横顔に光が落ちた。

 

 大悟は、眼を丸くして画面を見ていた。

 あたしが見たことのない顔だった。口を開け、頬に赤みが差し、身体全体で高揚感を示していた。

 画面が暗転して、テレビのガラスに、あたしの顔がうっすらと浮いた。

 さっきの女の人みたいに、あたしは光っていない。

 胸の奥が、きゅっと縮んだ。

 

 その感情が嫉妬だと知ったのは、もっとあとだ。

 あとで仄めかして訊ねたことがあるが、大悟は首を傾げるだけだった。

 

『そんなの見たっけ?』

 

 女優の名前も、題名も、微塵も記憶になかった。

 でも、あたしはどうしても忘れることができなかった。

 

 大悟に落ちた光──あたしがいることを忘れたように、あの女に向けられた視線──。

 

 だから……。

 あたしも、光ると決めた。

 

 まずは姿勢を直した。

 壁に背をつけ、後頭部と肩と踵を揃える。

 顎を引く。

 椅子に深くもたれない。

 机に頬杖をつかない。

 ノートを書くときに背を丸めない。

 

 三年生で髪を伸ばしはじめた。

 記憶の中のあの女のように──。

 毎晩必ず乾かす。

 根元から乾かし、毛先に熱を溜めない。

 絡まりを残さない。

 分け目を固定する。

 光が入る角度を鏡で確かめる。

 

 四年生になると服を選ぶようになった。

 派手な色は着ない。

 肌が沈まない色だけを選ぶ。

 襟の形を何度も確認する。

 袖の長さを整える。

 立ったときの線を鏡で見る。

 

 歩き方を変えた。

 足を引きずらない。

 内股にならない。

 足音を立てない。

 階段を降りるときに急がない。

 振り向く速度を一定にする。

 

 手の動きも抑えた。

 大きく振らない。

 髪を無意識に触らない。

 頬を掻かない。

 癖を消す。

 

 中学に入ると、記録を取り始めた。

 睡眠時間──肌の状態──生理周期──体調の変化──食べたもの──。

 

 荒れた日は前日を思い出す。

 原因を探す。次は避ける。

 

 運動を増やした。

 腹筋。背筋。体幹──。

 肩が丸まらないように。

 胸が落ちないように。

 太腿が緩まないように。

 細くなるためではない。

 線を崩さないため。

 

 日焼け止めは一年中。

 洗顔はこすらない。

 保湿は三段階。季節で調整する。

 ネットで美容を徹底的に調べた。

 研究材料はあたし自身──。

 

 声も整えた。

 高くならない。

 急に大きくならない。

 語尾を伸ばさない。

 早口にならない。

 

 無表情を保つ。

 驚かない。

 慌てない。

 怒らない。

 感情を顔に出さない。

 

 匂いも研究した。

 毎日、大悟を観察する。

 反応のあったものを厳選していく。

 洗剤。柔軟剤。

 大悟は、強い香水はすきじゃなさそうだ。残り香だけを残すようにした。

 

 高校に入ると化粧を研究した。

 濃くしない。

 陰影だけを整える。

 光が当たる部分だけを明るくする。

 横から見たときに崩れないように。

 

 大悟の前で座る位置も研究した。

 大悟の正面のとき──斜め四十五度のとき──横を歩くとき──。

 視線が自然に止まる距離を調べた。

 大悟があたしの顔を見つめる時間も測った。

 

 勉強も落とさない。上位を維持する。

 教師に不安を与えない。

 常に優秀でいる。

 

 友人関係も管理する。

 近づきすぎない。依存しない。

 悪口を言わない。敵を作らない。

 噂は放置しないが、反応はしない。

 感情を動かさない。

 

 やれば、成果は出る。

 

 小学校高学年で、一度だけ、大悟に「綺麗」と言われた。

 

 中学では、学園にいるとき、大悟の視線が止まるようになった。

 

 高校では学園一と呼ばれるようになり、明らかにあたしを意識していると感じるようになった。

 

 告白は増えた。

 当たり前に断る。

 数えない。

 揺れない。

 

 全部、必要なことだった。

 

 目的はひとつ──。

 

 大悟が、あの土曜の午後のように、あたしを忘れた顔をしないように……。

 あたしは、大悟の視線を固定するために光る──。

 

 それでも……。

 

 どれだけ整えても、あのときの嫉妬は消えなかった。

 

 光り続けなければならない。

 止まれば、奪われる。

 だから、やめられない。

 

 あのとき……大悟が、あたしではなく、あの女優に心を奪われた瞬間を思い出すと、胸の奥が冷たくなる。

 

 そして、ある日のこと──。

 いつものように大悟の部屋を調べているとき、隠してあった数冊の雑誌と本を見つけた。

 棚の奥の教科書の陰に、わざわざ紙袋に入れて押し込まれている。

 

 隠しているということは、大切にしているということだ。

 絶対に、なにが大悟を惹きつけているのかを見つけ出さなければならない。

 

 袋を開く。

 驚いた。

 最初に目に入ったのは、縛られた女だった。

 

 両手を後ろに回され、逃げ場のない姿勢。

 視線は揺れ、唇はわずかに開いている。

 苦しそうにも見えるし、なにかを待っているようにも見える。

 

 映画の中の女優とは、まったく違う。

 気高さはない。品もない。あのときの整えられた光もない。

 

 それでも。ページをめくる。

 

 縛られた女──。

 台に拘束されている肌を晒す女──。

 羞恥に頬を染め、視線を逸らしきれない女を見る男──。

 

 知らず夢中になってページをめくり続けていた。

 心臓が、ゆっくり強く打つ。

 喉がとても乾いていた。

 

 どうして……大悟は、これを見ているか?

 なにを思っているのか?

 突き止めなければならない。

 

 視線を奪われる構図。縛られているのに、中心にいるのは彼女だ。動けないのに、目は支配している。

 

 嫌悪はない。もちろん、怒りもない。代わりに、理解しようとする思考が働いていた。

 光っていなくても、上に立っていなくても、これが大悟の視線を奪っているのだ。

 

 あたしは気がつくと、しばらくそれに見入っていた。

 胸の奥がじわりと熱を持つ。

 下腹部がむずむずと疼いた。

 

 もし。あたしがこの位置に立って……大悟がそこにいたら……。

 

 大悟に縛られて……。

 大悟に裸を見られ……。

 大悟の命令を待って……。

 逃げられない姿勢で、大悟を見上げるのだ。

 そのとき、大悟はどんな顔をするのだろう……?

 

 映画のときのように、奪われた顔をしてくれるのか……。

 それとも、もっと……。

 露骨な目を、あたしに向けてくれるだろうか……?

 なにが大悟を引きつけているのかを、絶対に見つけなければならない。

 

 そして……。

 見つけたなら──。

 大悟の心をきっと完全に奪うことができる。

 

 あたしは、ページを閉じなかった。

 嫌悪はなかった。

 代わりに、理解があった。

 

 光るだけでは足りないのだ。

 あたしは、指で縄の写真の上をなぞった。

 

 大悟が、これを見ている。

 なら……これは、あたしの武器になる。

 ページを閉じた後、そこにあった本や雑誌の名前をメモに取った。

 

 その頃には、お母さんの会社の紹介で、月に数度のカタログモデルのバイトをしていた。あたし名義の貯金はかなり貯まっていた。大悟が隠しているあの写真や本と同じものを手に入れるのは大して難しいことではなかった。

 

 

 

「……真白──」

 

 そして、今朝、大悟に声を掛けられて、眼が覚めたのは五時半を過ぎていた。

 

「……あれっ?」

 

 意識が浮上した瞬間、胸の奥にずれが走る。

 いつもなら、五時ぴったりのはずだった。

 それが中学以来の固定値──。

 目覚ましも不要──。

 

 起きたらすぐに、夜の体幹トレーニング──。腹筋と背筋を規定回数。

 肩甲骨の可動域を確認するストレッチをする。腰の括れ、乳房のマッサージ──光るための努力は欠かさない。

 入浴後の保湿三段階。化粧水、美容液、乳液。季節ごとに配合を変える。

 髪は根元から乾かし、最後に冷風で締める。

 顔筋を鏡で確認し、左右差を整える。

 必要があれば、その日の授業の予習をする。ただ、いまは余り必要がない。学年トップの成績を維持する程度であれば、それほどの時間を掛ける必要もなくなった。

それが毎朝のルーティン──。

 

 なのに、二日連続で飛ばしている。

 一昨日も。昨夜も。

 運動も、最終の美容調整も、入眠前の整えも、途中で途切れた。夜もだ。

 

 

 

「……えっ、いま、何時?」

 

「五時半……をちょっとすぎたところ……。そろそろ起きた方がいいぞ」

 

 低い声が耳元に落ちる。

 起こされた。

 事実を理解する。

 視線を上げると、大悟がこちらを見ていた。

 昨夜と同じ目だ。

 

 思考が自然に夜へ戻る。

 首に嵌められた首環──

 そこから繋がる手錠──。両手は自由を失っていた。

 

 さらに目隠し……。

 視界が閉ざされ、音と気配だけが残った。

 

 そして、筆……。

 

 柔らかな先端が、ゆっくりと肌をなぞる。

 肩……。胸元……。腹部……。太腿の内側……。

 最初はTシャツの上から……。いつの間にか、Tシャツを脱がされて、肌を直接に。

 どこに触れられるのかわからない。

 触れられる前の長い待機──。それさえも、刺激を受け続けているかのようだった。見えないということだけで、あんなに追い詰められるとは……。

 自分の身体の輪郭が、少しずつ曖昧になる感覚……。

 

 羞恥はあった──。

 だが、拒絶はなかった──。

 大悟になら、なにをされてもいいのだ。

 

 命令を待つ状態──。

 目隠し越しに、大悟の呼吸だけを数える──。

 

 何度も体勢を変えられた。

 支配は完全だった。

 

 そして、大悟に身体を横たわらされた。

 大悟があたしと身体を重ねる。

 目隠しをしたまま……。

 

 大悟は二度──。

 あたしは、筆で責められたときも数えれば、何度なのかもわからない。

 最後は、完全に意識が沈んだ。

 

 あたしを見下ろす大悟の腹に、自然と胸を押し当てる。

 少し突き出た柔らかな腹部に体温がある。

 脚をわずかに絡めた。

 大悟が、わずかに息を止める。

 

 その反応を感じた瞬間、残っていた疲労感が消えた。

 代わりに広がるのは、静かな幸福感……。

 

「……シャワー浴びてくる……。あたしが先でいい?」

 

 二日続けて夜と朝のルーティンが崩れたことを考える。

 これから昨夜のような時間が生活に組み込まれることを考えると、組み込み方を再構築する必要がある。

 とりあえず、身体を洗おう。昨夜の余韻を残したまま登校するのも悪くないが、大悟を離さないために光る努力をやめるわけにはいかない。

 体幹トレーニングを前倒して、回復を見込んだ負荷設計に変えよう。

 それと、肌の最終調整を夕から朝に一部移して、睡眠時間を三十分前倒しする。でも、それが可能だろうか。夫婦の夜の時間を考慮した見極めがまだ必要……。

 

 それにしても、大悟はすごい……。

 優しい顔をしているくせに、あのときの声は低く、迷いがなかった。

 従わせる側の響きだった。

 

 もし、それを他の誰かが知ったら……。

 もし、あの顔を別の女が見たら……。

 もし、大悟がまた、ほかの女の光に惹きつけられようとしたら……。

 

 喉の奥が、わずかに締まる。

 もっと、大悟を捕まえなければ……。

 

「……今日から一緒に学園に行ってもいいか?」

 

 そのとき、大悟が不意に言った。

 少し驚く。

 大悟は、学園であたしと接触するのを避けていた。

 中等部のときに、あたしが原因で、大悟が苛められたときがあったから、あたしが慎重に距離をとっていたというのもあるが、大悟もまた、避けていたのは確かだった。

 

「……だけど、いいの? 騒がれるよ」

 

「俺が一緒に通学したい。だめか?」

 

「……大悟はあたしのご主人様……命令するだけでいい」

 

「なら、命令だ。今日から一緒に学園に行く」

 

「わかった」

 

 あたしは小さく頷く。

 大悟が一緒に学校に行くと告げた──ただ、それだけ……。

 でも、「命令」という言葉に、あたしの身体は熱くなっていた。

 

 

 

 登校のときは、一緒に家を出た。

 当然のように、大悟があたしの手を握る。

 指先ではない。

 しっかりと、掌ごと。

 心臓が跳ねた。

 

 学園では、あたしたちは距離を取っていた。

 中等部のとき、あたしの存在が原因で大悟が標的にされたことがあり、以来、あたしは距離を管理してきたのだ。大悟もまた、学園内では、あたしを避けていた。

 

 だから。今日のこれは、計算外……。

 校門前はすでに人が多い。視線が集まるのがわかる。

 

 学園一と呼ばれるあたしと、その隣の大悟──。

 ざわつきが津波のように広がる。

 

 大悟は、視線が苦手だ。

 目立つことを嫌う。

 からかわれることも、噂になることも、好きではない。

 なのに……手は、離れない。

 むしろ、少しだけ強く握られた。

 

 堂々と……。

 逃げない。

 顔も伏せない。

 あたしの隣を、当然の位置のように歩いてくれる。

 

 大悟の緊張が握っている手を通じて伝わる。

 胸の奥が、じわりと熱を帯びる。

 

 昨日の夜、命令の声を聞いた。

 支配の顔を知った。

 

 そして今。

 

 公の場で、隠さない。

 

 視線を受け止めたまま、歩く。

 

 校門を抜けたところで、知らない下級生の男子が前を阻んだ。

 

「一条さん、これ、なにかのネタっすか?」

 

 大悟を無視して、あたしにだけ声を掛けてきた。

 静かな怒りが込みあがったが、あたしがなにかを口にする前に、大悟が相手を制した。

 

「俺は真白が選んだ男だ」

 

 最後には、周囲に聞こえる声量で宣言した。

 あたしの鼓動が大きく跳ねた。

 喉の奥が熱くなる。

 

 大悟は、あまり自分から多くを主張しない。その大悟がこれだけの生徒の前でそう言ってくれたことには意味がある。

 真白が大悟のものであると断言したということだ。

 

 その場で抱きつきたかった。

 胸に顔を埋めて、脚を絡めて、もう一度命令してほしかった。

 

 だが、あたしは歩みを止めない。表情も崩さない。ただ、握られた手に、わずかに力を返しただけだ。

 まだ、周りの眼がある。

 懸命に我慢した。

 

 

 

 上靴に履き替え、三階まであがっていく。

 束の間、ほかの生徒の眼から離れた。

 すると、我慢できなくなった。

 このままでは、あたしの理性がもたない。

 大悟を屋上に向かう階段に連れていく。

 屋上には、生徒が休憩のできるスペースとベンチがあるのだが、解放されるのは昼休みなので、朝の授業前にそこに来る生徒はいない。

 人目がなくなったことで、あたしは大悟に身体を向けた。

 

「責任、取って」

 

 階段を昇りながら背中側に告げる声がかすれた。

 自分の耳にだけ届けばいいくらいの小ささ……。

 もうだめだった。

 このままでは、おかしくなりそうだった。

 

「責任?」

 

 大悟の気配が近づく。

 一段上がる足音。距離が詰まる。

 真白は、屋上に向かう踊り場で振り返る。

 

 三階からは死角──。

 誰からも見えない。でも、声は聞こえる。

 それだけで、心拍が跳ね上がる。

 

 顔が熱い。

 でも、逸らさない。

 

 昨夜、目隠しの向こうで待っていたときと同じ。

 命令を待つときの苦しさと興奮──。

 下腹部は痛いくらいに疼いていた。

 

「学校だぞ」

 

 大悟の軽い声──。

 優しいけど、芯のある口調──。

 その響きだけで、背筋が震える。

 

「だから……?」

 

 一歩近づく。

 自分から距離を詰める。

 羞恥はある。

 誰かに見られたら終わる。

 それでも……。

 

 胸の奥がじわじわと熱くなる。

 

「……お前……思ったよりも、Mだな」

 

 大悟のその言葉に、心臓が強く打つ。

 

「あたしは、M……。大悟だけのM……。なにか、命令して……」

 

 喉が乾く。

 言いながら、身体の奥がきゅっと締まる。

 スカートの裾に指を掛ける。

 持ち上げる。

 

 外気が入る。

スパッツはわざとはいてこなかった。

 いつの間にか蜜で濡れて重くなっていた布が朝の空気に触れる。

 

 恥ずかしい……。

 心臓が痛いほど速い。

 でも……。

 

 大悟が真白の大胆な挑発に驚いている。

 しかし、明らかに感じている……。

 もう少し……。

 

 また、昨夜のように……。

 命令を──。

 

 さらにかすかに上に……。

 たくしあげたスカートの下からわずかに中を覗かせる。

 

 大悟の喉が動く。

 見られている。

 その視線が、全身を撫でるみたいで……。

 

「……どう?」

 

 声は震えていない。

 けれど、膝がわずかに力を失っている。

 

「ここから先は……命令……」

 

 真白はさらに挑発する。

 命令……。

 その言葉を口にするだけで、またじわりと下着の中が濡れてくる。

 

「……命令して欲しいか?」

 

 低く問われる。

 大悟のスイッチが入った──。真白にはそれがわかった。

 視線が絡む。

 逃げない。

 あたしも……大悟も……。

 

「……して欲しい。さっきはびっくりした……。みんなの前で言ってくれてありがとう」

 

 鼓動がうるさい。

 

「これで大悟に近づく女は少なくなる……」

 

 言いながら、胸の奥に冷たい嫉妬がある。

 でも、あのときの大悟は格好よかった。だから、あの宣言で逆に興味を持つ女が増えたら……。

 想像しただけで、胃がきゅっと縮んできた。

 

「ばーか。それは逆だ」

 

 さらに、距離が詰まる。

 制服越しに体温が伝わる距離──。

 

「……そのまま動くな……。命令だ」

 

 身体が、ぴたりと止まる。

 思考より先に身体が反応する……。

 

 命令──。

 

 その一言で、あたしは固定された。

 呼吸が荒くなるのを懸命に耐える。

 

 とん──と大悟の指が太腿に当たる。

 なんでもない刺激のはず……。

 しかし、腰が抜けそうになる。

 つっと、その指がゆっくりと股間に向かって滑ってくる。

 ぶるりと身体が震えて、全身が突っ張る。

 

 そのとき、誰かの足音が、下から近づいてくることに気がついた。わざとらしい足音──。明確に、こちらにわからせるための気配だ。

 もっとも、さっきから階下からの気配は感じていた。

 それでも、真白は、大悟に触れられることを優先してしまった。

 

「誰か来るぞ……?」

 

 大悟はやっと気がついたのだろう。

 ちょっと焦った口調だ。

 でも、あたしは、スカートをたくし上げた手を下ろさない。

 

 大悟から「動くな」という命令はかかったまま。

 だから、動かない。

 そのことで、破滅したって構わない……。

 

 いや、もしかしたら、あたしは、このまま破滅したいのかもしれない。

 

 足音はすぐそば……。

 膝が震える。

 でも、視線は逸らさない。

 命令を待ちながら、ただ立っていた。

 

「……スカートを戻せ」

 

 大悟が素早くささやく。

 真白は手を離した。

 スカートがぱさりと落ちる。

 

「先輩方──お話があります──」

 

 女生徒の声──。

 振り返る。

 そこにいたのは、三つ編みの丸眼鏡を掛けた小柄な女生徒だった。名札の色は二年生であることを示していた。

 

「ええっと、誰……?」

 

 大悟が戸惑ったように、彼女に声を掛けた。

 

「二年生の遠藤かおると言います。おふたりのお話を聞かせてください……。さっきの校門のところの告白すごかったです」

 

 かおると名乗った彼女は、顔を赤らめてとても興奮した様子だった。

 鬱陶しい──。

 邪魔されたこともあるけど、大悟に、いきなり距離を詰めたことが気に入らない。

 

「行こう、大悟……」

 

 大悟の腕を掴む。強く──。彼の隣はあたしのもの。それを見せつけるように……。

 そのまま彼女の横を抜け、階段を降りようとした。

 

「……だめですよ。絶対に逃がしませんから」

 

 突然に、彼女があたしたちに、スマホの画面をかざした。

 

「あっ」

 

 あたしは無言でいたが、大悟が息を呑んで声をあげる。

 画面には、スカートを持ち上げたあたしの姿があった。

 階下からの角度だ。

 どうやら、さっきの気配は、彼女だったようだ。

 

「ふふふ、言うことを聞かなければ、この写真はあっという間に出回りますから。いいですね──? 取りあげようとしても無駄ですから──。もう、自宅のパソコンにデータを送信済みです──」

 

 彼女が勝ち誇ったように胸を張った。

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