禁忌の書庫アポクラ ~書庫の主とガチ恋するまで出られない部屋~ 作:とくめい
アポクラに内在した『外』の夜景では、無数の灯火が星々のように漂い、川の流れのように空を渡っていく。
その景色に杯を掲げ、二人は気ままに酒を酌み交わしていた。
フリーレンはアポクラの主に気を許していた。久しぶりのアルコールのせいということもあったが、果てしない時間を生きる者同士、どこか通じ合うものを感じていたからだ。
別に誰かと深く関わりたいと飢えていたわけではないが、同じ長命種であるエルフ相手でさえ、こんな風に気を許せることなんて滅多になかった。
「このお酒……本当に美味しい、ずっと飲んでいられる」
フリーレンが、口元をほころばせながら杯を傾ける。
酔いがほんのりと頬を染め、静かな瞳の奥に柔らかな色を帯びていた。
「気に入ってもらえたなら嬉しいな。この酒は一人じゃとても消費し切れないほどたくさん貯蔵されている。飲み放題だな」
「帰るときにお土産として持って帰っていい?」
「ダメです。飲みたいならここにきて俺と一緒に飲みなさい」
「残念。じゃあ違うのにする」
「何かは持って帰る前提なのね……」
酒が進むごとに、普段は感情を表に出さないフリーレンが、何度もくすくすと笑った。
酔いがまわり、身体が熱を帯びだしているのをフリーレンは感じた。
熱くて耐えられなくなり、ローブを脱ぐ。
「アポクラの主。名前はないの?」
フリーレンは呂律に注意しつつ訊ねた。
「知りたい?」
アポクラの主はもったいぶる。
「名前で呼べないのは不便だよ」
「じゃあその前に、向こうにある酒瓶を持ってきて」
アポクラの主が指さす先には『書庫』がある。
大きな剣で斬られたみたいに断面だけが露わになっており、現実を無視して口を開く異界の門のようにも見える。
あそこを通って、この『外』へやって来たのかとフリーレンは初めて気づく。
「『書庫』のどこにあるの?」
「入ってすぐそこだ。行けば分かるよ」
アポクラの主は微笑み、空になったグラスを軽く振る。
フリーレンは溜息をついて、「分かったよ」と言って立ち上がる。
フリーレンの視界が揺れ、思わずテーブルに手をつく。
酔いで意識がふらつくことなどあまりなかったが、何せ初めて飲んだ酒である。
相性というものもあるかと考えた辺りで、更に視界が強く揺れた。
初めて飲んだ──異世界の酒──。
毒が入っていないかの確認を怠るほど、フリーレンは無警戒というわけでもなかった。
目前の男に気がつかれぬよう、口をつける前に魔法で成分検査はした。
しかしアポクラは魔法以外にも様々な「法」を統べ、更にはそれを行使できる「力」を授かることさえ可能な世界である。
魔法の検査にかからない、フリーレンにとっては未知の毒物を混入することだってできるはずだ。
あるいはこの酒自体が、そもそも本当は酒ではないのかも知れない──。
フリーレンは杖を取ろうとするが、バランスを崩してそのまま地面に向けて倒れ込む。
受け身さえままならない意識の中、せめて衝撃には備えようと身体を強張らせたが、覚悟していた地面の硬い感触は、いつまで経っても訪れなかった。
その前にアポクラの主が受け止めてくれたからだと、薄れゆく思考の中で気がつく。
「おっと──お疲れかな? フリーレン」
アポクラの主は芝居がかった口調でそう言ったが、その言葉がフリーレンの耳に届くことは遂になかった。海のように深い微睡みの中に、フリーレンはどこまでも沈んでいった。
◆
「フリーレン」
自らを呼ぶ声にフリーレンは目を開けると、そこは純白に塗装された瀟洒な教会で、フェルンやシュタルク、ハイターにアイゼンと見知った者たちが信者用のベンチに座っていた。
なぜかハイターとアイゼンは魔王討伐のときの若さのままだった。
自分は決して信心深い方ではないという自覚がフリーレンにはあった。
死者に祈りを捧げる習慣も、百年前には持っていなかった。
だから、女神に祈るという正規の目的を持って教会を訪れるのは、ヒンメルの葬式以来だなとフリーレンは思う。
説教壇には神父と思わしき人物と、正礼装に身を包んだヒンメルがいた。
随分と緊張した、珍しい面持ちだ。
彼はこれから──結婚するのだろう。
こうした夢を、フリーレンはかつて見たことがあった。ある強力な魔族に『幸せな幻の夢』を見せられたときのことだ。
その夢の中で、フリーレンはウェディングドレスを着て、ヒンメルと愛を誓い合っていた。
そのときと異なるのは、今の自分はウェディングドレスを着ておらず、客観的に結婚式を眺めているという点だった。
いやそうではなくて、別の女性はやっぱり自分であり、ウェディングドレスを纏った自分に違いないのだが、「この自分」とは違っていた。
「ヒンメル」
フリーレンはヒンメルには届かない声量で呼びかける。
呼びかけたあとで急に、悲しくなった。
ヒンメルの相手が自分自身でなかったことへの悲哀ではない。
愛の誓いを述べ、幸せそうに微笑む、もうひとりの自分に対する感情とも違う。
それが大切な出会いであり、門出であり、別れであり、運命なのだと分かっているのに。
そのひとつひとつが指の隙間から砂のようにこぼれ落ちて、結局は何も望めなくなってしまう自分自身が、ただ悲しかった。
フリーレンは思う。
私は、ヒンメルのことが少し恨めしかった。
ヒンメルが残していった思い出が、言葉が、どうしようもなく私を縛るから。
二度と心を通わせることはできないのに、いつまでもしつこく心に残り続ける死者たちのことが、少しだけずるいと思った。
だからこうして私たちは、別の世界でこそ結婚式を挙げる。
「フリーレン」
背後から、再びフリーレンを呼ぶ声が響く。
その人物の名をフリーレンは呼び返したかったが、名前を知らなかった。
あるいはそもそもからして、男は名前なんてものを持ってはいないのかも知れない。
名前、男の名前。その正体、あの場所、あそこは一体なんなんだろう。
「皆それを知りたがる。でもそうじゃないんだフリーレン。今はそんなことどうでもいい」
その男が憐憫を含んだ笑みの表情でこちらを見ていることを、フリーレンは振り向くまでもなく知っている。
「君は『こっちの世界』を選んだんだ。そうだろ?」
男はそう言い、フリーレンの額に手を置いた。
◆
フリーレンが目を覚ますと、そこは寝室と思わしき一室で、温かなランプの光が壁をやわらかく照らし、橙色の影が揺れている。
厚手のカーテンは外界を遮っており、「客間」へ戻ってきたのか、ここも「書庫」の一部なのか、フリーレンには見当がつかなかった。
まだ意識は鉛のように重く、身体を動かすことさえままならない。
首だけを横に向けると、椅子に座っているアポクラの主の姿が見えた。
「フリーレン、目が覚めたみたいだね。夢を見ていたようだけど──」
「毒を盛ったな」
フリーレンは冷たく言う。
さっきまで感じていた親愛の情は消え失せ、静かに、けれどはっきりとした敵意を向けていた。
アポクラの主は両手を挙げて、
「来客に向けてそんな真似はしないさ。少々癖のある酒を出しはしたがね」
「同じことだよ。信頼関係は終わった。お前はやっぱり信用できない。私をどうするつもり?」
フリーレンは上体を持ち上げようとするが、失敗する。
杖やローブは部屋の隅の長細いテーブルに丁寧に据え置かれていた。
せめてあそこまで辿り着けば、反撃できるかも知れない。
そう思いつつ、フリーレンは身体の機能が回復するまでの時間稼ぎとして、努めて冷静に男へ話しかけることにする。
アポクラの主は肩をすくめ、
「別に取って喰ったりなんかしないよ。俺はここの主として、来客に対して最大限の歓迎ともてなしを提供する義務がある。それには当然、客が『無事に帰る』ことも含まれている」
アポクラから『無事に帰る』手段。
主にガチ恋、を。
本気で恋し、愛するということ。
「せっかくのお客様が、ここの知識に飲み込まれて自我を失うなんて、俺には耐えられない。だから君もいずれは俺に恋しなきゃならない。俺はそうした条件達成に向けて、最大限協力すると言っただろ?」
「どんな協力?」
訝しげな表情でフリーレンは問う。
「そうだな。フリーレンはまず、恋がどういうものなのか、知るべきだろうね──」
そう言って、アポクラの主は立ち上がり、フリーレンの腰をそっと引き寄せた。
フリーレンはほぼ抵抗できないまま身体を抱き上げられる。
「うわっ、ちょっと待って……」
意外ななりゆきに、思わずフリーレンは焦る。
「お姫様抱っこ。経験ある?」
魔物から退散するとき、ヒンメルに似たような抱きかかえられ方をされたことはあるが、別にお姫様気分でされたわけではない。
フリーレンは身を捩るが、アポクラの主は微動だにしなかった。
そのままベッドの縁にフリーレンを座らせ、アポクラの主もその隣に座った。
力が入らないフリーレンが倒れ込んでしまわないよう、男はフリーレンの背面に腕を伸ばして反対側の肩を抱く。
「じゃあキスは?」
沈黙するフリーレンに、アポクラの主は頷く。
「断片的に記憶を覗いたから、答えなくても良いよ。君は誰かを愛したことがないし、愛に応えたこともない」
「……だいぶ失礼な物言いだね。だからなんなの?」
「だからまずは……耳にキスしてもいい?」
「え?」
「……ん?」
フリーレンは思わずまばたきを繰り返す。いつもの起伏に欠いた表情でも、困惑を隠せない。
なぜそういう流れになるのか、フリーレンが考える道理からは飛躍していた。
アポクラの主はというと、存外に熱を持った口調で弁舌をふるう。
「だって、“慣れる”って大事だろ? いきなり口にするより、耳の方が、こう…段階を踏める気がしてさ」
「……段階なんてないよ。キスされたくらいで私の心を支配できると思っているのなら、お前は失礼であること以前に、随分と愚かな主人様だ」
フリーレンの刃物のような言葉に、主は目を瞬く。
「そんな風には思っていないよ、フリーレン。君以上に恋心を知っていると言える傲慢さもない。でもね。誰かに『ガチ恋』してもらおうとするためには、こちらもまた相手に『ガチ恋』をする相応の努力が必要だと思うんだ」
「相応の努力?」
フリーレンは語尾を上げる。
「この世には、たった一回きり喧嘩をしただけで別れてしまうカップルがいる。親たちの中には、義務のようにしか子供に愛情を注がない者がいる。自らが希望して犬を飼ったのに、飼育が面倒になると犬を捨ててしまう者がいる。恋愛というのは長いスパンで見れば、好きになるのと同じくらい、嫌いになるということなのに」
アポクラの主は、奥の景色を見透かそうとするかのように、遠い目でカーテンを見つめた。
「嫌いになっても愛を解消しないことが、結果としてはお互いにとって一番良い結果に繋がるという理屈だ。自分に興味のない人間には愛を向けない者であっても、他者に優しくすることは利得になる。君には、俺に『ガチ恋』をする正当な理由が存在する。俺はアポクラの主として、君にこのアポクラを無事に脱出してもらうことを希望している。だから好きになり合うべきだ。恋人になる、恋心を抱く、というのは、そういうことではないかな」
アポクラの主が滔々と語った内容に、今度はフリーレンが気を抜かれる。
確かに恋心について深く推察したことは千年の人生の中で一度もなかったが、目の前の男が語った恋愛の定義はフリーレンの想定から逸脱していた。
お互いの利益のために恋をする。
それは損得勘定で作った偽りの心ではなく、恋というものの本質だと、アポクラの主は説く。
「……じゃあ主の方は、私に『ガチ恋』をする覚悟があるということ?」
アポクラの主は当然と言わんばかりに頷き、
「出会ったばかりで変に思うかも知れないね。でも、悩みを聞いてくれて、そばにいてくれて、アドバイスまでしてくれた。俺にはそれだけで十分だ」
「…………」
「俺はフリーレンが好きだ。本気だよ」
ふっと笑う主の顔を見て、フリーレンは胸がざわついた。
……あなたも酔ってるんじゃない? と、言いかけて――言えなかった。
そんな彼女の迷いを追い越すように、肩に触れていたアポクラの主の手に少し力が入って、長い耳が吐息に触れるほど、顔が近づく。
「っ……ま、待って……」
とフリーレンは脱しようとするが、既に腕の中に閉じ込められていて動けなかった。
冷静を装おうとした声は、思わず上ずっていた。
耳のすぐそばで囁かれる声が、まるで呪文みたいに胸を震わせる。
そして――ふいに落ちた口づけが、尖った耳の端をくすぐった。
本当に触れたのか羽がかすめたように曖昧なくらい繊細なのに、フリーレンの身体の芯がじんわりと火照っていく。
肩がびくんと震え、目をぎゅっと閉じる。
手は主の胸に添えられたまま固まり、動かせなかった。
「エルフはそういう欲求が薄いって記憶で見たけど、感じないわけじゃないみたいだね。良かった。じゃあもう少し……」
「だから待っ――」
主の手が背中をゆっくりと撫で、今度は首筋へ唇が落ちる。
「あっ……ん……っ!」
フリーレンの喉から予期せぬ甘い音が漏れ、脚は無意識に主の腰へぎゅっと絡みついた。
コントロールできない自分の声に、フリーレンは小さく目を見開く。
「耳も首筋も、背中も……全部、すごく敏感なんだね」
再び、尖った耳に柔らかな感触が落ちた。
今度は触れるだけではなく、舌先が輪郭をなぞるようにゆっくり這う。
「……だ、め、それ……っ」
止めようとしても声に力が入らない。
濡れた温もりに背筋がじんじん痺れ、理屈では説明できないとろける甘さが頭の奥をさらっていく。
「……すごく可愛い声だよ、フリーレン」
囁きが鼓膜を震わせ、頬に柔らかな口づけが落ちる。
吐息が触れるたび、耳は敏感に熱を帯び、腰が小さく跳ねた。
「ん……っ」
思わず零れた自分の声に、フリーレンはまた驚く。
知らない自分に戸惑いながらも、くすぐるような快感に逆らえない。
──耳なのに、どうしてか下腹部の奥が疼いてしまう。
身体の芯がじわじわ熱を孕み、逃げ場を失っていく。
「……や、だ……耳だけなのに……っ」
拒もうとするのに、舌先が尖耳をゆっくりなぞるたび、背筋が反射的に反り返ってしまう。
腰に絡ませた足も、知らぬ間にぎゅっと主を締めつけていた。
「フリーレンの声、もっと聞かせて?」
甘い囁きと同時に、耳たぶをやわく噛まれ、
「ぁ……っ……」
堪えきれず、掠れた声が零れ落ちる。
「はぁっ……ど、どうして……こんなに……熱いの……?」
「んー? どこが熱いの?」
「……っ、主……まっ、て……ふ、ぁ……っ」
震える吐息がこぼれるたび、耳を慈しむように撫でられ、腰は無意識に跳ね上がってしまう。
「……フリーレン」
主の手が、服越しに下腹部へ添えられた。
それだけで身体がびくんと跳ねる。
「ここが熱いのは……もっと気持ちよくしてほしいって、身体が言ってるんだよ」
「っあ、は……耳、やめっ……んっ!」
低い声が耳元に溶け込み、舌が繊細に触れる。
自分でも信じられない声が口からこぼれ、反射的に手で口を塞いだ。
「嫌なら本気で言って。抵抗すればやめるから。でも――」
「……えっ?」
「フリーレン、気づいてないかもしれないけど……さっきからずっと、ギュッて抱きついてきて可愛いよ?」
フリーレンの瞳が大きく揺れた。
否定しようとしても、抱きついていたのは事実。胸の奥に突き刺さり、顔が真っ赤に染まる。
「そ、そんなつもりじゃ……っ」
耳まで火照り、視線が定まらない。
耳元の囁きと腕の温もりに、心臓がさらに跳ねていく。
胸の鼓動がうるさくて、呼吸の仕方すらわからない。
逃げ出そうとする気持ちと、もっと求めてしまう身体がせめぎ合い――
フリーレンの下腹に添えられた手が、ゆっくりと滑り落ちていく。
まるで壊れ物に触れるみたいに慎重で、それでいて確かな目的を帯びた動き。
耳を伝う舌の感触は先ほどよりも深く、長く続き、そのたびに身体の奥が熱を孕み、息が途切れた。
「ん、……ふ……」
声を堪えようと唇を噛むが、それすら熱にかき乱される。
吐息が耳にかかるだけで、思わず腰が揺れた。
──おかしい。知らないはずの感覚なのに。
けれど、心地よさに抗えず理屈がどんどん遠のいていく。
「……大丈夫。怖くない」
主の囁きに、胸がきゅっと締めつけられる。
次の瞬間、再び背を支えるように抱き上げられ、今度はふわりとベッドの上へと横たえられた。
広い毛布が身体を受け止め、温かな重みと共に彼の影が覆いかぶさる。
けれど、触れるにはまだ遠い距離。
互いの吐息だけが交わり、視線だけが真っ直ぐに絡み合っていた。
言葉にされずとも、瞳が告げている。
──いい?
長い沈黙が落ちる。
フリーレンは喉の奥がつまるように固まり、ほんのわずかに視線を逸らした。
けれど逃げるようにはせず、わずかな逡巡ののち、静かに小さく頷く。
その仕草ひとつに、主の瞳が熱を帯びる。
伸ばされた手が腰元へと触れ――
「……見ないで……」
かすれた声は、いつになく弱々しく、けれど確かに彼だけに向けられていた。
羞恥で胸の奥が詰まり、思わず顔をそむけた。
耳まで火照り、熱は下腹の奥へ伝わっていく。
──しゅるり、と。衣擦れの小さな音。
厚手のスカートとタイツがゆっくりと脱がされ、残されたのは淡い紫の下着だけ。
派手さはないが、裾に小さな花の刺繍があしらわれ、どこか彼女らしい可憐さを漂わせていた。
アポクラの主の視線がそこに落ちた瞬間、小さく息を呑む音が聞こえる。
自分でもわかっていた──布地の一部が濡れて、色が濃くなってしまっていることに。
フリーレンは反射的に脚をすくめ、ぎゅっと膝を寄せた。
それでも隠しきれない。じんわりと広がった熱が、主の目にも触れてしまっている。
「……見ないでって、言ったのに……」
声は消え入りそうに震え、頬を隠すように髪がさらりと揺れた。
羞恥に胸が詰まって息が苦しいのに、身体は逃げ出そうとしない。
むしろ、どうしてこんなに濡れているのか自分でもわからず、余計に困惑してしまう。
「なんで……私……こんな……」
か細い呟きは、理解できない自分への戸惑いに震えていた。
「フリーレン、すごく綺麗だよ」
愛しげな言葉が耳に落ちるたび、心がふわりと浮き上がる。
熱が背筋をゆっくり這い上がり、胸の奥までじんじん痺れていく。
「や……っ、そんな……言わないでよ……」
か細い声で抗議するのに、舌が耳の縁をくすぐり、唇が耳たぶをやさしく挟んだ。
ぴちゃり、と微かな濡れた音が響くだけで、腰が反射的に跳ねる。
「あっ……やだ……っ」
恥ずかしいのに、可笑しいくらい身体は敏感に応えてしまう。
耳を甘噛みされるたび、制御できない声が漏れて、顔は真っ赤に染まっていった。
「だって、本当だから」
耳奥に落ちる彼の声に、身体が小さく跳ねる。
唇を噛んでも吐息は溢れ、下腹部の奥をじんわり焦がしていく。
「……うそ……こんな、それ何回も言われたら……」
どうにかなりそうで怖い。
けれど、それ以上に……やめてほしくない。
胸の奥でどうしようもなく揺れて、答えが出せないまま。
フリーレンの指先は無意識に主の胸元をぎゅっと掴んでいた。
力強さはなく、ただ縋るように。まるで甘える子供のように、必死に布を引き寄せていた。
「……ねぇ、主……」
震える声。額を彼の肩に押し当て、ぎゅっと目を閉じる。
吐息がこぼれるたびに、胸の奥でなにかが揺れた。
──どうして、こんなに。
耳に触れる温もり、服越しに伝わる手の感触。
そのひとつひとつが、考える余裕を奪っていった。
「……私、どうして……」
自分でも意味のわからない言葉が零れ、はっとして唇を噛んだ。
こんなの、今までの自分らしくない。
でも抗おうとするほど、背筋を撫でる熱に身体が勝手に応えてしまう。
──熱い。心も、身体も、燃えるように。
気づけば身体を預け、頬を寄せていた。
指先が主の手を探し、見つけるとぎゅっと絡めた。
ただ、離れたくないという気持ちだけで。
「……お願い、もう少しだけ……このままで……」
主の指が布地の上をなぞり、するりと奥へ忍び込む。
思った以上に濡れていて、わずかな動きにも甘い音が響いた。
「……っ!?」
フリーレンは目を見開き、息を呑む。
自分の身体が立てた音に、顔が一気に赤く染まった。
「そ、そんなはず……ないのに……」
否定の言葉は途中で途切れ、声は熱に揺れていた。
指がわずかに動くたび、水音が重なり、そのたびに身体が勝手に跳ねてしまう。
「……可愛い。こんなに応えてくれるなんて、正直びっくりしたよ。でも嬉しいな」
「や……やめ……そんなこと言わないで……」
両手で顔を覆い隠すのに、耳の先まで真っ赤になり、震えが止まらない。
「ゆっくりするね」
囁きと同時に、ぬるりとした感触が身体の奥へ入ってくる。
「っあ……ぅ、く……んっ……!」
声が勝手に漏れ、シーツを必死に握りしめる。
奥を探る指先に、静かな水音が重なり、抗えず身体が応えていく。
「……簡単に入ったよ。……すごく熱いね」
「っ……だから……言わないで……」
耳まで真っ赤に染まり、呼吸は浅く震える。
一本の指が、ゆっくりと内側をなぞり、優しいのに敏感に痺れて、腰が揺れる。
「……奥の方、気持ちいいところ……探していい?」
低く甘い声が耳を溶かす。
「ま、待って……そこは……だめ……」
震える声で否定しながらも、首は横に振れない。
「……ほんとに、だめ?」
指先がわざと浅く抜かれ、熱の出口をかすめる。
「あ……や……っ……だめ……って言ってるのに……」
切なげに揺れる声。
言葉とは裏腹に、奥底で溢れる熱は止められず、どうしようもなく甘く震えていた。
涙に滲んだ視界の中、フリーレンは必死に首を横に振る。
けれど身体は正直で、奥をぐりぐりと押し込まれるたび、腰が勝手に揺れてしまう。
それを止めたくて、縋るように主の首へ腕を回し、しがみつく。
「フリーレン……可愛いんだけど」
耳に落ちる囁きの一言ごとに、理性がじわじわと削がれていく。
必死に耐えようとするのに、柔らかな場所を的確に撫でられるたび、背筋が大きく震え、喉の奥から甘い声が零れた。
「あっ……ぁ……っや……だめ……っ!」
しがみつく腕に力を込めれば込めるほど、快感は深く突き抜けていく。
震える指で主の衣を掴み、逃げ場を探すように縋りつきながら──耳に熱い吐息がかかった。
その一瞬だけで、背中がびくりと震え、腰が勝手に揺れた。
「……っ、なに……これ……」
胸の奥に渦を巻く熱が、もうどうしようもなく溢れそうで。
なのに自分でも正体がわからず、息は乱れ、縋る指先に力がこもる。
わからない。怖いのに、気持ちいい。どう伝えればいいのかもわからない。
「……フリーレン。来そうなら……ちゃんと俺に教えて」
低く囁かれた直後、尖った耳を大きく甘噛みされる。
背筋を仰け反らせ、熱い吐息が荒く零れ落ちた。
「やっ……主、これっなに……っくる……わかんない……どうしたらいいの……っ」
涙混じりの声で縋りつく彼女に、主は耳元で優しく、低く囁きを落とす。
「簡単だよ。なにか来そうって感じたら──『いく』って言えばいい」
「い、く……っ?」
「そう。素直に言って。君がいくとき、俺にちゃんと教えて」
意味もわからず反復したその言葉が、ひどく背徳的で脳を蕩かせ、堰を切ったように快感が押し寄せる。
「主っ……も、もう……っだめ……っ、なにかっ……これが……いくの……? あっ……!」
涙声で縋るように叫んだ瞬間、奥を抉る刺激が重なり、全身がびくんっと跳ねる。
意識の奥で白い光が弾けて、喉の奥からは止められない声が零れ続けた。
「……うん、そう。ちゃんと『イく』って言えて……偉いね、フリーレン」
耳に溶ける囁きに、彼女は恥ずかしさに顔を埋めながらも、どうしようもなく身体を震わせ、甘えるようにしがみつき続けていた。
恥ずかしさに目を伏せるのに、指はさらに奥へと誘ってくる。
一度も触れられたことのない場所なのに──今はまるで、彼のために開かれていくように。
「……っぁ……そこ……」
言葉にならない息がこぼれ、身体が小さく震える。
舌が耳をくすぐり、囁きが脳を蕩けさせる。
「大丈夫。怖くないよ?……もっと深く、ほら、ここをこうして触ってあげると、いっぱい溢れてくるね?」
その声とともに、指が奥の奥へと──やさしく届いた。
「……っ……は、あっ……」
身体の芯から熱が広がる。
子宮の奥が、何かを受け入れたようにじんわりと燃え、フリーレンは顔を主の胸に埋めた。
その指はあまりに優しく、慎重で。
壊れ物を抱くように、内側をゆっくりと撫で続ける。
「大丈夫? 痛くない?」
「……っ」
小さく首を振る。痛みはない。ただ怖いくらいに気持ちがいい。
溶けてしまいそうで。
弧を描く指に吸い寄せられ、身体が小さく揺れた。
「ふっ……ぁ……」
切れ切れの声が漏れる。
自分の声なのに、どこか遠くに聞こえる。
ゆるやかなリズム。押し寄せるたび、柔らかな粘膜が彼を受け入れていく。
主の指が、さらに深く沈んでいった。
内側の柔らかな壁を、ざらりと擦り上げるたび、甘い刺激が全身を駆け抜ける。
まるで奥底をかき混ぜられるように、内側がぐずぐずに蕩けていく。
「っ……あ、や……またそんな、奥まで……っ」
擦られる感覚に翻弄されていると、今度は最奥を優しく、とん、とんと叩かれた。
外からじゃ絶対に届かない場所。
そこに触れられるたび、胸の奥まで快感が突き抜け、腰が勝手に跳ねてしまう。
「や……だめ……おかしくなっちゃう……」
前と奥を同時に責められるような、知らない感覚。
逃げたいのに、どうしても離れられない。
気がつけば、フリーレンは主の胸にすがりつき、必死に彼の温もりを求めていた。
「主……っ、またいく、いっちゃう、もう……!」
声は震えていたけれど、それは単に行為を止めてほしくないだけじゃなかった。
千年も一人で生きてきた自分が、初めて無意識に零した甘え。
「離れないで、そばにいて」──その願いが混ざった言葉だった。
耳元に落ちる吐息と、奥を優しく叩かれる感覚が重なった瞬間──
「──っ、あ、ああっ……!」
全身が大きく跳ね、視界が真っ白に弾け飛んだ。
呼吸が乱れ、涙がにじみ、どうしようもなく切なくて甘い熱に溺れていく。
「……っ……は、ああぁっ……」
涙の粒が目尻から零れ、頬を伝う。
その涙すら、甘やかされたい証のように思えて、彼女はますます深く主の体に抱きついた。
抱き寄せられる腕のぬくもりに沈み込みながら──
フリーレンは千年を超えて初めての、どうしようもなく甘い絶頂に溺れていった。
◆
人生でほぼ初めての絶頂の余韻に溺れたまま、フリーレンは主の胸に顔を埋めていた。
髪の先まで汗に濡れ、火照った頬を覆うように片手を当てるが、熱は収まらない。
主の胸に凭れたまま、乱れた呼吸を整えようとする。
耳に残るのは、何度も名前を囁かれた声と、唇の柔らかさ。
抗うことなどできなかった。
――抗いたくなかった。
やがて、震えを含んだ息が少しずつ落ち着いていく。
フリーレンは潤んだ瞳で主を見上げた。
「今のところ何がお気に入りだった?」
アポクラの主は問う。
「……全部すごかったけど……」
フリーレンは一瞬、視線を伏せ、指先を胸元でぎゅっと握る。
「やっぱり……いちばんは、キス……かな」
「そっか。じゃあ舌を出して」
荒い息を整えることもできず、フリーレンは言われるままに小さく口を開いた。
熱に浮かされたように、舌の先をちょこんと突き出す。
「……ん……ふ……」
無防備すぎる仕草に、主はそっと微笑む。
舌先を軽く撫でてから、柔らかく唇を重ねた。
フリーレンの体が小さく震える。抗うよりも先に、胸の奥から熱が湧き上がり、瞳がゆるく潤む。
肩に置いた手が自然と力を込め、指先が布越しに震えながら主を掴んだ。
「……んむ……ふぁ……んっ……」
触れるだけの口づけ。
それを繰り返すたびに、フリーレンは切なげに声を漏らす。
「……んっ……や……」
耳を撫でられながら重ねられるキスに、彼女はもう抗えない。
拒むどころか、逆に小さく身を寄せ、縋るように主の胸へしなだれかかった。
「……まだ……」
「まだ、ね。……いいよ、何度でも」
息を継ぐたびに柔らかな吐息が漏れ、頬がさらに赤く染まる。
フリーレンは何度もびくりと身を震わせ ては、思わず主の胸に指をぎゅっと押し当てた。
目を閉じても、頬が擦れ合うたびに熱が深まっていく。
離れたくなくて、無意識に首を伸ばし、震える唇で追いかけてしまう。
「……んっ……ふ、ふふ……」
唇を奪われながら、かすかに笑みが零れる。
自分でも、どうして笑ったのかわからない。胸がいっぱいで、色んな感情が、思いが溢れて止まらない。
「……私……」
吐息の合間に、か細い声が滲む。
囁きというより、心の奥が勝手に言葉になったみたいに。
「……私の気持ちを……ちゃんと確かめたい」
震える声は幼い願いみたいに頼りなく、それでいて切実だった。
指先は無意識に彼の衣を掴み、離したくないと縋るように力がこもる。
そんな彼女を抱き留めるように、主は笑みを浮かべ、顔を寄せた。
その甘えに応えるように、口づけはさらに深く重なっていく。
舌と舌がとろけるように絡み合い、呼吸さえ奪われるほどに近くなる。
指先が絡み、背を抱き寄せるたび、二人の体温は切なさと甘さを溶かし合っていった。
呼吸さえ奪われるほどに、甘く――。
耳元で囁きが落ちる。
――大好きだよ、フリーレン。
その声に、抱きしめるフリーレンの腕が強くなっていく。
そうして世界が二人だけに閉じていく。
──幾千の時を旅しても、一度も触れたことのなかった温もり。
その初めてを、フリーレンは甘えるように重ね続けた。
◆
フリーレンは主に抱き寄せられたまま、ふと寝室の窓へ目を向けた。
そこに広がっていたのは、書庫に穿たれた『外』とはまた違う美しい夜景。
星々のように浮かぶ無数の灯火が、川の流れのように夜空を渡っていく。
静まり返った世界の中で、その瞬きだけが確かに息づいていた。
「……この部屋から見える夜景も綺麗だね」
ぽつりと零れた声は、すぐに主の口づけで塞がれる。
軽く触れるだけのはずが、幾度も重なっていき、ややて深く溶け合う。
フリーレンは抗うことも忘れ、ただ身を委ねてしまう。
胸の奥に切なさが込み上げ、思わず両腕で彼の背へと縋りついた。
それは愛を乞うのではなく、寂しさを埋めるような――ひどく幼い甘えだった。
「フリーレン。全て俺とこの意味の分からない場所のせいにすればいいんだ」
それが事実なんだから。
そう呟く主のその言葉はまるで今まで何百と繰り返されてきたようなどこか虚しげな響を感じる。
「フリーレン。恋はできそう?」
答えはない。アポクラの内扉が開く気配はなく、それはつまり、フリーレンは魂の底から男に恋したわけではないことを示す。
だが開扉の箍が緩んでいることは確かだった。
フリーレンにとって、ヒンメルの存在は強固だった。
今ならば、その想いが恋であることを確証できる。
たとえ既にどうしようもなく、繋がりを失っていたのだとしても。
アポクラの主は、その喪失感の代替とはならない。
これはまたすべてが違った関係だ。
ふと見詰めあい、唇が触れると抗うことなく受け入れてしまう。
何度も、深く、深く。
「どうかな......」
フリーレンは震えるような声で言った。
「……でもね、私はやっぱりこの世界を出るよ。みんなが待ってるから。そして、だからこそ、人間のことも、主のことも、恋、好きという感情も、もっと知りたいと思っている」
そっと言葉を継いだ。
静かに主を抱きしめ、頭を撫でながら耳にそっと唇を触れさせる。
くすぐるように歯を立てては、すぐに恥ずかしそうに離れた。
「ん……。もう少し、このまま……」
震える声は幼い願いみたいに頼りなく、それでいて切実だった。
指先は無意識に彼の衣を掴み、離したくないと縋るように力がこもる。
そんな彼女を抱き留めるように、主は笑みを浮かべ、顔を寄せた。
その甘えに応えるように、口づけはさらに深く重なっていく。
舌と舌がとろけるように絡み合い、呼吸さえ奪われるほどに近くなる。
指先が絡み、背を抱き寄せるたび、二人の体温は切なさと甘さを溶かし合っていった。
そして――
甘い口づけの合間に、
またひとつ「カチリ」と小さな解錠音が響く。
静かな寝室に不釣り合いなその音は、確かに境界がひとつ越えられた証のようで。
けれどフリーレンは気づくことなく、ただ熱に浮かされるまま、さらに口づけを求める。