GW明けから入退院を繰り返してまして。
今回も書けたので見ていってください。
バギー玉の直撃を躱した俺は、ナミをお姫様抱っこで抱えたまま酒場を離れた。
今いるのは、砲撃で崩れた建物の近くにある、やけに綺麗な民家の前だ。
身を隠しているつもりではあるが、バギー一味はこれからアーロンのいるコノミ諸島へ向かうはずだ。
正直、隠れる必要があるのかと言われると微妙なところである。
「ねえ、そろそろ下ろして」
俺の腕の中で、ナミが小さく身じろぎした。
最初に会った時の「私と組まない?」と笑っていた顔とも、屋上でバギー一味と酒の飲み比べをしていた時の顔とも違う。
今のナミは、座礁した船みたいだった。
進む場所も、戻る場所も見失ったような顔をしている。
ナミを下ろすと、彼女はそのまま地面に座り込み、膝を抱えて顔を埋めた。
相当落ち込んでいるようだ。
放っておくのも気になったので、俺もナミの横に腰を下ろした。
「何よ、あっちに行きなさいよ!」
ナミは顔を伏せたまま、膝を抱える腕に力を込めた。
俺は特にナミの方を見ることもなく、
「ん……別にいいだろ。ところでお前、これからどうするんだ?」
「……どうするって?」
「お前、アーロン一味なんだろ。けど、やらかしたおかげで迷惑かかるんじゃないのか?」
「…………」
ナミからは何も返ってこなかった。
だから俺は、そのまま続けた。
「さっきのお前の慌てぶりからすれば、かなり困ることになるんだろ。こんなとこで塞ぎ込んでていいのか?」
「……うるさい」
膝に埋めていた顔が、わずかに動いた。
「うるさいのよ! あんたに私の今の気持ちがわかる!?」
ナミが顔を上げる。
今にも泣きそうな顔で、それでも必死に声だけは張っている。
怒っているというより、怒るしかないように見えた。
「いや、分からん」
俺は即答した。ナミには悪いが、自業自得だ。
俺を騙し、バギーを騙そうとした結果、自分の故郷が戦火に巻き込まれるという最悪の結末を招いた。
それは他でもない、ナミ自身の行動の結果であるから。
「そうよね、海賊のあんたには、分からないわよね!」
俺の視線は、ナミの左肩にある刺青へ向いた。
「ふっ、アーロン一味の女海賊が何言ってんだよ」
「わ……私は、好きでアーロンの仲間に、こんな刺青を入れた訳じゃないのよ!」
「そうは言っても、世間的に見れば俺もお前も同じ海賊だ。どんな理由があろうとな」
収納袋から包帯を取り出し、ナミへ差し出す。
「ほらよ。これで隠しな」
ナミは何も言わずにそれを受け取ると、刺青を隠すように左肩へ巻いていく。
「あ……ありがとう」
包帯の端を押さえたまま、ナミが小さく礼をこぼした。
礼を言うくらいには、嫌われていないらしい。
ただ、ナミの表情はまだ晴れない。
「どういたしまして。んで、どうす……」
最後まで言う前に、一匹の来訪者が現れた。
「ワン! ワン! ワン!」
俺たちの前で吠えているのは、白くて小さな犬だった。
確か、原作で鍵を丸呑みした……シュシュだっけ?
それにしても、なんでこんなところにいるんだ?
シュシュはペットフード屋の店番をしていたはずだが。
そういえば、この家だけ略奪された形跡がなかったな。
不思議に思って後ろを振り返ると、そこには“PET FOOD”と書かれた看板があった。
なるほど。ここがシュシュの家か。
さっきの大砲の音に驚いて、店から離れていたのかもしれない。
「この子、迷子か何かなのかな?」
「いや、後ろの家を見てみろよ」
「“PET FOOD”って……」
「こいつの家じゃないのかな」
そう返しながら、俺はシュシュの頭を撫でた。
思ったより毛並みがいい。
「ハァ、ハァ、ハァ」
シュシュは尻尾を振りながら、まっすぐ俺を見ている。
撫でられるのが気持ちいいのか、それとも腹が減っているのか。
「お前、腹減ってないか?」
収納袋から干し肉を取り出し、シュシュの前に置いた。
シュシュはすぐには食いつかず、まず匂いを嗅いだ。少し警戒しているが、安全だと判断したのか、干し肉にかぶりついた。
「ハウ、ハウ、ハウ」
「どうだ、美味いか?」
「ワン!」
シュシュが俺を見上げて吠えた。
多分、美味かったんだろう。
食べ終わっても、まだ物欲しそうにこちらを見てくる。
仕方ないので、もう一つ干し肉を出してやった。
「ふふ、よく食べる子ね」
さっきまで沈んでいたナミの顔が、少しだけ柔らかくなった。
シュシュの食いっぷりに、ほんの少し気が紛れたようだ。
「ああ、いい食べっぷりだよ。それに、干し肉が気に入ったみたいだな」
ナミとそんな会話をしながら、シュシュの体をわしゃわしゃ撫でていると、また別の来訪者が現れた。
「くらぁーーーっ!!小童ども、シュシュに何をしとるかー!」
白髪で変な髪型、丸メガネをかけ、体の節々を鎧で固め、背中には槍を背負っている。
そんなヘンテコな老人が、こちらへずんずん近づいてきた。
「何者だ、小童ども。ここで何をしておる?」
「俺はルフィ。こっちはナミ。この犬……シュシュに干し肉を食べさせてた」
「シュシュに変なものを食べさせるんじゃない!まったく!」
老人はシュシュの前に立ち、俺たちをじろりと見る。
「おじいさんは何者なのよ?」
ナミが老人を見上げた。
「わしはこの町の町長、ブードルじゃ!」
「犬みてぇな名前だな、おっさん」
「やかましい、ほっとけ!」
「それより町長さん、ここには何しに来たの? 町民は避難所にいるんでしょ?」
「ん……ああ。さっき二回、凄まじい音が聞こえたからの。シュシュが心配で見に来たんじゃ」
町長はペットフード店の鍵を開けて中に入った。
しばらくして、餌入れとペットフードの箱を持って戻ってきた。シュシュの前に餌入れを置き、慣れた手つきで餌を注ぐと、ついさっき干し肉を食べたばかりのシュシュがまた食べ始めた。
「本当によく食べるわね。町長さんが飼ってるの?」
「いや、シュシュはわしの親友で、この店の主人だったホッカーに飼われておっての」
「だった、ってことは……もういないのか?」
そこから、町長のおっさんは色々話してくれた。
この店の主人が、すでに亡くなっていること。
シュシュが海賊と戦ってまで店番をしていること。
そして、シュシュにとってこの店こそが宝であること。
概ね原作と同じだった。
けど、紙や映像で見聞きするのとは全然違う。こうして直接聞くと、胸の奥に重たいものが残る。
毛で隠れているが、よく見ればシュシュの体には傷があちこちにあった。小さな体で、この店を守ろうとしてきた証だ。
なんでこんなに健気なんだ、シュシュ。
俺はシュシュの頭を撫でた。
「大好きなご主人との思い出を守ってたのか、優しいなシュシュ」
「ワン!」
「ふぅー……それにしても、シュシュがホッカー以外にここまで懐くとは珍しいのう」
町長のおっさんが、隣でキセルをくわえ、煙を吐いた。白い煙が、砲撃で荒れた町の空気に細く溶けていく。瓦礫と火薬の匂いが残る中で、シュシュだけが何事もなかったみたいに俺の足元へ寄っていた。
「そんなに珍しいのか?」
「ああ。こやつ、見境なく尻尾を振る犬ではないからの」
町長のおっさんはシュシュを見下ろす。シュシュは俺の足に体を寄せたまま、こちらを見上げている。
「犬に好かれる才能でもあるのかもな」
「調子に乗るでない、小童」
「ワン!」
「ほら、シュシュもそう言ってる」
「絶対違うわよ」
ナミがすかさず突っ込んだ。さっきまで地面に沈みそうだった顔に、ほんの少しだけいつもの調子が戻っている。悪くない。怒れるなら、まだ折れてはいない。
「ああ、そうじゃ。ところで、お前さんらは何をしにこの町へ来たんじゃ? 旅人という感じでもないし、町はこの有様じゃしな」
「バギーを倒して、名を上げようかと思ってな」
「なんじゃい。お前さんら、海賊じゃったのか」
「まあな。俺が船長で、ナミが航海士だ!」
「ちょっと、勝手に決めないでよ! 私はあんたの仲間になるつもりなんてないから!」
「まだ照れてるだけだろ?」
「どこをどう見たらそうなるのよ!」
ナミが噛みついてくる。うん。やっぱりこのくらいの方がナミらしい。
「ふぅー……まあ、悪いことは言わん。海賊ならなおさら、早くこの町から立ち去った方がぁぁぁぁぁーーーっ!!」
びくっ!!
俺、ナミ、シュシュ。二人と一匹が、町長のおっさんの急な大声に体を引きつらせた。
「急にどうしたんだよ、おっさん。でかい声出して」
「びっくりさせないでよ!」
「ワン!」
町長のおっさんは、目をひん剥いたまま固まっていた。キセルを持つ手が震えている。視線は俺たちではなく、ペットフード店の向かい側へ釘付けになっていた。
「な……なななななないーーっ!」
「ないって何が?」
「わしの家がーーー!!」
町長のおっさんが、ペットフード店の真向かいにある瓦礫の山を指差した。砲撃で壁は吹き飛び、屋根は半分以上崩れ落ちている。家だったと聞かされなければ、ただの残骸にしか見えない。
気づくの遅すぎだろ! それに、あれ? おっさんの家って真向かいだっけ? まあいいや。
「胸をえぐられるようじゃ。……許せん。許せんぞ、バギー!」
町長のおっさんの声が変わった。さっきまでの騒がしい老人の声ではない。腹の奥から絞り出したような、低く重い声だった。
背中に背負っていた槍へ手を伸ばす。しわだらけの指が、柄に食い込むほど強く握り込まれていた。顔つきも変わっていた。怒りで我を忘れているというより、もう行き先を決めてしまった顔だ。
町長のおっさんは、そのまま酒場の方へ足を踏み出そうとする。
「町長さん、何をする気よ?」
ナミが町長のおっさんの手を掴んだ。
「離せ……離さんか、娘っ! わしは今からバギーをこの手で討つんじゃ!」
「無理よ! 町長さん。無謀よ、勝てっこないわ!」
「無理も無謀も承知! それでも、わしらの四十年を……わしらの町を、これ以上好き勝手にはさせんぞ!」
町長のおっさんは、ナミの手を振りほどいた。バギーがいると思っている酒場へ、真っ直ぐ体を向ける。勝てるかどうかなんて、もう頭にないのだろう。あの背中は文句を言いに行く背中じゃない。バギーを仕留めるために、討ち入りに行く背中だった。
早まるな、おっさん!
「ちょっと待って、おっさん。ナミが言うように、おっさんじゃ勝てないって。それに、バギーは放っておいても今日中にはこの町から消えるよ!」
そう。バギーはこれからアーロンと戦うために、船へ積み荷を運んだり、出航の準備をしているはずだ。
「な……なんじゃとっ! それは本当か?」
俺の言葉に、町長のおっさんの足が止まった。槍を握る手の力は抜けていない。それでも、今にも酒場へ突っ込んでいきそうだった背中から、少しだけ熱が引いたように見えた。
「本当だよ。だから無茶するなって、おっさん」
「…………」
町長のおっさんはしばらく黙り込んだ。瓦礫になった自分の家を見る。シュシュの店を見る。壊された町を見る。そして――
「かぁーーーっ!! やっぱりダメじゃ!! 勝ち逃げみたいで許せん! 一矢報いてやらんと気が収まらんわい!」
なんて頑固なおっさんだろうか。まー、気持ちは分からんでもないけど。
おっさんが、今度は港の方へ歩き出そうとした。酒場にいないなら船へ行く。そういう顔だ。
「だから、やめとけって!」
おっさんを掴んで止めようとした、その瞬間。
「グオオオオオオ……!!!」
町の空気を裂くような雄叫びが響いた。
びくっ!!
ナミとおっさんの二人が、雄叫びに反応した。
「ちょ……ちょっと、何よこの雄叫び……!!」
「こりゃ……あいつじゃ。“猛獣使いのモージ”じゃ! まずい、急いで隠れるぞ!」
二人が物陰に隠れるために、この場から離れようとする。戦いに行こうとしたり、逃げたりとおっさんも忙しい奴だな。
「一矢報いるんじゃなかったのか、おっさん?」
「まずは命あってじゃ」
急に現実的なことを言いやがった。
耳を澄ましていると、だんだんと獣の足音がこちらに近づいてくるのが分かった。どすん、どすんと、人間のものではない重い音が地面を叩いている。瓦礫の向こうから低い唸り声が混じり、シュシュの毛がわずかに逆立った。
「おい! 小童、シュシュ、何をしておる! 早く隠れろ!」
「俺はいいよ。シュシュ、お前は隠れなくていいのか?」
「ワン!」
シュシュは店の前から動かない。小さな体で、真っ直ぐ前を見ている。立派に店を守るつもりでいる。実に勇敢な犬だ!
そして、足音の正体が目の前に現れた。
「ビビらせて悪いな! 俺はバギー一味、猛獣使いのモージだ!」
「ガルルルル……!!」
瓦礫の影から現れたのは、デカく凶暴そうなライオンだった。普通のライオンよりも一回りどころか、二回りは大きい。太い前足。地面を抉りそうな爪。牙の隙間から漏れる息は、生臭く熱い。
その背中に跨がっているのは、変な着ぐるみを被っている変質者だ。
「フハハハ……麦わら帽子の男。お前がさっきバギー船長が言っていた、仲間に裏切られた不憫な親分だな。フハハハハ!」
「ガルルルル」
着ぐるみ男に合わせて、ライオンもどことなく笑っていやがる。明らかに見下している感じだ。
それにしても、バギーの野郎。俺がナミに裏切られたことを吹聴しまくってるのか。それは困ったな。海賊は面子が大事だ!
「どうやって生き延びたか知らないが、ペラペラペラ〜〜」
「ガルルルル」
このまま黙ってバギーの出航を許したとして、俺が今後名を上げるときに、バギーは絶対いろんなところで「仲間に裏切られた不憫な親分」と吹聴しまくるだろう。
それは困る。
「リッチーが腹を空かせていてね、出航の準備の合間に、ペラペラペラ〜〜」
「ガルルルル」
バギーとアーロンが戦ったとして、アーロンが勝ってバギーを始末すれば俺の心配事は無くなる。けど、腐っても元海賊王のクルー。見習いとはいえ、あのロジャーの船にいた男だ。簡単に負けるとは思えないし、負けたとしても逃げるのは得意そうだ。
それに、万が一バギーが勝った場合が面倒だ。いろんなやつに触れ回るだろうし。
うーん……よし。
「ここでぶっ倒すか!」
「どうだ、バギー一味に加わる気にはなったか?」
「ガルルルル」
「……ん。あっ、ごめん。なんか喋ってた?」
考え事をしていて、本当に何も聞いていなかった。
モージは茹で蛸みたいに顔を真っ赤にして、こちらを睨んでいる。怒りで、変な髪型まで震えているように見えた。
「てめぇ、俺たちの怖さを知らないから、そんななめた態度が取れるんだ!」
「ガルルルル」
「そんなバカみたいな着ぐるみ被ってる奴なんざ怖くねぇよ」
「ワン!」
「なめるなぁ!これは、俺の髪の毛だ!」
「だ……だせぇ」
「ワン!」
あまりにもダサい。毎朝あの髪型をセットしてるのかな?
そして物陰では、ナミとおっさんが震えながらこっちを見ていた。
「あいつ、なんで挑発してるのよ」
「お前の船長はどうなっとるんじゃ?」
「船長じゃないってば!」
俺の一言に、着ぐるみ野郎が限界を超えた。
「き……貴様ぁぁ! その犬もろとも餌にしてくれる! やれリッチー! 噛み殺してやれ!」
「ガルルルルルルル!」
ライオンが素早くこちらに飛びかかってきた。巨体からは想像できない速さだった。地面を蹴った瞬間、瓦礫の欠片が跳ねる。開いた口の奥には、獲物を噛み砕くための牙が並んでいた。
普通の人間なら、反応する間もなく終わっていただろう。頭から喰われるか、爪で裂かれるか。どちらにしても一撃だ。
だが――
「相手が悪かったな!」
ガシッ!!
ライオンの突進を正面から受け止めた。牙が俺の顔に届く直前、右手でライオンの口を上下から押さえ込む。噛ませない。開かせない。リッチーの巨体が勢いのまま俺を押し潰そうとするが、足元は動かない。地面を踏みしめる俺の足の下で、砂埃だけが小さく舞った。
「グオォォォォォ!」
「な……な、リッチーを受け止めただと!」
ライオンと着ぐるみ野郎がひどく動揺している。噛んで終わり。そう思っていたのだろう。なのに、噛むための口そのものを塞がれた。想定が崩れた瞬間、獣の目にも迷いが走った。
「リッチー、何をしている! 振りほどけ!」
「グオォォォォォ!」
ライオンが爪で引っ掻こうと、前足を振るってくる。その爪が横から俺の体を狙った。
ガシッ!!
俺は左手で、その前足を受け止めた。右手で口。左手で前足。真正面から、ライオンの力をねじ伏せる。
「おい!まだ俺と
俺は殺気を込めて、ライオンを脅す。言葉の意味が分かるかどうかは知らない。けど、獣なら分かるはずだ。自分より強い相手が、今、目の前にいることくらいは。
「グ……」
リッチーの喉が鳴った。次の瞬間、ライオンは主人が背に乗っていることなどお構いなしに、仰向けに寝転がった。乗っていた着ぐるみ野郎は、情けなく地面に振り落とされる。
リッチーは腹を見せたまま、俺の様子をうかがっていた。完全に戦意喪失している。
「よーしよし、大人しくしとけ猫」
「ガ……ガウ」
ライオンの腹をわしゃわしゃと撫でる。さっきまで人を噛み殺そうとしていた猛獣とは思えないくらい、大人しくなっていた。腹の毛は意外と柔らかい。
「おいリッチー、戦え!」
「ガルル」
リッチーは首を振って戦うのを拒んでいる。野生の本能だろう。このまま俺と戦っても勝てない。そう判断したのだ。降伏を受け入れたなら、これ以上やる気はないらしい。
「さて、次はお前だな」
着ぐるみ野郎の方へと向かう。さっきまで偉そうにふんぞり返っていた着ぐるみ野郎は、ひどい汗をかきながら後ずさりをしていた。リッチーという自慢の猛獣を失った途端、ただの変な男でしかない。
「待て待て待て待て待て待て!待ってくれ!」
着ぐるみ野郎は腰を抜かし、地面に尻餅をついた。逃げようにも足が動いていない。口だけが必死に回っている。
俺はその胸ぐらを掴んで、持ち上げる。
「待て?お前、さっきは殺すとか言ってたよな!」
「誤解だ!そうだ!バギー船長に俺から取り計らって、お前を幹部にしてやる!」
ここまで来て、まだバギーの名前を出せば助かると思ってる。命乞いの仕方までダサい奴だ。
「お前らの仲間になんかなるわけ、ねぇだろうがーーーっ!!」
ボゴッ!!
拳が、着ぐるみ野郎の顔面にめり込んだ。変な髪型ごと体が宙に浮く。一瞬だけ、目と口を開いたまま時間が止まったように見え、そのまま空高く吹っ飛んでいった。
――♢♢♢――
オレンジの町 港 ビッグトップ号
オレンジの町の港に停泊するビッグトップ号は、出航を前にして慌ただしさに包まれていた。
甲板の上では、バギー一味の海賊たちが木箱を担ぎ、樽を転がし、弾薬を運び込んでいる。武器、食料、酒、そしてバギー玉。積み込むものはいくらでもあった。
数か月前から、バギーはアーロンから貢ぎ金を要求されている。
もちろん、バギーはアーロンの子分ではない。払う義理など欠片もなかった。むしろ、そんな要求をされている時点で、バギーにとっては顔に泥を塗られたも同然である。
そこへ、ナミというアーロン一味の女が現れた。
バギーはそれを、アーロンが痺れを切らして送り込んできたものだと受け取った。ならば話は早い。ド派手に舐めた真似をしてくれた魚人どもに、こちらから喧嘩を売りに行くまでだ。
そのための出航準備だった。
そして、その甲板の中央で、一人だけやたらと大きな声を張り上げている男がいた。
ピエロの格好をした、道化のバギーである。
「おい、バギー玉は慎重に運べ! 落としたらテメェらごと吹っ飛ぶぞ!」
「モタモタすんな! もっとテキパキ動け!」
「酒も食料もありったけ積み込め! 魚人どもにくれてやる鉛玉も忘れんな!」
派手好きな男ではあるが、こういう時の指示は意外にも短く的確だった。手下たちも怒鳴られ慣れているのか、文句を言いながらも慌ただしく動いている。
その時だった。
ヒューーーン。
空から、妙な音が聞こえた。
「あ?」
バギーが眉をひそめて空を見上げる。
青空の向こうから、何かがこちらへ落ちてきていた。
最初は鳥か何かに見えた。だが、ぐんぐん近づいてくるにつれて、それが人間の形をしていることが分かる。
「……なんだ、ありゃ?」
次の瞬間。
ドガァァァンッ!!
落下してきた何かが、ビッグトップ号の甲板に叩きつけられた。
板が砕け、木箱が跳ね、積み込んだばかりの荷物が派手に吹き飛ぶ。酒樽が割れ、食料袋が裂け、弾薬箱が横倒しになったことで、周囲の海賊たちが慌てて飛び退いた。
「うおおおっ!?」
「な、なんだぁ!?」
「甲板に穴が空いたぞ!」
白い煙と木屑が舞う中、バギーは顔をしかめて墜落地点へ向かった。
「誰だ、俺様の船にド派手に穴を空けやがったのは……!」
煙が晴れる。
そこに転がっていたのは、全身ぼろぼろになったモージだった。
いつもセットしている髪型も乱れ、体は甲板にめり込み、今にも意識が飛びそうな有様だった。
「おい、モージ!」
バギーが駆け寄る。
「テメェ、誰にやられた?」
「がはっ……む……麦わら、です……」
それだけ言うと、モージは力尽きたようにがくりと首を落とした。
甲板の上が、一瞬だけ静まり返る。
「麦わら……?」
バギーの目が、ぎょろりと開いた。
「麦わら帽子の、あの男か……!」
酒場でバギー玉をぶち込んだはずの男。
仲間に裏切られ、木っ端微塵になったはずの男。
そいつが生きている、それだけでも腹立たしい。
だが、よりにもよってモージをこんな姿にして、自分の船へ叩き返してきた。
これは、ただの反撃ではない。
バギーにとっては、真正面から面子を潰されたも同然だった。
バギーの歯が、ぎりりと鳴る。
「……あの野郎」
低い声だった。
甲板にいた手下たちが、ぴたりと動きを止める。
バギーの怒りが、空気を変えた。
「よくも俺の部下を、こんな目に遭わせてくれたな……!」
バギーはゆっくりと立ち上がった。
その顔には、さっきまでの出航準備に追われる焦りはもうない。あるのは、怒りと、潰された面子を取り戻すための殺気だけだった。
「おい、野郎共!!」
バギーの怒号が、港に響いた。
「作戦変更だ! 出航準備は後回しにしろ!」
手下たちが一斉にバギーを見る。
「この町にいる麦わら帽子の男を探し出せ!」
バギーは拳を握りしめ、墜落したモージを見下ろした。
「アーロンの前に、まずはあいつをド派手に始末してやる!!」