「よし、まずは一人だな」
「ワン!」
バギー海賊団の“猛獣使いのモージ”を、たった今、空高く殴り飛ばしたところだ。青い空の向こうへ、モージの悲鳴がどんどん小さくなっていき、最後にはどこか遠くの方で何かが壊れる音だけが聞こえた。
そして俺の目の前には、そいつの相棒のライオンがいる。名前はたしか、リッチーだったか。
めちゃくちゃ好戦的でガンギマリなライオンなら一緒にぶっ飛ばしていたところだけど、少しビビらせれば大人しい猫になった。
ライオンなんて、前世では動物園や画面越しでしか見ることのない動物だった。ましてや、そいつに触るなんて普通に生きていたら絶対にない。柵の向こう側にいて、テレビの中でナレーション付きで見るような存在。それが今は、俺の目の前で大人しくしている。しかも、前世で見たライオンより遥かにでかい。
「毛がふさふさでいいな」
こうして見ると、可愛いもんだね。
ペット枠で仲間にしてもいいかもしれないけど、主人と切り離すのは可哀想だし、俺にはライオンの知識なんてない。ここは大人しく帰ってもらおう。
「おい、ライオン!これやるから、ご主人の元に戻りな」
「ガウ」
収納袋から干し肉の塊を取り出して、リッチーの前に差し出す。リッチーは一瞬だけ俺の顔を見たあと、でかい口で干し肉をくわえた。さっきまでの殺気が嘘みたいに、目がきらりと輝いた気がする。
肉をくわえたまま、リッチーは少しだけ頭を下げた。感謝なのか、降参なのか、それともただ肉が嬉しいだけなのか。まあ、どれでもいい。
リッチーはそのまま、のそのそと来た道を戻っていった。巨体が一歩進むたびに、地面の砂が軽く跳ねる。
「ワン!」
どうやら、シュシュが俺にもよこせと言ってきている。
「ほらよ。お前、食い過ぎだぞ」
「ワン!」
そんなの関係ないだと。生意気な犬め!
何を言ったかはわからないけど、そんな気がする。干し肉を受け取ったシュシュは、尻尾を振りながら食べ始めた。
「こ、これはたまげた。まさかモージをぶっ飛ばして、リッチーを手懐けるとは。恐れ入ったわい!」
「あんた、本当に強いのね!」
物陰に隠れていたおっさんとナミが、こっちに戻ってきた。おっさんは目を丸くしているし、ナミはまだ信じられないものを見るような顔をしている。まあ、普通はそうなる。海賊団の幹部っぽいやつを一撃で空の彼方へ飛ばして、巨大ライオンを干し肉で帰らせたんだから。
「自慢じゃないけど、おれ強いから!」
おっさんとナミに向かって、にっと歯を見せながらピースしてやる。ナミは呆れたように俺を見ていたが、その目にさっきまでの警戒だけじゃないものが混じっている気がした。
信頼……まではいかないか。でも、少なくとも「こいつは使える」くらいには思っているだろう。
それにしても、こんな悠長なことをしてる場合じゃないな。モージをバギーの船の方にぶっ飛ばした。つまり向こうには今頃、モージが落ちているはずだ。部下をやられたバギーが黙っているわけがない。怒りの矛先は、間違いなくこっちに向く。
「なー、おっさん」
「んあ、なんじゃ?」
「おっさんには悪いけどよ、シュシュと一緒に避難所に逃げてくれねぇか! おれは今から、バギーをぶっ飛ばしに行くからよ」
「それはできん! わしもバギーと戦う」
おっさんの声には迷いがなかった。
「おっさんの気持ちは分かるし、尊重する。けど正直、近くにいられると邪魔だし、怪我されると寝覚めが悪いんだ。ここはおれに任せて引いてくれないか」
言い方は悪いかもだけど、近くに七十の高齢者なんかいても戦いの邪魔になるだけだ。バギーは弱い相手を狙うことに躊躇がないだろうし、人質に取られるかもしれないし、巻き添えになるかもしれない。そうなったら、俺は戦いに集中できなくなる。
「それは……」
「命あってこそって、さっき言ってただろ?」
おっさんの言葉を、そのまま返す。
店は大事だ。町も大事だ。積み上げてきた四十年は、きっと俺なんかには想像もできないくらい重い。でも、死んだら終わりだ。生きているから悔しがれる。生きているから取り戻せる。生きているから、また笑える。
「うーん……」
おっさんはしばらく黙っていた。拳を握って、開いて、もう一度握る。
「わかった! けど、条件がある!」
「条件?」
「ああ。わしらの四十年を、あいつらに叩き込んできてくれ!」
その言葉は、頼みというより託す声だった。荒らされた町、逃げた住人、守ろうとした犬、ここで生きてきた人たちの時間。それを全部、バギーに叩きつけてこいと言っている。
「もちろんだ。任せとけ!」
「頼んだぞ。シュシュ、避難所に戻るぞ!」
だが、シュシュは離れようとしなかった。小さな足を踏ん張っている。さっきのこともあってか、また海賊が来るかもしれないと思っているのだろう。この店を守るために、残るつもりらしい。
俺は膝を落とし、シュシュの頭を撫でながら言った。
「シュシュ、おれを信じろ! この店には手出しさせないからよ」
シュシュの目をじっと見つめて伝える。言葉が全部通じているかは分からない。いや、伝わってるだろう。ここはそういう世界だし。
シュシュは俺を見ていた。黒い目が、俺を測るように揺れている。そして――
「ワン!!」
強く吠えた。
それは返事だった。こいつなりの、「任せた」だった。
そう吠えると、シュシュはおっさんの方へ駆け寄り、一緒に避難所へ向かっていった。小さな背中が遠ざかっていく。
俺は、この場に残ったもう一人へ視線を向ける。
「避難所に行かなくていいのか?」
「あんたといた方が安全そうだし。それに、あんたがバギーを倒してる間に、私はやることがあるから」
間違いなく、船にある金目のものを盗む気だろう。さすがは泥棒猫だね。こういう状況でも、自分の目的を見失わないあたり、本当にたくましい。
「それで、作戦はどうするのよ?」
「回りくどいのも面倒だし、正面から殴り込みだな!」
「正面って……相手は百人以上いるのよ!」
ナミの声が少し跳ねた。まあ、普通はそういう反応になる。百人以上の海賊に、バギー玉に、能力者の船長。まともに考えれば、少人数で突っ込む相手じゃない。
でも、俺にとっては違う。バギー海賊団の正式な人数は知らないけど、余裕だべ。
「大丈夫、大丈夫。おれが正面から引きつけるから、ナミはその隙にやることやればいいさ」
「簡単に言うわね……」
「実際、簡単にするつもりだからな」
敵が百人いるなら、百人まとめてこっちを見ればいい。砲口も、怒号も、殺意も、全部俺に向けばいい。その間にナミが動く。それでいい。
「わかったわ。だけど、あんたが負けそうになったり、危険だと思ったら、私は逃げるからね!」
「ああ、わかった。けど、ナミをそんな危険な目には遭わせないから、心配すんなよ!」
ナミが一瞬、言葉に詰まった。けれど、すぐにいつもの調子を取り戻す。
「ふっ……なによそれ。カッコつけちゃって」
「ハハハ。カッコつけたいお年頃なのさ」
女の前ではカッコつけたいという、男の性なのだ。しかたない。というか、ナミの前でカッコつけない男がいるのだろうか。
いや、いない。
「お年頃って、あんた何歳なの?」
「十七だぞ」
「え……近い年齢だとは思ってたけど、まさか年下だなんて」
年下という事実に、ナミが驚いている。考えてみれば、海軍本部大佐のモーガンに、バギー一味のモージまでワンパンでぶっ飛ばしてるのを見てるし、無理もないな。俺が逆の立場でも、十七歳とは思わないかもしれない。
「ナミは?」
「私は十八よ」
ちゃんと十八だった。出来事が変わっても、キャラそのものは変わらないのかな?
「そんなに変わらないな」
「あら、一歳も年上なのよ。少しは敬ってくれてもいいわよ」
少し、冗談混じりの会話もしてくれるようになった。最初に会った時より、ナミの言葉が柔らかい。完全に信用されたわけじゃない。でも、逃げるためだけに隣にいるわけでもなさそうだ。
徐々にだが、距離が縮まっている気がするぜ。なので。
「わかった! バギーをぶっ飛ばしに行くぞ、ナミネキ!」
「その変な呼び方はやめて」
即答だった。でも、距離は縮まっているよね?
――♢♢♢――
バギーの船が停泊している港へ向かう途中、俺たちは何人かの手下たちを倒しながら進んでいた。
どうやらバギーは、町中に手下をばらけさせて俺たちを探しているらしい。どいつもこいつも口だけは達者だったが、拳を一発入れればすぐに道を開けた。
もうすぐ着くな。俺は足を止め、ナミの方へ体を向ける。
「さっき言った通りに、俺が正面から引きつけるから、ナミはその隙をついてうまくやれよ」
「ええ、わかったわ」
港近くの路地裏で、俺たちは一旦別れた。俺が正面からバギーたちの目を引きつけ、その間にナミが動く。単純な作戦だが、こういうのは単純な方がいい。俺が派手に暴れれば、バギー一味の注意は嫌でもこっちに向く。
ナミの姿が路地の奥へ消えたのを見届けてから、俺は港へ向かった。
路地裏を抜けると、目の前にはバギーの船が停泊している港が広がっていた。
でかい船だ。サーカス感が全面に出ている。いかにも道化のバギーが乗ってそうな海賊船だ。
甲板の上は騒がしかった。手下たちがあっちへ走り、こっちへ怒鳴り、荷物を積み込んでいる。出航の準備なのか、それとも俺を探す準備なのか。どちらにせよ、向こうは忙しそうだ。
さてと、やるか!
俺が始めないと、ナミも行動できないしな。
なにやら騒がしい船を目の前にして、俺は深く息を吸い込んだ。
すぅぅぅ。
「でかっ鼻の赤っ鼻のアホっ鼻のクソボケ馬鹿バギー!! 出てこーい!!」
騒がしかった船が、一瞬で静まり返った。
木箱を担いでいた奴が止まり、酒樽を転がしていた奴が振り返る。甲板の上にいた手下たちが、揃って声のした方を見た。
次の瞬間、一人の男が船縁に勢いよく現れた。
「誰だー! 今、俺様をふざけた蔑称で呼びやがったのは! しかも最後のは普通の悪口じゃねぇか!!」
もちろんバギーである。そして、目線が合った。
「麦わら帽子の男!テメェだな、うちのモージをあんな目に遭わせやがったな!」
「ああ、そうだ。にしても、あの着ぐるみ野郎も、ここに来るまでに倒した手下たちも弱すぎだろ! こんなのでどうやって
ちょっくらバギーを煽ってみると、怒りで体が震えているのが分かった。
いやでもさ、めっちゃ威勢よく
こいつ、見習い時代に何を見て学んでたんだろう?
「麦わらぁ! テメェ、今この場で殺してやる! 野郎共、バギー玉を派手に撃てぇぇ!!」
バギーが叫ぶと、船縁の横に控えていた手下たちが、大砲の向きをこちらへ合わせた。すでに装填されていたらしい砲口の奥には、あの馬鹿みたいな威力のバギー玉が詰め込まれている。
次の瞬間、砲声が港に響いた。
ドウン!!!
放たれたバギー玉が、真正面から飛んでくる。見る見るうちに大きくなってくる黒い砲弾。普通なら逃げるところだが、問題なし!
俺は思いっきり空気を吸い込んだ。
すぅぅぅ。
「ゴムゴムの
体が大きく膨らみ、飛んできたバギー玉を正面から受け止める。
「なんだあいつの体は?」
「あいつも能力者なのか?」
「ゴムみたいに膨らんだぞ!」
バギーも手下たちも、みんな驚いた顔をしている。
だがしかし、驚くのはまだ早いぞ!
「返すぞ! バギー玉!」
受け止めた反動をそのまま利用して、バギー玉を跳ね返す。狙いは船じゃない。バギー本人だ。
「あいつ、跳ね返してきたぞ!」
「避けろーーー!」
「バギー船長、避けてーー!」
手下たちの悲鳴が上がる中、バギーは避けるそぶりも見せなかった。
「バラバラ緊急脱出っ!」
バギーの体がバラバラになり、跳ね返したバギー玉はその隙間を素通りした。砲弾は船にも当たらず、そのまま海へ落ちる。
ザバーーン!!
遠くで大きな水柱が上がった。
「く……小癪な真似を。俺様が……」
「お待ちを船長! ここはこのカバジが麦わらの首を取ってくれましょうぞ!」
バギーが降りてきて戦うのかと思ったら、別の男が前に出てきた。そういえば、もう一人いたな。一輪車を乗り回す曲芸師だったよね、確か。
船からカバジが一輪車に跨がったまま降りてくる。
「くくくくくくく、麦わら! 俺はモージのようなバカとは違い、甘くはないぞ!」
「カバジさんだ!」
「やっちまってください!」
船の上から手下たちが騒いでいる。
カバジは得意げに剣を構え、一輪車の上でゆらりと体勢を整えた。曲芸師らしく、動きだけは派手だ。火を吹き、剣を回し、車輪を軋ませながら左右へ揺さぶってくる。
だが、戦いはあっけなく終わった。
火を吹こうが、一輪車で走り回ろうがが、そんな曲芸が有効打になるわけもない。
カバジが一輪車で踏み込んできた瞬間、俺はその車輪を足で引っ掛けた。
「なっ――」
体勢が崩れた。
一輪車が横に流れ、カバジの顔がこちらへ落ちてきた。
そこに、サッカーボールキックを叩き込む。
ガッ!!
顔面を蹴り上げられたカバジは、そのまま仰向けに倒れた。白目を剥き、ぴくりとも動かない。
船の上の騒ぎが、また止まった。
「赤っ鼻、降りてこいよ!」
「カバジまでやられたか。やっぱりテメェは、俺様が直々に相手をするしかねぇようだな! こいつらを倒せたらな!」
バギーが船から飛び降りた。
それと同時に、町中に散らばっていた手下たちが、ぞろぞろと港へ集まり始める。さっきまで俺たちを探していた連中だろう。路地から、倉庫の影から、船の上から、次々と海賊たちが湧いてくる。
あっという間に、俺は大勢の手下たちに囲まれた。
「雑魚を何人集めても意味ないぞ!」
「はっ……これだけの人数相手に勝てる気かぁ? 麦わら」
船からもゾロゾロと手下どもが降りてきた。ざっと見ても百人は超えている。港の一角を埋め尽くすような数だ。
バギーはその正面で腕を組み、偉そうに立っている。まるで勝ちを確信しているような顔だった。
「ああ、何度も言うが、雑魚を何人集めても意味ねぇんだよ!」
「ゴムゴムの
伸ばした足が、横薙ぎに走った。
悲鳴が重なり、人の壁がまとめて吹き飛ぶ。港の地面を転がる奴、積み荷の木箱に突っ込む奴、仲間を巻き込んで倒れる奴。今の一撃だけで、三十人以上は弾き飛ばしただろう。
だが、まだ残っている。
俺はその場で跳び上がり、港に集まった手下どもをまとめて視界に入れた。
「ゴムゴムの
無数の拳が降り注ぐ。
バギーは能力でうまく避けたようだが、手下たちはそうはいかない。拳を食らった奴らが次々と地面へ叩きつけられ、港のあちこちへ転がっていく。
数で囲めば勝てる。そう思っていたのかもしれない。
だが、おれにはそんなのは意味がない!
拳の雨が止んだ頃には、港に立っている手下は一人もいなかった。この場所だけ、爆撃でもされたかのような有様になっている。
「あとはお前だけだな」
俺はバギーを見る。
バギーは倒れた部下たちを見回したあと、ゆっくりとこちらを睨んだ。
「俺様の部下たちを……その麦わら帽子も相まって、余計にムカつくぜ」
「麦わら帽子に思い入れでもあるのか? この帽子は赤髪のシャンクスとの誓いの帽子なんだ!」
「シャ……シャ、シャンクスだとぉぉぉ!! 何から何までムカつくことが起きるな、今日は!!」
この反応を見るに、ちゃんと知り合いのようだな。
「シャンクスと知り合いなのか?」
「おうよ。知り合いも何も、俺はあいつと同じ海賊船で見習いをやってた! だが、あいつほど怒りを覚えた男はいねぇ!」
そこから、バギーはシャンクスを恨んでいる理由を色々と喋り始めた。
この辺も、特に原作と変わるようなことはなかった。
海底にある巨万の富を示す宝の地図を手に入れたこと。悪魔の実も手に入れたこと。
その宝と、悪魔の実を売った金で最強の海賊団を作るつもりだったこと。
そして、シャンクスに驚かされたせいで悪魔の実を食べてしまい、カナヅチになったこと。
さらに海に転落して、宝の地図までなくしたこと。
バギーは身振り手振りを交えながら、いかに自分がひどい目に遭ったかを語っている。怒りで顔を赤くし、時々シャンクスの名前を吐き捨てるように叫んでいた。
「そして、俺は悪魔の実を食い! カナヅチになり! 海底に沈む巨万の富を逃した!」
「シャンクスが助けてくれたのか」
という感想しか思い浮かばなかった。
宝の地図を独り占めにするのも、仲間を騙して悪魔の実を盗むのも、海賊だし別にいいと思う。
けど、なんで宝の地図と悪魔の実をバギーは後生大事に手に持ってたんだろう?
バックなり、箱なり、自分の入れ物にでも入れておけばよかったのに。そのせいで悪魔の実を食べ、宝の地図を海に落として、飛び込んで溺れることになったんだから、正直、逆恨みもいいところだ。海賊らしいけど。
「違ーーう! そうじゃない! テメェ、俺様の話を聞いてたのか?」
「いやー、だって完全な自業自得じゃん」
「なぁーんだとぉぉ!! 今この瞬間は、シャンクスよりも派手にムカつく野郎だ! くたばれ、麦わらぁ! バラバラ砲!」
バギーの右手が、肘から先だけ切り離されて飛んできた。
指の間には三本のナイフ。刃が港の光を拾いながら、一直線に俺の顔を狙ってくる。
「よっと」
軽く地面を蹴って躱す。
右手は俺の下を通り過ぎ、そのまま背後へ抜けていった。
そう思った次の瞬間、空中でぐるりと向きを変え、またこっちへ戻ってくる。
「ファンネルかよ」
「空中では避けられんぞ!」
バギーが勝ち誇った声を上げる。
確かに、普通なら空中で身動きは取れない。
「避ける必要も――ねぇぇっ!」
飛んできた右手を、空中で蹴り飛ばす。
ナイフごと弾かれた右手が、港の石畳を削りながら横へ跳ねた。
これで終わり。そう思ったところで、背中に嫌な気配が走った。
「さすがだなぁ! 俺様の部下を倒しただけのことはある。だが、腕はもう一本あるぜ!」
「やべっ……しまった」
振り向いた時には、もう左手が目の前に迫っていた。
こっちもナイフを三本握っていて、刃先は俺の顔面へ一直線。
咄嗟に体を仰け反らせるも、鼻先を冷たいものが掠めた。
ズバッ。
俺の体には届かなかった。だが、頭の上で嫌な音がした。
「あーーーっ! シャンクスとの大事な帽子がっ!」
麦わら帽子のつばに、傷が走っていた。
「ぎゃはははは! ようやくテメェの焦ってる顔が拝めたぜ!」
さっきまでの怒り顔が嘘みたいに、今度は心底楽しそうだった。
「大事な帽子を……よくも傷物にしやがったな!」
「はっ、大事な物なら懐にでもしまっとくんだな!」
かぁーーーっ、ムカつく。ムカつくけど、その通りだ。俺もさっきバギーに「自業自得」なんて言った手前、言い返せない。
そうだね。俺も帽子を傷つけたくないなら、ちゃんとしまっておくべきだったよ!
「赤っ鼻め! 次はこっちから行くぞ!」
地面を蹴って、一気に距離を詰める。
そこから、バギーとの攻防が始まった。正直、バギーの実力とバラバラの実を舐めていた。もっと、簡単に終わると思ってたのに。
「ぎゃははは! どうした麦わら! 俺様には当たらねぇぞ!」
「ちょこまかと、うぜぇ!」
俺の拳は空を切り、バギーのナイフは俺の服を掠める。
決定打にはならない、何度か攻防を繰り返していた。
そして、ふと気づいた。いや、思い出したと言った方が近い。
バギーの体は今、宙を舞っている。腕も胴体も頭も、好き勝手に飛び回っている。
けど、足だけは地面に残っていた。なら――。
「ゴムゴムの
「ぎゃっははは! 馬鹿め! 俺様に攻撃が通じないと、まだわからんのか!」
だが、狙いはバギー本体じゃない。
俺の拳は、地面に置き去りにされたバギーの足へ一直線に伸びた。
ドゴンッ!
「はべっっ!!」
鈍い音と一緒に、バギーの顔が歪む。
足を狙われるとは思っていなかったらしい。
宙に浮いていた胴体が、痛みに引っ張られるように一瞬だけ止まった。追撃!
「ゴムゴムの
「ぶへっっ!!」
踏み込んだ勢いを乗せた拳が、バギーの赤っ鼻にめり込んだ。
さすがにこれは避けられなかったらしい。
バギーの体が港の地面を削りながら吹っ飛んでいく。
「ようやく、会心の一撃が入ったぜ!」
土煙が上がる。
その中から、バギーがゆらりと立ち上がった。
「クソゴムがぁ! 殺す! バラバラフェスティバルッ!」
バギーの体が、足以外すべてバラバラになった。
頭、胴体、腕、手、腰。
それぞれが宙に浮き、俺の周りを囲むように広がっていく。
本命は、両手に握られたナイフだろう。
他のパーツは目くらましと妨害。視界を塞いで、意識を散らして、最後に刃を通すつもりか。芸のないやつめ!
「死ねぇ! クソゴムぅぅ!!」
バギーの体が、一斉に襲いかかってきた。
さっきまでのような嫌らしい軌道じゃなく、頭に血が上っているのか、ただ真正面から突っ込んでくる。
なら、好都合だ。
「全部まとめて……吹っ飛べーー!! ゴムゴムの
拳の雨を叩き込む。
バギーの体は、俺の拳に当たるたびに一つずつ空へ散っていった。
「なっ……なんだとっ!?」
最後に残ったのは、バギーの顔だけだった。
「お……おい、まさかテメェ、この無防備な顔に……」
俺はニカッと笑い、両腕を後ろへ目いっぱい伸ばす。
「じゃあな、バギー! ゴムゴムの――」
「バカ……やめろ、テメェ」
「バズーカー!!!」
伸ばした両手が、バギーの顔面を真正面から捉えた。
「ああああああああ! やな感じーーーーー!」
キラーン⭐︎
どこかで聞いたことのあるセリフを吐きながら、バギーは空の向こうへ飛んでいった。
そして、騒がしかった港に静けさが戻る。