※この作品はR-18です。

海賊王に俺はなる?のか?   作:ずんだニャン

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14話 エピソード・オブ・ナミ 1

 

 東の海(イーストブルー)海域にて

 

「じゃあね、ルフィ」

 

 麦わら帽子を被った男にそれだけ告げて、ナミは船を出した。

 帆が夜風をはらみ、小さな船体が黒い海を滑っていく。オレンジの町の灯りは振り返るたびに小さくなり、やがて星の光へ紛れて、どこまでが町で、どこからが夜空なのかわからなくなった。

 

 しばらく黙って海を読んでいた。潮の流れ、風の向き、波の立ち方。どれもナミにとっては慣れ親しんだものだった。

 海の上だけは、自分の思い通りに進める気がする。陸の上では何もかも奪われてばかりだったのに、船に乗っている時だけは、まだ自分の足で立っていると思えた。

 

「それにしても……今日は、ほんっと疲れたー」

 

 船べりにもたれ、固まった背中を伸ばす。両腕を上げると、肩から腰にかけて鈍い痛みが走った。

 走って、逃げて、騙して、失敗して、最後には、わけのわからない男に助けられた。たった一日しか経っていないはずなのに、何日も海賊船へ潜り込んでいたあとのような疲れが残っている。

 

「バギー海賊団からお宝を奪うだけのはずだったのに。なんでこんな、濃い一日になるのよ」

 

 本来なら、簡単な仕事で終わるはずだった。バギーの海賊船へ忍び込み、金目の物だけを盗み出して、見つかる前に海へ消える。

 ところが、シェルズタウンで盗んだ偉大なる航路(グランドライン)の海図をナミが奪ったという、とんでもない言いがかりをつけられ、計画は最初から狂った。

 バギーの手下たちを撒きながら町を駆け回っている最中、シェルズタウンで見かけた麦わら帽子の男と再会した。

 

 ルフィだ。

 

 ナミはすぐに利用することを思いついた。ルフィを主犯に仕立て、バギーへの手土産にする。うまく取り入れば、宝にも近づける。

 アーロンに渡す金を一ベリーでも早く集めるためなら、使えるものは何でも使う。それがナミのやり方だったし、そうしなければ十年も生き残れなかった。

 

 だが、その目論見もすぐに崩れた。しかも最悪なことに、アーロン一味の刺青まで見られてしまった。

 下手をすれば、アーロン一味とバギー一味の争いが、ココヤシ村にまで飛び火するところだった。ナミが必死に守ってきた村が、自分のせいで戦場になる。そんな未来が、ほんの一瞬だけ現実になりかけた。

 

 その最悪を、ルフィが力ずくで遠ざけた。

 バギーの手下も、大きなライオンも、猛獣使いも、一輪車に乗った曲芸師も、最後には船長のバギーまで、たった一人で倒してしまった。

 町を覆っていた恐怖はルフィの拳に吹き飛ばされ、人々は再び、自分たちの家へ戻れるようになった。

 

「……ほんと、変なやつ」

 

 星明かりに照らされた海は穏やかで、あの町で起きた騒ぎが嘘のようだった。けれど、甲板の隅に置いたお金の袋だけが、今日という日が現実だったことを教えている。

 

「でも、一億ベリーは貯まったし。結果オーライよね」

 

 そう言い聞かせたはずなのに、ナミの意識はまたルフィへ戻ってしまった。

 自分で海賊だと名乗っているくせに、あの男がしていたのは人助けばかりだ。船もなければ旗もない。仲間もいない。宝を奪うわけでも、町を支配するわけでもない。

 あれでは海賊というより、気まぐれに現れて悪党を殴り飛ばしていく、正体不明の賞金稼ぎみたいだった。

 

「なんで海賊なんかやってるのかしら」

 

 “海賊”

 

 その言葉を思い浮かべただけで、胸の奥が硬くなる。

 ナミは海賊が嫌いだった。

 あの連中は奪う。人の暮らしも、思い出も、命も、自分たちの欲を満たすための道具のように踏み荒らす。

 故郷の島はアーロン一味に奪われた。自由も、人として生きる権利も、あの日からすべて、あいつらの機嫌ひとつでどうにでもなるものへ変えられた。

 

 これまでナミが宝を盗んできた海賊の中には、ひとつなぎの大秘宝(ワンピース)を目指している者もいた。自分たちはただの略奪者ではない。冒険をしているのだ、夢を追っているのだと、聞こえのいい言葉で自分たちを飾っていた。

 

 それでも、奪われた側にとって、海賊の夢なんて知ったことではない。

 どれほど立派な目的を掲げようと、誰かの家を焼き、誰かの家族を泣かせるのなら、結局は同じだ。

 それが、ナミの知る海賊だった。

 

 それなのに、ルフィだけは違った。

 シェルズタウンでは、海軍大佐の肩書きを笠に着て町を支配していた斧手のモーガンを倒し、オレンジの町では、自分に何の得もないのにバギーと戦った。

 誰かに感謝されても、恩を売るような顔はしなかった。自分がそうしたかったからそうしただけだと、本気で思っているようだった。

 

 変な男だ。

 あまりにも変で、腹が立つほどまっすぐだった。

 

 ナミの事情を知りもしないのに心配してきて、何度突き放してもついてこようとした。アーロンがどれほど危険な相手かも知らないくせに、故郷を救うと迷いなく言い切った。

 

 普通なら笑い飛ばす。そんな都合のいい話があるわけがないと、すぐに切り捨てられる。

 けれど、ルフィの声を思い出すと、あの言葉だけは嘘ではなかったと思えてしまう。

 

 別の出会い方をしていたら、どうなっていたのだろう。

 そんな考えが、波間から浮かぶ泡のように、ふいに胸の中へ上がってきた。

 もし、ナミがアーロン一味の刺青を背負っていなかったら。

 ただの海賊専門の泥棒として、ただの航海士として、あの男と出会っていたら。

 もし、あの手を取っていたら。

 ルフィについていけば、世界中の海を見られたかもしれない。

 幼い頃から夢見ていた、世界中の海図を描くという夢。アーロンに奪われ、金と引き換えに取り戻すしかなくなったその夢を、ルフィとなら叶えられたかもしれない。

 ナミが手を差し出せば、あの男は何も疑わずに握り返し、「じゃあ行こう」と言ったのかもしれない。

 その光景を思い描いた瞬間、ナミは胸に入り込んできた考えを振り払った。

 

「違う違う。あいつは海賊よ」

 

 声に出して否定しなければ、芽生えかけた何かが消えてくれそうになかった。

 ルフィは海賊だ。どれだけ他の連中と違って見えても、本人がそう名乗っている。

 海賊を信じてはいけない。誰かに頼ってはいけない。期待した分だけ、失った時の傷は深くなる。

 

 それでも、ひとつだけ、どうしても消えない考えがあった。

 ルフィなら、アーロンに勝てるかもしれない。

 モーガンを倒し、バギーにも勝った。もしかしたら、十年間、ナミの前に立ちはだかり続けたアーロンを、倒せるのかもしれない。

 けれど、それと同じくらい、ルフィが死ぬ姿も鮮明に想像できた。

 

 アーロンを倒そうとした者は、これまでにもいた。海賊も、賞金稼ぎも、海軍も来た。

 だが、誰一人としてアーロンには届かなかった。

 船は沈められ、命乞いの声は魚人たちの笑い声にかき消された。捕まった者は宴の余興にされ、射的や投げナイフの的にされた。奴隷として、どこかへ売られていった者までいる。

 

 アーロンたちは、人間を人間として見ていない。

 魚人こそが上で、人間は下。支配する者と、支配される者。その考えを疑いもせず、笑いながら押しつけてくる。

 ナミは、その笑い声を十年間聞いてきた。あの腕力を、あの牙を、逆らった者がどうなるのかを見続けてきた。

 

 ルフィがどれほど強くても、アーロンの前へ立たせた瞬間、同じように壊されるかもしれない。

 そう考えた途端、胸の中で膨らみかけた希望は、形になる前に押し潰された。

 もう、誰かが死ぬところを見たくなかった。

 ベルメールのように、自分の目の前で大切な人を失うのは、もう二度と嫌だった。

 

「……考えても仕方ないわ」

 

 ようやくここまで来たのだ。

 盗んで、騙して、逃げて、何度も危ない橋を渡り、それでも金を集めた。これをアーロンに渡せば、村は買い戻せる。

 ノジコも、村のみんなも、もうあいつらに怯えなくて済む。ナミが十年間を捨てずに耐えてきた意味も、すべて報われる。

 

 そこにルフィはいらない。

 誰も巻き込まなくていい。誰かに期待する必要もない。

 ナミ一人で始めたことなら、ナミ一人で終わらせればいい。

 

「一億ベリーをアーロンに渡して、終わり。そうよ。簡単なことじゃない」

 

 言葉にするたび、それが揺るがない事実へ変わっていくような気がした。

 夜の海は暗い。けれど、進むべき方角だけはわかっている。ナミは舵を握り直し、星の位置と風の匂いを確かめた。

 一分一秒でも早く、ココヤシ村へ帰るために。

 

「待っててね、みんな。もうすぐだから!!」

 

 その先に待つものを、希望と呼んでいいのかはわからなかった。

 それでもナミは、船を進めた。

 

 

 

 

——♢♢♢——

 

 

 

 

 東の海(イーストブルー)、コノミ諸島。

 

 オレンジの町を出てから三日目の朝、ナミの船はようやくコノミ諸島へ辿り着いた。

 懐かしい島影が、朝靄の向こうに浮かび上がる。

 十年間、どれほど遠くの海へ出ても、必ずここへ帰ってきた。見慣れた海岸線を目にすれば、張り詰めていたものも少しくらい緩むと思っていた。

 だが、真っ先にナミの目へ飛び込んできたのは、懐かしい故郷の景色ではなかった。

 

「なによ……あれ。なんでゴサの町が壊されてるの?」

 

 海岸沿いに築かれていた町は、ナミの記憶からすっかり姿を変えていた。

 家々は土台から引き剥がされ、まるごと裏返されている。屋根や壁は押し潰され、折れた柱や家具が道を塞いでいた。火の手こそ見えないものの、崩れた建物のあちこちから白い煙が立ち昇っている。

 瓦礫の間には、動かない人影まであった。

 背中の内側が一気に冷え、ナミは慌てて隣の村へ視線を走らせた。海岸から見える範囲を隅々まで確かめ、見慣れた家並みが残っているのを見つけて、ようやく肺に詰め込んでいた息を吐き出す。

 

「ココヤシ村は……大丈夫みたいね」

 

 ゴサの町とココヤシ村は、同じ島にある隣町だ。一方だけがここまで徹底的に壊されているのなら、事故でも災害でもない。

 見せしめだ。

 何があったのかはわからない。けれど、アーロンが関わっていることだけは間違いなかった。

 

「アーロンパークに行かなきゃ」

 

 ナミは帆を操り、船をアーロンパーク近くの海岸へ寄せた。砂浜へ飛び降り、三日ぶりとなる地面を踏む。

 普段なら、揺れない大地に安堵するところだったが、今はそんな余裕もない。荷物を抱え、東側の門へ急いだ。

 

 門をくぐると、ハチが海兵たちをタコ壺へ乗せ、どこかへ送ろうとしていた。

 先頭にいる男には見覚えがある。

 確か、ネズミという名の海軍大佐だ。

 アーロンから金を受け取り、この島で起きていることを握り潰している男。この島へまともな海兵が来ないのも、助けを求める声が海軍本部や支部まで届かないのも、あの男が裏で手を回しているからだった。

 胸の底から湧き上がった怒りを、ナミは奥歯で噛み潰す。

 ここで睨みつけても何も変わらない。最後の最後で、余計な騒ぎを起こすわけにはいかなかった。

 

 平常心。

 いつも通りに笑い、いつも通りに振る舞えばいい。

 

「おお! 帰ったか、ナミ。長旅ご苦労だったな……」

 

 広場の奥から、よく通る声が響いた。

 巨大な建物を背にして、玉座のような椅子へふんぞり返っている。長く尖った鼻と、鋸の刃を思わせる歯。並の人間など片腕だけで握り潰せそうな巨体を持つ、ノコギリザメの魚人アーロン。

 その傍らには、エイの魚人クロオビと、キスの魚人チュウが控えている。

 ナミは胸の内を悟られないよう、荷物を抱え直した。

 

「相変わらず不用心ね、この屋敷は。門番くらい置いたらどうなの?」

 

「フン……この俺に喧嘩を売る度胸のある人間なんざ、この島にはいねぇからな!」

 

 アーロンは鋭い歯を剥き出しにして笑うと、ナミの抱えている鞄へ目を向けた。

 

「それで、今回の収穫はどうだった?」

 

「上々よ。稼ぎまくったわ」

 

 ナミは鞄を持ち上げ、わざと中身が鳴るよう手のひらで叩いた。

 

「簡単に騙されてくれるカモが多くてね。ほら、この通り」

 

「シャハハハハハハハ! さすがはナミだ。裏切りはテメェの十八番だからな!」

 

「そうだったかしら?」

 

 ナミは涼しい顔で受け流した。

 

「おう、同胞たちよ! 仲間が帰ったぞ! 宴の準備だ!」

 

「「(ウオ)オオオオオ~~~ッ!!」」

 

 アーロンの声に応えるように、池や建物の陰から魚人たちが一斉に姿を現した。

 

「ナミだ!」

「ナミが帰ってきたぞ!」

 

 あちこちから声をかけられ、背中や肩を乱暴に叩かれる。ナミは顔をしかめながらも、追い払うことはしなかった。

 

 

 ♢♢♢

 

 

 陽が海へ沈み、辺りがすっかり夜に包まれても、アーロンパークの騒ぎは収まらなかった。

 魚人たちは樽から酒を注ぎ、山のように積まれた料理を奪い合っている。広場に置かれた蓄音機からは軽快な音楽が流れ、酔いの回った笑い声が絶え間なく響いていた。

 

 宴の一角では、ナミを含めた四人が、酒瓶や食べ残しを端へ押しやったテーブルを囲んでいる。その中央には、銀貨や紙幣が山のように積まれていた。

 

「賭けないなら、さっさと勝負から降りてくれる?」

 

 ナミが指先で自分の手札を揃えながら言うと、向かいに座った魚人が苛立たしげに睨んできた。

 

「黙ってろ! 今、考えてるところだ!」

 

 魚人は何度も自分の札と場の札を見比べている。大した計算をしているようには見えないが、たっぷり時間だけは使っていた。

 

 ナミは頬杖をつき、わざと退屈そうに尋ねる。

 

「まさか、五より大きい数字を数えられないの?」

 

 周囲で勝負を見物していた魚人たちが、一斉に噴き出した。

 

「ギャハハハハハ! 言われてるぞ!」

「ナミの言う通りだ! さっさとしろよ!」

 

「うるせぇ!」

 

 嘲笑に押されるように、魚人は残っていた金を乱暴にテーブルへ叩きつけた。

 

「オールインだ!」

 

 ナミの目がわずかに細くなる。

 待っていたのは、それだった。

 

「じゃあ、こっちもオールイン」

 

 自分の前にあった金をすべて押し出すと、魚人は勝利を確信したように手札をテーブルへ放った。

 

「ストレート! テン・ハイだ! ハッハハハハ! 残念だったな、ナミ!」

 

 勝ち誇る魚人の前へ、ナミは無言で手札を並べた。

 

「ストレートフラッシュ」

 

 魚人の笑い声が途切れる。

 周囲から歓声と野次が上がるなか、ナミは得意げに顎を上げた。

 

「私の勝ちね」

 

 テーブルの金を自分の方へ集めようとした瞬間、伸ばした手首を魚人に掴まれた。

 

「この泥棒猫め! どうせイカサマしたんだろうが!」

 

 酒臭い息を吐きながら、魚人がナミを睨みつける。

 ナミは怯まず、その目を正面から睨み返した。

 

「ここじゃ、お金のことで嘘をつくのは御法度でしょ。負けたからって、変な言いがかりはやめてくれる?」

 

「最初から見てたが、イカサマなんてなかったぞ」

 

 見物していた魚人から声が飛ぶと、掴んでいた手の力がわずかに緩んだ。

 

「チッ……クソが!」

 

 魚人は乱暴にナミの手を放した。

 ナミは何事もなかったように金を集め、鞄へ詰めていく。最後の紙幣までしまい終えると、そのまま椅子から立ち上がった。

 

「さてと。アーロンと話をつけなきゃ」

 

 広場の奥では、アーロンが三人の幹部と酒を飲んでいた。巨大な樽を囲み、クロオビとチュウは上機嫌に杯を空け、遅れて宴へ戻ってきたハチも、料理を頬張りながらそこへ加わっている。

 ナミは騒ぐ魚人たちの間を抜け、その前まで歩いていった。

 

「アーロン、話があるの」

 

「おお、ナミ。飲んでるか?」

 

「ええ。それより、ココヤシ村について話があるわ」

 

 アーロンは手にしていた杯を傾け、面倒そうに片目を細めた。

 

「今は宴の最中だ。あんなちんけな村の話なんざ、明日にしようぜ。それにココヤシ村はなくなりゃしねぇよ。金さえ払い続けている限りはな!」

 

「シャハハハハハハハ!」

「クハハハハハハハ!」

「ギャハハハハハハ!」

「ニュー……」

 

 アーロン、クロオビ、チュウの笑い声が重なった。

 ハチだけは周りに合わせきれず、曖昧な声を漏らしただけだった。

 他人事だと思って、好き勝手に笑って……!

 だが、怒りを顔へ出すわけにはいかない。拳を握り込む代わりに、鞄の取っ手へ指を食い込ませた。

 

「それで、話ってのはなんだ?」

 

 アーロンが酒を飲み干し、空になった杯を傍らへ置いた。

 

「例の取引のことよ」

 

「チュッ? アーロンさん、ナミの奴と何か取引なんかしてたんですか?」

 

 チュウがわざとらしく首を傾ける。

 アーロンも芝居がかった顔で顎を撫でた。

 

「ああ? 取引……何の話だったか?」

 

「とぼけないで!」

 

 思わず声が強くなる。

 

「一億ベリーでココヤシ村を解放する。そういう取引をしたでしょう!」

 

「おい、ナミ!」

 

 クロオビが席を立ち、ナミを威圧するように睨み下ろした。

 

「誰に向かって、そんな口を利いている。下等な人間が調子に乗るなよ」

 

 酔っているのか、それとも最初からナミを苛立たせるつもりなのか。アーロンとチュウの悪ふざけに、押し殺していた感情が一瞬だけ噴き出した。

 

「おい、落ち着け、クロオビ」

 

 アーロンは片手を上げてクロオビを制し、椅子の背へ体を預けた。

 

「そんな話を持ち出すってことは……まさか、一億ベリーを用意できたのか?」

 

「ええ」

 

 ナミは真っ直ぐにアーロンを見た。

 

「用意できたわ。一億ベリー」

 

 海賊船へ潜り込み、何度も刃を突きつけられた。騙し、盗み、逃げ続けた。憎まれようが、裏切り者と呼ばれようが構わなかった。

 すべて、この日のためだった。

 

「ニュー! すごいな、ナミ! 一億ベリーなんて、よく貯めたな!」

 

 ハチが素直に目を丸くする。

 幹部の中でも、ハチだけは最近どこか違っていた。

 ナミはハチに返事をせず、アーロンから目を離さなかった。

 

「それで、金の上での約束は守ってくれるのよね?」

 

 辺りでは、今も魚人たちが騒いでいる。音楽も、酒樽を叩く音も、笑い声も止んではいない。

 それなのに、ナミの耳には自分の鼓動だけが大きく響いていた。

 アーロンは椅子へ座ったまま、しばらくナミを見上げていた。やがて鋸のような歯を覗かせ、口を大きく開く。

 

「もちろんだ。金は何よりも信頼できるからな」

 

 ナミの指に、さらに力が入った。

 

「明日の昼に一億ベリー、耳を揃えてここへ持ってこい。そうすれば取引は終了だ。ココヤシ村も、ナミも解放してやる。今後は一切、村から奉貢(ほうぐ)を取り立てねぇ」

 

 一瞬、その言葉の意味を受け止めきれなかった。

 終わる。

 十年間続いたものが、明日で本当に終わる。

 ノジコも、ゲンさんも、村のみんなも、もう金を払わなくて済む。アーロンの機嫌に怯えながら、自分たちの命を買い続けなくてもよくなる。

 ナミは胸の内から込み上げてくるものを押し戻し、声が震えないよう静かに答えた。

 

「……わかった。明日の昼に持ってくるわ」

 

「ああ。それで取引は終了だ!」

 

 アーロンは新しい酒を杯へ注ぎ、何事もなかったかのように笑った。

 

「そんな話はもういい。ナミ、もっと飲んでいけ!」

 

「遠慮しとく。三日間ずっと船の上だったから、もう疲れたわ」

 

 ナミはそれだけ言い残し、背を向けた。

 騒がしい宴を抜け、アーロンパークの奥へ向かう。幼い頃から海図を描かされ続けてきた測量室――そして、この場所でナミに与えられた自室へ。

 明日、一億ベリーを渡せば終わる。

 何度も胸の中で繰り返しながら、ナミはその部屋へ向かった。




読んでいただきありがとうございます♪

アーロンやそのほか手下の魚人たちの残虐性を高めてます。
アーロン推しの方いたらごめんなさい。
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