※この作品はR-18です。

海賊王に俺はなる?のか?   作:ずんだニャン

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なんとか第7話も書けました。

大海賊時代の理不尽なシーンを描いてみました


東の海編
7話 かわいい子には旅をさせよ


 

 東の海《イーストブルー》海域――

 

 クー、クー、クー。

 頭上では、カモメの群れに混じってウーバー・クーが気持ちよさそうに飛んでいた。

 白い羽の群れの中に、一羽だけ黒い毛並み。嫌でも目立つ。本人はまったく気にしてなさそうだけど。

 

 それにしても――

 

「あー、いい天気だなぁ。なんて船出にぴったりな天気だろうか」

 

 どこまでも青い空に、きらきらと光る海。

 頬を撫でる潮風も心地よく、実に最高の船出日和だ。

 

 そんな大海原を、小さなボートで無謀にも旅をする少年がいる。モンキー・D・ルフィ。

 現在は海賊団を作るための“仲間集め”の真っ最中――のはずだった。

 ……はずだったのだが。

 

「う〜みは広い〜な、おおきい〜な〜♪」

 

 俺は今、前世の民謡なんか歌っていた。

 なぜかって?現実逃避である!そう絶賛、現実逃避中だ。

 人はなぜ、出発してから致命的な忘れ物に気づくのだろうか。

 ドクターベガパンクよ、この謎を解明してくれ!

 

 さて、俺はこの10年色んなことをやってきた。

 体を鍛え、戦い方も磨いた。家事だってマキノに徹底的に叩き込まれて、しっかりとできるようになった。

 ついでに大人の階段も登りまくった。……まあ最後のは航海に関係ないけど。

 

 とにかくだ。

 航海に必要そうなことは、だいたい準備したつもりだった。

 ――肝心なことを除いて。

 

「航海術……何も勉強してねぇ……」

 

 ぽつりと呟いた声が、やけに広い海に吸い込まれていく。

 いや待て待て待て。

 冷静に考えてみろ。いや冷静に考えなくてもおかしい。

 なぜ気づかなかった、過去の俺よ!

 

 地図がない。方位磁石もない。

 海流も風向きもわからない。

 そもそも今、自分がどっちへ向かってるのかすら怪しい。

 

「おいーーっ!一番大事なやつじゃねぇかよ!!」

 

 思わず頭を抱えた。

「おいーーっ!」、じゃねぇーんだよ本当に。心の中でツッコんでる場合じゃない。

 いや、ツッコまないとやってられないけど。

 

 とりあえずフーシャ村を出発してからは、なんとなく真っすぐ進んでいた。

 けど真っすぐって何だ?海に目印なんてないぞ?

 右も左も青、前も後ろも青。どう見ても詰んでる。

 

 ……そういえば、誰かが言ってた気がする。

「迷ったら右へ行け」、と。

 

「うん、よし! 右だ! 右に行くぞ!」

 

 俺は勢いよくオールを漕ぎ、進路をぐいっと変更した。

 こうして俺の運命は、“なんとなく右”に託された。

 もちろん、右に進んだからといって島が見えるわけじゃない。

 見渡す限り海、海、海。どこまで行っても水平線しかない。

 

 いやね、方法がないわけじゃないんだ。

 月歩で空を進むって手もある。島がどこにあるの分かればそこまで飛んでいけるくらい余裕だし。

 けど、そんなのロマンがないだろ。

 せっかくの初航海だぞ!ボートで海に出たのに、途中から空を走るのはなんか違うじゃん。

 てか、そもそも地図を見たことがない以上、空を走ったところで結局どっちへ行けばいいのかは分からない。

 おまけに、こんな最弱の海で月歩なんか使って移動してるところを海軍に見つかったら、無駄に面倒なことになるに違いない。

 うーん。やっぱりナシだな。

 

 ボートは、ゆーら、ゆーらと波に揺られながら進んでいく。

 のんびりしたものである。

 ……いや、のんびりしてる場合じゃないな。

 

「まーしかし、あれだな……」

 

 目の前の光景を見て、俺は乾いた笑いを漏らした。

 ハハハハ

 

「遭難したな、これ」

 

 しかもただの遭難じゃない。

 進行方向の先には、ものすごくでっかい渦があった。

 

 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……!!

 

 海そのものが唸ってるみたいな凄まじい音を立てながら、巨大な渦が海面を呑み込んでいる。

 しかも、逃げようにもボートはその流れに捕まっていて、じわじわと中心へ引き寄せられていく。

 

「あちゃー……」

 

 俺は頭をかいた。

 

「こんな大渦に飲み込まれるとはな。やらかした」

 

 自分でもびっくりするくらい、出航初日から順調にやらかしている。

 普通、もうちょっとこう、旅立ちの余韻とかあるだろ。

 何で俺の初航海、いきなり大渦サバイバルになってるんだよ。

 けど、まあ。

 

「……飲まれちまったもんは、しょうがねぇか」

 

 泣き言を言っても海は待ってくれない。

 渦の中心に呑まれる前に、さっさと手を打つしかない。

 俺はボートに積んでいた空の樽のふたを開けた。

 中を覗き込む。

 

「うーん……ここに入るしかないな」

 

 大きめの樽を積んできたけど、このままじゃ少し窮屈そうだ。

 でも、そんな時のために俺には便利な技を編み出した!

 

「ゴムゴムの小人《ミニマム》」

 

 ぎゅっ、と全身を内側へ縮める。

 骨も筋肉も、ゴムみたいにぐっと圧縮されて、みるみる体が小さくなっていった。

 だいたい7歳くらいの頃の体格に。よし、これならゆとりを持って入れるな。

 

 原作のルフィは、膨らんだり巨大化したりしていたから、逆に小さく縮めることもできるんじゃないか?そう思って試してみたら、なんとできた!

 やっぱりゴムって便利だ。

 ほんと、発想次第でどうとでもなる。

 

 樽の中は、意外とゆとりがあるな。

 俺が樽の中に収まった、ちょうどその時だった。

 ボートが渦の中心へ到達し――

 

 ドボォンッ!!

 

 完全に呑み込まれた。

 一瞬、世界がひっくり返るみたいな感覚。

 ぐるんぐるんと視界が回り、樽ごと激しく揺さぶられる。

 けど、その衝撃もやがて少しずつ収まっていった。

 

「……よし。緊急回避成功」

 

 樽の中でゆったりしながら、俺は一人うなずいた。

 

「うん、あとは自然に任せよう。なるようになるさ」

 

 考えすぎてもしょうがない。

 だいたい、旅なんて始まったばっかりだしな。こんなもんだろ、きっと。知らんけど。

 

 それに最近は、旅の準備やら何やらでずっとバタバタしていた。

 マキノと会う時間も多かったし、なんやかんやで寝不足気味だったのも事実である。

 

「ふぁーあ……眠ぃ」

 

 樽の中は狭いけど、意外と落ち着く。

 ゆらゆら揺れてるせいか、変にまぶたが重くなってきた。

 

「おやすみ、イーストブルー」

 

 そう呟いて、俺はそのまま樽の中で目を閉じた。

 小さな樽は、広い広い海の上を、どこへ向かうともなく流れていく。そして樽の中で、のんきに寝息を立て始めるのだった。

 

――♢――

 

 東の海《イーストブルー》――とある海域。

 

 豪華客船レディ・メリィ号は、穏やかな海の上を優雅に進んでいた。

 

 船内は豪華絢爛そのものだった。

 天井からはきらびやかなシャンデリアが吊るされ、磨き上げられた床には柔らかな灯りが映り込んでいる。広々としたホールでは、着飾った紳士淑女たちが思い思いの時間を楽しんでいた。

 

 ある者はテーブルを囲み、上品な料理に舌鼓を打つ。

 ある者はグラスを片手に、優雅に酒を傾けながら談笑する。

 生演奏を奏でる楽団の音楽に合わせて、男女が手を取り合い、ゆったりとステップを踏んで踊っていた。

 

 笑い声と音楽が絶えない、実に華やかな空間。

 今日もまた、たくさんの笑顔を乗せて、レディ・メリィ号は平和な航海を続けていた。

 

 だが、海には常に危険がつきまとう。

 なぜなら今は、“大海賊時代”なのだから。

 そして平和な時間は唐突に終わりを迎えるものだ。

 

 遠くの岩陰から、一隻の海賊船が姿を現した。

 マストの上で周囲を警戒していた見張りの船員が、いち早くそれに気づく。

 

「三時の方向に海賊船だ!」

 

 大声で叫び、下にいる船員たちへ知らせたがすでに遅かった。

 

 ドゥンッ!!

 ドバァァンッ!!

 

 腹の底に響くような轟音が鳴り響いたかと思った次の瞬間、船体全体が大きく揺れた。

 

「きゃあっ!?」

「な、何事だ!?」

「うわっ!」

 

 乗客たちは悲鳴を上げ、立っていた者は体勢を崩し、グラスや皿が床に落ちて砕け散る。

 一瞬にして、さっきまで優雅だった空間は混乱と恐怖に塗り潰された。

 さらに続けざまに、

 

 ドンッ!!

 ドゴォンッ!!

 

 何発もの砲撃音が響く。

 幸い、砲弾そのものは船体に直撃していない。

 だが、すぐ近くの海面に着弾するたびに衝撃波が船を揺らし、乗客たちの不安を容赦なく煽っていく。

 

 この船は狙われている。

 乗客も、乗務員も、誰もがそう理解した。

 パニックに陥る人々を前に、レディ・メリィ号の船長が必死に声を張り上げる。

 

「みなさん、どうか落ち着いてください!安心してください!」

 

 だが、その言葉も悲鳴とざわめきの中にかき消されていく。

 そんな中、見張りをしていた船員が顔面蒼白のままホールへ駆け込んできた。

 

「船長!大変です、海賊です!海賊船が砲撃をしてきてます!」

 

 その報告に、場の空気がさらに凍りつく。

 

「海賊だと……!?」

「まさか……!」

「いやあああっ!!」

 

「相手は賞金首の海賊か?この船で逃げ切れそうか?」

 

 船長は険しい顔で船員に尋ねた。

 船員は息を切らしながら、震える声で続けた。

 

「海賊旗からしておそらく……金棒のアルビダです!!」

 

 その名が告げられた瞬間、乗客たちの恐怖は決定的なものになった。

 

「殺される……!」

「誰か助けて!」

「海軍に連絡を!」

「嫌だ、死にたくない!」

 

 阿鼻叫喚だ、もはや収拾などつくはずもなかった。

 船長は額に汗を浮かべながらも、再び声を張る。

 

「み、みなさん! 慌てないでください! 落ち着いて聞いてください! この船には万が一に備えて用心棒を雇っています! ですから、どうか冷静に――」

 

 その言葉を聞き、乗客たちはわずかに理性を取り戻し始める。

 

「用心棒が……?」

「そ、それなら……」

「助かるのか……?」

 

 だが船長自身は、まったく安心などしていなかった。

 

《しかし、どうなってるんだ。事前の調査でも、今朝の報告でも、この近海に海賊はいないはずだった。なのに、なぜアルビダ海賊団が……!?》

 

 嫌な汗が背中を伝う。

 胸の奥で、不安だけが膨らんでいく。

 

 一方その頃――

 

 Miss ラブ・ダック号、船上。

 

「撃てぇぇぇぇ!!」

 

 怒号を響かせたのは、アルビダ海賊団船長、“金棒のアルビダ”本人だった。

 巨大な体躯を揺らしながら仁王立ちし、その顔には獲物を前にした獰猛な笑みが浮かんでいる。

 船長の号令に従い、海賊たちは大砲を次々にぶっ放した。

 

 ドンッ!

 ドゴォォンッ!!

 

 砲弾の一発がレディ・メリィ号のマストに直撃する。

 木材が砕ける鈍い音とともに、太い帆柱が悲鳴を上げるように軋み――そのままへし折れた。

 豪華客船は大きく揺れ、ついに航行不能となってその場に止まる。

 

「アルビダ様ァ!客船が止まりやした!」

「情報通りに船が来ましたねぇ!」

 

 海賊達が興奮気味に叫ぶと、アルビダは満足そうに口元を歪めた。

 

「おうよ。よーし、お前たち!船を近づけな。接舷の用意だ!乗り込むよ!」

 

「おおおおおっ!!」

 

 海賊たちは鬨の声を上げ、一気に士気を高める。

 やがてMiss ラブ・ダック号は客船の右舷へぴたりと横付けされ、何本ものフックが投げ込まれた。

 

 ガキンッ、ガシャンッ!

 

 鉤爪が船縁に食い込み、両船が強引に繋がれる。

 

「野郎ども!女海賊、金棒のアルビダの恐ろしさを見せておやり!」

 

「おおーっ!!」

 

 アルビダの号令と共に、海賊たちが一斉に客船へ雪崩れ込んでいった。怒号。足音。悲鳴。

 さっきまでの優雅な世界を土足で踏み潰すように、海賊たちは客船を蹂躙していく。

 そしてアルビダもまた、堂々と客船へ乗り込むと、子分たちへ鋭く命じた。

 

「金、宝石、食料、酒!奪えるもんはなんでも奪いな!ただし、カタギは殺すんじゃないよ。無駄に海軍に目ぇ付けられると面倒だからねぇ!」

 

「へいっ!!」

 

 海賊たちが散っていく中、その中に一人だけ、明らかに場違いな少年がいた。

 おどおどと落ち着きなく視線を彷徨わせ、肩を丸めて小さくなっている。

 海賊らしい荒々しさなど微塵もない、気の弱そうな少年だった。

 

「コビィィィー!! そんなとこで何をしてるんだい!!」

 

 アルビダの怒号が飛ぶ。

 

「ひっ……!」

 

 コビーと呼ばれた少年は、肩を跳ねさせてびくりと震えた。

 

「ぼ、ぼく……こういうの、苦手で……」

 

 消え入りそうな声でそう答えた瞬間、アルビダの目が吊り上がる。

 

「あぁ〜? あたしに口答えしようってのかい?」

 

「ひぃっ!」

 

 アルビダはずいっと身を乗り出し、コビーを威圧するように詰め寄った。

 

「お前には人一倍、海の知識がある。だから今まで生かしておいてやってるんだよ。それ以外、能のないクズのくせに……歯向かうつもりかい?」

 

「ひぃ……ひぃぃぃ……! も、申し訳ありません、アルビダ様! 決してそんなつもりじゃ……! どうか、どうか金棒の刑だけはぁ……!」

 

 コビーは半泣きで頭を下げ、情けない声で必死に命乞いする。

 そんな姿を見ても、アルビダの機嫌はまったく良くならない。

 

「それが嫌なら宝石でも食料でも何でもいいから、さっさと奪ってきなぁ!!」

 

「は、はいぃぃぃ!!」

 

 情けない返事を上げながら、コビーは怯えた足取りで船内の奥へ向かい、奪えそうな物資を探し始めた。

 

 他の海賊たちは、客船のあちこちで好き放題に暴れ回ったり、ホールでは乗客たちに刃物をちらつかせて金品を巻き上げる者がいたり、船内を駆け回って、食料や酒を漁る者もいる。

 用心棒や抵抗する船員と鉢合わせれば、その場で容赦なく斬りかかり、殴りつけ、ねじ伏せていく。

 

 さっきまで音楽と笑い声に包まれていた豪華客船は、今や悲鳴と怒号が飛び交う地獄に変わっていた。

 そうして小一時間も経つ頃には、奪った物資の積み込みはほとんど終わっていた。

 金も宝石も、食料も酒も、まとめてMiss ラブ・ダック号へ運び込まれている。

 

 客船の甲板には、手足を縛られた者たちが並べられている。

 客船の船長と、用心棒として雇われていた賞金稼ぎたちだ。

 

 もっとも、全員がそこにいるわけじゃない。

 10人いた賞金稼ぎのうち、半分は抵抗した時点ですでに海賊たちに叩きのめされ、そのまま動かなくなっていた。

 

「アルビダ様、抵抗してきた連中は生け捕りにしときやした」

「どうやらこいつら、賞金稼ぎだったみたいですぜ」

 

 報告を受けたアルビダは、縛られた連中を見下ろした。

 その目には、警戒というより面白い玩具を見つけた時みたいな色が浮かんでいる。

 

「こ……殺さないでくれ……」

「わ、我々をどうするつもりだ……!」

 

 顔を引きつらせて命乞いする船長たちを見て、アルビダは笑った。

 

「腕の立つ乗客がいると思ったら、まさか賞金稼ぎだったとはねぇ。けど、その反応を見る限り、計画がバレたってわけじゃなさそうだね」

 

「なに……?」

 

 船長が顔を上げる。

 アルビダの後ろで、海賊の一人が下卑た笑いを漏らした。

 

「へへっ、計画通りってやつですね、アルビダ様。おまけにこっちの損害はゼロですぜ」

 

「賞金稼ぎごときが、あたしらに勝てるわけないんだよ。大人しくしてりゃ良かったものを」

 

 そう吐き捨てたアルビダに向かって、船長が声を荒げた。

 

「待て……!計画とはなんだ!?そもそも事前の調査では、この海域に海賊はいないはずだった!なぜお前たちがここにいる!」

 

 その時だった。

 縛られていた賞金稼ぎの一人が笑い出した。

 

「ガッハッハ……船長さんよぉ。賞金稼ぎだからって、素性も知れねぇ奴を船に乗せたのが間違いだったな」

 

 そう言いながら、賞金稼ぎはいつの間にか解いていた縄を払いのけ、ゆっくり立ち上がる。

 

「海賊どもをこの海域に呼んだのは俺だ。この電伝虫でな」

 

 懐から取り出した小型の電伝虫を、見せびらかすように掲げる。

 

「ま、まさか……裏切ったのか!?」

 

「裏切り?違うなあ、船長さんよぉ。俺たちの間にあったのは最初から金だけだ。あんたの報酬より、海賊どもの報酬の方がよかった。ただそれだけのことだよ」

 

 男は悪びれもせず、海賊と組んだことを開き直った。

 

「こっちは慈善事業で賞金稼ぎやってるわけじゃねぇんだ。金になる方につく。そりゃ当然だろ?」

 

 船長の顔が、怒りと絶望でぐしゃぐしゃに歪む。

 

「き、貴様……!」

 

「さて、と」

 

 賞金稼ぎの男はアルビダの方へ向き直った。

 

「約束は果たしたぜ。こっちは船をここまで誘い込んでやったんだ。そろそろ報酬をもらおうか」

 

 アルビダはしばらく黙ってその顔を見つめていたが、やがて子分へ顎をしゃくった。

 

「おい。こいつに報酬をやりな」

 

 男の顔にいやらしい笑みが浮かぶ。

 だが次の瞬間、アルビダは薄く笑って言った。

 

「鉛玉をね」

 

 カチャリ、と銃を起こす音がした。

 

「……は?」

 

 カチャ

 ドォンッ!

 男は何が起きたのか理解する間もなく、その場に崩れ落ちた。

 甲板に広がっていく血を見て、周りの空気が一瞬で凍りつく。

 

「覚えときな」

 

 アルビダは死体を見下ろしながら、つまらなそうに言った。

 

「海賊は裏切りが日常茶飯事なのさ!」

 

 そして、ふっと肩を揺らして笑う。

 

「まあ、死んじまったらもう関係ないか」

 

 その言葉に、海賊たちがどっと笑った。

 

「「ひゃははははは!」」

「間抜けな野郎だ!」

 

 船長も、残された賞金稼ぎたちも、誰一人として声を出せなかった。

 利用するだけ利用して、用が済めば捨てる。

 それが目の前の女のやり方なのだと、嫌でもわかってしまったからだ。

 アルビダは視線を残った賞金稼ぎたちへ向ける。

 

「さて……残った賞金稼ぎども。あんたらは、このあたしを狙ってたのかい?」

 

 下っ端海賊の一人が割って入った。

 

「アルビダ様!こいつらの持ち物の中に、手配書の束がありやした!」

 

「リストの一番上は、あたしの手配書かい?」

 

「あ……い、いや……その……」

 

 下っ端の海賊が言葉を濁す。

 その様子を見た賞金稼ぎの一人が、口の端を吊り上げた。

 

「へっ。なんだよ、賞金首だったのかババア。小物すぎて知らなかったぜ」

 

 その場の空気が、ぴたりと止まった。

 

「あたしが……小物だってぇ……?」

 

 アルビダの頬が引きつる。

 金棒から持ち替えた、処刑用の武器に持ち変え、ぎりっと音がするほど強く握りしめ、眉間に青筋が浮かび上がった。

 

「うああああぁぁっ!!」

 

 怒鳴り声と同時に、金棒が振り下ろされた。

 

 ぐちゃ!

 その一撃で、賞金稼ぎの頭は潰れその場に崩れた。

 アルビダは荒い息を吐きながら、今度は客船の船長へ顔を向ける。

 

「た、助けてくれ!命だけは……!家族がぁぶぁ」

 

 最後まで言わせてもらえなかった。

 金棒がもう一度振り下ろされ、船長の声はそこで途切れた。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 怒りで肩を上下させながら、アルビダは吐き捨てるように言った。

 

「全員殺しな!」

 

 ドォンッ!ドォンッ!ドォンッ!ドォンッ!

 

 乾いた銃声が続き、残っていた賞金稼ぎたちも頭を撃ち抜かれ全員死亡した。

 

「死体は海に捨てな!サメの餌にするんだよ!コビィー!!」

 

「は、はいっ!」

 

「とっとと掃除しな!」

 

「は、はいぃっ!」

 

 コビーは震えた声で返事をすると、言われるがまま甲板の掃除を始めた。

 モップを持つ手は小刻みに震えている。血の匂・肉片に顔を青くしながら、それでも手を止めることはできない。

 そんなコビーの様子など歯牙にもかけず、アルビダはそのまま子分たちへ叫んだ。

 

「野郎ども、この海で一番強い海賊は誰だい!」

 

「「レディ・アルビダ様です!!」」

 

「「「うおおおおおっ!いぇーーい!」」」

 

 海賊たちの雄叫びが、血と火薬の臭いの残る甲板に響き渡った。

 

――♢――

 

 コビー side

 

 アルビダ海賊団が拠点にしている島へ戻ってくると、船の上も陸も慌ただしかった。

 略奪してきた金品や食料を下っ端たちがせっせと荷下ろしし、別の連中は船を洗い、古参の海賊たちはというと、もう仕事は終わったと言わんばかりに酒をあおって騒いでいる。

 

 その中で、どう見ても海賊に向いていないおどおどした少年――コビーは、ひたすら地味で嫌な仕事を押しつけられていた。

 

 ゴシゴシ。

 ふきふき。

 

 アルビダがさっき“処刑”に使った金棒にこびりついた血や肉片を、水で洗い、ブラシで擦り、布で拭き取っていく。

 

「うわぁ……うぅぅ……」

 

 コビーは半泣きでへばりついた肉片をピンセットでつまみ取り、深いため息をこぼした。

 

「はぁ……どうして僕、こんなことしてるんだろう……」

 

 情けない声が、自分でも笑えてくる。

 

「僕の人生、どこで間違ったんだろう……」

 

 こんにちは、コビーです。

 ……なんて、誰に言ってるんだろう僕。

 もちろん口には出していないですよ、心の中の独り言です。

 こうでもしないと、気が狂いそうだったので。

 今日もまた、人を殺されるのを見ているしかなかった。

 助けたかった。けど、僕には力がない。何もできない。誰一人助けられない。

 僕は本当は、海軍に入りたいのに、海賊なんかじゃなくて、人を守る側になりたい。

 なのに現実はどうだ。アルビダ様の下で雑用を押しつけられて、殴られて、怒鳴られて、怯えながら生きる毎日だ。

 このままずっと、こんなふうにこき使われて。

 最後は今日殺された人たちみたいに、あっさり捨てられて終わるんだろうか。

 

「……最悪だぁ」

 

 なんとか金棒を綺麗にし終え、コビーは立ち上がった。

 

「ふぅー、金棒の掃除が終わったから、次は船の掃除をしなきゃ……ん?」

 

 ふと顔を上げた時、停泊している船の脇に、樽がひとつ海にぷかぷか浮かんでいるのが見えた。

 

 さっき荷下ろしは終わったはずだと思ってたけど、誰かがうっかり積荷を落としたんだろうか。

 大変だ!もしアルビダ様に見つかったら、また誰かが怒鳴られる。いや、たぶん怒鳴られるだけじゃ済まない。

 

「ぼ、僕が片づけなきゃ……」

 

 コビーは慌てて岸へ駆け寄り、樽を引き寄せた。

 

「……あれ?」

 

 持ち上げた時、樽の中からごと、と小さな音がした気がした。

 

「なんか……中に何か入ってる?」

 

 耳を近づける。

 けれど、よくわからない。

 

「お酒、かな……?と、とにかく酒蔵に運ばなきゃ」

 

 コビーは樽を抱えるようにして、よろよろと酒蔵へ運び込んだ。中では三人の下っ端海賊が、掃除をするでもなくサボって談笑をしていた。

 

「す、すみませーん……」

 

 おそるおそる声をかけると、三人はびくっと肩を揺らした。

 

「も、申し訳あり……って、ヘッポココビーか!びびらせんな!」

 

「あ、あはは……すみません……。あの、海岸に酒樽が落ちてて……」

 

「酒樽ぁ?略奪したやつなら、もう数は合ってるぞ」

 

「じゃ、じゃあ、これは流れ着いたものなんですね」

 

「なに?海岸にあったのか?」

 

「は、はい。中身も入ってるみたいで……どうしたらいいでしょう。アルビダ様に報告した方が――」

 

「馬鹿か、お前」

 

 下っ端の一人が即座に吐き捨てた。

 

「アルビダ様はさっきの件でまだ機嫌が最悪なんだよ。こんなしょーもねぇことで報告なんかしたら、次に頭潰されるのはお前だ」

 

「で、ですよね……」

 

 コビーは青ざめながら何度も頷いた。

 すると別の下っ端が、にやりと笑う。

 

「よし、俺たちで飲もうぜ」

 

「お、おい。もし見つかったらまずいんじゃ……」

 

「なぁに、バレやしねぇよ。これは流れ着いた物だ。略奪品じゃねぇから数も減らねぇ」

 

「それに、このこと知ってるのは俺ら三人とヘッポココビーだけだ」

 

「それもそうだな」

 

 最後の一人がうなずくと、三人の目が同時にコビーへ向いた。

 

「わかってるよなぁ、コビィー?」

 

「も、もちろんです!」

 

 コビーは背筋をぴんと伸ばした。

 

「ぼ、僕は飲みませんし!何も見てませんし!このことは絶対に誰にも言いません!はい!」

 

「よしよし、それでいい」

 

 三人は満足そうに笑いながら、樽へ近づいていく。

 その時だった。

 

 バキィッ!!

 

 突然、樽のふたが内側から勢いよく吹き飛んだ。

 

「あーーっ! よく寝たーっ!」

 

「「「えぇぇぇぇっ!? なんでぇガキぃがー!?」」」

 

 下っ端たちが飛び上がり、コビーも目を丸くする。

 樽の中から現れたのは、小さな男の子だった。

 その子は眠そうに目をこすりながら、ぐいっと体を伸ばす。

 

「なんとか助かったみたいだぁ。よかった〜」

 

 のんきな声だった。

 

「ん?誰だ、お前ら?」

 

「いや、お前が誰だよ!?」

 

 下っ端たちが一斉にツッコむ。

 コビーは混乱しながら、その子を見つめた。

 

 な、なんで子どもが樽の中に……?

 まさか遭難してたのかな?

 だとしたら大変だ。

 こんなところをアルビダ様たちに見つかったら――

 

「え、えっと、君、どこから――」

 

 コビーが勇気を出して声をかけようとした瞬間、下っ端海賊が怒鳴るように割り込んだ。

 

「おい、クソガキ! なんで樽の中にいたんだ!?」

 

 その時、外から何かが飛んでくるような、風切り音が聞こえた。

 ヒュンヒュン

 次の瞬間――

 ドゴォンッ!!

 

「ぐおっ!?」

「ぎゃあっ!!」

 

 ものすごい衝撃とともに酒蔵の壁が吹き飛び、建物が一気に崩れた。

 何が起きたのか理解する暇もない。

 さっきまで男の子が入っていた樽は、その衝撃で外へ吹っ飛ばされていった。

 

「あっ……!」

 

 コビーは息を呑み、すぐに我に返る。

 

「助けなきゃ!」

 

 あの子を放っておいたらまずい。

 見つかったりでもしたら、人攫いに売られるか最悪その場で殺されるかもしれない。

 

「飛んでいったのは、確かあっちだ……!」

 

 コビーは一目散に駆け出した。

 

「あの子は僕が助けないと……!」

 

 もし、命だけは助かっても、アルビダ様の下働きにされるかもしれない。そんなのはもっと駄目だ。

 僕みたいになってしまう。

 

「そんなの……そんなの絶対だめだ!こんな役目を背負うのは、僕だけで十分だ」

 

 コビーは崩れた酒蔵を飛び出し、樽の飛んでいった先を必死で追いかけた。

 

――♢――

 

「あー、びっくりした!」

 

 目が覚めて人の声が聞こえたから、勢いよく飛び出してみれば――あらびっくり、そこにいたのはコビーだった。

 まさか原作通りの流れになるとはな。

 これが歴史の修正力ってやつか?

 ……いや、そんなわけないか。たまたまだろう。

 

 コビーのほかに、下っ端っぽい海賊が三人。

 状況からして、ここはアルビダ海賊団が拠点にしてるどこかの島らしい。

 

「おーい!」

 

 ん?

 あれ、コビーか。なんか血相変えてこっちに走ってきてるな。

 

「はぁ、はぁ……!き、君、大丈夫かい!?すごい勢いで吹き飛ばされたけど!」

 

 どうやら本気で心配して追いかけてきたらしい。

 たしかこの時点じゃ、まだコビーは海賊見習いみたいな立場なんだよな。

 それでも、心まで海賊になりきれてないあたり、根っから海賊にはなりきれないんだろうな。

 

「ははは。ああ、大丈夫だ。いきなり吹っ飛んでびっくりはしたけどな。ところで、ここはどこだ?」

 

「ここは、海賊“金棒のアルビダ”様が拠点にしている島だよ。僕はその海賊団で雑用をしてる、コビーっていいます」

 

「へぇー。海賊にしては死ぬほど弱そうだな。よっ、と」

 

 樽から出ようとして、少しよろける。

 するとコビーが慌てて手を伸ばしかけた。

 

「だ、大丈夫?ところで君、なんで樽の中にいたの?もしかして遭難でもしたの?」

 

 なんかコビーの話し方、いちいち子ども相手みたいでちょっとうざいな。

 ……って、そういやまだ体が小さいままだったか。

 

「遭難じゃねぇよ。大渦に巻き込まれただけだ。それと心配してくれるのはありがたいけど、俺は子供じゃねぇ!」

 

 そう言って、全身にぐっと力を込める。

 

「ふんっ!」

 

 縮めていた体が、一気に元の大きさへ戻った。

 

「え……ええぇぇぇぇぇっ!?でっかくなったぁ!?」

 

 コビーが目をひん剥いて叫ぶ。

 

「うるせぇな。たかが体が大きくなっただけだろ。そんな驚くことかよ」

 

「お、驚きますよ!?子供だと思ったら急に大人みたいな体になるなんて!」

 

「そうか?まあ、そんなことはどうでもいいや。俺はルフィだ。よろしくな、コビー」

 

 そこで本題に入る。

 

「それより大事なことがある。お前、小舟とか持ってねぇか?」

 

 次の島へ行くには船が要る。

 アルビダの拠点なら、適当な小舟くらいあるだろ。

 

「あ……えっと、小舟なら……ないこともないです。ついてきてください」

 

 お、ラッキー。

 コビーの後について数分歩くと、布を被せた何かが見えてきた。

 

「これでよければ……」

 

 コビーが布を外し、そこに現れたのは――

 ボロォン……

 

「な、なんだこれ……棺桶か?いや、産業廃棄物か?」

 

 ひどい。ひどすぎる。

 船と呼ぶのもためらうレベルの代物だった。

 これに乗ったら沈む、それだけは自信を持って言える。

 

「い、一応……船です。僕が2年間、こつこつ作ったんです」

 

「2年かけてこれか?」

 

「は、はい……すみません……こんな船しかなくて」

 

 しゅんと肩を落とすコビーを見て、ちょっと言いすぎた気がした。

 

「……なんか悪ぃな。まあ、いらねぇならもらってくよ」

 

 最悪、月歩で移動すればいいだけだしな。

 

「どうぞ、持っていってください。どうせ僕は使えませんから」

 

 コビーは小舟を見つめたまま、小さく笑った。

 

「本当は……この海賊船から逃げるために作ったんです。でも、僕にはそんな勇気なくて……。どうせ僕は一生、この船で雑用して終わる運命なんですよ」

 

 ……うーん。

 コビーが最初からこんな感じなのは分かってたけど、相当ストレスがきてるな。

 2年間、誰にも相談できず、殴られて、怒鳴られて、びくびくしながら生きてきたんだろう。

 このまま放っといたら、こいつ自殺するんじゃないかな?

 

「なあ、コビー。一人で逃げるのが無理なら、俺と一緒に逃げるか?」

 

「えっ?」

 

 コビーが顔を上げる。

 けど次の瞬間、ぶんぶん首を振った。

 

「む、無理です! 無理無理! もしアルビダ様に見つかったらって考えただけで足がすくんで……。こ、怖くてとても……!」

 

「そんなに海賊が嫌なのに、なんで海賊船に乗ってんだよ!」

 

 一人じゃ無理そうだから、二人で逃げる提案をしたつもりだった。

 でも、コビーのアルビダに対する恐怖は思ってた以上に根深いらしい。完全に心が折れてる。

 

「あれが、運命の日だったんです……。僕はただ釣りに行こうとしただけなのに、間違って隣の小船に乗っちゃって、そのまま海賊船に連れていかれて……」

 

 なんだそれ。

 二択を外して、それが海賊船行きの船だなんて、どんだけ運がないんだこいつ。

 

「それから二年……殺されない代わりに、航海士兼雑用係として働かされてます。でも、この海賊団で過ごしてるうちに、僕もいつか殺されるんじゃないかって……。実際、理不尽に殺された人も何人も見ましたし……」

 

「はぁー……コビー」

 

 俺はため息をついた。

 

「お前な。殺されるかもしれねぇのに、諦めてどうすんだよ。根性なさすぎだろ」

 

「そ、そんなはっきり言わないでくださいよ、ルフィさん……」

 

 コビーは露骨にしょげた。

 でも、なんかこいつ見てるとイライラしてくるんだよな。

 気持ちはわかる。わかるけど、それでもだ。

 

「でも……その通りです。僕にも、樽で海を漂流するくらいの度胸があれば……。その、ルフィさんはどうして海に出たんですか?」

 

「そりゃ決まってるだろ」

 

 何を当たり前のこと聞いてんだ。

 

「海賊王になるためだ!」

 

「えっ!?」

 

 コビーが素っ頓狂な声を上げた。

 

「か、海賊王!?海賊王っていうのは、この世のすべてを手に入れた者の称号ですよ!?そんなの無理です!無理無理無理無理! ぜーたい無理です!!」

 

 イラッ!!

 バチィィン!

 思わずデコピンしたら、コビーが吹っ飛んだ。

 

「痛いっ!!デコピンの威力じゃないですよ!ひどい!」

 

 額を押さえて涙目になってる。

 

「お前がムリムリうるせぇからだ」

 

「で、でも……」

 

「心配して言ってくれてるのかもしれねぇけどな」

 

 俺はコビーをまっすぐ見た。

 

「俺の夢は、海賊王になることなんだ。他の誰でもなく、俺が自分で決めた夢だ。だからその夢のために戦って死ぬなら、後悔なんかしねぇ」

 

 コビーが目を丸くする。

 

「死んでもいいんですか? 怖くないんですか?」

 

「ああ。怖くねぇ」

 

 一回死んでるし。それでこの世界に来たわけだしな。

 そして逆に尋ねる。

 

「なぁコビー。お前には“夢”とかないのか?本当に一生この海賊船で骨を埋める気か?」

 

「僕は……!」

 

 コビーがぎゅっと拳を握った。

 

「僕は海軍……海軍に入るのが夢なんです!!」

 

 急にコビーが泣き出した。

 でもその顔は、さっきまでみたいな諦めきった顔じゃなかった。

 

「海軍に?」

 

「はい!ルフィさんとは敵になりますけど、海軍に入って偉くなって、悪い奴を取り締まるのが夢なんです!小さい頃からずっと!」

 

「なんだよ。ちゃんと夢あるじゃねぇか」

 

 そう言うと、コビーは涙を拭いながら俺を見る。

 

「ルフィさん……僕、やれるでしょうか?」

 

「さぁな。それは今後のコビー次第だ」

 

 その瞬間、コビーの目に少しだけ光が戻った。

 

「やります! どうせこのまま雑用で一生を終えるくらいなら、命を懸けてここから逃げ出して、海軍に入って……アルビダ様を……じゃなくて、アルビダを捕まえます!」

 

 急に吹っ切れたな。

 さっきまでのオドオドした感じが、少しだけ消えてる。

 だが――

 

「誰を捕まえるって!? コビー!!」

 

 ドカンッ!!

 怒鳴り声と同時に、アルビダが姿を現した。

 振り下ろされた金棒が、コビーの作った小舟を木っ端微塵に叩き砕く。

 

「ぼ、僕の船が……!」

 

 せっかく覚悟を決めたのに、頼みの綱が一瞬で壊された。

 コビーの顔から、みるみる血の気が引いていく。

 

「このあたしから逃げられると、本気で思ってたのかい!?」

 

 アルビダの後ろからは、下っ端海賊たちもぞろぞろ集まってきていた。

 

「侵入者は小さなガキだと聞いてたけどいないようだね。その男は、アタシの首を狙いに来た賞金稼ぎか?そいつと一緒に逃げるつもりだったのかい?」

 

 アルビダはにたりと笑う。

 

「残念だったねぇ。お前ら二人とも、ここで殺してやるよ」

 

 なんかごちゃごちゃ言ってやがる。

 

「男が夢の話してる時に、邪魔してんじゃねぇよ。このトドみてぇなクソババアが!」

 

 空気読めよ、このババア。

 ていうか、その体型なんなんだよ。丸すぎるだろ。

 アルビダの顔が、一瞬で怒りに染まった。

 

「こいつ……なんてこと言いやがる!」

 

 取り巻きの海賊たちが青ざめる。

 

「ルフィさん! なんてこと言うんですか! 今すぐ訂正してください!アルビダ様はこの海で一番……一番…」

 

「コビー」

 

 俺は遮るように言った。

 

「お前の夢は?」

 

「はっ――」

 

 コビーが顔を上げる。

 

「この海で一番トドみたいなクソババアです!!」

 

 吹っ切れたコビーが、アルビダに向かって啖呵を切った。

 ……こいつ、吹っ切れたり引っ込んだり忙しいな。

 

「このガキャアアア!!二人まとめて殺してやる!」

 

 アルビダが金棒を振りかぶり、突っ込んでくる。

 

「うわあああああっ!!」

 

 死を覚悟したらしいコビーが叫ぶ。

 

「よく言ったな、コビー! 交代だ!」

 

 俺はコビーの前に出る。

 

「ル、ルフィさん!」

 

 アルビダの攻撃なんざ効きゃしないが、受けるのもめんどくせぇしな。

 拳を握り、腕を思い切り伸ばす。

 

「ゴムゴムの銃《ピストル》!!」

 

 ドォンッ!!!

 拳がアルビダの顔面にめり込み、その巨体が勢いよく吹っ飛んだ。

 一撃KOだ。

 

「な、なんだこいつ! 手が伸びたぞ!」

「お頭がやられるなんて!」

「アルビダ様を一発で……バケモンだ!」

 

 海賊たちが一斉に騒ぎ出す。

 

「おい! 次は誰だ!」

 

 俺がそう言った瞬間、海賊どもは持っていた武器を慌てて地面に捨てた。

 

「い、いやぁ……実は俺たちも嫌々従ってただけで……」

「そうそう! 俺ら別に悪くないっていうか……」

 

 口々に言い訳してるが、今はどうでもいい。

 

「まあ、そんなのどうでもいいけどよ。おい、お前ら」

 

 海賊たちを睨む。

 

「コビーに一隻、小舟を用意しろ。それと数日分の食料もだ」

 

「は、はいっ! もちろんです!」

 

 すげぇ従順だな。まあ、殴られたくないんだろ。

 

「ルフィさん……」

 

 コビーが涙を流していた。

 ようやく地獄から抜け出せるって実感したんだろう。

 そして俺たちは、海賊どもに小舟と食料を用意させ、その島を出た。

 今はもう海の上だ。

 

「悪魔の実の能力者だったんですね……。あのアルビダを一撃で倒すなんて、ルフィさんって強いんですね!」

 

「まあな。けど、強さと悪魔の実は関係ねぇぞ。実がなくても俺はめっちゃくちゃ強いし」

 

「ルフィさんなら、たしかにそうですね」

 

「それはそうと、コビー。海軍に入るなら基地がある場所に行かねぇとだろ。近くにあるのか?」

 

「あ、はい。ここから一番近いのは、シェルズタウンっていう街です。海軍第153支部があります。だいたい一日ほどで着くと思います」

 

 シェルズタウン。

 たしかゾロが捕まってた街だよな?ってことは――ゾロに会えるのか!めっちゃ楽しみだな。

 

「ルフィさん!あの、ルフィさん!」

 

「お、おう。なんだよ、どうした」

 

「何回呼んでも返事がなかったので……」

 

「あー、悪い悪い。考えごとしてた」

 

「そ、それで……どうします?別の場所にしますか?その場合、三日くらいかかる場所になりますけど……」

 

「いや、一番近いそのシェルズタウンだ。そこに行こう」

 

 俺はニカっと笑った。

 

「道案内、頼むぞコビー」

 

「はい! ルフィさん!」

 

 小さな船は波を切り、海軍基地のある街へ向かって進んでいく。




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