自分を大切にしてくれる人がいる──
それがどれほど尊いことだったのか、あの時の私は、どうして気づけなかったのだろう。
あれから、三年。
今さら後悔したところで、すでに遅い。
自ら手放してしまったはずの幸せは、二度と戻ってくることはなかった。
気づけば私は、日の当たる場所をまともに歩くことすらできない、そんなボロボロの人生を送っていた。
──そして、あの時。
お腹に宿した子供も、結局は手放さざるを得なかった。
たとえマエジマの子だったとしても、あんな男と共に、まともに育てられるはずがない。
誰の子であろうと──産むのは、私だ。
掛け替えのない命を、不幸にすると分かっていながら、このまま産んでいいはずがない。
どんな未来を思い描いても、その先にあるのは、悲しい結末しか見えないのだから。
私は──悩みに悩んだ末に、その選択を下した。
その先に待っているのが、救いのない未来だというのなら──
産むべきではない。
そう、結論づけるしかなかった。
案の定、そのことをマエジマに伝えても、返ってきたのは、まるで他人事のような反応だった。
もっともらしい言葉を並べて、「産むべきだ」などと言ってはいたが、そこに本気で向き合う気配は微塵もない。
私が涙ながらに現実の厳しさを訴え、産めないと断言すると──
あっさりと、引き下がった。
まるで、最初からどうでもよかったかのように。
この男は、外見こそ大人だが、中身は──子供以下だ。
ことの重大さを受け止めることもできず、何もかも人任せ。
責任という言葉の意味すら、理解していないのだろう。
堕胎のために病院へ向かう、その時でさえ──彼は、私に寄り添おうともしなかった。
どこかへ遊びに出たまま、結局その日は帰ってくることもなかった。
ひとりで向かったあの道の冷たさを、今でも忘れることができない。
そして──
一緒に暮らし始めてからも、働こうとする気配すらない。
私と同じように、自分にのめり込んだ女たちを抱え込み、その女たちに貢がせていたのだ。
あの頃から、平日の昼間からふらついている姿を見て、まともな仕事をしていないことくらい、分かっていた。
それでも──
どこかで、期待していた。
いつか心を入れ替えて、まともになってくれるのではないかと。
だが。
この男に、苦労してまで働く気など、最初からないのだ。
それどころか──私がいようと構わず、他の女を平然と部屋に連れ込み、目の前で、イチャつき始める。
私がどんなに機嫌を損ねようと、悪びれる様子すら見せない。
──いや。
そもそも、悪いことをしているという自覚すら、ないのだろう。
結局──
私は奴との生活を続けるために、風俗にまで身を落とした。
そうして身を削るようにして稼いだ金も、ほとんどが奴に奪われていく。
愛想を尽かして、別れてしまうべきだ。
そんなことは、分かっている。
分かっているのに──どうしても、それができない。
私を求めてくるとき、甘えるようにすり寄ってくるあの仕草を、
いまだに──
可愛いとさえ、思ってしまうのだ。
今日もまた、奴を養うために、派手な化粧を施し、店へと向かう。
夕暮れの街を歩く、その途中。
ふと、懐かしい顔が目に入った。
小柄で愛らしい女を連れた、すらりとした──男の背中。
幸せそうに笑い合う、その見慣れた姿は。
間違いなく──
ユウヤだった。
理由もなく、涙がこぼれた。
あの時、選択を間違えなければ──きっと、あの隣にいたのは、私だったはずだ。
祝福することなんて、できるはずもない。
あまりにも眩しくて、その姿を直視することすらできなかった。
あの頃のように、キラキラと輝いていた時間には、もう二度と戻れないのだから。
私は、そっと涙を拭う。
そして、寂れた店の、薄暗い階段を上っていく。
光の届かない場所へと。
どんな未来が待っていようと、もう、立ち止まることはできない。
私は──
生きているのだから。
~”狂い始めた人”finn~