※この作品はR-18です。

性年のしがらみ   作:村上しんご

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第十三話 狂い始めた人⑥

 自分を大切にしてくれる人がいる──

 それがどれほど尊いことだったのか、あの時の私は、どうして気づけなかったのだろう。

 

 あれから、三年。

 

 今さら後悔したところで、すでに遅い。

 自ら手放してしまったはずの幸せは、二度と戻ってくることはなかった。

 

 気づけば私は、日の当たる場所をまともに歩くことすらできない、そんなボロボロの人生を送っていた。

 

 ──そして、あの時。

 

 お腹に宿した子供も、結局は手放さざるを得なかった。

 たとえマエジマの子だったとしても、あんな男と共に、まともに育てられるはずがない。

 

 誰の子であろうと──産むのは、私だ。

 掛け替えのない命を、不幸にすると分かっていながら、このまま産んでいいはずがない。

 

 どんな未来を思い描いても、その先にあるのは、悲しい結末しか見えないのだから。

 

 私は──悩みに悩んだ末に、その選択を下した。

 

 その先に待っているのが、救いのない未来だというのなら──

 産むべきではない。

 

 そう、結論づけるしかなかった。

 

 案の定、そのことをマエジマに伝えても、返ってきたのは、まるで他人事のような反応だった。

 もっともらしい言葉を並べて、「産むべきだ」などと言ってはいたが、そこに本気で向き合う気配は微塵もない。

 

 私が涙ながらに現実の厳しさを訴え、産めないと断言すると──

 あっさりと、引き下がった。

 

 まるで、最初からどうでもよかったかのように。

 

 この男は、外見こそ大人だが、中身は──子供以下だ。

 ことの重大さを受け止めることもできず、何もかも人任せ。

 

 責任という言葉の意味すら、理解していないのだろう。

 

 堕胎のために病院へ向かう、その時でさえ──彼は、私に寄り添おうともしなかった。

 

 どこかへ遊びに出たまま、結局その日は帰ってくることもなかった。

 ひとりで向かったあの道の冷たさを、今でも忘れることができない。

 

 そして──

 

 一緒に暮らし始めてからも、働こうとする気配すらない。

 私と同じように、自分にのめり込んだ女たちを抱え込み、その女たちに貢がせていたのだ。

 

 あの頃から、平日の昼間からふらついている姿を見て、まともな仕事をしていないことくらい、分かっていた。

 

 それでも──

 

 どこかで、期待していた。

 いつか心を入れ替えて、まともになってくれるのではないかと。

 

 だが。

 

 この男に、苦労してまで働く気など、最初からないのだ。

 それどころか──私がいようと構わず、他の女を平然と部屋に連れ込み、目の前で、イチャつき始める。

 

 私がどんなに機嫌を損ねようと、悪びれる様子すら見せない。

 

 ──いや。

 

 そもそも、悪いことをしているという自覚すら、ないのだろう。

 

 結局──

 

 私は奴との生活を続けるために、風俗にまで身を落とした。

 そうして身を削るようにして稼いだ金も、ほとんどが奴に奪われていく。

 

 愛想を尽かして、別れてしまうべきだ。

 そんなことは、分かっている。

 

 分かっているのに──どうしても、それができない。

 

 私を求めてくるとき、甘えるようにすり寄ってくるあの仕草を、

 

 いまだに──

 

 可愛いとさえ、思ってしまうのだ。

 

 今日もまた、奴を養うために、派手な化粧を施し、店へと向かう。

 夕暮れの街を歩く、その途中。

 

 ふと、懐かしい顔が目に入った。

 

 小柄で愛らしい女を連れた、すらりとした──男の背中。

 

 幸せそうに笑い合う、その見慣れた姿は。

 

 間違いなく──

 

 ユウヤだった。

 

 理由もなく、涙がこぼれた。

 あの時、選択を間違えなければ──きっと、あの隣にいたのは、私だったはずだ。

 

 祝福することなんて、できるはずもない。

 あまりにも眩しくて、その姿を直視することすらできなかった。

 

 あの頃のように、キラキラと輝いていた時間には、もう二度と戻れないのだから。

 

 私は、そっと涙を拭う。

 

 そして、寂れた店の、薄暗い階段を上っていく。

 

 光の届かない場所へと。

 

 どんな未来が待っていようと、もう、立ち止まることはできない。

 

 私は──

 

 生きているのだから。

 

 

 

 

 

 

            ~”狂い始めた人”finn~

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