あの後しばらく、僕は何も手につかなくなっていた。
いくら勉強に集中しようとしても、あの時のことが記憶によみがえり、心をかき乱していく。
正直、口に咥えられるのが、あれほど気持ちいいものだとは思っていなかった。
ほんの僅かな時間で、絶頂を目前に迎えるほどの心地好さ──しかも、相手はあのヤスコ先生だ。
それを考えただけで興奮が収まらない。
自慰行為に耽り、気分をすっきりさせようとしても、欲望は増すばかり。
それをどんなに繰り返そうと、あの時の感触が記憶に焼き付いて離れない。
しかも──
最後までして貰えずに、絶頂を迎える寸前でお預けを食らったのだ。
それはまるで蛇の生殺しのように、僕の身体をいつまでも疼かせている。
もし、あのまま発射していれば、どんな未来が待っていたのだろう。
それを考えただけで、胸が熱くなり、夜も眠れなくなっていた。
だが──
だからといって、このまま何もせず、指をくわえて見ているわけにはいかない。
『続きをしてほしかったら、今度のテストで順位を上げなさい。……結果が良ければ、もっといいことをしてあげるかもね』
あの言葉が、本当だとしたら──
今こそが、チャンスだ。
そういえば授業中にも、成績の良い生徒にはご褒美をあげると、さりげなく口にしていた。
他の生徒たちは、その言葉の“本当の意味”には気づいていないだろう。
だが──
少なくとも、僕は違う。
あの時の言葉が、頭からずっと離れない。
だからこそ、僕は徹夜を繰り返し、必死になってテスト範囲の予習をした。
そして本番を迎え──
手応えはこれまでにないほど、確かなものだった。
間違いなく、やり切った。
そう思えるだけの自信に溢れていた。
──そして、数日後の結果発表の日。
教室には、どこか落ち着かない空気が漂っていた。
そんなざわめきの中、不意に扉が開く。
いつもと変わらない足取りで、教室に入ってくるヤスコ先生。
クラス全体を、冷たい視線でひと巡りすると──先生は、静かに口を開いた。
「安西と林。……そのパーテーションで、この辺りを囲いなさい」
教室の片隅に置かれていた、布製のパーテーション。
先生の指示に従い、二人がそれを引きずり出す。
相変わらず何を考えているのかわからない、感情の読めないその顔。
何をするつもりなのか。
誰もがそう疑問に思ったはずなのに──
声を上げる者は、誰一人としていない。
そして教壇側の端の方、窓際の近くにパーテーションが置かれ、仕切られた小さな空間が出来上がる。
まるで、教室の中を切り取った、別の場所のように。
それが完成すると、ヤスコ先生は、何事もなかったかのように口を開いた。
眼鏡の奥で、光が一瞬きらりと反射する。
その佇まいには、一分の隙もない。
「今回のテストで──成績が一番よかった人を発表します」
唐突なその一言に、教室の空気が、ぴたりと止まった。
誰もが、息を呑む。
だが──
先生は、あの仕切られた空間について、一切触れようとはしなかった。
何か意図があるのは明らかだった。
それでも、それが何のために使われるのかは、誰一人として分からない。
ざわめきが広がりかけては、すぐに消える。
生徒たちは互いに顔を見合わせながら、戸惑いを隠しきれずにいた。
「宮田。……今回のテストで、あなたが学年一位です。……前に出てきなさい」
静まり返った教室の中で、ヤスコ先生は淡々とそう告げた。
その冷たい視線はまっすぐに、ただ一人──宮田だけに向けられていた。
普段は目立たない彼に、教室中の視線が一斉に集まっていく。
名を呼ばれた彼は、一瞬、何が起きたのか理解できないように固まっていた。
しかし戸惑いながらも、ぎこちなく立ち上がる。
そして彼は小さく息を呑みながら、一歩ずつ、教壇へと歩み出した。
「宮田は前回のテストでは五十位。──ですが、ずっと成績の振るわなかった彼が、今回、学年一位という結果を出しました……彼には約束通り、“ご褒美”を与えます」
宮田が側に来ると、先生は開口一番そう言った。
彼は状況を理解できていないのか、動揺し始め、視線が落ち着かずに泳いでいる。
教室中にざわめきが走る中、先生は宮田の肩に軽く手を掛け、意味深に薄っすらと笑う。
「これから何があっても、声を出したり、覗いたりしないでください。……もし、それを守らない人がいたら、こんなチャンスは二度と訪れません」
そう言って、クラス中の生徒たちを、鋭い視線で見回す先生。
誰もが、その意図を飲み込めず、呆然と目を見開いていた。
だが、僕はそのひと言で、咄嗟にあの時のことを思い出す。
(……口だ……口でして貰えるんだ……)
この状況と、あの時の記憶が頭の中で結びつく。
パーテーションで見えない空間を作ったのは、宮田をそこに連れ込んで、あの時僕にしたように口でするつもりなのだ。
それをしてもらおうと、一生懸命勉強を頑張った。
なのに、その相手が宮田だなんて──。
僕は怒りを通り越し、彼に対して殺意すら抱き始めていた。
そんな僕の感情など知る由もなく、二人は何事もなかったようにパーテーションの中に消えていった。
そして──
窓から差し込む光に照らされて、布越しに、二つの影がぼんやりと浮かび上がる。
その瞬間、教室中の視線が、そこに吸い寄せられていた。
──見えている。
だが、何をしているのかまでは、分からない。
彼らは、自分たちの姿がこうして外から見えていることを、分かっているのだろうか。
それを目の当たりにして、さらに静まり返った教室。
誰一人として、声を上げようとしない。
すらりと伸びた細い影と、それよりも低く、小さな影が見える。
どちらが誰なのかなど、考えるまでもなかった。
その中で──
ヤスコ先生の声だけが、静かに響く。
「宮田。……そこの椅子に座りなさい」
その言葉に応じるように、小柄な影が、ゆっくりと椅子へ腰を下ろした。
ぎこちない動きが、布越しにもはっきりと伝わっている。
だが──
その表情も、どんな思いでそこに座っているのかも、外からでは、まるで分からない。
ただ、二人が“これから何をしようとしているのか”だけは──嫌でも、理解できていた。
僕の予想では、これからスラリと伸びた影が、椅子に座った影の前で跪き、その股間に顔を埋めるだろう。
そうなれば、今まで沈黙を守ってきたクラスの連中も、さすがに黙ってはいられない。
誰もが狂ったように声を上げ、我先にとパーテーションの中を覗き込もうとするはずだ。
『もし、それを守らない人がいたら、こんなチャンスは二度と訪れません』
──先生は確かにそう言った。
だが、思春期の健全な男子たちに、そんな約束など守れるはずがない。
僕だって、宮田がそんなことをされると思うだけで、悔しさが込み上げて自分自身を制御できなくなっている。
それに股間のものは、すでにはち切れんばかりに膨らんで、痛みを感じるほどカチカチになっている。
しかし、次こそは──と希望を捨てきれない僕たちには、それを見ていることしかできなかった。
静まり返った教室は、生徒たちの熱気に包まれ、どこか異様な空気が漂っていた。
そんな中、すらりと伸びた影が椅子に腰掛けた影に顔を近づけ、そっと何かを囁いた。
何を言っているかは、まったくわからない。
きっと、「声は出すな」とでも耳打ちでもしているのだろうか。
そして──
次の瞬間、僕たちは想像をはるかに超える光景を目にすることになる。
すらりと伸びた影が、胸元のボタンをプチプチと外していく。
目の前には宮田がいるというのに、先生は今まで隠し通してきた豊満な胸を、惜しげもなく露わにさせようとしているのだ。
シルエットには胸元がはだけられ、ブラジャーを捲り上げる様子までもが、はっきりと浮かび上がっていた。
そして、揺れる胸がぷるんと飛び出た瞬間、宮田の「わぁ~」という、心躍る声が微かに聞こえてくる。
その途端、クラスの誰もが苦虫を噛みつぶしたような顔で、股間をぎゅっと握りしめた。
前屈みになりながら、パーテーションをランランとした瞳で見つめる。
その様子には、計り知れない悔しさに溢れている。
男子ばかりのこの教室で、この状況は拷問とも思える行為──。
どんなに羨ましがろうと、それを目にしているのは宮田だけなのだ。
僕たちには、覗いてはいけないと念を押され、制約まで結ばされた。
もしここで覗きに行ったら、先生はきっと、こんな施しはもう二度としてくれないだろう。
興奮はピークに達している。なのに、誰も動くことはできない。
僕たちは血走った目で、パーテーションに浮かび上る影を、ただ見つめることしかできなかった。
しかし、これで終りではなかった──。
先生の影が少し前屈みになり、宮田のベルトを外しているような仕草が浮かび上っていく。
カチカチとベルトが擦れる音に混じって、宮田の荒い息遣いが「ハァハァ」と響き渡る。
そして、ズボンを脱がされたのか、その股間から飛び出した棒のような長い影──。
「覚悟はいい?」
穏やかな声と共に、先生の影がゆっくりと自分のスカートを捲り上げていった。
そして、宮田の影に重なり合うかのように、すらっと伸びた影がその膝の上に跨っていく。
(……ま……まさか……!?)
棒のように伸びたものを手にしながら、腰を落としていく先生の影。
二つの影が重なり合うと、宮田の口から動揺の声が漏れた。
「あ……あわわわわ……」
張り詰めた空気の中、ギシギシと軋む椅子の音が響いていく。
「ああ……うっ……うぅっ……」
それと共に重なり合った影が上下に揺れ動き、宮田の口からすすり泣くような声が漏れ始める。
すると、その影が目の前のふくよかな胸に、しがみ付くように顔を埋めていく。
微かに聞こえてくるヌプヌプという卑猥な音──。
それと共に、ほんのりと漂ってくる甘すっぱい匂い。
それは、少し鼻をツンと刺激するものの、嫌な感じはまったくしない。
普段は嗅ぎ慣れないその匂いは、むしろ男性の本能を掻き立てて、堪え切れないほどの衝動が込み上げてくる。
それが、何をしてるのかは一目瞭然だった。
重なり合った影が、次第に動きを速めている。
先生の口からは悩ましい声は聞こえてこない。
だが、その激しい息遣いと、切なげな宮田の声が淡々と響き渡っていた。
僕たちは、もう居ても経ってもいられなかった。
パーテーション一枚で隔てられたところで、宮田と先生が交尾をしているのだ。
ここにいる殆どの者が童貞だろう。
パーテーションに映しだされる影をガン見しながら、ひとり、また一人と立ち上がる生徒たち。
その足は何かに憑りつかれたように、パーテーションに向かってゆっくりと歩み始めていた。
だが──
その時、断末魔のような叫びが高らかに響き渡る。
「うぎゅ──────────っ!」
その瞬間、ピタリと止まる生徒たちの動き。
パーテーションのシルエットには、プルプルと身を震わせる宮田──
それを抱きしめ、胸に埋もれた頭を優しく撫でる先生の影が映しだされていた。
(……な、中出し……中出しさせて貰ったんだ……)
それを見て、僕の目から知らぬ間に涙がこぼれ落ちていた。
──なぜ、あの場にいるのは僕じゃなかったのだろう。
彼が憎い──。
そんな憎悪が心の底から湧いてくる。
そしていつの間にか、隔離されたパーテーションから出てくる二人。
うっとりとした夢見心地の表情を浮かべた宮田──時折り何かを思い出しては、ニヤニヤとはにかんでいる。
それとは対照的に、いつもの冷めた顔で生徒たちを一瞥するヤスコ先生。
「宮田に”ご褒美”は与えました。……あなたたちも頑張りなさい。そうすればこんな御褒美が貰えるかも知れません」
彼女はそう告げると、まるで何事もなかったかのように教室を後にしていった。
~to be continued~