※この作品はR-18です。

性年のしがらみ   作:村上しんご

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第二十三話 教え子⑤

『先に見える未来に希望はない。……この関係を終わらせなければ、お互いきっと不幸になる』

 

 それをわかっていながら、私は彼との行為をずるずると続けていた。

 しかも、家庭教師を辞めると決心したはずなのに、それを口にすることすらできなかった。

 

 ──思い悩んだ末の結論だった。

 彼の前から静かに姿を消すことが、最善の選択だと心に決めたはずだった。

 

 なのに、これが最後と誓いながらも、その姿を目にした途端、心が揺らぐ。

 ダメだと思いながらも彼に抱かれ、次の日になると同じ過ちをまた繰り返す。

 

 しかも、そんな気持ちとは裏腹に、身体を重ねるたびに、彼の存在は心の中でますます大きくなっていく。

 

 ──このままではいけない。

 

 思い悩んだ末、私は彼と距離を取るために、家庭教師の仕事をしばらく無断で休んでいた。

 このままクビになり、連絡が途絶えれば、自然と彼から離れられると思っていた。

 

 しかし、彼と過ごした日々は、思った以上に心に大きな楔を打ち込んでいた。

 一人きりの寂しい夜に、自然と思い浮かべるのは、彼と身体を重ねていた時の記憶──。

 

 意地悪なことを散々繰り返されて、ようやく絶頂を迎えさせられた時の”あの快感”が、いまだに記憶に焼き付いて離れない。

 

 堪え切れずに自分自身を激しく慰める。

 だが、満足するどころか、ますます大きくなっていく彼との記憶──。

 

 この欲望を打ち消す為には、もっと刺激的な快楽に溺れる以外にないだろう。

 しかし、私はもともと活発な性格でもなければ、そんな大胆なことをする行動力すらも無い。

 

 これまで生きてきて、彼氏など作ったことがないのだ。

 ひたすら勉強に打ち込み続けてきた私にとって、男性など必要のない存在でしかなかった。

 

 心にぽかり穴が開いたような虚しさを感じつつも、時間は容赦なく過ぎていく。

 

 私は部屋にこもってばかりもいられないと、授業を受けるため、いつも通りに大学へ向かった。

 

 だが──

 

「せ、先生!」

 

 キャンパスの近くまで来たその時、背後から聞き慣れた声が響く。

 

 ──今、顔を合わせるわけにはいかない。

 

 その姿を目にしただけで、私の心は揺らいでしまうだろう。

 

 そう思ったはずなのに──

 

 声を聞いた瞬間、時が止まったように固まる身体──。

 素肌をつたって汗がじわじわと溢れ出し、鼓動は激しく揺れ動く。

 

 私は鉛のように重い足を必死に前へ踏み出し、後ろを振り返ることもなく早足で歩きだした。

 

「待ってよ! ……なんで、家に来なくなったのさ!?」

 

 しかし、彼はとっさに私の手首を掴み、歩みを止めた。

 

 興奮しているかのようなその荒い息づかい。

 ずっと私を探していたのか、全身からじんわりと汗が噴き出している。

 

 私は彼と目も合わせず、声をかすかに絞り出した。

 

「……やめるの。……もう家庭教師は続けられない」

 

 平静を装いながら、必死に動揺を隠す。

 そうでもしなければ、彼に流されていくこの感情を抑えることはできなかった。

 

 しかし、彼がその言葉を素直に受け入れるはずがない。

 

「なんでなんだよ!? ……もう僕のことが嫌になったの!?」

 

 その一言は、私の心を強く揺さぶった。

 

 ──好きとか嫌いの問題ではない。

 このままでは、お互いに地獄を見ることになるのだ。

 

「こんなことを続けてちゃダメなんだよ! ……私は、普通に生きたいの!」

 

 私は感情的になっていた。

 だが、その言葉は今の私の正直な気持ち。

 

 短い沈黙とともに、重苦しい空気が流れていく。

 

「嫌だよ! ……先生が居なきゃ、僕はもう生きていけない!」

 

 しかし彼は、まるで私の心を見透かしているかのように、背後からギュッと抱き付いてくる。

 

 その瞬間、蘇る彼との熱い記憶──

 

 お尻には、私をとことん絶頂に追い詰めていた”あれ”が、衣服越しにぴったりと密着していた。

 慣れ浸しんだ熱く火照ったその温もりに、身体中の力がみるみる抜け出していった。

 

「いや、やめて! ……ここ、学校の近くなんだよ!」

 

 私は慌てて、彼から離れようとする。

 

 だが、私のことをどこまでも知り尽くした彼──

 こんな時、どうすれば私がなびくのかをよく知っていた。

 

 さり気なく胸元に回り込んだ手は、天辺の敏感な部分を服の上から優しく撫でていた。

 しかも、意図的なのか、耳元に熱い吐息を吹きかけながら甘い言葉を囁く。

 

「ねぇ……しよう?」

 

 そう言われた途端に、あの日々の記憶が鮮明に蘇っていく。

 

 吸い付くようなサラサラの素肌──

 あの燃えたぎる熱き血潮が、私の奥まで入って、全体をまんべんなくかき回していた。

 

 何度も何度もそれに突かれた私は、喜びの声を上げながら悶え狂っていた。

 

 それをもう一度、求める気持ちは今の自分にさらさらない。

 なのに、身体が勝手にあの感覚を欲しがっていた。

 

 思い出すだけで、子宮がキュンキュンと疼き始める。

 

 だが、感傷に浸ってなどいられない。

 私は彼と決別しなければならないのだ。

 

「放して!」

 

 そう言って、私は身体に回った彼の手を乱暴に振り払う。

 そして、鋭い視線で睨みつけた。

 

「私たちは、もう終わったの!」

 

 そう言って振り向くと、彼は思っていた以上に落ち込んだ様子を見せていた。

 肩を落とし、捨てられた子犬のようにしょんぼりとしている。

 

 その姿を見た瞬間、胸がきゅっと締め付けられた。

 

「どうして……そんなこと言うの?」

 

 彼は少し俯きながら、こちらの顔を窺うように見上げている。

 潤んだ瞳には、いつもの飄々とした態度も、欲望に満ちた笑みもなかった。

 

 悲しみ満ちたその姿に、どうしても心が揺らぐ。

 

「このまま、お別れしよう? ……その方が、いいんだよ」

 

 本当なら、もっと強く言うべきだった。

 だが、私には最後まで彼を突き放すことなどできない。

 

 慰めるように、できるだけ穏やかな声でそう告げたのは私なりの配慮だった。

 

「……わかった」

 

 しかし、彼は短くそう答えると、くるりと背を向けた。

 そして、肩を落としたまま、とぼとぼと歩き出す。

 

 その背中は、まるで人生を終えた老人のように、ひどく小さく見えた。

 胸の奥に広がる罪悪感が、じわじわと私を締め付けていく。

 

 本当に、このまま別れてしまっていいのだろうか。

 

「ま、待って。……最後に少しだけ話そうか?」

 

 ダメだとわかっていながら、思わず声をかける。

 その選択が、大きな間違いだったことに、この時の私はまだ気づいていない。

 

「えっ!? ……本当に!」

 

 まるで別人のように、そう言ってキラキラと輝かせるその瞳。

 意気揚々と歩き出す彼に手を引かれ、私は来た道を戻り始めていった。

 

 

 

 

 

 

 

              ~to be continued~

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