平日の午前中の繁華街は、人通りもまばらだった。
通りの店はまだシャッターを下ろしたままで、カラスがゴミ置き場を漁っている。
そんな街の中を、手を繋いで歩く不釣り合いなカップルが一組。
女の方はブクブクに太った大柄な身体。
それに対して男の方は、小さくてモヤシのように細い。
周囲の目を引く、奇妙な組み合わせだった。
巨体に手を引かれて歩くその姿は、まるで母親に連れられた子供のようだ。
だが当の二人は、そんな視線など気にも留めていない。
仲睦まじい恋人同士のように、片言の会話を交わしながら互いに頬を赤く染めている。
うっとりと見つめ合うその視線は、まるで互いの愛を確かめ合っているかのようだ。
その光景を見て、通り過ぎる人間は皆一様に振り返っていた。
「……ど、どこでする?」
ハジメの頭の中は、そのことで一杯だった。
道行く人々が「どうしてあんな女を連れているのだろう」と訝しげな視線を向ける中、本人はこれから訪れる甘美な未来ばかりを思い描いている。
もはや、自分たちがどう思われていようと関係ない。
二人だけの世界にどっぷりと浸かり、その目にはヤスコしか映っていなかった。
その足取りは、まるであてもなく街をさまよっているように見える。
だが──着実に、ある場所へと向かっていた。
「ハジメったら……さっきから、そればっかり……」
そう言って恥じらうヤスコも、まるで恋する乙女。
学校をさぼってホテル街へと足を踏み入れ始めたのに、ウキウキとした様子でハジメの手をギュッと握りしめ寄り添っていた。
「ここにしよう……」
ハジメの一言で、二人は煌びやかなネオンが輝く妖しげな建物へと足を踏み入れる。
周囲を照らす真っ青な照明と、黒い壁。
まだ午前中のこの時間帯は、この通りを歩く人の姿はほとんどない。
そこは営業中のラブホテルだった。
フロントには誰の姿もなく、機械の操作音だけが静かに響いていた。
「わぁ~。どれも妖しい雰囲気の部屋ばかり……」
ハジメは慣れない手つきでタッチパネルを操作し、一つの部屋を選択する。
「205号室ね……」
ヤスコがそう言うと、二人はその部屋へ向かって歩き出した。
緊張からか、そのあと二人は何も言わなくなる。
握り締めた手はびっしょりと汗をかき、互いの顔もわずかに青ざめていた。
人気のない廊下には、二人の足音だけがコツコツと響いていた。
「ここだ……」
しばらくすると、ランプの点滅する部屋へと到着し、ハジメはその扉を開く。
そして、中に入って扉が閉まった瞬間、飛びつくようにヤスコの大きな身体に抱き付いていった。
「ヤスコ~!」
だが、キスをしようとしてるのに、身長差があり過ぎて届かない。
踵を上げて思い切り背を伸ばすものの、足が震えるばかりで、どうやっても彼女の唇には届かなかった。
しかも、突き出たお腹が邪魔をして、その背中に腕すら回っていない。
その姿は、まさに巡業中の関取に稽古をつけて貰っている小さな子供。
見かねたヤスコが腰を落とし、目線を合わせていった。
そして、受け入れるかのようにゆっくりと瞳を閉じる。
すると、ハジメは無我夢中でその唇を貪り始めていった。
まだ、部屋の照明も満足に付いてない入り口付近で、舌を絡めた濃厚なキスのやり取りが、「プッチュ、プッチュ」と響き渡る。
息を弾ませ一心不乱に求め合う姿は、まるで付き合い始めのカップルのように情熱的だった。
そんな二人の目には、周囲の光景などまったく映っていない。
互いの身体を激しく抱擁し合い、絡ませた舌を無我夢中で舐め合っている。
そんなヤスコの口から、まるで息を繋ぐように一定の間隔で悩ましい吐息がこぼれていた。
それに興奮するハジメは、彼女の胸に手を伸ばし、おぼつかない手付きでそこを揉み始める。
「ダメっ。……まだ、シャワーも浴びてないでしょ?」
しかし、それに気付いたヤスコが、そう言って彼の手をそっと押さえた。
その瞬間、ハジメはしょんぼりと肩を落とし、視線を伏せる。
それはまるで、お預けをくらった子犬のようだった。
目の前の餌が欲しいのに手を出せない。
それでも、主人の言い付けには逆らえない──そんな心情がありありと滲み出ている。
そんな彼を見て、ヤスコは満足そうに口元を緩めた。
「シャワー浴びてからね♪ ……とりあえず、一緒に入ろうか」
その一言で、ハジメの顔がまたぱっと明るくなった。
「……う……うん……」
戸惑いがちな返事とは裏腹に、その表情には隠しきれない喜びと期待が浮かんでいた。
二人は照明を付けると、部屋の様子を気にすることもなく、まるで急かされるように浴室へと向かった。
そして脱衣所に入ると、ヤスコは当然のように、ハジメの衣服を脱がし始めていく。
自分のことなど後回しで、世話を焼くその姿は、まるで子煩悩な母親のようだ。
ハジメも何の疑問も抱かずに、満足げな顔で彼女に身を委ねている。
もはや彼には、目の前の醜い姿など少しも気にならない。
四六時中、悶々と身体を疼かせていたあの日の体験が、もう少しでまた味わうことができると胸を躍らせていた。
そして、生まれたままの姿になった二人は、洗い場に入ってシャワーを浴びた。
ハジメは心ここにあらずでニタニタとはにかみ、泡に塗れたヤスコの手で、身体中を綺麗にしてもらっていた。
その視線の先にあるのは、パンパンに肉の付いた太股の奥に覗くヤスコの股間。
もっさもさの陰毛に隠れてスジすら見えない。
だが、ぼんやりと垣間見える奥の部分には、本能を掻き立てるものがある。
まるで、力士のような三段腹すら気にならない。
密林の奥にあるのは、いきり立ったものを優しく包み込み、身体中をとろけさせてくれた”あの穴”なのだ。
面と向かって身体を洗われながら、無意識のうちにそこに手が伸びる。
そして、そこに触れる瞬間──ヤスコの穏やかな声が浴室に響いた。
「ハジメ、今日は私に任せて。……忘れられない日にしてあげるから……ねっ?」
その言葉を聞いた瞬間、ハジメの手が止まった。
あれほど渦巻いていた欲望が消えたわけではない。
ただ、その言葉に従っていれば、もう一度、この世の物とは思えない体験ができる気がした。
「……う……うん……」
気のない返事をしているが、大きく膨れあがった股間のものは、ずっと立ちっぱなしで収まる気配もない。
ビクンビクンと脈打ち、まるで何かを求めるように激しく暴れ回っている。
身体を洗い終えた二人は、バスタオルを羽織って浴室を後にした。
部屋に戻ると、壁際に置かれたベッドが、妖しく艶やかな光に包まれて輝いていた。
『忘れられない日にしてあげる……』
さっき聞いたヤスコの言葉が、頭から離れない。
ハジメは羽織っていたバスタオルをパサリと落とし、言われるままベッドに横たわる。
するとヤスコはそれを見ながら、肌身離さず付けていたトレードマークともいえる瓶底眼鏡を、ついに外す。
そこに現れたのは──
切れ長でくっきりとした二重の目。
たしかに肉がついて腫れぼったい。
だが──その吹きでものがいっぱいの顔には似つかわしくないほど、妖艶で魅力的な澄んだ瞳。
あまりの美しさに、思わず見惚れてしまう。
体型は仕方ないとしても、顔の手入れや化粧をすれば、“百貫デブ”などと陰口を叩かれることもないだろう。
ハジメは呆然としたまま、ただその顔を見つめていた。
束の間の沈黙──
やがて、ヤスコがゆっくりと微笑む。
視線が絡み合い、逃げ場はどこにもない。
そして、バスタオルが床に落ちる。
次の瞬間、二人は示し合わせたかのように、静かに肌を重ねていった。
~to be continued~