今日は免業日で、看守としては集められない情報を集めるのに最適な日だ。グラウンドに出ていい感じの人間を見つけて交流を────屑畜生女が坊主頭の囚人と話している。わざわざアイツに話しかける奴はおらず、大方アイツが何か仕掛けたのだろう。何かやらかす前に俺が釘をさしておくとするか。俺は2人に近づいていく。
「何をやってるんだお前は?」
「────ッ、どうしたんですか九十九さん?」
なんだその猫を被るどころか着込んでいる声は。冬場でももっと薄着になるだろ。
「……九十九さん?」
坊主の囚人が右手を首に当ててかしげていた。初対面の人間にこんな反応するか? と思い、俺は軽く自己紹介と質問をした。
「ああ、俺は九十九終って言うんだけど……そんな変な名前か?」
「いや、蘭さんは滅多なことでは本名で呼び合わないって言っていたから……」
お前何か変な事吹き込んだだろと言わんばかりに屑畜生女を睨みつける。
「うっ……その、私と九十九さんは知り合いだから……」
「言っておくが仲は最悪だから安心してくれ。ちなみに俺の二つ名は腹ペコくんだ。食堂で迷事件を二回も起こしたからな」
「……俺は『全裸マン』だ」
それなりに整った体に07から始まる囚人番号、彼は恐らく公然猥褻で捕まった露出狂だろう。
「……腹ペコくんさんはどこの房ですか?」
「九十九さんでいいよ。俺は特別囚人で、研修の一環で囚人になっているんだ。公然猥褻で捕まってわいせつ房に入ったってことにしている。ちなみにこちらの凛は宗教関連でやらかして捕まった」
コイツは変な宗教で荒稼ぎしようとして捕まったから、人を騙して丸め込む技術はかなりのものだ。だから初々しい全裸マンは引っかかりそうで────全裸マンが俺の瞳をキッと睨みつけてきた。
「……九十九さん、この人は蘭さんだ。凛なんて名前じゃない。それに妹の罪を被ってこのプリズンにいる。間違ったことを言うのは止めてほしい」
「いや……コイツは凛だけど? 蘭は姉の方の名前だ。しかも、姉にまで罪を着せようとしてまで逃げようとして────」
「いや──!!! 男二人に襲われる──!!!」
マジかよコイツ。初対面の奴に堂々と嘘をついた挙句、バレそうになったら俺ごと巻き込んで有耶無耶にするつもりだ。事態が飲み込めてない全裸マンを引っ張って走り出す。
「お前もう少し人を疑えよ! ここはデートスポットじゃなくて刑務所だぞ!? 言い寄ってくる女がいたら少しは構えろよ!」
「でも蘭さんは俺のことが好きで────」
「一言でも好きだと言ったか!? 抱きしめたか!? 物理的な距離が詰まったからって心の距離まで詰まる訳じゃねえ────」
「動くなお前達!」
看守数名に囲まれて進むも退くも出来なくなってしまった。
「……新入り2人よりも優等収容者の言葉の方が信じられるだろうな。ここは抗わずに堪えるぞ全裸マン」
とりあえず大人しく捕まったが何故か服を脱いで屑畜生女に迫ったということになっており、俺と全裸マンでプリズン引き回しの刑を喰らった。俺は追い抜くほど余裕で付いていけたが、彼は仮性包茎が酷くなったと嘆いていた。俺の相姦係数は飾りだからともかく、彼は結構加算されたに違いない。他者の心配をするのもいいがまずは自身の心配だ。
「……あんの屑畜生女……俺が囚人になったから虐げてやろうって魂胆か……底が浅すぎてドブ川からチラ見えしてるぜ……」
奴の事だからこれぐらいの考えしかないはずだ。全裸マンは世間知らずの坊ちゃんだからハメれると思ったからだろう。
「……蘭さん……」
それなのに全裸マンは下唇で未練を噛みしめていた。
「……諦めろ全裸マン。あの女に関わると碌なことにならねえ、知人の俺がこう言ってる段階でお察しだ」
それから俺と全裸マンの囚人生活は激変した。飯に異物が混じり、周りから煙たがられ、時に不必要な暴力を受ける。全裸マンはただ受けるだけだったからよかったが、俺は既往歴の都合上頭への刺激に敏感だった。不意に飛んできた肘を裏拳でカウンターしてしまうほどだ。
「あぎゃあああ!?」
「やっべ……逃げるぞ全裸マン!」
こうやって俺と全裸マンはみるみる仲間外れにされていった。
「……九十九さんはなぜ笑っているんだ?」
俺と一緒に走っている全裸マンは至極当然の質問をしてきた。だから俺は当たり前のように答えてやった。
「楽しいからさ」
彼と一緒にいるとあらゆるトラブルが向かってきて楽しくてしょうがないのだ。誰が呼んだか『ちんぽぽ2人組』だそうだが、それぐらい舐められていたほうが立ち向かう面白みがあって都合はいい。ただ、都合が良いからといって無視できない問題がある。
「俺が交わした五分の盃の件はどうしたんだよ三下ぁ……?」
無事に看守から逃げおおせた後、小沢こと三下を壁に追い込んで鬼詰めしている。俺は喜んで受け入れるから構わないが、組長の耳に入ったら指を詰める所の話ではなくなるだろう。
「こ、これはお前達の格の問題だ……! 舐められたら終わり、何されても文句言えない……ご、極道の世界じゃそうなんだよ……!」
暴論と言ったらそこまでだがなかなか面白い理論だ。その理論が本気かどうか試すとしよう。
「それ組長の前でも言えんのかぁ……?」
会長と互角以上に渡り合った俺の圧に屈さず、三下は抗おうとしている。
「い、言ってやるさ! これぐらいで音を上げるような奴なら盃を返した方が良いですってなぁ!」
「……なら許す。ちょっとでも手を抜いたら逆に手前をぶちのめすからな」」
俺が今望んでいるのは安寧ではなく紛擾*1だ。それを遠慮なく提供してくれるなら喜んで楽しませてもらおう。俺は三下を解放して昼食に向かった。卵の殻とか髪の毛とかが入っている昼食も案外悪くない。青藍島では精液だの潮だのが入っている料理も珍しくないから、調理工程で入りかねないものぐらいだったら何の問題もない。
「……九十九さんはすごいな。俺はとてもじゃないが食べる気になれない」
「だからといって俺によこすなよ。不正授受でシバか────」
「9924番、ちょっと来い」
露骨に嫌そうなソフィーヤ看守長の声が背後から響く。囚人たちが嘲笑しているが俺は何かやらかしたのだろうか。ともかく呼ばれたので残りの食事を全部胃に流し込み、大急ぎで下膳して彼女についていく。食事中で誰も居ないクリーニング工場の倉庫に到着し、これまた心底嫌そうな声で彼女が話す。
「明日から看守補佐に戻れ」
あまりにも唐突な囚人解雇宣言に驚きが隠せない。
「まだ1ヶ月経っていませんよ?」
「お前が囚人たちの諍いに巻き込まれているのは明白だ。研修という形で雇っているプリズンとしては大事になるのを避けたいそうだ」
「アレぐらいコミュニケーションの一環ですよ」
「お前はコミュニケーションの一環で6人を医務棟に送るのか?」
「7人じゃないんですか?」
「1人は打ち所が悪くて入院になったんだ。どの件も向こうから手を出してきたから不問にしているが、普通だったら懲罰房行きだぞ?」
「じゃあ送ってくださいよ。一度ぐらいは懲罰房に入ってみたいですし」
「お前は本気でそう言ってるだろうから質が悪いな……」
囚人になって思ったことだが、俺は看守補佐より囚人の方がよっぽど合っている。理不尽を強いられソレを己の力だけでどうにかする、という昔の俺とほとんど同じ環境なのだ。そこでアレコレやっていたほうがよっぽど成長する。
「……それに0720番とは気が合いましてね」
「お前と一緒に服を脱いで0545番を襲ったというアイツか。お前がそんなことをするとは思えないが、公然猥褻で捕まったアイツならやりかねんな」
流石に彼女は真相の一部は分かっているらしい。本当は全裸マンもやっていないが、これを弁明するのにはかなりの時間がかかってしまう。そんなことをしている間に彼がこのプリズンに潰されてしまう。せっかく見つけたトラブルエンカウンターだから良いお付き合いをしたい。そんな俺の我儘を知らない彼女は眉をひそめながら質問してきた。
「何故あんな奴に気をかける?」
「面白そうだからです。今回の俺と彼の件に解決の兆しが見えたら看守補佐に戻りますよ」
俺の言葉に彼女はクソデカい溜息をついき、帽子を深くかぶって目元を隠した。
「……お前が本気で抗ったらプリズンの総力を挙げる必要が出てくる、そうなるぐらいならお前の言葉を信じた方が良いだろう」
「お気遣い感謝します」
「だから今後は懲罰房行きも覚悟しておけ、いいな?」
「元よりそのつもりです」
「……そろそろ午後の作業開始時刻だ、行ってこい」
「その前に用便願います」
「……お前なあ」
悪くなかったとはいえ、慣れないものを食べたせいか胃がびっくりしている。いちいち用便を願っていたら作業できないので、もったいないがきっちり吐き出しておくとしよう。
そこからの囚人生活のトラブルはより苛烈なものになっていった。挙げていったらきりがないが、昼食前に水をかぶせてきたのは流石に驚いた。そんな中で全裸マンが俺の勤めているクリーニング工場に飛ばされてきた。彼曰くソフィーヤ看守長の指示だそうだが、俺が彼との交流を望んでいるのを知って便宜を図ってくれたのだろう。態度と顔はあんな感じだが、意外と俺のことを気に入っているのかもしれない。折角彼女が作ってくれた機会だ、全裸マンにここでのいろはを教えていく。
「……要は洗濯だな。義務教育を終えているなら洗濯の仕方ぐらい分かるだろ? 機械に入れてピッ、よ」
そんな中、後ろ姿でも分かる赤茶色い髪のツインテールの女囚が目についた。囚人の中でちょっと話題になっていた"ドローンガール"の特徴と同じだからだ。この場の仕事なんて俺がいれば余裕で終わるのでちょっと話してみよう。
「初めまして、俺はわいせつ房の────」
「腹ペコくんですよね? 私に何か用でしょうか?」
振り返って彼女の顔が明らかになる。クールビューティータイプの顔立ちだが、それ以上に目立つものがある。先ほど見たソフィーヤ看守長と全く同じ色の瞳だ。思わず言葉を失ってしまうほどには同じだと思えた。ただ、このまま沈黙をしていたら何にも起きない。何か言わないと。
「……き、綺麗な瞳ですね」
「何話そうとしたのか忘れてしまったんですか?」
背後から話しかけてきた初対面の人間が瞳の話をしたらこうもなるだろう。意外と洞察力には優れているようだ。だから不必要に隙を見せないようにした方がよさそうだ。
「そ、そうだね……君の瞳が綺麗だから……」
「ここがどこだか分かっています? 言い寄ってる暇があったら仕事したらどうです?」
あの瞳を見てしまったせいか、この毒のある言い回しもソフィーヤ看守長を想起してしまってしょうがない。とにかくこの場を何とかしないと。彼女の手が赤くかぶれているのを見つけた。ここから何とか切り崩すか。
「あっ、手、大丈夫? 薬品とかでかぶれるなら手袋とかあるから……」
「親切にありがとうございます。その場所を教えていただけるとありがたいです」
「そ、そうだね。何か分からないことがあったら俺に聞いて。ここで一番有能なの俺だから」
「昨日入ってきたばかりなのに……」
「なんか言ったかクソ森ぃ!?」
「言ってませぇん!」
「じゃあ手袋持ってこい!」
俺が彼女と離れるきっかけを作ったことには感謝しよう。それはそれとして手前は駒として使ってやる。
なんてこともあって夜の自由時間が訪れた。俺はグラウンドで筋トレをしながら真剣に考えていた。
(ソフィーヤ看守長とドローンガール……他人の空似にしては何か引っかかるんだよなあ……)
人間は初対面の人間に対して、最も似ている既知の人間を当てはめる傾向がある。耳が弟に似ているとか、目が弟に似ているとか、嚙む力が同じとか。だから俺も無意識に当てはめただけだ、と言われたらそこまでかもしれない。しかし、あの2人の瞳は似ているではなく同じだった。
(俺とレイラ、礼とセレン、淳之介君とアサちゃん……血が繋がっていると同じ瞳になるが……)
じゃあ黒い瞳の奴は皆血が繋がっているのかと言われたらそうではないが、それでも血が繋がりを疑うレベルであの2人の瞳は同じだった。
(……同じ特徴を持っていたら確信が持てる)
手がかぶれるかどうかソフィーヤ看守長に聞いてみる必要がある。しかし、囚人という立場で看守長と自由に話すのは難しいだろう。となれば、一刻も早く今回の問題を片付けて看守補佐に戻る必要がある。
「相手は屑畜生女と三下、しかしどちらも優等収容者で立場は俺より上……いいねいいねぇ……」
トレーニングで温まった体以上に、反抗心がバチバチと音を立てて燃え上がる。ひらひらと降る雪を溶かし、俺の周りだけ無骨な地面が露になっていた。