看守補佐に戻った俺は所長に新しい業務を提案した。
「囚人共に価値は無くても髪なら価値はあるでしょう? だからウィッグを作るのはいかがでしょうか」
「ただ捨てるぐらいならということですね。良いでしょう、試しにいくつか作ってみてください」
ということで新たにやってきた囚人の髪をそり落としている。礼やセレンやレイラの髪を整えられるぐらいの技術を持っていたのでバリバリ進んでいった。一緒に作業していたソフィーヤ看守長も驚きを隠せないようだった。
「尻毛を毟るとは言うが、真逆の髪に目をつけるとはな」
「……40手前でハゲが急に怖くなったからってのは内緒にしてくださいね」
「ふっ……お前がそんなことで悩むような奴だったとはな」
それっぽい事を言って囚人達から髪を集める。今どき髪が長い男も珍しくなく、目的の髪を十分集めることが出来た。早速その髪を持ってクリーニング工場でウィッグを作っていく。いきなり上手にできるとは思えないのでまずは短めの髪で作っていく。
「レイラが急に雑巾がいるって言いだして作ったことはあるが……流石にウィッグを作ったことはねえな」
ウィッグキャップ代わりに洗濯ネットを使っていることもあり、なかなかうまくできなかった。おかげで数日間、暇な時間はずっとお裁縫をやり続けることになった。いくら目的のためとはいえ、細々とした作業は性に合わないからストレスが募る。そんな時に限って人はミスをする。針が滑って刺さり、あろうことに折れてしまった。こういう時は素人の生兵法ではなく専門家の適切な処置が必要だ。
「樋口先生に診せないと……」
ということで医務棟に行ってその扉を開けると────全裸マンが全裸になって樋口先生に見せつけていた。一同が古いパソコンでアァンリアルエンジンを無理やり起動したようにフリーズする。
「……失礼します」
何を動転したのか俺は部屋の中に入って、ドアを閉じてしまった。
「ええっと……指で針を刺してしまったので診てください」
「ええっと……
「……九十九さんですか?」
「ああ、まあ……そうかも?」
全裸マンだけ冷静なのに全裸マンの姿が一番非常識だ。いや、彼にとって全裸は自己表現なのだからアレがあるべき姿なのかもしれない。つまり、この状況で一番真っ当なのは彼で────そんな彼の顔は青あざが出来ていて血も出ていて非常識だった。
「お前どうしたんだその顔?」
「……階段から落ちた」
そんな傷の付き方じゃない。大勢の人間に囲まれて暴行を受けた傷だ。そんなことをする奴らは今の所一件しか思い当たらない。
「クズ三コンビにやられたのか」
「あれだけで通じちゃうんだ。二人は仲良いの?」
樋口さんが彼の傷を消毒しながら聞いてきた。
「仲が良いというよりは俺が一方的に絡みに行っているというべきですね」
「でも、九十九さんは俺とノアを庇ってくれました」
「とても仲がいいみたいだね」
「今は看守と囚人ですけどね」
「ここではそんなこと関係ないよ。話したいこと話してみなよ。私には守秘義務があるからいないものだと思って」
お言葉に甘えて色々と聞いてみよう。
「さっき柊一郎さんって言われてたけど本名?」
「俺の名前は
「屑畜生女こと花丸凛と三下こと小沢だよ。あいつらをハメるいいアイディアがあるんだけど聞きたい?」
「奇遇ですね。俺も同じことを考えていました」
どうやら彼もこの数日間ただ黙っていたわけではないらしい。だから一つだけ質問をすることにした。
「……俺を信用できる?」
「囚人の九十九さんの罪は俺と同じ公然猥褻でした。それだけで十分信用できます」
「人の好さで信じてもらいたかったぜ」
お互いに消毒液の匂いがする手で、確かな痛みを分かち合う握手をする。こうして看守補佐と新人囚人たちによる華麗な復讐劇が始まろうとしていた。まずは、手の処置をしっかり行うところから始めよう。
ただいま私はちんぽぽ二人組を裸にして遊んでいます。露出狂の分際で私に偉そうに説教をクソの様に垂れやがった罰です。それはそれはもう気持ちよくて、響いてくる看守の足音を聞くだけで絶頂してしまいそうなほどです。
「……お前?」
「ああ、紅林────
そうお前らに絶望を告げる足音が来ている。
「────……さぁて、ここで質問だ。
「いま服を着ていないのは、果たしてどちらでしょう?」
何を言っているんだこの負け犬共は? 気が触れておかしくなったか?
「はぁ? 一目瞭然でしょ────」
「こんなこったろうと思ったぜ────屑畜生女」
この私をこんな呼び方をする奴はこのプリズンどころかこの世界に一人しかいない。だが、私の手下には死んでもこいつに声をかけるなと言ったはず。コイツと看守長を見間違えるとかクソ森でもしない────振り返ると金髪のロングストレートウィッグを被った奴がいた。
「作ったウィッグに出来が良かったんでつい着けて歩いていたんだが、服装もあってかソフィーヤ看守長と間違われて呼ばれちまってな。そしたら手前が関わっているとんでもない現場に出くわしたんだ。それでも間違えるとは思えんがね……
何所から計画が漏れた? 今日決めてさっき実行したばかりなのに。
「手前がウキウキしていると碌なことがないんだよ。ま、身内ならではの読みって奴だな」
「ま、待てよ九十九! 話が違うじゃねェか! 俺には必要以上に関わらないって────」
「0333番、看守である俺と囚人であるお前が交わした約束など一つもないが?」
小沢が九十九は関わってこないと言っていたがそういう理由だったのか。囚人と看守のダブルスタンダードをやっているヤツがそれを守るとは思えない。
「さてさてさーて……どっちが悪いかは言うまでもなさそうだよなあ?」
コイツは私に対して差別レベルの偏見を持って接してくる。まるで私がいる側が悪いと確信しているかのように。しかし、いくら何でもこの状況で私達が悪いとは分からないだろう。予定通りに事を進める。
「コイツ等が脱法おファックしてたんです! その証拠に男女で服を脱いで二人きりでいるじゃないですか!」
コイツは認めざるを得ないが優等である。故にこの刑務所の規則も完璧に頭に入っているはずだ。ならこの状況で下す判断は────
「嘘をつくな」
「えっ」
「裸でいるのは火を見るよりも明らかだが、脱法おファックをしていたかどうかは常人には分からないだろ? しかも、俺の鼻でもその手の匂いは感じられない……どう考えても嘘だろ」
お前確か30後半だろ? 家庭作って平和ボケしてただろ? 何で何一つ衰えていないんだよ?
「そして人が嘘をつくのには理由がある……裸の2人に聞こう、何があった?」
ヤバい。この作戦は私を信頼しているソフィーヤ看守長が来ることが前提の作戦だ。なのに私を端から疑っているコイツが来て、私のついた嘘がバレた。向こうの返答次第では────
「0720番と0721番は、その二人に囚人服を奪われました」
「脱法おファックをして汚れたから、替えがほしい……と」
あいつらも嘘をついた。ならまだ巻き返せる。
湊君とドローンちゃんが俺に教えてくれた手筈通りの流れを作ってくれた。そこで屑畜生女が泡を食ったように喚きだした。
「はぁ!? 何をデタラメ抜かしとるんですかあんたらぁ!? 違いますよ土口看守補佐! 私達が言ってることが正しいですからね!?」
「……人の名前を間違えるような奴が正しい事を言っているとでも?」
「何言ってるんですか!? 貴方は土口精────」
「俺の名前は九十九終だ。土口精などという破廉恥な名前の奴はこの刑務所にいない……看守にも囚人にもな」
今の俺は九十九終だ。コイツは自ら心証を下げるような発言をした。もっとも、俺のコイツに対しての心証はこれ以上下がることはないのだが。
「破廉恥な名前の看守は居るでしょう!? あのシコレンコって奴が!」
それは俺も一瞬よぎったが、何も喚きながらデカい声でいうことではないと思う。
「……それ以上言うのは止めた方が良いぞ?」
「黙れ! シコシコ連呼されて吐精しているコンビの男の方!」
ネーミングセンスはともかく、コイツはどこまで屑畜生なのだろう。呆れて思わずため息が出てしまう。ただ、後ろから感じる殺気に近しい怒気の圧が凄いのでネタバラシをする。
「最近の優等収容者にはマヌケがいるなぁ……」
「ああ!?」
「ここにどんな看守がいるか分からないのに、陰口をでっかい声でベラベラ話して平気なんだからなぁ……」
「ここにはお前しかいないだ────」
「ねえ、
俺は体をスッと右に避けてソフィーヤ看守長の姿を露にさせた。後ろ目に見た看守長は明らかに青筋ピキピキで、ギリギリ食いしばっているような状況だった。
「……確かにお前が言っていた通り面白いものが見れたよ」
「何かあると思って連絡しておいて正解でした。奴には本性を隠し通す技術がそれなりにはありますが、結局自分が一番の精神でヘマをするんですよ。何にも昔から変わってないです」
人から信頼を得るのは大変で、その信頼を失うのは一瞬だ。俺だって本性を失言したら間違いなくこの刑務所にいられなくなるだろう。俺は口を開けて動かなくなっている奴に耳打ちをする。
「さて、非常に頭のいい花丸凛さんなら簡単に解ける問題です。最初からある程度の問題を起こしていた湊君と紅林ちゃん、優等収容者の化けの皮が取れて醜い本性を見せてしまった屑畜生女……どっちの発言を信じてもらえるでしょうか?」
俺の煽りが効いたのか、屑畜生女がギリギリと砕けるんじゃないかと思うぐらいに歯を食いしばった。
「……ま、まだ、どちらの発言の状況が正解か、ソフィーヤ看守長には分からないはず……」
「手前の顔に書いてあるだろ? まあ、背中にも書いてあるがな。見てくださいソフィーヤ看守長!」
俺は奴をくるりと回し背中を見せた。
「コイツのタグ、0721って書いてあります! もしかしたら0333番の服も0720番の服かもしれません! 確認してください!」
俺の言葉を聞くや否や、ソフィーヤ看守長は即座に小沢の背後に立ちタグを確認した。
「……0720番だ。つまり、裸の2人の発言が正しいということだな」
「ええ!? いや、あいつらの発言も違────」
「あいつらの発言もってことは、お前らの発言も違うってことだよな? となったら心証の差でお前らの負けだ」
語るに落ちるとはこのことだろう。俺は屑畜生女を拘束しソフィーヤ看守長に確認する。
「懲罰房送りで良いですよね!?」
「当然だ! 全裸騒ぎを起こしたら関係者全員を懲罰房に送ると以前言ったからな!」
特別警備隊もやってきてついに決着がついた。クズ三コンビ及びその取り巻き達が醜く言い争っているが、非常に見ていて気持ちが良い。勝ちを確信した奴が無様に負ける時ほど笑える時はない。
「……さようなら初恋、ということだ」
湊君が工作の跡である胸の囚人番号をはぎ取って勝利宣言をする。ついでに俺も勝利宣言をさせてもらおう。
「覚えているか? バブみ保育園で手前を卵に差し出した時のことをよ?」
「どの時か分かりませんがあの時の再現だとでも言いたいのですか……!?」
「やっぱりお前は肝心な所で間違えるな。この世界のお前にはやってねえよ」
「何が言いたいんですか……!?」
「世界を超えて時を超えてなお────手前は屑畜生だってことだ」