働けるのかと小沢に不安がられていた俺だが、全身が筋肉痛なだけで普通に働ける。それよりもソフィーヤ看守長の瞳の様に死にかけている湊君が不安だった。足元がおぼつかず、体に真面な力が入っておらず、あからさまな体調不良だった。
「君の分まで働くから休んでいいぜ?」
「いや……大丈夫、だ……」
彼は舌の根も乾かぬうちに尻もちを着いてしまった。現場のリーダーに首根っこを掴まれて放り投げられる始末だ。これは俺がやるしかないと彼の落としていったつるはしを持ち二刀流になる。
「馬鹿やってンじゃねえ────」
「人生で一度はやってみたかったんだよ二刀流!!!」
痛みを忘れるほどの興奮で我武者羅に壁を掘る。後で小沢に感想を聞いた所、お前は人間じゃねェと言われた。そうして楽しくに掘り進めた頃、湊君が行方不明になったという報告が上がった。そんな時にも活躍してしまうのが俺だ。
「任せてください。俺の鼻で追えます」
仲良くしていく内に彼の匂いを自然と覚えた。防塵マスク付きだから目を閉じて集中しないと分からないがそれでも微かに感じる辿っていくと、トロッコがおいてある見たこともないような坑道に出た。そこには我ここにあらずのような湊君が────彼の頭上からミシリと嫌な音がする。
「こっちに走れ湊君!!!」
俺の叫びも空しく彼が崩落に巻き込まれた。咄嗟に両腕で頭を守ったのは見えたが、それでも無事かどうかは分からない。
「おい柊一郎!!! まさか死んじまった────」
「騒ぐな静かにしろ!!!」
場を圧して無理矢理静寂を作り出す。岩山の中から小さな呼吸音が聞こえる────彼はまだ生きている。
「湊君は生きている!!! 全員で助けるぞ!!!」
プリズンここで出来た初めての友達なんだ、死なせてなるものか。俺は全力で岩山を退けていく。
「聞こえるか湊君!!! ……絶対に助けてやるからな!!!」
ガラガラと山を開拓していくが、大きな松岩に遭遇してしまった。カッターで切ろうものなら岩山が崩れて湊君が潰されてしまう。どうすればいい。考えるにも考えている暇はない。力ずくでどうにかできるか────
「それでは、ご安全に────」
坑道に似つかわしくない、どこかで聞いた儚げな少女の声が聞こえた。その直後、強烈な光と爆音と共に岩山の上部が吹っ飛んだ。
「ぼっ、亡霊だ……! 例のやつが、この班にもついに出たんだ!!」
「幽霊が、全裸マンを助けた!!」
「オカルト話は後にしろ! 行くぞ小沢!」
「当たり前だ! 死ぬなよ柊一郎!」
俺と小沢で湊君を担ぎ出しエレベーターで昇る。しかし、炭鉱の入り口で待っていたのはソフィーヤ看守長だった。
「どうした、一体なんのさわ────」
「0720番が落盤事故に遭いました! 医務室に運ばせてください!」
彼女が驚いたような表情で湊君を見る。
「……見たところ外傷はないようだが?」
どうやら外傷の有無が重要らしい。俺は爪を立てて湊君の顔を走らせた。うっすらと血がにじみ出し、あからさまな傷ができた。
「な、なにをしているんだ9924番!?」
「……外傷が出来たので連れていきます! 行け小沢!」
「っ! お、おう!」
湊君を小沢に託して走り出させる。
「ま、待て! まだ許可を出して────」
彼らを追いかけようとするソフィーヤ看守長の腕を掴んで止める。
「囚人の体調不良を見逃した上に事故の手当てもさせない……研修中の身としては報告するべきでしょうけど、ここはお互いに穏便に済ませましょうよ看守長」
俺に何をされたのか分かった彼女はあからさまな敵意をこちらに向けた。
「貴様……今の自分が分かっているか?」
「友達を助けようとした偽善者で看守長に歯向かう劣等囚人ですかね」
客観的な分析をするや否や顔に飛んできた彼女の鉄拳を右拳で受け止める。その拳を強く握りしめると同時に蹴りが襲い掛かってきたので────あえて脇腹で受けて吹っ飛ばされる。そのままソフィーヤ看守長のに引き摺られてこの場を離れる。人目のつかない所で投げるように放された。
「……気に入らんな」
「拳を止めたことですか? それとも蹴りをわざと喰らったことですか?」
「0720番を庇ったことだ。なぜ奴を庇う?」
「また言わなきゃダメですか?」
「……お前が庇っている人間はどうしようもない屑だというのを忘れるな」
その後、彼女から5発ほど暴力を受けて房に戻された。休憩を経ても青アザは消えず、あの"狂人"すらも看守長には敵わないのかと囚人たちは恐れていた。
採掘現場は交代制で担当の時間が終われば後は休みだ。朝から夕方を担当している俺は夜の自由時間があった。とある目的を果たすため図書棟に行きスンスンと鼻を鳴らす。あの火薬の特徴的な匂いがする。例の死角に千咲都ちゃんがいた。驚かれないようにわざとらしく大きな足音を立てて姿を現した。
「やあ。お礼、言いに来た」
「お、お礼……?」
比較的スムーズに話してくれた彼女の前に座り話を始める。
「今日、落盤事故、あった。君、爆発させて、俺の友達、助けた。だから、お礼、ありがとう」
「あ、あれは、ぅ、私のしごぉとだから……」
「それでも、ありがとう」
彼女は恥ずかしそうに、それでも嬉しそうに小さく笑った。それに不釣り合いな彼女の右肩と右手にある火傷の跡と、左胸に見えるバーコードのようなものが気になった。恐らく彼女が普通の囚人と違う理由と関係しているはずだ。幸い時間には余裕があるので聞いてみることにしよう。
「君、何の罪でここに来た?」
「っぅ……」
彼女はあからさまに言い淀んだ。普通の囚人ならひけらかすように言うはずだから、やはり彼女は普通の囚人ではない。こうなったらお得意のアレで考えるとしよう。俺は両手の指先を合わせる。
「シャ、シャーロックホームズ……」
幼い外見、火薬の匂い、発破技術、火傷の痕────爆弾を取り扱った経験がある。
「……もしかしてだけど、爆弾を作って人を殺した?」
「……ぅぅ」
どうやら答え合わせをするまでも無い様だ。
「……君みたいな子が人を殺すなんてね。どれだけ追い詰められていたんだい?」
「え……?」
「その体を見るに発育不十分もあり得る。よっぽど劣悪な環境にならなきゃ、君みたいないい子が殺人なんて選ばない」
彼女は口をぽかりと開けて驚いていた。
「……人をぉ、殺しても、なんで、いい人だと、ぉ思った……?」
「俺の友達を助けてくれたから。それ以上の理由が必要ならもうちょっと考えてみる」
彼女は小さく首を横に振った。俺が彼女に対して好印象を持っているというのを理解してくれたようだ。
「……話してくれとは言わないけど、出来るなら聞いてみたいな」
彼女は右目を隠す前髪をしきりに撫でて言葉を絞り出した。
「つ、九十九さんは……呪いを信じる……?」
彼女は意外とオカルトな子なのだろうか。俺もオカルトは否定しない人間なので首を縦に振って肯定した。
「その方が面白いって言うのもあるけど、昔見た書類に"黒を抜き取る呪いを受けた一族"っていうのがあってね。確か……
黒鐘という単語に彼女がびくりと反応した。知り合いにでもいるのだろうか。
「そ、それ……私の、苗字……だ……」
俺はこのプリズンで人の名前に関しての地雷をよく踏み抜くらしい。でも、俺も俺で結構な呼ばれ方をする一族だったりするから紹介しておこう。
「実は俺も別の一族の血を引いてたりするんだよね。土口一族って知らない? "乱世を産む一族"なんて呼ばれたらしいんだけど」
「しぃら、ない……」
そういえば平行世界では秘匿されていた資料のはずだ。他の一族の人間でもぼんやりとしか知らないのに、獄中の千咲都ちゃんが知っているはずもない。
「……つ、九十九さんは、わぁたしが、怖くないの……? その、ぉ、呪われた一族、なのに……」
呪われた血筋なんて言ったら、普通の人間は遠ざかるだろう。しかし、俺は普通の人間ではない。自他ともに認める"狂人"だ。
「興味しかないね」
「……え?」
「確かに黒鐘ちゃんは薄幸体質っぽい見た目だけど、それだけで呪いを自称したらイタい子だ。相応の事情があると思うんだけど……聞いてもてもいいかな?」
「……知らない方がぁ、いい……と思う……」
またも彼女が右目を隠す前髪を撫でる。恐らくその目が原因なのだろう。一族の子である文乃ちゃんの目が全てを見通す目だとしたら、千咲都ちゃんは全てを閉ざす目だろうか。それを知らないでいたら新たな気がかりができてしまう。釘谷さんへの情報提供は俺では手に入れることが不可能な情報に使いたい。
「知りたいことを知らないで生きるぐらいなら死んだ方がいい……目の一つぐらいで誰かを嫌いになったりはしないさ」
「……じ、じゃぁ……」
そうやって彼女が髪を除けて覗かせた右目は────瞳孔は紅く、角膜は黒く、闇がそこに宿っているような、まさに"呪い"というしかなかった。恐らくこの目が原因で虐げられて、追い詰められて殺人を犯してしまったのだろう。
俺はとある言葉に脳を埋め尽くされてしまい、脳から溢れたその言葉が口から漏れ出た。
「かっこいい……」
「……え?」
「いや……マジでかっこいい……心の底から震えてるよ……」
「……ほぉんとに、怖くない、の……?」
「ああ……ちょっと変な言い方になるけど……ホルマリン漬けにして欲しいぐらいだ……」
「ほんとに変な言い方……」
「でも、怯えて遠ざけるようなものじゃないよ。むしろ、人智を超えた美しさがある」
文乃ちゃんとは真反対ながらもまた別の魅力がある目だ。黒というよりは漆黒で、塗り潰されて引き込まれてしまいそうだ。
「だから俺は君を遠ざけたりしない。むしろ……もっと知りたくなった」
そう言うと彼女はぽろぽろと涙をこぼしながら笑った。
「……そう言った人、九十九さんが、初めて、だ」
呪いの目を持つ彼女はずっと独りだったのだろう。誰に頼ることもできずただ独りで耐え続けなければならない、その辛さは俺もよく知っている。それを分かち合うことができる人がいるのなら、どんな地獄でも生きていくことができる。ならとことん分かち合うとしよう。
「……実は九十九終っていうのは偽名なんだ。俺の本当の名前は土口精って言うんだ」
「わぁ、私の本当の名前は、
「伊栖未ちゃんか……伊栖未? It's me! って自己紹介はどうかな?」
「なんだ、そぉれ……」
「故郷にやる気! 元気! 美岬! って喧しい奴がいてな。それっぽく韻を踏んでの自己紹介はどうかなって……」
「ふふ……なきにしも、あらず……」
「でも、このプリズンじゃ本名を言わない方が良いらしいから、2人だけの時にやってくれると嬉しいな」
お互いしか知らない秘密のやりとりは心を満たした。呪いと祝いは受け手次第というので、いつの日か彼女にも良い人が現れることを願おう。