あれから数週間が過ぎた。採炭現場での仕事でリーダーから『お前がいるチームが一番になっちまう』と言われ、ソフィーヤ看守長の理不尽な仕打ちにも湊君がついてこれるようになってきた。そんな楽しい現状を電話センターで礼に伝えている。
「いい研修になっているよ。土産話もいっぱいあるし」
「ならよかったよ。最近連絡がなくて心配だったんだからな?」
「それは本当にすみませんでした……つい囚人生活が楽しくて……」
「まったく……セレンはともかくレイラはいつ新しい女を連れて帰ってくるんだって騒がしいんだ」
レイラの勘が鋭すぎる。もしかしてアイツここの誰かと通じてるんじゃないか?
「まあ、そんな環境じゃあ溜まる物も溜まるだろうから……看守の時にビデオ通話で、な?」
「囚人でも時折看守長に出してもらってるから大丈夫だけど、その手があったか」
「待て今なんて言った?」
「チャプター19ってのがありまして」
説明したらSHOでもやってみるかと意外と肯定的だった。
「まだまだ研修の終わりが見えないから帰るのもまだまだそうかな」
「折角の機会なんだ、とことん楽しんで来い。ただ……帰ってきたら分かってるな?」
「それは楽しみだ。それじゃ、ご安全に」
礼との電話を終え夕食に向かう。隣り合った湊君が何かの紙を取り出したので覗き込んでみる。
「『労働囚人奨励制度』?」
「組長からもらった」
プリズンでは一般的な三等者、劣等な四等者、優等受刑者の二等者および一等者がいるらしい。日常の行いや労働が評価されるらしいので、俺が本気を出せば一等超えて初の特等者になれるだろう。
「……まぁお前達には、そんなもの関係ないがなぁ?」
いつもの声がしたので顔を上げるといつもの嫌そうな顔があった。俺は何か言われる前に腕立て伏せを始めたが、湊君は彼女に食い下がった。それが気に障ったのか彼女が机を拳に叩きつけた。おいてあったトレーがひっくり返り、プラスチックの皿がぶちまけられそうになったので、空中で掴んで整え机に置いた。
「大丈夫だ湊君、食事前に手を洗っているから食えるはずだ。汁物はご愁傷様になっちまったが────」
「お前達の心はほとほと腐りきっている!」
俺がいる以上複数形にするのは仕方がないが、それでも結構厳しい言い方だ。俺は歓迎して腕立て伏せに戻ったが、彼はどこか不服そうだった。
「冷静に考えろ! 自分の性器と話をするような露出狂に、奨励もクソもあるはずがないだろう!?」
立派な性器には突喪女神が宿ると聞いたことがあるが、彼のイチモツには宿っているらしい。いつか聞いてみたいものだ。
「それが友達!? ちゃんちゃらおかしいとはこのことだ! 頭がイカれてるんじゃないのか!?」
彼の数少ない友達の1人は突喪女神らしい。というと俺は神と同格ということだろうか。でもその理論で行くと小沢の事も友達だと思っているから、俺は小沢と同格になってしま────
「────アマツくんを馬鹿にするな」
彼の放った一言に空気が変わる。まるで屑畜生女に向かって啖呵を切ったあの時の様に。流石の彼女も驚きを隠せないようだ。
「彼は、最初の友人だ。アマツくんはずっとオレのことを支えてくれた」
「塀の外で健常な人間を見てこなかったか!? 男性器と喋っている男が、女性器を会話を楽しむ女がどこにいた!?」
俺の故郷では普通にいた気がするが、などと俺のくだらない考えをよそに2人の感情が高まっていく。彼は友を貶された怒りが、彼女は更生の余地がない囚人への怒りが。
「オレの友人を嘲笑し、存在を否定するような輩がまだいるのなら」
「相姦係数+0.06!!」
「相応の罰を、その身に受けてもらうぞ」
「────────────ッ!」
「────貴様を殺す」
「生意気な口を利くなと言っただろうがぁあああああ!!!」
彼女が担いでいたショットガンを構えた。咄嗟に腕で跳ね除けようとした時にはすでに引き金を引かれていた。バァンという炸裂音とズドンという重々しい着弾音が響き彼が倒れた。
「湊君!!!」
俺はしゃがんで顔を覗き込んで彼に声をかけたが返事がなかった。よぎった最悪の事態を振り払い状況を確認する。出血は無い、呼吸は正常、落ちてる弾は制圧用のライオット弾────意識を失ったのは確かなようだ。
「貴様もこうなりたくなかったら私の言うことを聞くんだな9924番」
彼女の後は分かっているなと言わんばかりの声が背後から聞こえる。ここで俺が何もしなければ彼女の顔を立てることになるし、"狂人"のくせにと言われまた俺への理不尽な仕打ちが始まる。どちらにとっても悪くない結果になる。ならそうするべきなのかもしれない────だが。
「……じゃあ、言うことを聞かなければこうしてもらえるんですよね?」
「────ッ!?」
取り戻した野心と彼から
「……故郷の後輩からからミルグラムの服従実験の話を聞いたことがあります。限られた空間において人間の約8割は権威者の命令を聞いてしまうそうです。自分の意思一つで囚人の今後を決められる看守とそれに従うしかない囚人、このプリズンは正にそうではないですか?」
「……担当抗弁だ。相姦係数+0.003」
「そして矯正施設の定義は再犯防止のための矯正教育や社会復帰支援を行う施設、だそうです」
「相姦係数+0.005」
「権威者である看守が理不尽ともいえるまでの教育を行って、他者に絶対に迷惑をかけないような社会復帰を促し更生させる……その効果が出ているのは事実でしょう。高い社会復帰率と低い再犯率が何よりもの証拠です」
「相姦係数+0.009」
「でもそれって本当に更生と言えるのでしょうか? 権力に怯え、正しく生きる事のみを考え、自分はこうありたいと言う事すらも捨てる……更生というよりは服従ですよ」
「相姦係数+0.02……!」
「いや、それ以前に人の言い分も聞かず、尊厳と矜持を踏みにじり、仕舞いには暴力でしか訴えられない貴女では……それすらもできないでしょうね」
「相姦係数+0.06!!」
「8割の人間にはそれが効くだろうが残りの2割はどうする!?」
「────────────ッ!」
「早く使えよその銃をよ! 結局手前はそれに頼らなきゃ人一人真面に従わせられないんだよ!」
「ならば望み通りにしてやる!!!」
彼女がショットガンを俺の腹部に向けて放つ。俺は敢えて弾き飛ばすことはせず、そのまま腹部に力を入れて受け止めた。サッカー選手の蹴りを喰らったような、あるいは車に轢かれたような、ともかく非日常的な衝撃と痛みが走る。
「…………で、どうする?」
しかし、俺は立っていた。咄嗟に漢勃ちを使って耐えたとはいえ、これぐらいで意識を失うようでは特殊戦闘部リーダーは務まらない。
「……は?」
あまりの出来事に彼女は鳩が豆鉄砲を撃ったように驚いている。俺は倒れている彼を両手で抱き上げて宣言する。
「俺の友達や友達の大切にしているものを傷つけるような奴には容赦しない。ただ、俺は彼みたいに物騒な言葉は使わない。俺らしく言うなら────────『
食堂から出ていく俺を止める者は誰もいなかった。囚人や看守はおろか看守長である彼女さえも。常識という鎖から放たれた"狂人"を止めるには、止める側も同じく放たれる必要がある。ここにいる8割側の人間にはそれができなかった。世界を変えていくのはいつも2割側の人間だ。
彼の容態を診てもらうべく医務棟に足を運ぶ。部屋の中では樋口さんが真剣に書類と向き合っていたので一声をかける。
「失礼します。彼と俺が制圧用ショットガンで撃たれたので診てもらいたいです」
彼女がガタリと椅子を倒しながら駆け寄ってきた。
「何があったの!? っていうか今九十九くんも撃たれたって言ったよね!?」
「事情を聞きながらでいいので、まずは湊君から診てください。俺はどれだけ酷くても打撲ですから」
事情を話しながら診察を始める。彼が撃たれた経緯を聞いて驚かれ、俺も撃たれてここに来た経緯を話すとめっちゃ瞬きをされた。
「……柊一郎さんも中々だけど、九十九くんはなんというか……本当に人間? あのライオット弾は人が喰らったら3日は動けなくなるんだよ?」
「俺だって流石に頭に喰らったらそれぐらい動けなくなるかもしれませんね。もしかしたら一生動けなくなるかも」
エスプレッソみたいなブラックジョークを決め場を和ませる。彼はただ意識を失っただけで異常は無く、俺もおかしい所はあるけど異常無しと診断された。ならよかったとベットの上の彼を見て安心し────床に転がって身を預けた。
「大丈夫九十九くん!?」
「……常人なら意識を失う痛みなんですよ。めっちゃ我慢してましたよ」
この痛みが引くまでは動けそうもない。彼女は誰かを呼んで来ると言って外へ駆けだしていった。程なくして彼女は釘谷さんを連れてやってきた。
「彼らが動けるようになるまでお願いします。私は看守長に容態を報告しに行ってきます」
急ぎ足で出ていく彼女を見送り、横たわる俺と湊君を見て釘谷さんは呆れたように笑った。
「彼女から軽く事情は聞いたが……相変わらずお前さんたちは面白い事をするね」
「九十九終にショットガンは有効……これで釘谷さんも俺の弱点を知ることができましたね」
「看守の銃が効かない奴がいたらそいつがプリズンを支配できるだろうな」
全盛期の俺だったらプリズンを支配できただろう。衰えというのは恐ろしいものだ。しばらくして湊君が目を覚ました。それから3人で今回の件について話をした。釘谷さん曰く、決め台詞にはウィットが必要だと言われた。
「ぶっ殺す、やるぜ、ベイビー……か」
「うーん……俺だったら『三途の川を拝ませてやる』になるか……?」
「お前さんは『やりたいようにやらせてもらう』のままでいい。その実力で殺意を伝えたら洒落じゃすまない。それに何をされるのか分からないってのは結構な恐怖だ」
確かに郁子先輩から『今から寝技をかけるね』と言われた時の恐怖は中々だ。そんな中で股間を押し付ける首四の字を平然と放ってくるからマジでやばい。しかも『このためだけに2日お風呂入らなかったんだ♪』とか嬉しそうに言ってくる始末だ。あの時は流石の俺も死を覚悟した。
「これを言ってお前さんたちの慰めになるかは分からないが……波多江の組長さんからの伝言だ。『もう少しだけ、我慢してみろ』ってことだ」
俺達の無事を見届けた釘谷さんは俺達に伝言を残して部屋を出て行った。残された俺達も出ていこうとなったが、その前に一つだけやっておきたいことがあった。
「湊君、アマツくんに会わせてくれないか?」
「……九十九さんは信じるんですか?」
「別にそんな変な事じゃないだろ?」
俺以外の人に見えない妹の霊に話しかける俺より、実体のある陰茎に話しかける彼の方がよっぽど普通だろう。分かってくれた湊君は自己表現をしアマツくんを見せてくれた。かっこいい名前に反して平均的なサイズだった。
「初めまして、アマツくん。湊君の友達の九十九終です」
以外と顔見知りなのか縮こまって挨拶を返してくれなかった。そこに湊君のフォローが入る。
「九十九さん、アマツくんの声は俺以外には聞こえないんです」
「じゃあ、彼の声を湊君が言ってくれるかい?」
「『こうして私を理解してくれるムッシュは初めてだ』って」
「それじゃ握手しようか。ってもこの場合だと握首になるか?」
そう言ってアマツくんと優しく握首する。このプリズンの冷たさに抗うように熱を帯びている。彼がこのプリズンでも湊君を理解し支えていたからこそ、湊君はソフィーヤ看守長に対しても怒りを露わにしたのだろう。俺も矜持を忘れずこのプリズンでまだまだ成長していきたい。