俺は事務作業が嫌いだ。1日で数本の論文を作り、百枚単位で書類を捌くことができたとしても嫌いだ。理由は単純で、一人で行う運動を伴わない行動だからだ。
「だからといって空気椅子でやる奴がいるか? 字が震えてるぞ」
俺の監視に就いた山岸刑務官がツッコんできた。最近知ったが彼女は主任矯正処遇官らしい。俺でもなれそうだ。
「こうでもしなきゃトレーニングにならないんです……!」
俺の字はいつも若干雑だから多少震えていても読めるはずだ。それに読み手はあの会長だからなおさら読めるはずだ。
「……ソフィーヤ看守長から聞いてはいたが、書類捌きも中々の物だな。手紙の検閲とかもやったらどうだ?」
「いいですね……! かっこいい口上考えるの得意ですから、伏線を考えるのも得意なんですよ……! 暗号とかすぐに見抜いてやりますよ……!」
「見抜くだと!? 今見抜くと言ったか!? いくら看守補佐と言えどしょうがないにゃあでは済まないぞ!」
彼女が青藍島に来たらカルチャーショックで死ぬか、青藍島語の更なる発展に貢献するかの二択だろう。折角だし試してみるか。
「知ってますか山岸刑務官?
「プリアルプス類は陰茎を象徴する神プリアーポスに由来してると言いたいのだろう!? それぐらい知っている!」
「じゃあツノゼミ科の────」
「ボッキディウム・チンチンナブリフェルムだろう!? アレはギリシャ語の素早いと指小辞*1とラテン語の鈴と持つを意味する接尾辞が組み合わさった結果だ! 日本人には下ネタにしか聞こえないがちゃんとした学名なんだよ!」
めっちゃ知ってるじゃん。博学な男子中学生かよ。この人の祖先を辿ったら青藍島人が出てくるんじゃないか?
「
「まだ何も言ってないです」
「ナニもイッてないだと!?」
「……」
「沈黙するな! 今『女なんだからチン黙じゃなくてマン黙だろ』と思っただろう!?」
以前淳之介君から借りた抜きゲーに出てくるビッチキャラみたいな発言だ。抜きゲーみたいな語彙力の女を前にしている俺はどうすればいいんだ?
とりあえず彼女の発言を半分聞き流しながら今までの分の書類を片付けた。昼休憩になるので一度看守棟の部屋に戻って昼食の準備をする。面倒なので生チャーハンを作ろう。大きめの丼にご飯を入れて卵、ツナ缶、ネギ、ごま油を入れて混ぜたら完成だ。あんな下ネタを聞かされ続けたせいか、かき混ぜるぐちょぐちょとした音がやけにエロく感じる。飯の準備で発情していたら食事中に射精してしまうかもしれない、そう思った俺は生チャーハンをコンロに置き、スマホで礼に電話をかけた。
「礼、今時間あるか?」
「今日は休みだから大丈夫だが……どうしたんだ?」
「見抜きをして欲しいんだ」
「ちょっと待ってくれ……折角だからいい下着に着替える……」
これぐらいのことで一々ツッコまず行動に移せる礼は最高の奥さんだ。ガサゴソシュルルと布の擦れる音が聞こえてきて期待が高まる。
「……よし。どうだ? 似合っているか?」
ストレートに下ろした焦茶色の長髪、健康的なペールオレンジの肌、豊かな双丘を覆う紫の三角ビキニ、秘部は隠せても生い茂る陰毛を隠せていない上と同じ紫で三角のビキニ────このプリズンで長らく味わっていなかった露骨なエロさだ。
「かなりサイコーですね……」
「……よしとする。ほら、そっちはあまり時間がないだろ? 早く済ませたらどうだ?」
「頑張りますよ……よいしょっと」
スマホを机に立てかけて俺の陰茎が映るようにする。久々の礼の美貌にすでにスタンディングマスターオベーションの準備ができている。
「────っ♡ひ、久々に見たが……相変わらずの大きさだな……♡」
見ただけで礼の秘部に染みができていた。幾度と無く体を重ねてきたが、改めて実物を見ると感じる物があるのだろう。
「……せ、折角だから、私も……その、シていいか……?」
「俺の願いを受け入れてくれたのに断るわけないでしょう? もちろんシていいですよ」
嬉し恥ずかしそうに脱いだビキニにはぬとーっと愛液が糸を引いていた。その下から髪と同じ色の森林が現れる。俺が陰毛フェチだと言ってからずっと手入れしつつ伸ばしてくれていて、以前行ったことのある大宮盆栽村のどの作品よりも価値がある。骨付きカルビの様に躊躇いなくむしゃぶりつきたいものだ。
「舐めていい?」
「が、画面越しで舐めて意味があるか……?」
「愛があれば意味があると思います」
「お前が良いならいいが……」
画面越しに舌で森林浴をする。何かで聞いたことがあるがスマホの画面にはトイレの便座以上の細菌が付着しているという。なら実質何日か風呂キャンした秘部を舐めているようなものだ。毛が顔に触れる感覚を髪で再現したらもはや=イコール、いや≡合同だろう。
「んんっ……♡な、何でだ……♡な、舐められてる感じがする……♡」
ゲームにのめり込むと痛いと感じるアレと同じだろう。礼はこのプレイに没入しすぎて本当に感じてしまっている。非情に嬉しいが、見抜きであるということを何とか思い出して画面から舌を離し画面を拭く。
「それじゃ始めましょうか。しっかり見ますから、しっかり見てくださいね……!」
ギチギチパンパンに屹立した陰茎を右手で扱く。ドクンドクンと高鳴る鼓動に合わせて焼けるような熱が伝わってくる。
「あ、相変わらず激しいな……♡おちんちん取れちゃうんじゃないかって心配になるぞ……♡」
「いつもこれぐらい激しくセックスしてたじゃないですか……! クソッ、相変わらずエロい体しやがって……! 本当に40手前かよ……! この美魔女が……!」
久々の半生礼に興奮が抑えきれなくなっている。荒々しい欲望が陰茎を扱く速度を上げていく。
「ふふっ……必死に扱いて……まるでオナニーを覚えたばかりの童貞みたいだな……♡ほら、おまんこだぞ~?」
もしゃりと森林が切り開かれ、てらてらと濡れた赤い秘境が現れる。画面越しでも匂い立つほどに誘い、俺の視界が揺れる。
「ふーっ! ふーっ!」
「あーあー……♡目をギンギンにさせて……♡その顔が見たかったぁ……♡私に欲情するその顔がぁ……♡そんな顔見せつけられたら私も……んっ♡」
礼も指を割れ目に挿れてぐちゅぐちゅと音を立て始めた。泡立ち溢れる愛液、躊躇いなく響く嬌声、俺を煽るように見つめる鳶色の瞳────全部俺のためだ。それが俺の限界を容易く誘う。
「礼! イくぞ! イくぞ! イくぞ!!」
「いつでもいいぞ♡いっぱい出せ♡溜めこんでた精液全部出せ♡」
陰茎が、睾丸が、背中が、全身がブルリと震える。亀頭の先に熱が集まる。早くこの熱から解放されたいがまだ堪える。堪えて堪えて、もはやくだらない意地だけで抑えている状態になって────
「────イけ♡」
「────うっ!!!」
たった一言で全てを解き放つ。下半身が無くなるかのような快楽が走り、チャプター19や樋口さんとの時とは比べ物にならない程の射精が始まる。スマホの画面どころか机の上まで白い絵の具を握りつぶしたかのように彩る。それでもまだ止まらず、机の端から精液がボタリボタリと落ち始める。
「うっわぁ……♡いくら何でも出しすぎだぞ……♡それじゃあ私も……んんんっ♡♡♡」
俺の射精に釣られて礼も潮を噴く。画面を介して2人の痴態の果てが交じり合う。快楽に頭を殴られジンジン痛む。それでも心の底から気持ちよくなれた。
「はぁ……はぁ……気持ちよかった……」
それしか言えなかった。
「私も……♡久々に気持ちよくイけたよ……♡」
それならよかった。
またやろうなと約束をして通話を切る。後片付けを済ませたらほとんど時間がなかったので、冷めた生チャーハンをかき込んで、駆け込んで事務室に戻る。
「九十九、戻りっ、ました……」
あからさまに何かあっただろと山岸刑務官が眉をひそめた。
「どうした九十九補佐? まるでフェラをした後の売春婦みたいにネギがついているぞ?」
「ちょっと、色々ぶちまけちゃって……」
「囚人の前ではそんな失態を晒すなよ。さて、休憩前に言っていた手紙の検閲だ。可能な限り捌いてくれ」
トサリと便箋の山が置かれる。このプリズンの批判や告発といった不穏な内容の物は全て処分しろとのことだ。早速やっていこう。
『拝啓 母へ
この度は私の不始末で迷惑をかけて申し訳ありませんでした。
ここでの生活で自分がいかにダメな人間かよく分かりました。
貴方はいつも私に堪え性がないと言っていましたね。
どんな人間にもある程度の我慢が必要だということだったのですね。
いくら親権がいらないからと他所様の旦那を誑かすのはよくありませんでした。
いまさらながら反省しています。本当に申し訳ありませんでした。
どうしようもない人間が謝って何になるか分かりませんが謝らせてください。
許してもらえるいつかその日まで謝り続けます。本当に申し訳ありませんでした。
追伸 この手紙を色々な人に伝えてください』
なんとも涙ぐましい話だ。俺は溜息を一つついて隣にいる彼女に手紙を見せる。
「どう思います?」
彼女はざっと読んで鼻を鳴らして得意げになっていた。
「このように反省させるのが我々刑務官の仕事だな」
「こんなもの世に出させない方が良いですね」
俺は手紙に左上から右下に向けて線を引いた。すると"ここは人権がない"という文が現れた。
「縦だとバレるから斜めにする……こんな小賢しい人間が反省してるとは言えませんね」
「……何故分かった?私には分からなかったというのに……‥」
「便箋はそれなりに費用が掛かるというのに、空白が多くて改行が不自然だったんです。その段階である程度疑いましてね」
次の便箋に手を伸ばす。差出人が花丸凛と書いてあったので即シュレッダーにかけた。
「見ないのか?」
「お目汚しになるので」
そうやって手紙の検閲を進めていく中、俺のスマホから『ウィリアム・テル序曲』が流れる。
「失礼……故郷からの連絡です」
「意外な曲を呼び出し音にしているな……」
事務室を出て答える。
「もしもし、俺ですが」
「随分と溜め込んでいましたね、精さん?」
透き通る冷泉のような会長の声が肝に届く。俺はすっとぼけてレポートの方について話す。
「日付はバラバラにしたはずですが」
「一度に大量に送られては誰でも分かってしまいますよ。それに筆跡の震えが徐々に増していましたし、そうでなくともインクの滲み具合が同じでしたので」
FAXで送ったのにも拘らずここまでわかるのか。相変わらず事務作業は会長に敵わないと脱帽した。
「それと……礼とはどんなプレイをしたのですか?」
肝臓にドライアイスを移植されたような感覚に陥る。たった1時間程前の話なのになぜ分かった?
「レポートの件で精さんに連絡しようと思ったのですが通話中だったんです。なので礼に折り返しの連絡をして欲しい、と言伝を頼みたかったのですがその礼も通話中でした。離れ離れになった夫婦が同時に通話中……邪魔してはいけないと思い、先程連絡を入れた次第です」
こうなったら白状するしかない。俺は諦めて息を吐き出しながら笑う。
「……ビデオチャットで相互オナニーをしていました」
「あらあら……それはそれは大変ドスケベですね……私ともしませんか?」
「下の毛を生やしてから言ってください。出来ないなら不毛な討論になりますよ」
「私は体質的に生えないみたいですので残念です……」
ウィッグ作りの延長で股間に着ける陰毛ウィッグを作ったら面白そうだ。ただこのプリズンで作ったら間違いなく懲罰モノなので、後で企画書だけ送るとしよう。
「所で話は変わりますが……
会長の声が変わってついに空気まで冷えた。俺も本気になって返答しなければならない。
「……今の所は矯正の一環で性を禁じているというだけで、俺の予想に繋がる情報は何もないです」
「……そうですか。時間はありますので焦らずにゆっくりと進めてくださいね」
「…………」
上手く言葉が出なかった。早く解決したい問題なのだがどうにも進め方が分からない。この件でを誰かに助言を求めると俺の真の目的を明かしてしまいかねない。そうなったらこの研修は即座に打ち切られるだろう。
「────────『やりたいようにやらせてもらいます』」
ふと口から出たのはその言葉だった。
「……頑張ってくださいね。では、ご安全に」
なぜあの言葉が出たのかは分からないが、今の所はそうするしかない。まずは事務室に戻って俺の仕事を進めるべきだ。