翌日、俺は所長に掛け合って審問会に参加したいと申し出た。
「0119番*1はすでに陪審員を買収しているでしょう」
「疑わしきは罰せずというのが日本の裁判の大原則です」
「ですから俺を参加させて0720番にもチャンスを下さい。俺も疑わしいことしますのでこれで平等です」
「……私の前で堂々と不正をする宣言をするとは大したものですね」
「清濁併せ吞むのがトップというものだと俺は思っています。それに……看守達にとってもいい研修になると思いませんか?」
所長はクッっと眼鏡をかけ直して微笑んだ。
「元より貴方を参加させるつもりでした。権力に靡かなず、かといって正当ではない、ある意味このプリズンの異端とも言える存在に立ち向かえるか……見させてもらいますよ」
それに応えるように帽子を深くかぶってニヤリと笑う。
「今回に関しての処分は全てが終わったらいくらでも受け付けますので」
次に俺はクソ森を脅してエロデューサーが書いていた活動日誌と拝見した。業界用語ばかり並んだ薄っぺらな内容で、しかも俺がいないことになっている。しかし、この虚偽はエロデューサーの権力によって事実になるだろう。
「……何をしているのですか九十九看守補佐」
センターの受付看守ことエロいワークが俺を見つけて話しかけてきた。俺はまだやましい事をしているわけでもないので堂々と笑って答えることにした。
「9924番としての活動が残っていなかったら面倒だなーって思いまして」
「何が面倒なんです?」
ここからやましい事をするのでさらに堂々と笑って答えた。
「いやね。俺が囚人の時、所長に19班で物づくり活動をするってことを伝えたんですよ。そしたらその活動日誌の提出を求められちゃいましてね。活動していた分だけでも出しなさいということで」
もちろんそんな話はない。しかし、この話が真実かどうかエロいワークには分からず、しかもエロデューサーの日誌には自身をプロデューサーにするため俺の存在がいないことになっている。
「でも探すのが面倒になってきたので……新しい活動日誌に書いてもいいでしょうか?」
となればこの提案に対しての答えは一つだ。
「……私は何も見ていないし聞いていないぞ」
彼女が目を背けたのを確認し真新しい活動日誌を手に入れた。最後に俺はソフィーヤ看守長に掛け合ってとある物を見たいと申し出た。
「0720番の購入願箋って保管されてます?」
相変わらず嫌そうな顔をしている彼女はうんざりと答えてくれた。
「問題児だからきっちりと残している。また何かやらかしそうなのか?」
「もうすでにやらかしてますよ」
彼女が額に手を当てて薄暗い天を仰いだ。
「……書類庫に直近半年分保管されている。番号順に並んでいるから分かりやすいはずだ」
「ありがとうございます」
礼を言って離れようとした際、彼女が何かを察知したかのようにブルリと震えた。
「まさかあのことを誰かに言ったんじゃないだろうな……!?」
「ぶふっ……ど、どのの事かは分かりませんが……多分言ってないと思います」
「分かってるだろ!? お前も言うんじゃないぞ!?」
女性の下の失敗は結構な恥で、礼も度々窓から飛び出そうとする程だ。知っているだろう樋口さん以外には言わないようにしておこう。書類庫から彼の購入願箋とご自由にどうぞという箱に入っている紙を大量にもらい、折角だからそのまま彼女からアドヴァイスも貰おう。
「因みに彼のやらかしとは製作中の物づくりが別の囚人に乗っ取られてるということです」
彼女がピタリと止まりそのまま連続で瞬きをし始めた。
「なので審問会を開くそうです。ソフィーヤ看守長は湊君の味方しますよね?」
「みかっ、な、なぜそう思う?」
冷や汗ダラダラの彼女には申し訳ないがちょっと強気に出させてもらおう。
「味方しなかったらあのことを言いふらします」
「お前もそれか……!」
ソフィーヤ看守長が19班に関わっているという段階で湊君にあの件で強請られているのは想像がついた。しかし、これで協力してくれるとは全く思っていない。
「っていうのは半分冗談で……」
「半分は本気なのか……」
「自分が優等収容者だと認めた囚人の失態は看守長としての立場に響きかねない、というのはどうでしょうか?」
彼女はううむと腕を組んで悩んだ。彼女は立場を重んじる人間ではないが、その立場から更生を促そうとしている人間である。もう一押しで味方してくれそうなので追撃を入れる。
「何より……彼は物づくりを通して社会性を手に入れていて、間違いなく真人間に近づいています。貴女はそれを阻まれたくないと思っているはずです」
彼女はとても真面目な人間だ。彼に限らず囚人の更生に真摯に取り組んでいる。厳しい指導はその現れなのだ。
「…………私が審問会に選ばれる保証はない。そして私は19班の製作活動に関与しているから証言は出来ない。それでもいいなら、味方してやろう」
ついに彼女は一つ大きな溜息をして首を縦に振った。これで俺以外の味方になる看守がいないという事態は避けられた。
「上手くいった暁にはココア奢りますよ……所でソフィーヤ看守長は耐熱性のコップ持ってます?」
「持っているが……なぜだ?」
「いやこの間俺の金細工を施したコップがダメになっちゃいましてね……見せびらかしたかったんですけど」
「落として割ってしまったのか?」
「いや、金細工が融けちゃったんですよ」
「純金だったにしても1000度ぐらい必要だぞ? そんなこと有り得るか?」
「コップそのものは無事だったのは幸いなんですが……なんとも不思議な事件です」
明くる日、俺はウィッグ工房に向かい、3人の女囚に現状を伝えた。
「だっはっはっは! 狂人先生ここに極まれりだな! 愚生にいい情報がねぇのが悔しいな!」
海神は膝を叩きながら大爆笑している。
「ふわぁ……特別用便願うます……」
ニュプノクスは何かあるようで上の口からほわほわと、下の口から水っぽいギャラルホルンを鳴り響かせた。
「アイツは女に自分のアナルを開発させるのが好きます……ボクもやらされたから間違いないます……」
ボクもということは他にもやらされた囚人、奴の権力を考えたら看守もいるだろう。しかし、そいつらを脅したり買収するには俺の権力はまだ足りない。別の所からのアプローチが必要だ。
「あ、あの……用便願います……」
ジョッキーはニュプノクスの音で催したのか普通の用便を願ってきた。相変わらずそこをトイレだと思っているか、流れるように用便を済ませた。
「
「消臭剤とアロマで誤魔化せないような物を出すなと言っているんだがな」
「ふわぁ……ボクたちが一番正しい使い方をしてるます……」
「ええ……私がおかしいみたいじゃないですか……」
俺を含めここにいる全員がおかしいので当たり前のことだ。現状出てきた情報はニュプノクスの一件だけで、今は俺の偽装工作を進めるしか無いので、ひたすら湊君の購入願箋を不要紙に写していた。流石に異様だったのか3人が覗き込んできた。
「わっ、何ですかその汚い字……読みにくいです……」
「そうかい?
「ふわぁ……コーヒーフィルターなんて何に使うますか?」
彼はコーヒーが淹れられるのだろうか。俺がココア、会長が紅茶、レイラが緑茶なので悪くないかもしれないと思ったが、豆や器具を願っていないからその線は無いだろう。少なくとも彼は彼なりに何かしているのは間違いない。しかしよぉと海神が出来上がったライトグリーンのツインテールをウィッグを被りながら聞いてきた。
「狂人先生の字ってこんなのだったか? もちっと読みやすかった気がするが……」
「あ、それ私も思いました。最初のウィッグ作りの説明書は手書きでしたから覚えています」
「ふわぁ……まるで別人が書いたみたいに見えるます……」
その言葉を聞いて思わず笑みがこぼれる。勢いそのままに単語ではなくいくつかの四字熟語を書いてみる。
「土崩瓦解、口無択言、精疲力尽……?」
「へぇ……狂人先生は本物の先生になれるぐらい頭がいいんだな」
「ふわぁ……でも四字熟語を多用すると頭悪く見えるます……」
別に良いだろかっこいいから、というツッコミを飲み込んでそのまま文章を書いてみる。
「
「牡丹百合と言やぁ
「ふわぁ……でも一目で分からない文章は良くないます……」
別に良いだろかっこいいから、というツッコミを舌先で止めて検証を終える。
「……これで活動日誌を書ける。さ、お前達は業務に戻れ」
その日の夕方、とある人物を味方に引き入れるべく俺は更生センターに来た。奴は相変わらず受付でヅケ取りに励んでいた。
「0858番、話が────」
「また貴方ですか? これ以上製作活動に関与したら上に報告しますよ?」
エロいワークが話を遮ってきた。俺とクソ森が接すると碌なことにならないと感じ取ったのだろう。しかしそんなの想定済みなので、俺は綺麗に畳み返しを決める。
「わいせつ房の件で話がしたいから来たんです」
こう切り出されては重大犯罪房の彼女では関わりようがない話に出来る。彼女は嫌そうな顔をしてクソ森を俺の前に連れてきた。
「なな、何でしょうか九十九先生ぃ……」
「わいせつ房の顔役として耳に入れてもらいたい話がある。囚人のプライバシーもあるから場所を変えるぞ」
「ええっ、でも、私────」
「言っておくが今の俺は囚人ではなく看守補佐だ。言葉を選ぶように」
俺の圧に屈したクソ森をウィッグ工房に連れ込む。
「あ、あのぉ……話って何ですかぁ……?」
相変わらず神経を苛立たせる声だが、俺は辺りに聞かれてマズい人間がいないことを確認して話を切り出す。
「エロデューサーを裏切って俺の味方になれ」
クソ森は目をぱちぱちさせながら震えだした。
「見返りはこの工房のリーダーでどうだ?」
「ええぇ……な、何を言ってるんですか……? そもそも私はあの人と関りなんかなくってぇ────」
「嘘はよくねえなぁ、櫛森日和子さんよ?」
閉められていたカーテンから裸の海神が現れる。限界まで開いた金糸雀の瞳と本当に股間以外には入っている波飛沫の刺青は、一般人からしたら恐怖でしかないだろう。クソ森も口をパクパクさせてさらに震えるしかなくなった。
「あたしは狂人先生から全て聞いてんだ……何でも色欲制作最高責任者に加担して狂人先生の友達を陥れようとしてるんだってな?」
「ぇぅっ、ち、ちが、くてぇ……」
「何が違うか言ってみろよ? ん?」
「わた、私は脅されてただけでぇ……悪くなくってぇ……」
「脅されたらやるんだな? 悪くなければやるんだな? ん?」
「そそ、そうですぅ……」
「じゃあ決まりだ。あたしが脅してあたしが悪いってことにするから裏切れ」
「ぴぇぇ……!?」
「もし断ったら……お前が娑婆に出た時、お前で生
「やりますぅ!」
因みに海神の刺青はファッションでいれたもので、彼女は反社会組織に所属していたことはない。ただ、本職顔負けの圧と交渉術を持っているようだ。お疲れさまと海神に囚人服を着させ、クソ森と詳しい話を進める。
「お前に求めることはただ一つ、真実だけ証言してくれればいい」
「そ、それだけでいいんですかぁ……?ほほ、本当にそれだけでいいんですかぁ……?」
俺はわざとらしく帽子を脱いでクソ森に宣言した。
「……9924番からの伝言だ。『俺はわいせつ房の顔役補佐だから、顔役の顔を立てるのが仕事だ』とのことだ」