ついにお待ちかねの審問会の日になった。楽しみ過ぎて朝風呂に入り、コンディショナーとドライヤーで髪を艶々にするほどだ。会場はいつもトレーニングで利用している体育館だが、あらかに雰囲気が違くもはや簡易的な裁判所と言っても過言ではなかった。ギリギリになって滑り込んできたソフィーヤ看守長と湊君がきて、ついに審問会が始まる。
「陪審員の九十九終です。公平な判断が下されることを願い、最善を尽くすことをここに誓います」
湊君の味方の陪審員は俺とソフィーヤ看守長、不明なのが山岸刑務官と何故かいる我妻看守長、後は敵だと思えばいいだろう。審問長があのエロいワークこと白石陶子である段階でご察しだ。案の定、湊君が不利になるように物事が進んでいく。
「そして耐えきれなくなり、0119番の肛門を犯したということですね」
「違います」
「こちらには診断書があります。あなたは0119番を死角に連れ出し顔面を殴打、抵抗できなくなった相手に強制わいせつを行い全治一ヶ月の怪我を負わせた」
その話が本当だったら湊君はここにいるはずがない。俺は挙手をして異議を唱えた。
「だとしたら0720番は今頃懲罰房にいるはずですが?」
「他の囚人に刺激を与えないようにまだ行っていないだけです」
このプリズンのやり方だというのならそうかと受け入れる。ただ、まだまだ疑問があるので引き続き異議っていく。
「その診断書は本当に樋口矯正医官が書いた物なんですか?」
「疑うんですか?」
「確認のため電話してもいいですか?」
「彼女は現在本島に出張中であり、連絡が取れるのは夜になるでしょう」
休暇か仕事で本島にいるのなら邪魔をする訳にもいかない。そもそも、そんなことをしなくても俺には切り札がある。
「目撃したという証人がいます。証人はこちらへ」
そして切り札が証言を始める。
「私、見てたんですぅ……! 0119番の人が坊主の人に襲われそうになっていてぇ……で、でもぉ……今思い返せばぁ……0720番ではなかった様な気がしてぇ……」
はっきり見てないって言えばいいのに何で微妙なラインにしたんだお前は。ともかく、その証言のおかげでエロいワークが分かりやすく取り乱した。
「な、何を言っているのですか証人!?」
「だ、だってぇ……! 坊主の人ってことしか覚えてなくってぇ……! 後ろから見ただけだからそれ以外分からなくてぇ……! そしたら何でか0720番がやったってことになっててぇ……!」
アイツには別の事も喋ってもらいたいから一度黙ってもらおう。俺は一つ大きく息を吸って目を見開いた。
「とにかくですねえ!!! 0720番が確実にやったという証拠はないのではないでしょうか!!!」
俺の大声にクソ森は口を閉ざしたが、エロいワークが歯向かってきた。
「こ、この診断書が物語っているでしょう!」
「なら加害者がどのような人間かも記載されているはずですよね! 加害者の特徴を全部言ってもらいましょうか!」
「坊主頭で0720番の囚人服を着ていたとあります! 彼以外にいる訳がないでしょう!」
ついに腹の底から大声を出し、人差指までつきつける。立ち止まる暇はないのでどんどん言ってしまおう。
「……実は囚人服は偽装が可能なんですよ」
ほとんどの陪審員はどういうことだと疑問に思っているが、ソフィーヤ看守長が俺の意図に気付き言葉を続けた。
「以前起きた全裸騒ぎでは2人の囚人が正面についている番号に細工をしていました」
「な、何ですって!?」
「つまり!」
俺は机をボンゴを鳴らすようにバアンと叩きつけて、勢いよく発言する。
「0720番の囚人番号をつけた別の坊主の囚人のが行った犯行の可能性があります!」
「なななな、なっ、何ですってええええええ!!!???」
これなら診断書が本物かどうかは関係なくなり、湊君の心証が悪くなる根本の事件を揺らがすことができた。
「その可能性を考慮せず一方的に0720番を犯人だと決めつけた看守の皆様……彼が受けた風評被害に対して、どうやって責任を取るつもりですか!」
「せ、静粛に! 彼がやった可能性も否定できないでしょう!?」
「そ、そうだ! 私を殴ってきたのは0720番で違いない! アイツの顔で間違いない!」
「おかしいですねえ!? でしたら何故坊主頭と0720番としか診断書に記載されてないのでしょうか!?」
「そ、それしか記憶に残っていなかったからでしょう!」
「殴られる前に見た顔を忘れる訳がありません! 水色の瞳という記載があるはずです!」
「うぐぅ……!」
エロいワークとエロデューサーの顔色が少しずつ悪くなっている。8割を従えたとしても、従えなかった2割に強大な力があるとこうなるのだ。俺はさらに追撃を仕掛けるためにクソ森に証言をさせる。
「そう言えば0858番さん! 言いたいことがあるって言っていましたよね!」
「うえぇ!? 言ってな────」
「ありますよねぇ!?」
「実は0720番の活動日誌がありますぅ!」
「「ば、バカなデタラメを言うな!」」
ついに2人に綻びが見えた。俺は満を持してあの活動日記を懐から取り出した。
「これが何よりもの証拠────」
「待ちなさい! その活動日誌は9924番の物のはずです!」
エロいワークの一声に場が静まる。奴はニヤリと笑って俺に切っ先を向けてきた。
「覚えていますよ……! 囚人として活動している間の報告をするために新しい活動日誌を一冊持っていきましたね……! それじゃないんですか……!」
彼女の指摘に俺は堂々と返答する。
「……いえ、間違いなく0720番が書いたものです」
「でしたら────中身を見せることができますよね」
その言葉に俺は顔をしかめた。
「……この日誌があることそのものが証拠ですから」
「見た所チーム名も書いてないようですが?」
更なる指摘に名前の欄をとっさに隠す。
「……か、彼はチーム名を書いていなかったですから」
「とにかく提出してもらいましょう! できなければその証拠は無効となります!」
ここまで来るかと思わず顔を伏せてしまう。
「おい九十九……! どうするつもりだ……!?」
隣からソフィーヤ看守長が俺を揺さぶるが、今更この日誌を引っ込めることは出来ない。俺は黙ってその日誌を目の前のテーブルに置いた。
「……証拠品を……提出します……」
奴が嬉しそうに歩いてきて日誌を開きながら掲げる。
「ご覧ください! 9924番の日誌のため初日しか書いていないでしょう!」
奴の手にある揺るがない事実が一同に沈黙をもたらす。誰もが誰も早く何か言えよと押し付け合っている状態だ。全てを終えた俺は机に身を預けた。
「……失礼ですが……」
沈黙を切り裂いたのはあの我妻看守長のどこか不気味な声だった。
「その日誌は随分と書き込んであるように見えますが?」
「……え?」
それに戸惑いながらも溌溂な山岸刑務官の声が続く。
「わ、私にも結構な量が書いてあるように見えますが……」
「な、何を言って……」
そしてソフィーヤ看守長の冷たい声が止めを刺す。
「その雑な字はうんざりするほど見たから分かる……0720番の物だ」
「ど、どういうことですか!? 一体何が見えて────」
「自身の目で確認されてはいかがですか、白石審問長」
俺はニヤリと笑いながら顔を上げた。どういうことだと奴は活動日誌に目を向けた。
「────ッ!? な、何でコレがここに!?」
奴はまるで捨てた日本人形が戻ってきたかのような驚きを見せている。俺は意気揚々と説明を始める。
「9924番としての活動を記録するための参考に拝借してたんですよ」
「う、嘘をつくな! だってこれは──────」
「0720番の活動日誌でしょう? 黙って借りたのは申し訳ないと思っていますが────あっておかしなものではないと思いますよ?」
俺はクソ森を脅してエロデューサーの日誌を確認すると同時に、湊君の日誌を探していた。しかしどこを探しても見つからなかったので、すでに奴らの手によって処分されたと仮定した。ならばそれを利用し、俺が0720番の日誌を作ってしまえばいいと考えた。
「どうやら0720番の字が汚くて読めないようなので私が代読しましょう!」
俺は奴の横に立ち、国語の授業で指名された小学生の様に元気よく読み上げた。
「『まずは九十九さんがメンバーになってくれてうれしかった。次にオレたちに会いたいという0119番に会ったが、九十九さんと一緒にことわった』……おやおやぁ!? 0119番はそもそも19班のメンバーではないようですねぇ!?」
「ち、ちがう! これは私が見た0720番の活動日誌じゃない! 偽装された証拠だ!」
「でしたら偽装されているという証拠を出してもらいましょうか! 貴女が見たという0720番の活動日誌があれば一発でしょうね!」
奴が分かりやすく歯ぎしりをした。
「貴様……! これが狙いか……!」
本物の日誌はすでに処分してしまっているので俺がでっち上げたこの日誌が本物となる。そうすると『0119番に会ったが、九十九さんと一緒にことわった』の部分も本当になり、エロデューサーがメンバーであったという大前提が崩壊する。では、素直に自分達が処分しましたと言えばどうなるか。勝手に0720番の活動をなかったことにした上でリーダーを変えた、という非常に心証を悪くする宣言になる。どうあがいても奴らにとっては不利になる証拠だ。
「どうでしょうか皆様! この日誌から0119番は逆恨みからリーダー変更願いを出し、白石刑務官はそれを知った上で受理したということが分かります! これを不正と言わずしてなんというでしょうか!」
「ふざけるな! ぼ、僕が書いた日誌はどうなんだ!?」
「お前が書いた日誌の始まりの日付は0720番の日誌のそれよりも後だ! 当然証拠としての効力は無くなる!」
「ま、待ちなさい! ほ、本当にその日に書かれたものか鑑定させなさい!」
インクの滲み具合や紙の痛み具合から判別できるらしく簡易的な検査に回される。そして────
「検査の結果……この日誌が書かれた日付と記載されている日付が合致しました」
奴らの敗北が決まった。エロエロコンビが膝から崩れ落ち地面を叩く。
「馬鹿な……!? あの日誌を使ったのだとしたら一致するわけがないのに……!?」
「0720番が書いた日誌だから一致して当然じゃないですか。まあ、強いて言えば────『やりたいようにやらせてもらいました』ってところですかね」
俺は左手で帽子を取り、右手で髪をファサリと書き上げてバニラの香りを漂わせる。カミにドライヤーをかけた甲斐があったというものだ。
後日判決が下されることになったのだが、そこで非常に面白いことが起きた。なんとエロデューサーが盛大に脱糞して3分以上離席し、規則に乗っ取って湊君が勝利を収めたのだ。早速ウィッグ工房の3人に報告をしに行った。
「お、おめでとうございます! お友達さんが助かって良かったですね!」
「にしても大便を我慢できなくて負けるとはなあ……だっはっは! こいつは傑作だ!」
「ふわぁ……今日は皆でお休みするます……」
相変わらずの皆で安心したが、俺は一つだけ残った疑問点を彼女に質問することにした。
「何で奴らに味方しなかったんだ、ニュプノクス?」
ニュプノクスはエロデューサーのアナル開発に協力していた過去があり、今も繋がりがあると思っていた。だからあえて活動日誌を書いているところを見せ、9924番の活動日誌を準備しているという情報を流させようとした。しかし、実際はエロいワークの記憶から9924番の活動日誌が出てきた。
「ふわぁ……理由は一つしかないます……アイツはボクが男と知った瞬間罵るました……」
彼女には"男の体で着飾って女扱いされたい"という信念があった。『トランスジェンダーじゃなくて一つの性癖であると理解してほしいます』と真剣に言っていたから俺は彼女を女として見ている。
「でも、狂人先生は努力しろと肩に手を置いて認めるました。それで僕は狂人先生に味方すると決めるました」
糸目は変わらないが、いつになく真剣な雰囲気で彼女は言い切った。俺は彼女に軽く笑って答えた。
「睡姦も癖か?」
「眠っている相手を起こさないように犯すスリルはたまらないます」
「相当こじれた癖持ってんな? まあ、抱いた女の模造品作ってるあたしが言えた話じゃないがよ」
「排泄してる所を見られたいだけの私は普通の癖ですね」
相変わらず真面な奴がいない工房だ。しかし、まともじゃないプリズンではこっちの方が真面ともいえるかもしれない。
どうしても新作が書きたいのでしばらく更新が止まります。ご了承ください。