「もうヤダぁ……2ヶ月ぐらいこんなことしてる気がするぅ……」
「まだ5時間しかやってないだろうが……何でお前は書類仕事になるとこうも弱くなるんだ……?」
現在、俺は事務室でソフィーヤ看守長と書類の山を攻略している。というのも、湊君が作っていたゲームがほぼエロゲであり、このプリズンで不適切な物だと判断されて制作中止になったのだ。関与どころか協力していた彼女及び俺はその責任を取るべくうんざりするほどの書類を捌いていると言う訳だ。かれこれ数十枚の書類を処理したが、本当に終わる気がしない。椅子ごと倒れて天を仰いで弱音を吐く。
「湊君が懲罰房に行ったから俺も行くぅ……」
「……あまり言いたくないがお前が居ないとこの書類の山が高くなっていく一方なんだ。終わったら訓練を科すと言っただろう?」
「じゃあ看守長も一緒に懲罰房に来てそこで訓練しましょうよぉ……」
「房にぶち込まれる看守がいてたまるか。ほら、次の書類だ」
彼女に引っ張り上げられて無理やり書類に向き合わされる。1日だけなら会長の代わりを務められる自分の有能さが憎い。1分間で2000文字は読め、1時間に2000文字は書け、パソコンでも1時間に3000文字は打ち込め、指に10本の糸を電話に結んで対応できるだけなのに。
「お前人間か? 訓練したってそうならないだろ?」
うんざりしながら書類の山を開発していく俺を見て彼女はドン引きしていた。
「そうなってるんですよ……生まれながらの体質と向上心の塊みたいな気質が合わさって……」
そうとしか言いようのない答えに、彼女は書類に目を戻して溜息をついた。
「……羨ましいよ」
紙を捲る音やペンを走らせる音に消えたそれは、あの嵐の日に聞いた彼女の本音に近かった。そんな日々が数日続いて、やっと俺は書類の山を更地にすることができた。それを所長に報告したら、想定していないほどの速さだったらしく次を考えているようだった。そこで俺は前々から考えてい1つの提案をしてみた。
「俺を数日懲罰房に送ってはどうですか? ただの謹慎処分よりもよっぽど示しがつくと思いますよ」
所長は数秒目を閉じて考えて数回頷いて目と口を開いた。
「……あなたにとって謹慎に値する罰になるかは分かりませんが、悪くない提案ですね。すぐに手続きをしましょう」
その日の内に俺は真っ暗で湿気た二畳ほどの独房にぶち込まれた。食事は少量の残飯が3回で、光も音もなく精神がすり減る感覚が数少ない刺激だ。普通の人間なら数日で気が触れてもおかしくない。しかし、彼ならこんな所でも心に火を灯して生き延びるだろう。俺は僅かに動かせる体に力みと緩みの繰り返しを与えながら、彼が帰って来るまではどうしようかと考える。
(聞いた話では彼は15日間ここにいる事になる。書類捌きと謹慎の日を合わせても彼はまだここにいる計算だ……とりあえず19班のメンバーと会って近況を聞くべきだ。なら囚人として動きまわった方が情報は集められるな)
と言う訳で謹慎が開けて早々、俺は9924となって色々と情報を集めることにした。まずは朝食前のわずかな時間で紅林ちゃんとコンタクトを取る。
「やあ。元気にしてた?」
「……まあまあですね」
目線だけこちらに向けて、相変わらずこちらには無関心といった返しだ。少しでも興味を向かせるネタはあるか脳内を巡る。懲罰房の話は興味なさそうだが、ソフィーヤ看守長と事務仕事をした話はどうだろうか? 姉妹の話なら多少反応があるだろう。この話題でいこう。
「この間ソフィーヤ看守長と書類仕事してさ」
「っ!」
露骨にビクッとして俺の顔を見た。手ごたえありだ。しかし、その話と紅林ちゃんから情報を貰ったとしたらとても朝食前のわずかな時間では足りない。
「今度の免業日に話さない?」
「……約束ですよ」
とりあえず今はこれだけで十分だろう。次は炭鉱現場に向かって何かと縁がある小沢からだ。久々に会うリーダーに挨拶をして、つるはし両手に小沢に話しかける。
「よっ、元気にしてたか?」
「おっ、九十九じゃねェか! お前懲罰房に行ったんだってなあ!」
どうやらすでにその情報はプリズン中に駆け巡ったらしいが、ぶち込まれた経緯が不明で色々推測されているらしい。脱獄を企てたとか、脱泡おファックがバレたとか、夕顔看守長に賄賂を渡そうとしたとか、我妻看守長に向かって逆十字を切ったとか。軽くただの謹慎だと答えて、掘り進めながら近況を聞く。
「できる範囲で筋トレをしててな。んで、この採掘現場は大丈夫か?」
「柊一郎とお前が居なくなって効率が落ちたが……まぁ、特に変わったことはねェな」
リーダーもお前と湊が恋しいぜなんて言ってたからそのぐらいだろう。問題なさそうなので、小沢から聞ける別の情報を手に入れるとしよう。
「組長さんは元気にやってるか?」
「あー……それがよぉ……口では大丈夫と言ってるんだが、どうもパッとしなくてな……」
大切な何かを見失い、自分のやりたいことと現状が一致せず、一進も九進もいかない子袋小路に迷い込んだような、このプリズンに来る前の俺みたいな状態にでもなっているのだろうか。だとしたら五分の盃を交わした俺が出る番だ。
「今夜の休憩時間、組長さんと会わせてくれないか?」
「そいつは悪くねえな……お前は会長と互角以上に渡り合った奴だから、何か変えるかもしれねえな……!」
仕事を終えてひと汗流して髪を乾かす間もなくあのレクリエーションルームに案内される。
「組長、九十九を連れてきました」
「ほう……丁度アタシも話がしたかったんだ」
キィと開いた扉からは作業用ジャケットを羽織った組長がパイプ椅子に座っているのが見えた。その顔は以前と比べてどこか覇気がなく、歯の奥に胡麻粒が詰まったようなもどかしさが見えた。俺は室内に入るや否やファイティングポーズをとって人差指でクイクイとお誘いをした。
「話だけでいいんですか?
「ばっ、オメェ正気かよ……!?」
狼狽える小沢を尻目に会長はいつものくつくつとした笑いを上げながら構えを取った。
「……そうだな。色々と考えた所で答え1つが出てくるだけなんだ、少しは体を動かしたほうがいいだろうな」
言い終わるや否や俺の胸を目がけて放たれた彼女の右掌底を左手で掴む。その手を捻ると同時に飛んできた左脚を右足で受け止める。
「懲罰房で鈍った勘を目覚めさせるには丁度良いですね」
「準備運動ぐらいにゃなると思ったんだがな……!」
一度放して軽く拳と脚で打ち合う。互いに最小限の動きで攻め、最小限の動きで捌く。実戦と鍛錬の差で俺の方が圧倒的に上だが、油断していたら彼女に一手取られかねない。顔に迫って来た手刀を後転で回避しながらその手を右足で蹴り上げ、彼女の喉元に左足刀を軽く当てて打ち合いを終える。
「悩んで苦しい時こそ藻掻いて足掻いて抗いまくる……その果てにしか答えはありませんよ」
「……ありがたい金言、痛み入るよ」
お互いの健闘をたたえて俺が上のプリズン流挨拶をして別れる。
翌日の夜休憩、俺は図書棟に行って千咲都ちゃんこと伊栖未ちゃんに会いに行った。いつもの死角にいなかったので鼻を鳴らしその位置を探り────
「こんな所で何をしているのかしら9924番?」
売れ残った惣菜の様に冷えた声が背後から聞こえてきた。今の俺は囚人なのでそれらしい態度で対応するとしよう。
「スキルアップのために資格系の本を探していました」
「貴方は匂いで本を探すのかしら?」
どうやら俺が本ではない何かを探しているのに気付かれたようだ。しかし、彼女がここにいることを明らかにするわけにはいかない。俺は手の届く範囲にあった本を取って誤魔化す。
「これオススメですよ。夕顔看守長に向いている本でした」
「……私に喧嘩を売っているのかしら?」
よくよく見たら料理の本だった。売れ残りであることを煽られた彼女からしてみたら、少しぐらい家庭的になったらどうだと言われたようなものだろう。思わず吹き出して机にもたれかかったらその机が壊れてうつ伏せになってしまった。そこで探し物を見つけてついハハハと声を出して笑ってしまった。
「おっとすみません……つい面白くて……」
「そう」
その言葉と共に放たれた殺気に腕の力だけで跳び上がって体勢を整える。俺がいた場所には太田部ちゃんがいた。何が起きたのか分からなそうな彼女の背後から肩を叩く。
「服装が変わって誰か分からなかったかノロマン?」
「ッ!? あ、あなたは────」
驚いて怯んだ彼女の腰にある銃を音も無くスッと奪って彼女の後頭部に突きつける。
「ホルダー入りの銃は正面からは取り出しにくいが背後からは取りやすい」
「……ご指導ありがとうございます」
「俺じゃなかったら良くて後遺症、最悪死だったことを肝に銘じておけ」
ホルダーに銃を戻し────振り返りながら右足を振り抜く。カアンと堅い棒状の何かが吹き飛ばされて地面に落ちる。そこにはあからさまに何かを振り下ろそうとしていた逆茂木ちゃんがいた。俺は自分の鼻をトントンと人差指で軽く叩いた。
「少しは気配を抑えられるようになったのはいいが、汗も抑えないと匂いでバレるぞ逆茂木」
「……生理現象をどうやって抑えるんですか?」
「制汗剤を使……あっ、制汗は禁止用語だ……見逃してもらえますかね、夕顔看守長?」
わざとらしく頭を掻いて彼女に向かって微笑む。彼女は心底気に入らないと言わんばかりに2人を連れて踵を返した。
「……備品破損は見逃せないわね。後で申請をしておくように」
「お気遣い感謝します、夕顔看守長」
わざとらしくお辞儀をして彼女を見送る。そして、先ほどうつ伏せになった時に目が合った彼女に声をかける。
「お騒がせしてごめんね、伊栖未ちゃん」
「しゅ、囚人服姿の九十九さん……ぁ、かっこ、良かった……」
どうやらいつぞや抱いていた懸念点は杞憂に終わったようだ。
壊した机を適当に片付け、いつもの死角に戻って伊栖未ちゃんと近況報告をしあう。
「俺は伊栖未ちゃんぐらい文字を書いて、懲罰房に行って戻って来たった感じかな。そっちはどうかな?」
「ぜっ、全裸マンが来なくなって平和になぁった……けど、ち、ちょっと物足りない、気がする……」
彼は良くも悪くも出来事を運んでくる存在だ。ある程度一緒にいてから離れるとなんとかロスと同じような感覚に陥る。俺どころか誰も彼の代わりになる事は出来ないだろう。どうしたものかと唸って頭を捻って考えてもなにも出てこない。そんな俺を見かねてか彼女が1つ深呼吸をして目を見開いた。
「い、い、伊栖未? い、いっつ、み、みー……」
前会った時に提案した自己紹介だ。詰まりながらガッタガタに震えた声で、お世辞にも聞き取りやすいとは言えなかった。俺はやんわりと破顔し、彼女の頭をポンポンと触って評価する。
「最高の自己紹介だよ。スムーズに言えるようになるともっといいね」
「うへ、おお……」
嬉しそうに笑う彼女を撫でながら考える。退屈な現状を変えるには彼が何か物事を起こす必要がある。ならば今は大人しく待つとしよう。急いては事を我慢汁、時には堪えるのも訓練だ。