先日の"プリズン正常化"を実行するにあたって、水城所長から信頼できる部下を集めろと言われた。湊君は19班のメンバーを頼るようなので、俺はウィッグ工房の3人に話をしてみた。
「このプリズンの正常化ですかあ……うーん……私はあまり興味ないですね……」
「あたしはこのウィッグ工房がありゃなんだっていいな」
「ふわぁ……以下同文であるます……」
そもそもプリズンの異常の象徴みたいなこのメンバーが正常化に協力すると思ったのは間違いだったようだ。しかしよぉと海神がオレンジ色のドラム缶でまいたようなツインロールのウィッグを被りながら聞いてきた。
「何で狂人先生はそんなことをしようと思ったんだ?」
「そ、そうです。その全裸マンさんはともかく、先生は何もメリットがないじゃないですか」
「ふわぁ……狂人だからだと思うます……」
ニュプノクスの一言でまあそうかと落ち着いたので答えなかったが、俺にはとってはこれに乗らなければ何に乗るんだという提案だった。所長のお墨付きで湊君と関われる、成長に繋がりそうな難題である、なにより青藍島の来訪者減少問題の解決策が報酬であると、俺が断る理由はどこにもなかった。その辺りの事情を話すほどの値衣料があるメンバーではないので適当に答える。
「……ニュプノクスの言う通りで、面白そうだからだ」
「ですよねー……まあ、先生の事だから大丈夫だとは思いますけど」
「まあ、あたし達の力が必要になったらいつでも言ってくれ。可能な限りはやってやるぜ」
「ふわぁ……できれば面倒事はやりたくないます」
相変わらず頼もしい奴らだ。俺以外にもその態度でいられたらもっと褒めてやりたい所だ。
俺の精鋭達は現状役に立たないことが判明したので、19班の作業部屋にお邪魔して"プリズンの正常化"の具体的な内容について話し合う。
「俺達に言われたのは、"3人の看守長にそれぞれ試練を与えること"だ」
所長曰く、追い詰められた状況を切り抜けられないようではこのプリズンを治める物として相応しく無いとのことだ。手段を択ばず、場合によっては死ぬ寸前まで追い詰めてもいいらしい。そうなったら俺としては死ぬほど気に入らない奴が一人いるので提案してみる。
「最初のターゲットは夕顔看守長こと売れ残り干瓢でどうだ?」
4人はお互いに目を合わせて、何とも不思議そうに尋ねてきた。
「何があったんですか?」
「初日に罵倒された」
「なんて言われたんだい?」
「不真面目そうと言われた」
「ほぉ、他には……?」
「ぼやかして人生を言ったら不幸自慢をするなって言われた」
「九十九さんをそう言うなんて……許せないな」
「だろ?」
ということで最初のターゲットが決まったので作戦会議をする。いきなり囚人達が動き出して向こうに感づかれては意味がないので、まずは看守補佐の俺が動いた方が良いとなった。早速俺はウィッグ工房のメンバーから干瓢の情報を集めることにした。
「干瓢ですか? あのおすしに入っている?」
「バカ。この収容所で干瓢って言ったら夕顔看守長の事だろう? 最近小ジワが増えたぐらいしか情報がねえな」
何所か抜けているジョッキーはともかく、かなりの良識人である海神が知らないのは驚きだった。
「ふわぁ……3838番、特別に用便願うます……」
そんな時に尻から鶴の一声を出すのがニュプノクスだ。いつも眠たそうにしている分、頭を働かせたときは凄いのだろう。相変わらずの汚い音を轟かせて大きなあくびをして出てきた。
「あの人が1人でいる所を見たことがないます」
言われてみればあの女は一言発するだけで特別警備隊を呼び出せる。それだけ近くに置いているというのは間違いないが、それがいなかったら奴は無力になるはずだ。なら俺はそこを突くことにしよう。思いついた案を19班の皆に提案する。
「俺が特別警備隊に入る。で、特別警備隊全員をぶちのめすからそこで何か仕掛けよう」
「随分簡単に言いますね。あのかんぴょう女があなたを採用するとは……十分あり得ますね」
「ああ。九十九さんは常識外れの強さを持っている……指導役としてすぐにでも採用されるだろうな」
「たぁ、ただ……警備隊が強くなったぁら……こっちが不利になる……」
「つまり短期決戦になる……ということだな」
俺の指導についてこれたのであれば1ヵ月で別人になれる。実際はついてこれるケースがないから2ヶ月はかかるが、それまでの間に本体をどうにかする作戦を思いつかないといけない。そこは湊君達に任せて、俺は所長に特別警備隊への参加希望の意思を伝えた。彼女はタブレットをスイスイと動かしながら微笑んだ。
「警備隊全員があなたほどの強さになれば、このプリズンの防衛力がより強固なものになるのは間違いないですね」
「捕らぬ狸の皮算用にもほどがありますけどね。いつから配備されますか?」
「善は急げといいますが制服の準備がありますので……数日後になりますね」
流石この異様なプリズンを成り立たせているだけの事はあるようだ。その権限だけは俺でも敵わないと改めて実感した。
「ということでこの度特別警備隊に配備されることになりました九十九終です。よろしくお願いします、夕顔看守長」
あの太田部ちゃんとお揃いの戦闘服と目元を隠すマスクで着飾った俺は彼女に向かって敬礼した。そしたら彼女がいきなり杖を振るってきたので空いている右手で掴んで────瞬間、凄まじい電流が襲ってきたので思わずうつ伏せに倒れてしまった。
「敬礼するときは武器を扱う利き手でやらないと無礼なのはご存じかしら?」
「治安管理委員会委員長兼特殊戦闘部リーダーなので知っててやりました……」
俺の頭にコンと杖先が置かれた。スイッチが入れば俺の脳は彼女に痺れてイカれること間違いないだろう。
「……次やったら頭にやるわよ?」
流石に1発目からやるつもりはないようで、スッと杖先が頭から離れた。
「気をつけます……で、今日は何をすればいいですか?」
動くようになった体を起こして指示を仰ぐ。彼女は心底嫌そうに舌打ちをして、図書棟の電気設備の点検をするために人を立ち入らせるなと命令した。それぐらいで特別警備隊が必要かと思ったが、そういう異常事態に乗じて企みが起こるのはよくある話だ。まずは信頼を得るために文句ひとつ言わずに図書棟の扉の前に立つ。誰が来るんだこんな所と思っていたら、よく知った坊主頭の湊君が小走りでやって来た。
「あっ……九十九さんですか……?」
「おっ、よく分かったな。今日は点検で休館だぜ」
「そうですか……千咲都を見ませんでしたか?」
どうやら千咲都ちゃんを探しているようだ。
「俺は見てねえな……もしかしたら知らないで館内にいるかも。一緒に見て見るか────」
手がけた扉には鍵がかかっていたが、ここの扉は鍵を持った人間しか開け閉めできない。俺は立ち入らせるなと言われただけでその鍵は持っていなかったので、誠にインシューディゴンと彼に謝った。彼は別に構いませんと気に留めなかったが、俺としては何かが引っかかった。気になって扉の向こうの気配を探ったが、点検中だというのにあまりにも物静か過ぎたのだ。
「……嫌な予感は確認して拭うに限る、窓から様子を────」
彼はすでに行動に移していたようで、その腕に振るえる千咲都ちゃんを抱えていた。彼女の手が彼の股間にあったのは少々戸惑ったが、意図を察した俺は制服を脱いで彼女に被せた。
「……人を立ち入らせるなと言われただけで、寒がっている子の対処は特に言われてないんでね」
「ありがとうございます九十九さん」
「つ、九十九さんのぉ、ふく……あぁったかい……」
「基礎代謝は高い方なんでね。温まったら図書棟の前に落ちてたって看守の誰かに届けておいて」
2人を見送って見張りを続ける。途中で太田部ちゃんからおにぎりを食べるかと勧められたぐらいしか特別な事はなく、夕顔看守長に報告するだけだった。
「……上着は転んで汚したから囚人に洗濯するようにと渡した、と?」
「そしたらそのまま届けられてたってワケです。やっぱ囚人にロクな奴いないですね」
「……それに関しては同感ね。今度からは自分の手で洗濯しなさい」
彼女から制服を受け取り再び身に包む。しばらく千咲都ちゃんが包まっていたせいか、濃ゆい人の匂いが鼻を刺した。
「……持ち場を離れてドブネズミのような匂いがする場所にでも行ったのかしら?」
「持ち場を離れるようなことはしていません。ノロマンちゃ……太田部さんが証人です。おにぎりは美味しかったです」
言っておいて信じてもらえるか微妙だったが、まあいいわと彼女が杖を突きながら歩きだした。
「次は戦闘訓練をしてもらうわ。全員があなた程になるとは思えないけれど、少しでも力をつけてほしいものね」
そう言ってやって来た訓練場には他の特別警備隊員と一部の看守がずらっと並んでいた。
「ここの看守は男性から何かしらのトラブルを受けた人間が多いそうよ?」
「ようは俺で憂さ晴らしをしてやるってことですか……だったら俺の顔を張ったサンドバッグの方がよっぽどいいですよ」
俺は彼女らの前に立ち、両手を広げて無防備になった。
「顔から上はやらないでくれ。それ以外は好きにしてくれて構わない」
その言葉を皮切りに我先にと全員が襲ってきた。ほとんどの人間が相応の敵意を持って向かって来ると言うのは非常に楽しいものだ。
「ただ……相手はしっかり選ぶべきだぜ」
胸を殴った警備隊の拳、脇腹を蹴った看守の脛、背中を打った警棒。どれからもそれらが出していい訳がない音が鳴り、一過性の暴力として終わった。誰も立ち向かわなくなったので、やれやれと肩をすぼめて挑発する。
「いいマッサージだったよ」
それでも誰も来なかった。どうやら全員現実を知ってしまい誰も何も言わずに帰っていったので、困ったように笑いながら夕顔看守長に尋ねた。
「今日はもう終わりですかね?」
「……今夜来てもらいたい所があるの。太田部に案内させるから自室で待っていなさい」
相変わらず嫌味ったらしい千咲都ちゃんの匂いよりも鼻につく言い方だ。俺はマスクを外しながら、三白眼で彼女をギラリと睨みつけながら言い放った。
「夜枷なら間に合ってるのでしませんよ?」
「……それはあなた次第ね」
一体何をされるのだろうか分からないが、少なくとも俺が期待できるような事ではなさそうなのは確かだ。