※この作品はR-18です。

ゴールデンマッドドッグ イン プリズン   作:神剣狩刃

29 / 86
8-25 生まれながらの遅漏なし

 作戦遂行のため、オレは組長に連れられて花畑のある小さな庭のような場所に連れられてきた。組長曰く、ここを知っている人間はプリズンでも多くないため秘密の特訓をするにはもってこいらしい。

 

「先に言っとくが……九十九さんの攻撃を耐えるとなったら生半可な訓練じゃ済まねえ」

「組長なら耐えられるか?」

「……あまり言いたかねえが、絶対に無理だ。奴さんが本気を出したらアタシ如きじゃ1分も持たねえ……お前さん、よく生きて帰ってこられたな?」

 

 傍から見たら奇跡なのかもしれないが、俺はそう思っていない。あの時の九十九さんは本気ではなかったというだけだ。だが、次に九十九さんが襲ってくる時が本気じゃないという保証はない。ならば少しでも耐えられるようにしておきたい。握りこぶしを作って組長に意思を伝える。

 

「今度は受け止めきってやる」

 

 組長は面白い物を見たと言わんばかりにくつくつと笑って、俺の顔を庭の池に沈めた。

 

「なら死ぬ気で訓練するんだな。まずは肺活量を鍛えねえと何にも始まらねえぞ」

 

 この訓練で死ぬか、九十九さんに殺されるか、夕顔に殺されるか。どれにもなってほしくはないが、どれかになってもおかしくないオレの日々が始まった。

 

 

 オレの生活のほとんどに夕顔の監視がつくようになって、オレは間違いなく消耗させられていた。あの日に植え付けられた恐怖は日に日に増している。ロクに物が喉を通らず、トイレに行くのも面倒で、房のベッドで寝ながら便器に向かってする始末だ。

 

「……何をしているんだ0720番」

 

 そんな状況をソフりんに見られてしまったので淡々と事実を伝える。

 

「おしっこをしています」

「……ああそうか」

 

 彼女も何かと疲れているのかそれ以上は何も追及してこなかったが、おしっこを出し切っていないような心残りがあるような顔をしていたので聞いてみた。

 

「何かあったんですか?」

「……九十九の事だ。あまり良くない噂を聞いていてな」

 

 そう言えば俺の監視に九十九さんはいなかった。ノッポな警備隊長や滑舌の悪い隊員、そのほかの警備隊が主だってやっていたはずだ。

 

「治安維持と称して毎日囚人を医療棟送りにしているらしい。おかげで看守の仕事は楽なんだが……夕顔の権力が徐々に広がっている」

 

 3人の看守長の権力バランスが揺らぎつつあるのだろう。このまま均衡が崩れたらプリズンの名前が『夕顔・プリズン』になってしまうかもしれない。

 

「だが、一番心配なのは九十九本人の状態だ。今朝顔を会わせたのだが……異様に痩せていた」

 

 オレも小沢に心配されるほど痩せてきたが、九十九さんも激務で痩せているのだろうか。

 

「本人はダイエットだなんて言っていたが、数日であんなに痩せるのは病的な何かじゃないとありえない。絵理子さんに聞いてみても、女の子が男の子の秘密を詮索しちゃダメだぞとはぐらかされてな……」

 

 そんな状態ならオレが食べれない分を九十九さんに分けてあげたいぐらいだ。

 

「……何か思い当たる節はあるか?」

 

 彼女の質問に俺は首を横に振って毛布をかぶって答えた。

 

「……特別警備隊に監視されてるお前なら何か知っていると思ったんだがな」

 

 そう言って離れていった彼女の足音は、いつもの数倍低く夜のわいせつ房に響いていた。

 

 

 数日の訓練でついに組長から実戦の許可が出たので、小沢と一緒にボクシング部に行って軽く撃ち合いをしてみた。

 

「ハン! ハン! ハン! ハン!」

「掛け声は変だがいい動きするじゃねえか!」

 

 良い評価は貰えたものの、小沢がすぐにバテてしまったので別の相手を探すことにした。そこかに暇そうな囚人はいないものか────

 

「……俺が、相手してやろうか」

 

 その低く響いた声に体が動かなくなる。この声だけは間違えるわけがない。そこには、俺の恐怖の権化が立っていた。

 

「最近階級が落ちちまったんでな……どう動けばいいか試させてくれねえか?」

 

 間違いなく九十九さんなのだが、服の上からでも分かるほどに体が細くなっていた。驚いたのはオレだけではなく、小沢も何度も瞬きをしながらその体を見ていた。

 

「つ、九十九……!? オメェ何があったんだ……!?」

 

 ヒュウと風が吹いたかと思えば、九十九さんが小沢の顔に右拳を突きつけて立っていた。

 

「……(コレ)で話せばわかるかもな?」

「ッ……!?」

 

 今の九十九さんが分かるのならばやるしかない。俺は九十九さんの背中に声をかけた。

 

「ならオレが相手をする」

「おい、柊一郎……!?」

 

 その言葉に反応して九十九さんがヘッドギアを付けた。

 

「ちょいと頭に爆弾を抱えてるんでな。これだけは付けさせてもらうぜ」

「オレもいいです、代わりにグローブも外したい」

「言っておくが……俺がつけるのはヘッドギアだけだ」

 

 そう言って九十九さんは警備隊の服を脱いでいった。

 

「────ッ!?」

 

 その体は戦闘に必要な物以外を全て削ぎ落としたような、露出狂の俺ですら圧倒されたじろぐような、人ではない何かが宿ったような体だった。

 

「す、スゲエ体だが……金色のボクサーパンツはダサくねえか……?」

「これだけは譲れないんでな。さあ、来なよ」

 

 九十九さんは両手を顔の前でピタリと揃えて、頭を振りながら俺の出方を窺ってきた。なら遠慮なくいかせてもらうとしよう。ゴングが鳴る前に俺は一直線に向かっていった。

 

「……言っておくが俺の実戦でゴングと同時に始まった事はない。いつだって現場に立ったらそれが開始の合図だからだ」

 

 俺のストレートをスッと視界から消えるように避けた。

 

「後ろだ柊一郎ォ!」

 

 小沢の声と同時に俺の後頭部にコンコンコンと何かが軽く当たった。振り返って見ると、九十九さんが右手の人差し指をドアをノックするように構えていた。

 

「中身は入っていたから安心しな。ほら、もっとやってみろよ」

「言われるまでもないですよ」

 

 俺は無呼吸連打で攻めた。圧倒的な連打のはずだが、九十九さんには一撃たりとも掠らない。

 

「最低限の基礎は出来ているってとこか……安心しな。太田部ちゃんですら俺に一撃当てるのは無理だから」

 

 それが俺が当てられない理由になるものか。攻め続けていればいつかは隙が生まれて、生まれて、うまれて、うま、れて、う、ま、れ、て────

 

「無呼吸運動はプロでも約40秒が限界だ。アマチュアがやったら30秒も持たねえだろうよ」

 

 苦しくて呼吸をしてしまう。その呼吸のために一瞬体が停まってしまう。その隙を九十九さんが見逃すわけがなかった。

 

「これで最後だ────『物故ろしてやるぜ、ベイビー』」

 

 九十九さんが黄色い歯を覗かせて笑うと同時に左胸に強い衝撃が走った。ドッと強い痛みが襲い、取り込もうとした空気が押し出され、視界が白くなった。

 

 

 目を覚ますと、俺は医務棟に横たわっていた。そして先生がハァと溜息をついて俺の頭を撫でた。

 

「君は本当に運がいいね。何かが違っていたら心臓をやられていてもおかしくなかったよ」

「心臓をやられたんじゃないんですか?」

「乳房の上から殴られたみたいだから、怪我は何もなかったんだ。痛みと酸素不足で意識を失ったんだろうね」

 

 またも九十九さんから生きて帰ってこれた。これで俺の考えが正しいと確信が持てた。そんな自信満々の俺に対して、先生は今にも泣きだしそうな顔で俺を見ていた。

 

「……まだ終わらないの?」

「いえ、そろそろ終わります」

 

 それを聞いて先生が俺に覆いかぶさって笑い出した。

 

「良かったよぉ! 少年も九十九くんもとんでもない事をするんだからぁ!」

「……やっぱり九十九さんも何かしていましたか」

「……あっ」

 

 先生はしまったと言わんばかりに声を漏らした。先生は九十九さんについて何か隠し事をしているに違いない。ただ、今それを知った所で何かが変わるわけではないし、先生も九十九さんから絶対に言わないようにと口止めされているはずだ。ならばオレの作戦を先生や九十九さんに理解してもらう方が良いだろう。オレは先生に協力してほしい事を2つ言った。すると先生は、流石に呆気にとられてから渋い顔をした。

 

「片方はいいけど……もう片方がバレるとあたし、医師免許剝奪っていうか、犯罪者になっちゃうんだけどな」

「その時はオレたちが面倒見てあげます」

 

 それは良いねと冗談のように笑い飛ばして、後でお願い事を叶えてくれるならと協力してくれることを約束してくれた。

 

「……本当に頼むよ。これ以上時間をかけたら2人とも危ないからね」

「誠にありがとうございます」

「……よし、それじゃあアメちゃんどーっちだ?」

 

 この勝負には勝つことができた。俺はアメを口にする前に改めて先生に伝言を頼んだ。

 

「────『()()()()()()()()()()()()()()』……確かに伝えてください」

 

 

 最近は0720番の問題行動もつくもんの疲れる指導も無くて平和だ。しかし、それらの対応に追われているほうがマシなぐらい、今の状況はおかしい。あの彼がかんぴょう女の権力に飲まれて、あの0720番と敵対してしまっている。

 

「……最近の九十九はおかしいと思いませんか、ソフィーヤ看守長?」

 

 あの山岸刑務官がこう思うほどなら間違いなくおかしい。ただ、私にはアレが正常である可能性が1つだけ思いついてしまった。

 

「……アレが彼の本性なのかもしれないな」

 

 私が落盤事故に巻き込まれた時に見たあの優しさは、上司へのおべっかでしかなかった。0720番の19班での活動が乗っ取られそうになった時の真剣さも、0720番と一緒にいるための方便でしかなかった。あの人当たりよく振舞っていたのが異常であって、冷徹で凶暴な今の方が本来の姿なのだ。そう思えば理解できる。私は深く帽子をかぶってただ一言呟いた。

 

「……バカ」

 

 たとえそうだったしても、私にはとても受け入れられるものではなかった。受け入れられない物は吐き出すしかない。今日も絵理子さんの所に行って────締まり切っていない医務室の扉の隙間からビチャビチャと液体の音が聞こえる。

 

「うぶっ、うげえ……」

 

 男性の嗚咽の声も聞こえた。次第にツンと鼻を刺す酸っぱい臭いもしてきた。

 

「大丈夫……一杯吐いていいよ……」

 

 絵里子さんの子供をあやすように優しい声も聞こえてきた。絵里子さんと相手に悪いと思ったが、どうしても気になってその隙間を覗いてしまった。

 

「くる、しい……うっ、ぼええ……」

 

 そこには膝と両手を地面に着きながら洗面器に向かってゲロを吐いている九十九がいた。なみなみとしている嘔吐物の上に透明な雫がぼたぼたと落ちている。泣きながら吐くほど辛いことがあったのか?

 

「ゆ……許してくれえ……湊君……こっ、こうするしかっ、うえええ……」

 

 0720番に謝っている────まさか、彼は本心から0720番を虐げていた訳ではないのか?

 

「大丈夫だよ九十九くん……彼から伝言を預かっているから……」

「でっ、でん、ごん……?」

「……『()()()()()()()()()()()()()()』だって」

 

 その言葉を聞いて九十九がゆっくりと立ち上がった。

 

「……それが聞ければ十分です。しばらく世話になりました。この件が終わったら一杯やりましょうね」

 

 先程迄泣いて吐いていたとは思えない程生き生きとした声だった。そしてこちらに向かって歩き出し────ドアを開けて私とばったり出くわした。

 

「……見なかったことにしないとつくもん発言を湊君にバラしますからね?」

「あ、ああ……言うつもりはないぞ……」

 

 そう言った彼の目には、見ただけで私を退かせる熱が宿っていた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。