翌日、俺は特別警備隊の前で右手で敬礼をしていた。
「本日からソフィーヤ看守長の看守補佐になりました九十九終です。よろしくお願いします」
「そうか九十九がソフィーヤ看守長の補佐になったか! それなら安泰だな!」
山岸刑務官が俺の背中をパンパンと叩く。この人は語彙力以外は結構まともな人なので、俺及びソフィーヤ看守長周りの事情に首を突っ込まない。とてもありがたい存在だ。
「……何で九十九さんが……?」
対し特別警備隊隊長こと太田部ちゃんはあまり頭が良くなく、上司以外には俺としか関われないのでよく質問してくる。しっかり教えれば理解してくれるので、俺はキザったらしく笑って事情を説明する。
「特別警備隊の指揮権がソフィーヤ看守長に移るにあたって伴う業務全般のお手伝いをするためです」
「なので私に連絡がつかない場合は彼に連絡をするように。ではこれより会議を開始する」
ということで俺も会議に参加する。温かなココアを振舞って場を和ませるのが今の俺の役目だ。
「いやぁー! 九十九のココアは美味いなあ! これが毎日飲めるなんてソフィーヤ看守長が羨ましいですよ!」
「まだ初日なんだが……そう考えたら悪くないかもな」
「……懐かしい味だ。九十九さんが帰って来たって感じがする」
「お気に召したらなら良かったです。では、今回の議題は新しく導入された暴徒鎮圧用武装です」
さ素股なる臀部に使うU字がついたY字型の武器だ。試作品だから実用はしないようにと言われたが、そこを確認しなければ話が始まらない。なので俺で試すことにした。太田部ちゃんに武器を構えてもらい、俺の臀部に当ててスイッチを押してもら────
「ぺぶふぁあ!?」
尻が持ち上がったかと思えばゴリマスちゃんが全力で殴ったような衝撃が陰嚢に走った。その痛みに思わず膝を地面に着けてしまった。
「九十九さん!?」
「お、俺でこうなるんだから、よほどの事でもない限り、囚人には使わない方が良いですね……」
会議開始から僅か5分で俺は席を離れることになった。俺の今まで参加した会議の中で最速記録だった。
内股気味に向かった医務室で樋口さんに事情を話す。
「……ってことがあったんですよ……俺じゃなかったらちんちん無いなったですよ……」
「ぶふっ……そ、それは……さ、災難だったね……」
笑いながら氷嚢を渡してくれたので股間に当ててじっくりと冷やす。陰嚢を強く叩いて冷やすなど青藍島でもやることのないチントレなので、余すことなく俺の糧にする。
「……いつもの九十九さんに戻って良かった」
「夕顔の件ではお世話になりっぱなしでしたからね。本当にありがとうございました」
あの地獄の日々の中で俺がメンタルを保てていたのは、彼女に精神的に支えてもらったから他ならない。何度もゲロと罪悪感をぶちまけ、そのたびに優しい言葉と主に背中を擦ってもらった。
「今度お礼にまた────」
「急用だ九十九!」
バンと開いたドアからソフィーヤ看守長のひっ迫した声が響いた。
「どうしたんですかソフィーヤ看守長? いまちんちんが痛くてあまり動けないんですけど────」
「良いから早く来い!」
どうやら本格的な緊急事態らしいので氷嚢を樋口さんに返して内股気味に走る。辿り着いた先はグラウンドで、湊君が股間を抑えてうずくまっていた。
「うっかりさ素股を使ったらああなってしまったんだ! キンタマが無くなって大変なんだ!」
「俺以外には使うなって言ったじゃないですか……とりあえず俺が診ますよ」
彼女はテンパっているから気が付いていないが、あの衝撃でキンタマが無くなることはない。樋口さんにああいったのは物事を過剰に言うジョークの一種だ。だから湊君のキンタマが無くなることは────
「タマがない……」
本当に無くなっていた。しかし、切除されたような跡はなく、ただ打撃の痕が痛々しく赤くなっているだけだった。何も知らない人間だったら本当に無くなったと思うが、特殊戦闘部リーダーである俺の知識を舐めてはいけない。
「……骨掛け*1だろ、湊君」
「……ソフりんには黙ってもらえますか?」
今回の件に関しては彼女に非がある。だからといって彼女に嘘を吐くのは忍びない。こういう時は妥協案を考えるのが大人だ。
「……ソフィーヤ看守長と紅林ちゃんが会うきっかけを作ってくれたらいい話を作る」
「俺も……それを考えていました……」
なら話は早い。俺は彼女に向かって手招きをする。
「ど、どうだ!? 大丈夫か!?」
「キンタマが体内にめり込んじゃってますね……」
「な、無くなったわけじゃないのか……良かった……」
「良くないですよ。睾丸が体内に残り続けると中の精子が体熱で死んじゃって、生殖機能に影響が出てしまいます」
「な、何だって!?」
人間の臓器の欠陥だとしか思えないが、睾丸が体外にある理由は本当にこれなのだ。
「彼が無事に社会復帰できたとして子供を作ることができない……なんて可愛そうなんだ……」
「ああ……! な、なんてことをしてしまったんだ私は……!」
彼女の顔が白粉をしたかのようになっていく。これだけ動揺していればある程度の要求は通るだろう。俺は彼に向かって今だと目線を送る。彼は痛みに喘ぎながら言葉を絞り出した。
「も、もし悪いと思うなら……紅林を元気にする方法を教えて下さい……!」
「──────!」
「紅林は仲間だから……元気がないのは、嫌なんです……! なんとか、知恵を貸してください……!」
「………………」
彼女が下唇をきつく噛み締めて悩んでいる。いくら自分の責任とはいえ、憎き妹に関わるのは嫌なのだろう。ならばお兄ちゃんとしての歴が長い俺が助け舟を出すべきだ。
「大丈夫ですソフィーヤ看守長、俺がいます」
俺の過去を知る彼女なら何がどう大丈夫なのかはすぐに分かるはずだ。
「……分かった。お前を信じてみるよ」
これで第一関門は突破できた。しかし、ここからの方が難しいのは言うまでもない事だろう。
翌日、19班のグループワークの特別監査役という形でソフィーヤ看守長が紅林ちゃんに関わることになった。それに伴って俺も関わることになったのだが────
「畜生……! 何であんな奴がお姉ちゃんの近くに居て、私がこんなところにいるんですか……!」
紅林ちゃんからの好感度がマイナス方向に振り切っていた。彼女からに見たら、俺は愛しの姉に付きまとう不埒な男なのだろう。俺にその気は少ししかないが、多感な乙女の気持ちにはしっかりと配慮しなければならない。彼も色々配慮してなのか、連日色んなイベントを開いてくれた。
「カラオケをしよう。それでは────」
「まずは俺からだな! いくぜ新十八番! ローリング・ストーンズより『Paint It Black』!」
「アカペラで歌う歌か……?」
「魂は感じるが……お世辞にもうまくねえな」
「でも、かぁっこいい、と思う……」
「こんな奴に歌わせるぐらいならお姉ちゃんに歌わせてください!」
またある日は────
「キャバクラ形式でノアをもてなす」
「任せな最高の一張羅持ってくるから」
「樋口さんから聞いていたが……実物を見るとアレだな……」
「全く同感だ……二つ名は伊達じゃないな……」
「さぁ、流石にダサい……」
「警備員! あの不審者を摘まみだしてください!」
またまたある日は────
「ツモ。天和・四暗刻・字一色・大四喜。親の5倍役満で全員トビで俺の勝ちだな」
「……私席に着いただけなんだが?」
「随分な裏芸じゃねえか。普通の役だったらアタシだって指摘しなかったぜ」
「店員さん! あのイカサマ野郎を摘まみだしてください!」
こんな感じで俺と紅林ちゃんの相性は最悪だった。
「……俺は嫌われているみたいだから伊栖未ちゃんとシナリオ考えるね」
「つ、九十九さんは、しぃ、シナリオ書けるの……?」
「一応作家の名義があるからね。もっとも、成人向けしか作ってないけど」
「それなら好都合だな。今アタシ達が作ってるのはHENTAIがテーマだからな」
ざっとプロットを読んでみたが、制作が中止されるのも頷きのエロゲーだった。
「性癖が転じて異能になる、か……イクのエーローナカデミアってところか?」
「つ、九十九さんは何かアイディア、あるか……?」
「そうだなあ……すごい勃起力を持っていて本気で勃起したら全身の筋肉が勃起したように硬くなる、とか?」
「妙にリアリティがあるな……身近にそんな人間でもいたのか?」
ノーコメントでと軽くぼやかしたが俺を含めて2人もいるのだから驚きだ。ただ、青藍島民全員がそんな奴ばかりではないので安心してほしい。それぐらいで済めばいいようなヤバいもいるのだから。
「なーんで指導に来たらコイツがいるんですかぁ!?」
翌日やって来たこの屑畜生女の様に。
「それはこっちのセリフだ。何でお前が居るんだ懲罰房に送るぞ」
「待ってください九十九さん。オレが頼んだんです。花丸にはエロゲー作りの経験があるそうなんです」
それにしたって人選は選んで欲しいものだ。コイツを関わらせたら最終的には私が作ったとか言い出しかねない。しかもエロデューサーの数十倍は質が悪く、息をするように責任を他者に押し付けるから厄介だ。そんな俺の不安を微塵も感じないで奴は19班の製作物を見ていった。
「それにしても何で規制を入れていないんですか?」
本島で作品を出す場合、相応の規制を入れないと販売どころか発表もできない。こんじきわんこ先生への修正要求返答はお家芸だ、と印刷所の人によく言われたものだ。
「モザイクが入っていると、オレ達の伝えたいことがねじ曲がってしまう可能性があります」
彼の言い分は最もだ。自分の意見や意思を何も通さずにありのままで伝えたいのに、少しでも性的な表現があると適切な形にしろと指摘が入る。ただ、規制をかけなければならない事情というのも分からなくはない。万人に伝えるためには、ある程度の正当性がなければならない。それを無視して伝えた意見はただの暴論でしかない。
「何かメッセージを伝えるなら、それは受け入れなきゃいけない事さ」
「……何ですって?」
屑畜生女が信じられない物を見るような目で俺を見てきた。
「いつからそんな分かったようなことを言うようになったんですか?」
「俺もそれなりに大人になって分かったんだよ。性の話題は非常に丁寧に扱わなければいけないってな」
性の話題は非常に刺激的な物だ。浅はかな配慮で分かったつもりになっていると思わぬところで人を傷つけ、場合によってはドり返しのつかない責任を負うこともある。だから情緒の発達していない未成年からは遠ざける必要がある。人の三大欲求なのだからと、包み隠さず明け透けにしていいものではない。だから性に関してはある程度の規制が必要────
「しばらく見ない間に随分くすんでしまいましたね。
奴の発言が俺の心に刺さった。俺だってなりたくてこうなったわけじゃない。認めてもらうに俺の中で出来る妥協の結果なのだ。
「……味が出たって言ってくれよ」
「……そういうことにしておきます」
何故か奴の目に刺々しさがなかった。上手く言い表せれないが、奴がするはずもない目をしていた。
「できればモザイク無しで出したい」
「なら青藍島で出すしかねえな」
奴の目を視界から外すように湊君の話題に集中する。
「青藍島」
彼が首に手を当てて尋ねてきたので、任せろと言わんばかりに胸を叩いて発言権を得る。
「俺の故郷だ。昔は有名だったはずだが、最近じゃ異様な情報制限が敷かれているから知らないかもな。俺は噂程度にしか信じてねえが、国のお偉いさんが恐れてメディア規制をかけてるって話だ」
島民である俺からしても規制は当然の物だと思っている。それでも青藍島なら全ての性を受け入れる場所だ、と俺は性的マイノリティへの理解を促す活動と共に広めている。規制は必要だが、必要以上の規制はしない方が良いというのが俺の考えだ。あの島を必要としている人間はいくらでもいるし、あの島でなければ生きていけない人間も多くいる。
「……あそこは『全てのドスケベを肯定する』という決まりがあるからな。傍から見たら変態しかいないのに、その変態たちは誰よりも他者を尊重しているからな。皮肉なもんだぜ、規制しているのは最も道徳的な正解に近い存在なんだ」
「そうですねえ。あのしがらみは厄介でした。本島の方が好き放題やれて最高でしたね!」
最も道徳的に不正解な存在が何か言い出したので一発肘内を脇腹に入れて黙らせた。
「どんなことにも言えるが、例外はいる……それを認めるのが大切なのかもな」
「だったら私も認めろよダブスタ囚人看守ィ……!」
「じゃあ認めてもらえる努力をしろ屑畜生女」
奴の目に憎たらしさが戻って来た。コイツはどうしようもない存在として認めて差し上げているから、是非とも文句を言わないで貰いたいものだ。