翌日のソフィーヤ看守長の演技は目を見張る物でしかなかった。
「んっ……じゅるじゅる……おっきすぎて……うまくしゃぶれないよぉ……」
「んやぁ、お、おまんこぶるぶる震えてっ、や、やだ、もう
青藍島民である俺もスタンディングマスターオベーションものだ。
「すごい……流石ソフィーヤ看守長です……」
「まるで今そこで触られてるみてえじゃねえか」
「だ、台本にないアドリブまで入ってる……」
「やっぱりお姉ちゃんは最高ですね! 経験豊富ですごいです!」
その経験の元凶を知ったら俺は殺されるだろう。ただ、俺が教えたのはフェラだけで絶頂は教えてない。どうやって学んだのか気になる所だが、乙女の秘密に首を突っ込むというのは野暮な物だ。
「あっ、だめっ、くるっ、
「すみませーん、狂人先生います────」
彼女が果てる寸前、PCルームの扉がガチャリと開き鶯色のおかっぱの作業服を着た人物が入って来た。
それに気付いた時はもう遅く、ソフィーヤ看守長が大きく仰け反りながらその時を迎えた。
「
世の中にはオナバレシチュというものがあるが、その中でもとびっきり最悪なのが今だろう。あの厳格なソフィーヤ看守長が囚人達の前で自慰行為をして、それをウィッグ工房の変人筆頭であるジョッキーが目撃しているのだから。セラフィム・ケルビム・オファニムの上位三体が通り過ぎる激寒の空気の中、彼女が死にそうな顔をしながら出ていこうとした。
「……お、お取込み中みたいでしたね。失礼しま────」
「そうはいかねえぞジョッキー。今見たことを忘れるか懲罰房に行くか選べ」
咄嗟に飛び掛かって地獄に引きずり込む。事情を説明しないとソフィーヤ看守長の名誉が粉微塵になって死んでしまう。
「今彼女は19班の製作物の監査をしていたんだ」
「でっ、でも、おまんこ
「そういうシーンがあるんだ。だからソフィーヤ看守長は悪くない、いいね?」
「アッ、ハイ……」
死を予感した彼女が震えながら頷いた。
「ででで、でも、どんな制作物かは、見せてもらっても良いですか……?」
19班の皆に目線を送る。別に否定的な動きを見せなかったので、口外無用の条件付きで見せることにした。
「エッチなゲームですね」
「世の中にHENTAIを認めてもらう作品らしい。俺は法を犯さなければどんな性癖もありだと思うがな」
「じゃあ人に排泄を見せつける性癖もありですか?」
「俺は良いと思う」
なるほどと言っているが、まさか次の特別用便でやるつもりじゃないだろうか。俺は良いが他の2人が良いかどうかは不明だ。そんなことは微塵も考えてなさそうな彼女が慣れた手つきでPCを操作する。
「わあ……色んな音声素材がありますね。こんなにあるとは思いませんでした」
「大体俺のスマホからサンプリングした奴だ。俺のスマホには無修正のAVが入っているようなものだからな」
「ん? なんですこの『不俱戴天』って……」
カチカチとダブルクリックをする音が響く。
「お兄ちゃんは────」
その声が聞こえた瞬間、俺は再生元のPCの電源コードを引き抜いた。全員が何が起きたのか分からないと立ち尽くす中、俺は彼女の胸ぐらを掴んで持ち上げた。
「お前いい加減にしろよ」
「な、な、なんでですかあ……!?」
「不俱戴天って書いてあっただろ? 馬鹿なお前でも分かるように言うととんでもない怒りって意味だ。なんで再生したんだ?」
「だ、だって……! そんなのあったら気になっちゃうじゃないですか……!」
「この場にいる全員が死んでもおかしくなかったんだぞ?」
俺の物騒な発言にソフィーヤ看守長が何かに気付いた。
「もしかして、以前言っていた暴走する音声か?」
黙って頷き、それ以上は何も言わないで欲しいと口を堅く結んだ。
「……そうか。ならこれ以上は聞かないでおこう」
ソフィーヤ看守長の気遣いに感謝しながら彼女を床に放す。
「そういうことだ。不用心な行動には気をつけろ。今ので飛んだ作業分はお前が働いて取り戻せ」
「は、はい……分かりました……」
「……この話はここまでだ。さっき俺に用があると言っていたがなんだ?」
そうでしたそうでしたと彼女が作業着のポケットから一通の細長い茶封筒を出してきた。
「さっききょ……ポニーテールの人がこれを狂人先生に渡してほしいって」
ウィッグ工房の奴が髪型で判断するのはどうかと思うが、とりあえず受け取って中身を見る。
『本日消灯後懺悔室にて待つ』
懺悔室という言葉に脳内検索をかける。以前湊君と一緒に行ったシスタージュリアの教誨室にあった気がする。行くのは簡単だろうが、いくら何でも気がかりな事が多すぎる。まずこのプリズンのポニーテールといったらあの屑畜生女だ。アイツに関わるとロクな事がない。仮にアイツでなくても、消灯後に呼び出すということはおそらく人に聞かれたらマズい話をするはずだ。無視をしたい所だが、無視したらまた後日に同じ事が起こるだろうから行くしかない。
消灯後、ソフィーヤ看守長に一言断ってから懺悔室に向かう。俺は特にやましい事もないので神父側の部屋に入る。
「あなたならそちら側に入ると思いましたよ」
格子越しから想定していた腹立たしい屑畜生女の声が聞こえてきた。なので俺も遠慮なく返す。
「神父役になれるほど自分が高尚な人間じゃないと思ってるからそっちに入ったんだろ?」
「……青藍島への規制の件、あなたはどこまで知っていますか?」
口論で勝てないと思ったのかいきなり話題をぶっこんできた。俺はスマホにまとめてある青藍島関連の記事を眺めながら答えた。
「情報と入島制限が十年ぐらい前、出島制限がそれらの数年後だ」
実は青藍島民が本島に行くにはそれなりの手続きを踏まなければならず、申請した期間以上は本島に滞在することができない。俺がこのプリズンに来るのにそれなりの時間がかかったのはそれが原因である。
「意外とご存じなのですね。奥さんと腰振る事しか考えてなくて知らないのかと思いました」
「おかげさまでお前よりも幸せな家庭を築いているよ」
「……その原因を考えたことはありますか?」
勝てない奴にも煽りを入れてくる腐った性根だけは相変わらず一人前だ。そんな奴の質問に律儀に答える俺はとてもいい人間だと思う。
「青藍島が世間の注目を集め過ぎたから、ってとこか?」
「半分正解ですね。独立を恐れた国のお偉いさんが色々やっているなんて話もあるぐらいですからね」
平行世界では
「じゃあ、あともう半分はなんだ?」
「……青藍島を広めている存在ですね」
そんな存在がいるのだろうか。生粋の青藍島民は本場青藍島のドスケベがあって当たり前なので、よほどの事でもない限り出ようとはしない。むしろその制限を受け入れてでも青藍島民になろうとする本島の人間が多いぐらいだ。ならばと俺は一度青藍島民の領土拡張を提案したことがある。流石に検討する時間が欲しいと言われて数年経ったが、いまだに進展を見せていないのはどうかと────
「…………
「……は?」
唐突な犯人使命に思わず困惑の声が漏れる。俺が原因? 神父側に入れるほどの俺が何をしたって言うんだ?
「あなたは妹さんのような人間を減らすために、性的マイノリティへの理解を深める活動を本島各地で行っていましたね?」
「え、あ、ああ……」
拭い切れぬ驚きに生返事で答えてしまう。
「いくら青藍島の人間が行うといえど、実体験のある人間のその手の活動を止めることは批判に繋がりかねません。だから、あなたの活動は青藍島の様々な規制がかからなかったんです」
性的マイノリティとの共存は本島に限らず世界的な課題だ。度々ジェンダーギャップ指数が問題だと言われる日本で、俺の活動を止めるのはいくらお偉いさんでもよくないと思ったのだろう。それでも俺が青藍島を広めているという現象には納得がいかなかった。
「俺の活動で青藍島の情報を出したことは一度もない。俺の出身も礼の故郷ということにしてある」
「あなたには『金色の狂犬』の異名があるじゃないですか。青藍島なんてそこからリンク1つ踏めば十分辿り着けますよ」
世間ではありがちな異名だと思ったが、土口精と『金色の狂犬』のベン図で重なるのは青藍島だけだろう。だったら理解できる、訳がない。
「青藍島を知ったからって……それが青藍島の発展に繋がるとは限らないだろ……」
「世の中にどれだけの性的欲求不満を抱えた人間やあなたにあやかりたい似非活動家がいるかご存じですか?」
こいつの何処までもクズな発想にはとことん反吐が出る。いや、冷静になれ。例えそうだったとしても────
「いい加減認めたらどうですか? 『
その発言は明らかに一線を超えていたので、思わず台を叩きながら立ち上がった。
「……これ以上の話は無駄だ。手前の話を信じれるだけの証拠もなければ、そもそも今の俺は『金色の狂犬』じゃない」
「逃げるんですか?」
「逃げるとも。お前と関わって良いことがあった試しは一度もないからな」
扉を開けて出た教誨室はいつもに増して薄気味悪い暗闇と静寂が蔓延っていた。それなりの時間座って固まった体をほぐして────
「あなたは何を目指しているんですか?」
「……手前に答える義理はない」
後ろから這い寄る悪意を振り切るように歩き出す。二度とコイツからの誘いは受けないようにしよう。
思ったよりも時間になってしまったのでこのまま寝ます、とソフィーヤ看守長にスマホで一報入れて自室に戻る途中だった。
「あらぁ、夜遅くまでお疲れ様です、九十九さん」
我妻看守長とばったり出くわした。屑畜生女に続いてなるべく関わりたくない人なので、いい感じに躱したい所だ。
「お疲れ様ですシスタージュリア。自分はシスターの言う通りお疲れなので早く自室で眠りたいです」
「それは失礼しました。九十九さんはソフりんちゃんと違って健康的な生活を送ってるんですね」
最近のあの人を考えたらソフりんちゃんも案外的を射ているような気もする。ともかくこれで別れる口実ができた────彼女からほのかにソフィーヤ看守長の匂いがした。直前に会った可能性があるので、一言だけ質問をしてから別れるとしよう。
「ソフィーヤ看守長、俺の事で何か言っていましたか?」
そうですねえと不気味な瞳を閉じ、数秒経ってからニコリと笑って返答が来た。
「悪口は言っていなかった、とだけ言っておきましょうか」
つまりあまり良い事は言ってないということだ。深夜の仕事を急な仕様でぶん投げたのだからおかしくない。俺は明日改めて謝ると決めて、彼女に一礼して別れを伝える。
「あなたにも神の導きがあらんことを……」
相変わらず何所迄そう思っているか分からない言葉に一言だけ呟く。
「……願うだけで導いてくれるならありがたいですね」