SHO本部で俺の旅立ちを伝えた翌日、今度はNLNSに伝えにやってきた。手土産に持ってきたティラミスを食べながらワイワイと話す。
「そうか……お前がそんなに悩んでいたとは……気付けなくて済まなかった」
「私の目でも分かりませんでした……申し訳ありません」
俺の唯一の友
「NLNSの社長夫妻の手を煩わせるわけにはいかなかったんだ。最近もあまり関わってこなかったし、意図的に隠していたから謝る必余はないさ」
橘家は土口家のお向かいにあるので近所付き合いこそあったが、その付き合いも原因であったため言うつもりはなかった。
「んー! チーズのコクとコーヒーの苦さがマッチして最高です! あっ、おかわり貰ってもいいですか!?」
無遠慮な紫デブこと
「少しは慎めバターフライ女土口さんの抱える問題の重さはお前が何人いてもたりないんだ漬物石にでもなってろ」
NLNSの稼ぎ頭にしてレイラの姉御である橘
「礼ちゃんと一緒だからこそ精くんは悩んでたんだね……よしよし……大変だったね……」
会長ほどではないにせよ昔とほとんど変わらない
「幸せを手に入れたからといって幸せで居続けられるかどうかは分からない……人生って難しいわね」
ギャルさと大人の魅力を兼ね備えたNLNSの顔
「しかし……今の精様はとても嬉しそうでございます」
昔の文乃ちゃんによく似た燃えるような深紅の瞳を持つ、橘夫妻の宝橘
「1年以内に帰ってくるつもりだけど、しばらく青藍島には帰ってこないから今の内に俺に我儘を言ってくれよ」
「まずはティラミスのおかわりを!」
「また格ゲー一緒にやってください」
「精くんのココアを飲みながら礼ちゃんとお話ししたいなぁ」
「このティラミスのレシピを教えてほしいわ」
「ココアの練り方をご教授いただきたいです……」
一気にやってきたが肝心の人がまだ言っていない。俺はその人の方を露骨に見て鼻で笑った。
「自分探しの旅が終わって強くなったら二度と勝てなくなるぜ?」
それに応えるように彼はやれやれと立ち上がった。
「あくまで挑戦を受け付ける形にしたいか……それじゃあ、今夜ヌーディストビーチで待ってるぞ」
「怖くなって文乃ちゃんのおっぱいに甘えるなよ?」
拳を突きつけ合って確かな約束を誓い、一度NLNSを離れて夜の決闘に向けてのウォーミングアップを行う。先日の郁子先輩より強いということはないだろうが、一筋縄ではいかぬ相手に違いはない。何より武器や小細工無しのステゴロのガチンコバトルだ、己の体が全てを決める。
夜になり家族に伝えると、せっかくだから応援したいと同伴になった。俺としても応援はありがたいもので────ビーチに行くと良く見知った人物たちが集まっていた。
「土口さんと淳之介さんの熱い戦い……ふふ、見てるだけで滾ってしまいますね」
「男の子って幾つになってもこういうのすきだよねー」
「フレー! フレー! じゅーん!」
「淳之介さーん! 頑張ってくださーい!」
「淳くんも精くんも頑張るんだよー!」
「勝てるとは思えないけどベストは尽くすんだよ兄」
「負けた方は明日ハメドリくんの中に入ってもらうからねー!」
「土口くんと橘くんのどちらが勝つか……僕のデータでは計り知れないぞ……!」
「バナさんも何度か精さんに勝ってるらしいっすからね」
「きんぴかのおわんこを捨てるために戦うらしいであります」
「それを言うなら……いえ、それで合っていたわね」」
「この戦いを凛にも見せてあげたかったです……」
こうも顔見知りが集まると学生時代に戻ったかの様な気分になる。感傷に浸っていると今宵のメインディッシュが呑気に歩いてきた。
「お前との喧嘩なんだ、立会人は多い方が良いだろ?」
「君の歴史的大敗を目撃する人が多くなるだけだと思うけど?」
「言う割にはもう汗だくじゃないか? ストレッチのし過ぎでバテたんじゃないか?」
「そんなバテた奴に秒殺されたらNLNSの株価が暴落するぜ? 今の内に空売りしておくかな」
「空振っていたら勝てないぞ?」
「株式会社の社長なら株の売買の単語くらい分かれよ」
こんなくだらない言い合いも久しぶりな気がする。『金色の狂犬』の傍にはいつも『反逆の英雄』がいたのだ。拳をポキポキ鳴らして邪悪に笑う。
「君との喧嘩もしばらくお預けになるんだ。ちょっとは楽しませてくれよ?」
「最近の秘密の仕事の方も大分落ち着いてきて暇だったんだ。運動不足の解消には丁度いい」
お互いにファイティングポーズを取って準備完了を伝える。
「────切って結ぶ蒼碧の檻を打ち破れ。睦言に狂乱する悪鬼を噛み砕け。礼賛以って三途の川を渡り世界を糺せ。精卵交わりて生まれる命の限りを尽くせ。俺は土口精、『金色の狂犬』だ」
「────ならば弔鐘代わりに聞かせてやろう。俺はNLNSのリーダー橘淳之介だ」
口上を終えて一気に距離を詰めて────瞬きする間に淳之介君の右腕を取りアームロックを決めた。
「がああああ! 痛っイイ! お、折れるう~~!」
「ん~変だな~~、橘淳之介ともあろう者がこのぐらいで悲鳴をあげるかな~~」
「誰でも腕を決められたら悲鳴を上げるだろ!?」
「元SSの奴らは上げないぞ? 上げるとしたらベッドの上でひいん♡らめえ♡だな」
「ひいん! らめえ! 骨イッちゃう!」
「男の喘ぎ声なんぞ聞いてらんねえな」
淳之介君の黄色い悲鳴を止めるためロックを解く。大げさに腕を擦っているがそんなに厳しく締めあげてはいないはずだ。単純に淳之介君が鈍っているだけだろう。かつて互角の殴り合いをしていた頃とは大違いだ、思わず哀れみが顔に出てしまう。
「……衰えたな、淳之介君」
「お前が若すぎるだけだ……」
「でも、君の方が幸せそうでムカつくよ」
お互い家庭を築き、仲間たちと働き、何不自由ない生活をしている。まして今、俺は勝ち淳之介君は負けた。なのに俺以外の皆はやっぱりこうなるよなあと笑っている。
「……その点ではお前に勝っているかもな」
淳之介君の言う通りだ。俺は欲しい物を手にしておきながら心の底から幸せになれていない。人生という点においては淳之介君に軍配が上がるだろう。だから俺は淳之介君に握手を求めて右手を差し出す。
「次は勝ってやる」
「いつでも受けて立つ」
友情のハンドシェイクを交わし、最高の
仕事の引継ぎや方々への挨拶を済ませていく内に一週間程経ち、会長から都合がついたと連絡が来た。三日後本島に行き、翌日本島から収容所に向かえばいいとのことだ。早速必要な物品を纏めていこう。
「財布、筆記用具、着替え、筋トレ道具、いつものシャンプーとリンスと洗顔フォームとボディーソープ、髭剃り代わりのカミソリ、有事に備えての避妊具……パーフェクトだ」
「私がいながらそんな有事を想定するんじゃない」
礼に避妊具を取り上げられてしまった。
「お前が言い寄られるぐらい魅力的なのは分かるが向こうは性が禁じられているんだ、これは使わなくていいだろう」
「じゃあ生でならシてもいいってことですか?」
「いいと思うか?」
「冗談ですよ」
取り調べで股間を触られて銃刀法違反だなぁ? みたいなくだりを期待していたが、収容所に取調室はないだろう。あったとしても拷問室だ。
「いや拷問室もないだろ」
「懺悔室はあるみたいですよ。何でも屑畜生女は向こうのシスターと仲がいいとか」
奴が懺悔室を使う事はないだろうが、どうやってシスターと仲良くなったのだろうか。一緒にポップコーンを上に放り投げて口でキャッチする遊びでもしたのか、それとも一緒にヴェルディのオペラ『リゴレット』を見たのか。疑問は尽きないが、天国の扉が開かれて教えてくれるわけでもないので荷物を纏め切ろう。途中から礼が手伝ってくれたこともあり、見事金色のキャリーケースに収めることが出来た。
「これでよし……んじゃ、
「そうだな。卵にもしばらく会えなくなるから、しっかり言いたいことを言っておくんだぞ」
5年程着てクタクタになった金色のジャージを纏って卵の墓に行く。土口一家で毎週掃除にしているだけあって、雑草一本なく整えられている。
「来たよ、卵。お兄ちゃんな、ちょっと青藍島を離れることになったんだ」
墓の下に眠る卵に事情を話す。レイラが産まれてから卵を見ることは無くなったが、今もここにいるだろうと俺は信じている。
「少なくとも一年以内には帰ってくるつもりだから待っていてくれよ。本当の俺を見つけて……自信を持ってお前に顔を見せるれるようになるからな」
差し障りのない言葉を告げ墓を立ち去ろうとする。
────本当にそれでいいの?────
今のは────咄嗟に後ろを振り向いたが誰もいなかった。でも、間違いなく卵の声がしたはずだ。オカルトは否定しないし何なら何度か幽霊の卵に会っているが、今のような言葉をかけられたのは初めてだった。
「……『金色の狂犬』を捨てるっていうのはお前を捨てる事でもあるからな。引き留めたくなる気持ちは分かるが、そこは頑張ってねお兄ちゃんって言ってほしかったな」
見上げた空には俺の心と同じように爛々に輝く太陽と小さな一片の雲があった。