帰って来たプリズンは夕方の労働でそれなりに賑わっていた。俺は凛にとある場所にあるはずの洗脳道具を取ってきてほしいと頼んで別れ、カウンター洗脳を喰らった我妻看守長を所長室に連れて行った。
「失礼します。九十九終です。我妻看守長の件で話すことがあるので来ました」
どうぞと言われたので入ったが、俺達の姿を見て所長が固まった。
「……随分と豪勢な神父服ですね。お似合いです」
「ムヒヒッィピククンクサ……あ、誠にありがとうございますって意味です」
「……宗教勧誘ならお断りですよ?」
冗談ですよと軽く笑って凛が撮った特別告解の映像を見せる。
「……このように我妻看守長は看守長と教誨師の立場を乱用してプリズンの遵守事項を盛大に逸脱していました。あと電子ドラッグによる洗脳も行っていました。そちらの証拠は花丸凛が手に入れると思います」
「なるほど……だからあなたの服から異様な臭いがするのですね」
道すがらすれ違った看守に妙な顔をされたのはそのせいか。弁明の余地はないので受け入れるとして、彼女の処遇について所長に聞いてみる。
「降格処分通り越して懲戒免職ですかね?」
「それもそうですが、不同意性交等罪に問われる可能性がありますね。その場合は判決が出るまで更生不能房にいてもらうことになるでしょう」
人を罪から救うものが拭いようのない罪を背負ってしまうとは何とも皮肉な話だ。電子ドラッグを使っていなければ同情していただろう。とりあえず彼女の事は所長に任せておけば問題ないだろう。
「それなりの刺激を与えたら洗脳が解けると思いますので、詳しい話はそれから聞いてください。ただ何が起こるか分かりませんので、所長の私兵を呼んでおいた方が良いと思います」
「分かりました。あなたはこれからどうするのですか?」
俺はニヤリと笑って所長に向けて十字を切った。
「19班に最後の教誨を開いてきます」
本日の教誨は中止ですと教誨室に張り紙をしてPCルームに向かう。ガチャリとドアを開けて皆の視線を一気に集める。
「はぁい迷えるピピタミーミのみなさぁん、ベッチェー」
19班withウィッグ工房シスターズが口をあんぐりと開けて、この世のものではない物を見るような目で見てきたのでカラカラと笑って正常だと伝える。
「我妻を無力化してきたから報告に来たぜ」
「あの我妻看守長を!? 何をしたんだお前は!?」
「そうですよ! お姉ちゃんをあんな目に合わせておいて勝手に無力化したってどういうことですか!」
ロシア系美女姉妹にガックガクに揺さぶられる。ソフィーヤ看守長が加わると震度4.5は超える揺れになるようだ。まあまあと何とか宥めて話を始める。
「まずは彼女の洗脳方法についてから話すか。今回の洗脳は日常的な刷り込みが重要なんですよね、ソフィーヤ看守長?」
「ああ。確か洗脳される前に『日常的な刷り込みはとっくに終わっている』と言われたからな」
ではその日常的な刷り込みとは何か。ヒントは教誨に来ていた囚人達にあった。
「教誨でよく見かけたのは一等と二等の囚人、そして炭坑で作業している囚人だった。彼らの共通点は毎日入浴している所だ」
湊君が何かに気付いたようにハッとした。
「言われてみればそうですね。じゃあお風呂の水に薬物を────」
「待ちな坊。んなことしたら数億どころじゃない金がかかるし、そもそも組のモンが気付いてもおかしくない」
組長の言うことはごもっともで、風呂の水に仕込んでいるということはない。では風呂場の何処に仕込んであったか。そのヒントも囚人達にあった。
「四色、ここ最近のお前は教誨でよく眠っているらしいな?」
「狂犬先生になる前まではぐっすりだったます」
「それっていつぐらいからだ?」
そうますねえと四色が目を瞑って真剣に思い出す。
「たしか……大体1ヵ月ぐらい前だったと思うます」
その言葉に伊栖未ちゃんがピコンと何か思い当たった。
「い、一か月前って、おぉ、沖ちゃんが目を開いた時期、だ……」
「そういやそうだな。睡眠夜神の眼がすごくて娑婆に出たら再現してやろうと────まさか目が関連してるのか?」
海神の発言に笑って頷く。
「それまでの四色は眠たそうな細目だったんだ。ここから入浴中に必ず見る物に仕込まれていると推測できる。壁に赤富士もないようなつまらない浴室で見る物は一つしかない────入浴時間を示すランプだ」
アレなら入浴する囚人なら誰もが見るし、我妻も看守長自らの点検と称して仕込むのも簡単だ。
「つまり洗脳に用いる薬の正体は光だ。だから体から成分も検出されないし、スマホかタブレット1つあればどこでもできる」
「思い出した……! 我妻看守長にタブレットを見せられたんだ……! それが光ってから意識がぼんやりし始めたんだ……!」
ソフィーヤ看守長の証言もあって俺の推理は盤石な物となった。ここからは洗脳方法が分かった俺の動きを解説していこう。
「洗脳方法の都合上、俺はこの洗脳にかからないと確信が持てたからより深くに潜り込もうと考えたんだ」
「どうしてそう思えたんだ? あまり言いたくないが、私は何も抵抗できなかったぞ?」
それは俺だからですよと自分のこめかみをトントンと叩く。
「俺が慢性外傷性脳症を患っているのはご存じですね? 運動は問題ないんですが、学習の方にやや難がありましてね。事象や思想の仕組みを理解しないと頭に入らなくなってしまいまして」
会長のアレに近い状態だ。俺の場合は理解できなくても行動そのものは可能だが、その場限りで長続きがしない。だから予兆の無い唐突な刺激には脳が対応せず、彼女の洗脳方法では俺を支配下に置くことができないのだ。これに関しては所長と樋口さんにしか言っていないから彼女は知る由もないだろう。
「それで安全に神父としての潜入捜査が出来ると言う訳か」
「その通りです。洗脳方法が分かったら依存させる方法を調べる必要がありますからね」
依存という単語が飛び出した所で組長から待ったが入る。
「洗脳したら依存するんじゃないのか?」
「あの方法だと継続的に洗脳をかけられるようにする必要があります。ソフィーヤ看守長がいい例です」
離脱症状が起きてはそこから洗脳方法に感づかれかねない。ではどうやって依存させるのか? それは至極簡単な方法だ。
「告解そのものです」
「何言ってるんですか? ちょっと話すだけで人を依存させられるんですか?」
「ノアはソフりんに依存していたと思う」
「というかかなり簡単に依存できるぞ。私は炭鉱事故で九十九に助けられた時、一瞬だけコイツに全てを委ねても良いかと思ったことがある」
「あたしがまさにそれだったな。波多江さんの愛を求めて罪を犯しても構わないと思ったからな」
追い詰められた人間はどんなものでも容易く依存してしまう。ましてここは明日は我が身が連続するプリズンだ。看守長と本当で活動家としての実績がある俺が扇動すれば、ドラム缶にコンクリート詰めされて海に落とされたように溺れるだろう。
「俺が神父として教誨するときは必ずシスターとして彼女がいました。俺の演説の隙をついて洗脳をかけるのも簡単だったでしょう」
「そこまで計算して狂犬先生は教誨を開いていたんですね……私はてっきり狂犬先生が我妻看守長の手に落ちたのかと思っていました」
金色の服を着ていい気分になっていたのは事実だが、それぐらいで心変わりするほど俺は安い男ではない。
それではお待ちかねと意気込んで総仕上げである特別告解の話をする。
「そもそも特別告解に行ったのはある人物だけに情報を伝えるためだったんだ」
「ある人物だけって、オレたちに伝えようとは思わなかったんですか?」
「19班には内通者がいるからな、なあ山城?」
皆が驚いて一斉に山城の顔を見る。当の本人は少し眉をひそめて質問してきた。
「……だから差し障りの無い事しか言わなかったんですね?」
「ああ。お前が彼女の内通者であることを逆に利用して、俺の内通者に仕上げたんだ」
「いつ盗聴器に気が付いたんですか?」
全員が盗聴器? と同時に言ったのでストラを外し、真ん中を持って両端を揺らした。すると左右で揺れに差があった。
「バク転して服が靡いた時に気が付いたんだ。俺が気に入るようにデザインされ過ぎていたから何かあると思ったら、案の定だったな」
「……聞いているのが私だという決め手は何ですか?」
「消去法だ。坊主頭でイヤホン隠せない青柳、教誨で寝ていて聞き逃しの可能性がある四色、そもそも人間性に問題のある凛……俺だったらお前以外には頼めないな」
「私を信頼した、ということですね」
山城が悔しさで歯を食いしばり、嬉しさでそのまま笑った。
「だから俺は特別告解に行ってある人物に伝える必要があったんだ……そろそろ頃合いか。入ってきていいぜ」
俺はドアの向こうにいるであろう人物に向かって声をかけた。すると俺の呼び掛けに答えるようにガチャリとドアが開いてその人物は入って来た。
「話が長いんですよ。何分待たせるつもりですか?」
囚人服とポニーテールになった凛だ。俺は時計を見ながらニヤリと笑って答えた。
「5分は待たせるつもりだったな。実際は何分待ったんだ?」
「……時計を見る限りだと5分ですね。予定通りということですか」
今度は山城も含めて全員が驚いていた。俺と凛の中の悪さはプリズンでも犬猿の仲で有名で、とても協力する関係には思えないからだろう。凛がはあぁとバカでかい溜息をついて座ったので話を再開する。
「俺は特別告解に行く船でコイツに情報をこんな風に伝えたんだ」
スマホにメッセージを撃ち込んで画面が上になるように床に置いて、凛の方に向けて滑らせる。
「万が一監視や盗聴されていてもいいように自然とやりやがりましたからね」
そして凛がスマホを受け取り、皆に俺のスマホの画面を見せる。
『シスターの洗脳方法が分かった。この特別告解中にシスターを洗脳する。俺の青藍島のスマホアプリを使え』
「これを見た瞬間、私は我妻を裏切ることを決めました」
「まっ、待ってください! 何でそんな簡単に裏切れるんですか!?」
山城がそんなこと有り得ないと立ち上がりながら驚いたので、俺は凛と一瞬だけ目を合わせてフンと鼻で笑った。
「俺はコイツの事が嫌いだ。何らかの拍子で死んだら葬式に祝電を送るつもりでいるぐらいにな」
「私もコイツの事が嫌いです。コイツより長生きしてコイツの墓に酒をぶっかけてやりたいぐらいです」
「だからコイツの事はよく知ってる。敵に回すと死ぬほど厄介だが、利益があれば簡単に味方に引き込める。今回の件で協力すれば俺に大きな恩を作れるという利益があるからな」
「だからコイツの事は理解してるんですよ。コイツにここまで言われる我妻に未来はないと確信しました。それにコイツに大きな恩を作っておけば後で色々便利ですからね」
SS時代の俺とコイツの組み合わせは『金色の狂犬』と『猿知恵』のまさに"犬猿の仲"と有名だった。そんな関係がかれこれ10年程続いている。嫌いという言葉を言い続けるだけで済んでいる関係は、ある意味友情を続けるよりもはるかに難しい関係だろう。
「何が言葉だけで済んでるですか。ちょくちょく暴力で制裁しているくせに」
「ありとあらゆる存在を盾にして逃げ続けているお前が言うか……ま、これが答えだ山城。俺達はお互いを嫌い合えるほど信頼してる」
「何ですかそれ!? おかしいですよそんなの!? そもそもアプリを使うだけじゃ我妻看守長を洗脳できないんですよ!?」
確かに山城の言う通りで、彼女を洗脳するにはアプリだけでは足りない。もう少し要素がないと洗脳している本人は洗脳できない。だから俺は特別告解という場を利用しようとしていた。
「彼女にとって特別告解はプリズンから離れて俺を洗脳するいい機会だったはずだ。だから絶対に俺と接触するつもりだったはずだ」
「彼女は洗脳の際に快楽を与えてより強力な刷り込みをしますからね。お前に快楽を与えるなら性交が一番手っ取り早いでしょうから、最初から狙っていましたよ」
「そこまでされるとは思っていなかったが、向こうから誘ってきてくれたんで乗ってやったよ。ただ、彼女が俺に洗脳が効くぐらいの快楽を与えてくる名器だった場合に備えて可能性があったんで、適当な理由を付けて避妊具をさせてもらったよ」
「そうしたら準備完了です。コイツは彼女をイカせるほどのセックスを、私はお前の脱いだ服からスマホを抜き取って、分かりやすい191945458585のパスコードを突破して、特別告解の様子を録画して、最後に絶頂を迎えるタイミングで青藍島の催眠アプリを2人に向けて起動しました」
「彼女は日常的に刷り込みを行っていたから、自分自身にもある程度洗脳される要因はあった。それを快楽と俺のアプリで刺激したら……こういうことになったわけだ」
「何ですかソレ……! 何なんですかソレは……!」
流石の山城もお手上げでへたりと座り込んで椅子に体を預けた。
これで俺と凛の鮮やかな反逆は幕を閉じたと思ったのだが、凛が1つ確認したいのですけれどと水を差してきた。
「家族は大丈夫なんですか? 小沢みたいに人質に取られているはずですけど」
「……人質?」
「そうですよ。小沢から聞かなかったんですか?」
小沢から聞ける面白い話とは家族が人質に取られているという話だったらしい。俺はあまりにも馬鹿々々しすぎて大笑いしてしまった。
「おっ、お前……! 本気で言ってるのか……! 俺の家族を、ひっ、人質だあ……!?」
「ドスケベ性教の発祥は青藍島です。だから青藍島には信者がまだ────」
凛の考えを打ち砕くように俺のスマホから『ウィリアム・テル序曲』が流れたので応答する。
「襲撃にあったか?」
「なっ、何でそれが分かるんだ!? 今それを言おうとしたところだぞ!?」
向こうからかなり焦った様子の礼の声が聞こえてきた。だから俺は事情を説明する。
「だから俺の家にドスケベ性教の教徒が襲ったんだ。まさか俺の家族を人質にとって俺を操ろうとしたなんて……愚策にもほどがあるぜ」
我が家には元SS大隊長、俺譲りの体格の良さを持つ長男、何よりあらゆる技術を生理用ナプキンが如く吸収して育った可愛いプリンセスがいる。誰が何をしたのか聞いてみることにした。
「MVPは誰だ? 俺の予想はレイラだ」
「お前の言う通りだ……大の大人6人を上下左右前後の壁に叩きつけて、色んな格闘技の技を使っていた……いつ教えたんだ?」
「俺がSQC、郁子先輩が柔術、淳之介君が崋山心眼流、文乃ちゃんが狙撃で────」
「レイラを人間兵器にするつもりか?」
「護身術のつもりで教えていたんだがな……」
「あんな暴力的な護身術があるか。とりあえずもうこんなことはないんだな?」
「ああ。迷惑かけて悪かった。ゴメン」
「……まあ、お前がそっちでも活躍しているならとやかく言うつもりはない。がんばれよ」
「頑張るさ、マイスイートハニー」
電話越しに別れのキスをして通話を終了した。何か言いたげな凛に対して俺はお気に入りの家族写真を見せつけた。
「俺の家族を人質に取れるなら……そもそも俺をどうにかできるぜ」
それは俺が礼を背負って、セレンとレイラを両腕にぶら下げている光景だった。いくら俺といえど家族には敵わないのだ。