ようやく事態が収まって平穏な日々に戻りつつある最中、俺は所長室に呼び出されてとある新聞を数部渡された。どの新聞にも我妻看守長の不祥事が細々と書いてあったが、それだけしか書いてなかった。なんとなく言いたいことが分かった俺は笑って新聞を返した。
「これぐらいのことができるなら青藍島の入島制限の解除も現実的ですね」
「まだどれぐらいの時間がかかるかは計算出来ていませんが、方々への手回しは始めております」
やはり所長の権力はかなりのようだ。俺がおいそれと立ち入るべき話ではないだろう。話は変わりますがと所長が眼鏡をかけ直す。
「近くに『チューリップ・プリズン矯正展』があるのはご存じでしょうか?」
「いえ……恥ずかしながら全く存じ上げていません」
所長曰く、このプリズンの高い更生率と社会復帰率の実績を世間へ知らしめるべく、諸規模ながら近隣住民を招いて開催しているらしい。囚人と看守が協力してプリズンを飾り付けて作品を発表する、いわゆる不倫は文化祭みたいなものだ。
「今回はメディア取材なども受け入れ、大々的に打って出ることにしたのですが……」
所長の話の歯切れが悪くなる。何か言いづらいことがあるのだろうか。そんな時はこちらからリードするというのが礼儀というものだ。
「任せてください。肉体労働にプログラミングにイラストレーター、雑務まで幅広く対応していま────」
「誠に勝手で申し訳ないのですが……あなたには関与してほしくないのです」
それはそれは歯切れも悪くなるような話で、所長が真剣に両手を組んで話し始めた。
「重要なのは"チューリップ・プリズンの力だけで行われた矯正展"という点です。ここに『金色の狂犬』であるあなたが関わってしまったら、"『金色の狂犬』の協力があった矯正展"という印象が持たれてしまいます。そうなってしまったら、このプリズンに正しい評価が下されない可能性があります」
所長の言うことはごもっともで、活動家としての俺の影響力はすさまじい。講演やセミナーを開けば席の8割が埋まるり、非公式で俺のグッズが出回っているほどだ。そんな存在がイベントに関わってしまったら、所長の意図していた形とはかけ離れたものになってしまうだろう。
だから俺は端的に結論を言った。
「一つの条件を受け入れてくれれば、研修修了という形でこのプリズンを去ります」
「その条件とは何でしょうか?」
所長は顔色一つ変えずに聞いてきた。
「まずはあなたの過去を話してください。あなたの身に何があって、あなたが何をしてきたのか……それを聞いて自分がこの身を退く価値があるものだ、と受け入れられたのなら去ります」
俺の意見を聞いて所長は長話になりますからと温かな紅茶を淹れてくれた。
「まずは私がチューリップ・プリズンの所長を目指した動機から話しましょう。娘が性犯罪に巻き込まれたのが原因です」
その娘さんは今なお心を閉ざし、日常生活もままならないほどの状態だという。そこから彼女はこの世から犯罪者を無くすべく試行錯誤し、周囲の影響を受けて犯罪を犯す"環境型"と生まれながらの素質で犯罪を犯す"本質型"の犯罪者のコントロールをすればいいと思い至った。そこから相姦係数によって刑期を決め、変動の権限を看守にも及ばせた"チューリップ・プリズン"を作り出した。
「性犯罪の被害に遭う人間を無くすには性犯罪者を無くす他ありません。本質型犯罪者を飼い殺し、環境型の生まれない世界を創る……これが私の全てです。ご理解いただけましたか?」
彼女の話は非常によく分かる物だった。身内に酷い目を合わせた奴のことなど到底許せるはずがない。現に俺だって青藍島民を許しているわけではないし、法が許すのなら卵を認めなかった奴ら全員をぶちのめしたいほどだ。だからこそ俺の答えは一つだった。
「理解できませんね」
俺の一言に彼女はわずかに瞳を揺らした。
「……なぜでしょうか?」
「何で青藍島の規制が思いつかなかったんですか? 故郷だから分かりますけどあそこは異常ですよ? 俺だったら性の権化であるあそこの規制を真っ先にしますね」
「……青藍島と性犯罪になんの因果関係が────」
「青藍島出身の奴が本島で性犯罪を起こすケースはそれなりにあります。何より……あなたの娘さんに手を出したのは青藍島出身の人間ですよね?」
俺は元県知事の力を借りて青藍島民の犯罪データも調べ、青藍島の負の歴史をしっかりと学んでいる。おかげで彼女の話によく似た事件が記憶の片隅に残っていたのだ。これだけのことがあるのに彼女は何も言及してこなかった。それは明らかに不自然だ。
「結論から言いましょう……青藍島に規制をかけたのはあなたですね?」
彼女はくっと紅茶を飲んで俺を睨みつけてきた。
「……最初から私が犯人だと決めつけていたのではありませんか?」
「最初はそうかもしれないぐらいでしたよ。ここで過ごす内に確信に変わりましたけどね」
「……ならば隠す必要はないでしょう。私が青藍島を"幻の島"へと変えました」
となれば俺もいい子ちゃんぶる必要はない。はぁと溜息を一つ吐き出して喧嘩腰になる。
「手前も復讐か? どうして老害は青藍島に復讐したがるのかね?」
「あなたに分かるのですか? 娘を壊された私の気持ちが?」
「分かるよ。俺も青藍島に妹を壊されたからな。だから手前のやってることが理解できない」
青藍島を規制すれば性犯罪は減るかと言われたら、間違いなく減るだろう。しかし、それは性犯罪を行う本質型の青藍島の人間が外に出なくなったことによる一時的な物で、時間が経てば禁酒法時代の如く日の当たらない所で性犯罪が増えるだろう。
「性的コンテンツの規制は大切だが行き過ぎた規制は欲求不満の元凶だ。全ての性犯罪がそうだと言うつもりはねえが、欲求不満が原因になることは多々あるだろ? それを開放してやるために青藍島が必要なんだ」
「青藍島によって民衆の性的コンテンツへの認識が歪みつつあるのが分からないのですか? アレは下卑たものであり、断じて普遍的に受け入れられていいものではありません」
「その一面があるのは認めるが、人間が生きていく上で避けて通れないものでもあるだろ? だから俺が筆頭になって正しい性教育及びゾーニングを行って────」
「まだ分からないのですか? 『金色の狂犬』であるあなたが活動を行うことそのものが危険なのだと」
今度は彼女の発言に俺の手がピクリと震える。俺の活動そのものが危険? 俺の活動は方々に許可を取って行っているからそんな訳はない。
「言いがかりも甚だし────」
「あなたは自分への理解が足りていないのです。『金色の狂犬』である以前に、"乱世を産む一族"であるというのをお忘れですか?」
その一族の名で俺を知る者はほとんどいない。俺が言ったのは伊栖未ちゃんだけだが、伊栖未ちゃんが彼女に伝える手段も動機もない。だとしたら彼女がなぜそれを────
「俺が伝えたのさ」
扉が開いて釘谷さんがやってきた。すでに消灯時間を過ぎているから、彼女が呼び出したに違いない。その予想を裏付けるように彼女が話を始める。
「私にプリズンの情報を伝えてくれる優秀な情報屋です。お気付きになりましたか?」
「……唯一あったとすれば湊君が『俺がとんでもない事を考えている』って言ってたところかな。あの時の湊君の情報源は釘谷さんだったからな。要はたった今気が付いたって所だ」
「驚いたよ。同じ青藍島出身者でこうも扱いが変わるもんかってね」
どうやら釘谷さんも青藍島民らしい。性犯罪の方は調べているが、普通の犯罪の方は調べていなかったからピンとこなかった。
「かくいう俺も聞かされるまで知らなかったがね。アイツの情報収集能力は俺も舌を巻くほどだ。俺がアイツの好みのタイプで助かったよ」
釘谷さんがタイプそうな人間など俺は1人しか知らない。
「山城ですか?」
「ああ。どうも彼女は情報集には一家言あるらしくてね。何でも自分で感じた生の情報が一番信頼できるってさ。それに関しては同感だが、如何せん俺は年寄りでね。彼女の若いエネルギッシュな行動には驚くばかりだ」
「アイツ45って言っていましたからそんな若くないですよ」
「……だとしたら一杯食わされたな。俺は32って聞いていた」
山城は天然のほほん系というネイルで滅茶苦茶爪を隠してたようだ。しかし、山城がどうやって俺が一族の者だと知ったのかは不明だ。故郷に帰ったら会長や文乃ちゃんに聞いてみるとしよう。
「どうやら俺の方が信頼されていたみたいですね」
何とか軽口をひねり出して目を瞑り、どうしたものかと状況を考える。現状、俺の囚人と看守の両方の身の回りの全ては彼女が把握している。だとしたら家族の人質の事も知っており、どれぐらいの武力で攻め込めば勝てるかも知っている。以前見かけた私兵の数から一大隊ほどの戦力はあるとみていいだろう。そして青藍島を衰退の危機が見えるほどの規制をかけ、収容所に規則を強いる程の権力を持つ。今までのどんな試練よりも強大で、わずかな希望すら見えてこない状況だ。思わず笑みが浮かんでしまうほどだ。
それではと彼女が話を進める。
「お話しをご理解いただけたのならすぐにでも修了の手続きをしますが……どうしますか?」
「一応聞いておきたいが、修了したら青藍島の規制は解除してくれるか?」
「約束を破るつもりはありません。どれ程の時間をかけても必ずや解除しましょう」
俺の生きている間に解除してくれれば嬉しいが、そのつもりはさらさらないだろう。かと言ってここで交渉の余地は何かあるか。彼女が思わず唸るような条件は────一つだけある。しかし、それをやったら間違いなく俺は後悔する。だが、ここで大人しく身を引いても後悔する。ならばやらない後悔よりもやった後悔だ。俺はフッと笑って覚悟を決める。
「プリズンの正常化の最終段階を行いましょう。そうしたら10年以内に解除すると約束してくれますか?」
「……すでにプリズンの矯正展を待つだけですが、何を行えば正常化が果たさせるというのでしょうか?」
「いるじゃないですか。性を規制しているこのプリズンでHENTAIを認めさせようとしているゲームを作っている最大の特異点……囚人番号0720番の全裸マンこと湊柊一郎が」
「待て、お前さんは本気で言っているのか……!?」
釘谷さんが俺を止めようと肩を掴んできた。俺はその手を優しく除けて笑った。
「所長から命令されたら彼も動かざるを得ないはずです。俺はそれを迎え撃つという形で排除します。彼を排除すれば19班は瞬く間に崩壊……まさにゲームオーバーですね」
「排除って……まさか殺すつもりか……!?」
「現状殺すつもりはありません。ただ……向こうが殺そうとしてきたらその限りではありませんね」
彼はどこか人間的じゃない所がある。自己犠牲の精神が激しいというか、目的達成のためなら自分がどうなってもいいという考えがある。だからゲーム制作のためなら、あるいは19班のためなら俺を襲いかねない。彼は俺の弱点を知っているしウィッグ工房シスターズの伝手もある。俺としても来ると分かっていれば迎撃も容易い。俺は彼女に向けて指示を出す。
「まずは俺と宣誓書を書いてください。そしたら湊君を呼んで"チューリップ・プリズン矯正展までに九十九終を排除しろ"と伝えてください。後はどちらかが、あるいはどちらも倒れることを待つだけです」
彼女が今までにない程冷たい笑顔で頷いた。
「いいでしょう。私としてもあの製作活動は止めたいと思っていました。ではどのような誓約にするか決めましょう」
「……俺はこの場にはいなかったことにするよ。下手に口出しをしたら俺の命が危ない」
釘谷さんが気をきかせて出て行ったので、彼女と話し合って以下2枚の誓約書を作り上げた。
『誓約書 チューリップ・プリズン所長水城姫子様へ 私は囚人番号0720番を自らの手で更生不能房に送ることを誓約します。 看守補佐九十九終及びSHO治安管理委員会委員長土口精』
『誓約書 SHO治安管理委員会委員長土口精様へ 私は看守補佐である九十九終氏が囚人番号0720番を更生不能房へ送った場合に限り、10年以内に青藍島へのあらゆる規制を解除することを誓約します。チューリップ・プリズン所長水城姫子』
これらをコピーしSHO本部にもFAXで送り、準備を終わらせた。俺は彼女に向けて恒例の一言を告げて部屋を出た。
「では……『やりたいようにやらせて』いただきます」