あれから1週間が経ち、ついに九十九さんが看守補佐としてPCルームに来る日がきた。新19班の皆も気が逸ってうずうずしている。その期待が通じたかのようにドアがガチャリと開き、刑務官の服を着た彼がやってきた。
「本当はお菓子とか持ってきたかったんだが……一応謹慎明けっていう体だから業務上必要な物しか持てなかった無礼、どうかお許し願いたい」
「大丈夫ですよ。ぜひともオレたちの作品に集中して没頭してください」
ならよかったと彼は特等席に座ってノアに向かって話しかけた。
「先にプログラミングとか見たいんだけど……できるかな?」
「もちろんいいですよ。私と山城さんが組んだ珠玉のコードを見てください」
自信満々にノアが何かのファイルを開いてすさまじい量の文字列を見せた。
「へー……バックジャンプにお気に入りボイス登録、一部エロシーンではヒロインの絵を触るとボイスが出るのか」
「コードから分かるのは流石ですね。勉強してきたんですか?」
「娘がプログラミングやってるんでな。父親として負けるわけにはいかねえんだ」
確か彼はこんじきわんこ先生としてストーリーも絵も一人で作っていたはずだ、もしかしたら彼一人でそれなりのゲームが作れてしまうかもしれない。
「何かで見たことあるがイラストや音楽を外注すると売り上げのそれなりがそっちに持っていかれるらしい。もし1人でゲームの全てを作れて爆売れしたら……ま、夢はあるがいささか現実的じゃないな。んじゃ、本編を始めるか」
そう言って彼は俺達の作品の世界へ足を踏み入れた。
オレたちの作った作品は『性癖が転じて生まれた超能力がある社会で"自分のいてもいい場所"を守るために戦う』というものだ。設定としては地球に落ちた隕石"
「悪いがストーリーを楽しむために音声とSEは切らせてもらうよ。あと時間がないから最速スキップで読む」
そう言って彼は設定をカチャカチャと操作して一気にゲームを進めた。普通に読んだら1時間はかかるであろう物語を、わずか5分足らずで読み切った。
「共通部分はここまでか……各ヒロインルートやグランドルートはあるかい?」
「ありますけど……物語分かりました?」
「いい話だよ。あらゆる性癖を"HENTAI"の一言で片付けるのではなく"個性"というポジティブなワードに変え、特別なモノではなく誰しもが持つ一般的なモノだと認識させる……俺も共感するよ。それに主人公
想像を超える絶賛で、これなら交渉の余地があるかもしれない。機を逃さないために話を始める。
「なら続きも見ますか?」
「もちろん見させてくれ」
そう言って九十九さんはあまり見過ぎると楽しみがなくなるからとヒロイン1のルートを見て目を閉じた。
「面白かった。折角だからこのルートを矯正展で発表しちまうのはどうだ?」
確かに共通ルートだけだと物足りないと言う人も出そうなのでそれはありだと思った。
「所で何だが……他のルートは完成しているのかい?」
「ええ、データ上は存在しています。後は正式リリースの時に実装して────」
「なら君を心置きなく排除できるよ」
聞き間違いだろうか。今、彼は『心置きなく排除できる』といったような気がする。なぜ急にできるようになった────九十九さんがゲームを閉じて、ゲームのフォルダをカチカチと操作した。画面にはデータのコピー中という表示がされている。
「手品の基本は視線誘導だからね。皆が画面に釘付けになっている間に……ほら」
USB差込口から謎のケーブルが彼の右手の下に伸びていた。見せびらかすようにスッと退けると────黒い髪の女性の写真が挟まった金色のスマホケースに繋がっていた。
「このPCのスペック的に30分、どれだけ長くても45分って所かな? それまでPCとスマホを守り切ったら俺の勝ちだ」
彼は一体何を────真っ先に組長が動いて右手でスマホを掴もうとしたが、彼が椅子に座ったまま左足で手を蹴り上げて弾いた。次いで反射的に青柳さんが彼に向かって飛び掛かったが、右手で軽く押し返された。
「先に言っておくが、俺は座ったままでも君達全員を倒せる実力がある」
その発言を聞いて花丸が彼の座っている椅子を蹴り飛ばし、彼が宙に浮いた一瞬の隙にスマホを────いつの間にか彼は警棒を左手で構えていて花丸の額をビリヤードの棒の様に使って突き飛ばした。
「お前みたいにすぐ意見を変えなきゃいけなくなるとはな……前言撤回、この場から動かなくても君達全員を倒せる実力がある」
「理由を聞かせろ九十九」
ソフりんが一気に踏み込み────彼の警棒がパソコン本体に向いた所で動きが止まった。
「ゲームデータが各PCに散らばって隠されているが分かりましてね。俺の力じゃどうやっても集められないから集まるタイミングを作り出したんですよ」
「違う、このゲームをコピーする理由だ」
「それを話すにはちょっと時間が足りませんね、ほら」
彼が右手で持ったライオットガンで差した時計はすでに作業終了の時間を指していた。
「確か今日のわいせつ房の点呼当番はソフィーヤ看守長ですよね? 囚人は当然、看守長も遅れたらそれなりの違反にはなります」
「っ……貴様……それを見越して今日を選んだのか……」
「分かったなら早く点呼してきたらどうです? 他の皆も行った方がいいじゃないか?」
データを人質に取られ時間という抗えない現実を突きつけられたオレたちに出来る事は一つしかなかった。
「……皆、今日の所は退こう」
「それが賢明だ。俺とて今この場で君達を何かしらの違反で懲罰房や更生不能房に送ることはできないからね。戸締りは俺がしっかりやっておくから安心してくれ」
彼の言う通りに19班の皆でPCルームを出る。皆何も言えなかったが、誰しもがこう思ったはずだ。『やりたいようにやられた』と。
有り得ないような大敗を喫した翌日、今度は別の方面からも交渉できないかという話になった。
「妹に弱いらしいですから私があの人の妹のふりをすればどうでしょうか?」
「髪ならいくらでも誤魔化せるんですけどねぇ……試しに被ってみます?」
「頭への攻撃が弱点らしいが……奴さんの隙をついて頭を狙うなんて無理だな」
「しかもどこで学んだのかあたしの習った柔術も使える……それもあたしより上手くだ」
「そもそも青藍島は色んな意味で寝技が得意な人が多いんです。学生時代のくせっ毛一番隊隊長もそうでした」
「お、お酒やお薬に弱い、らしいけど……プリズンでお酒は手に入らなさそう……」
「やれて樋口先生から睡眠導入剤を処方してもらうぐらいますね」
「少々気が引けるがアイツに手料理を振舞うという体で出来なくはないな……」
「後は……HENTAIだからエッチな事に弱い気がする」
「はぁ……あなたはアイツの事を何も分かっていませんね」
俺の発言に対して花丸が盛大に反論してきた。
「あの人は生粋の青藍島生まれ青藍島育ちですよ? このプリズンで作れるエロじゃ射精どころか我慢汁出すのも難しい────」
「いや……そうでもないが……そうでもないんだが……」
ソフりんが凄まじく気まずそうにいい出した。
「まさかお姉ちゃんアイツと体の関係になったんですか!?」
「い、いや、そうじゃないが……チャプター19と、いや、チャプター19で射精していたから不可能ではない、と思う……」
彼もソフりんの手によって射精させられていたらしい。この場合だと手兄弟になるのだろうか。
「つまりソフィーヤ看守長が九十九さんに言い寄るのが効果的……?」
「絶対ダメです! だったら私が言い寄ります! お姉ちゃんはあげません!」
19班での情報での作戦はここが限界のようだ。他の人にもあたってみるとしよう。まずは樋口先生だ。消灯後に医務棟に行って聞いてみよう。
「うーん九十九くんの情報かあ……知っているけど……うーん……」
何か知っているようだがあまり言いたくないらしい。それでも俺は彼に立ち向かうために知らないといけない。
「どうしたら教えてくれますか?」
「……それじゃあ、私と九十九くんの秘密を当てれたら教えてあげるよ」
「……脳がどうとかで学習が難しいっていうのは?」
「それは九十九くんの秘密で私と九十九くんの秘密じゃないなあ」
だとしたら秘密なのだろうか。もしかして2人は生き別れの兄妹だったりするのだろうか。普通の人なら知らないだろうから釘谷さんだ。グラウンドの片隅で相変わらず美味しそうに────煙草でない何かを九十九さんと一緒に咥えていた。
「俺のお手製ココアシガレットクッキーです。煙草代わりになりそうですか?」
「これなら禁煙は出来るが、代わりにメタボになっちまうな」
「気に入ったようで何よりです。なので今後は俺の情報の取引は無しでお願いします」
「流石に甘物を出されたら俺でも黙るしかないな」
「あと……湊君の弱点を教えて欲しいですね」
「……それはちょっと無理だな。そもそもお前さんならもうわかってるんじゃないか?」
「ですよね。俺の弱点は教えないのに彼の弱点を教えてもらうなんて都合がよすぎると思いました」
彼はすでに俺への一手を行っていた。早く情報を集めないといけないようだ。次は採掘班のリーダーである早起きくまさんに聞いてみた。今の彼は囚人でここで働いているから何か喋っているかもしれない。
「アイツの秘密かあ……健康的な生活送ってるから夜に弱いって言ってたが、それを克服するためか最近は夜の採掘作業やってるぜ」
彼が年の割に若く見えるのは健康的な生活をしているからなのかもしれない。しかし彼を夜に誘い出せる19班のメンバーはソフりんだけで、このままだとソフりんが夜に何かを仕掛けることになってしまう。ノアの情緒が怒りに染まりそうなのでこの線は止めよう。次に彼を知っていそうなのは事件で1週間程接していた2人の刑務官だ。1人は更生不能房にいるらしいので聞いてみよう。
「九十九さんの秘密ですかあ? そんなものがあったら私は彼を上手く操れていましたよ」
囚人服の上に九十九さんの金色のカズラを着た我妻はあっけらかんとそう言った。
「盗聴器をプレゼントしたのに知らないんですか?」
「それでも知らないモノは知らないですねえ……他に私に何か言いたいことはありますか?」
特にないのでもう1人の所に向かう。太田部さんと訓練した花畑にいるので話を聞いてみる。
「あなたもどの面下げて私に話かけているのかしら?」
花畑の手入れをしている夕顔は顔も向けずにそう言った。この人に話しかけられる関係性と行動力があるのは1人しかいない。
「九十九さんにも同じことを言ったんですか?」
「ずかずかと踏み込んで来るところも全く同じね……なら早く話して失せてもらうのが手っ取り早いわ」
九十九さんの秘密を知っているかと聞いたら、我妻と同じように知っていたら苦労していないと言われた。
「……これは独り言になるのだけど、彼に関わるとロクな事にならないわね」
それに関してはすごく思った。ただ、それ以上の情報は出てこなかった。
自分の房に戻ってアマツくんと話し合ってみる。
「九十九さんとの勝負に勝てる気がしない」
「君らしくないぞ柊一郎と言いたいが……私にも勝算が見えていないのは事実だ」
「秘密があるらしいけど全く分からない」
「仮にその秘密を見つけても戦況を覆せるものかどうかは分からない……今までにない最悪の戦況だ」
花丸もエロデューサーも夕顔もソフりんも我妻も明確な弱点があった。しかし、九十九さんには俺達が突ける弱点が存在しない。もし九十九さんと樋口先生の秘密が弱点にならなかったら────
「本~! 官本の貸し出し希望の方~! 本~! 官本の貸し出し希望の方~!」
いつの間にか夜の本の貸し出しの時間になっていたらしい。九十九さんの攻略本でもあれば借りてみようか、など思っていると担当の女囚が俺に1冊の本を渡してきた。このプリズンで手に入らない物が欲しい場合、釘谷さんに頼んで本に挟んで渡してもらうという手段を使う。オレも以前ピンクローターやコーヒーフィルターを手に入れたことがある。しかし、今回に関しては何も心当たりがなかった。
「……今回はサービスだからお金は要らないって」
こうまでして釘谷さんがオレに渡したい物とは何だろうか。本を開くと一枚の紙が入っていた。
『全裸マンへ。どうやら九十九さんと樋口さんは体の関係を持っているらしい。この情報を使えば彼に立ち向かえるかもしれない。俺はお前さんがこのプリズン最強ともいえる彼に勝つところが見たい。追伸 この情報及び俺が言ったことは樋口さん以外には言わないでくれ。もし彼の耳に入ったら俺が殺されちまう』
それは釘谷さんからのとんでもない切り札だった。