ソフりんと一緒に九十九さんを運んで辿り着いた医務室の扉を足でノックする。もしも彼女が寝ていてもいいようにガンガンと大きな音を響かせる。下手をすれば扉が壊れるかもしれないが、彼が死ぬことに比べたら大したことないはずだ。
「樋口さん! 九十九さんがヤバいです! 頭から血を流して意識を失っています!」
扉を開けて出てきた彼女は緊急事態を察したのかすでに汗をかいていた。
「担架に移して外に運ぶよ! もうすぐ本島の救急隊の人が来るから!」
誰がどうやって呼んだのか分からないがそれならありがたい。とにかく急いで救急隊の人が来る場所に運ぶ。数分程立って赤いヘリコプターがプリズンに舞い降りて、中からいかにも医療従事者みたいな服を着た人たちが出てきた。
「患者は何処にいますか!?」
「この人です! JSC300*1です!」
「分かりました! 後は私達に任せてください!」
彼が救急隊の人たちの手に渡ってヘリの中に運ばれていく。オレたちにできるのはここまでのようだ。オレは背を向けてプリズンの中に戻るべく歩みを進めた。
「……これでよかったのか、柊一郎?」
アマツくんの質問は喉に刺さった魚の小骨の様に小さく、それでも確かにチクリと俺の心に何かを残した。
「……分からない。でも、こうしなかったらオレたちは二度とゲームが作れなくなっていたかもしれない」
「……そうだな。お互いの譲れない意地をぶつけた結果だから良し悪しを決めるのは無粋だな」
本当に彼とはぶつかり合うしかなかったのか。その答えは最早誰にも見つけることはできないだろう。何故か出る涙は彼を思ってなのか。それともさっき目に入った何かの液体のせいなのか。その液体の事を樋口先生に話した所、彼の精液だと診断された。
翌朝、プリズンに戻ったオレは九十九さんとの戦いを所長に話した。彼女は山脈ができそうなぐらい眉をひそめて話を聞いてくれた。
「……というのがオレとソフィーヤ看守長が見た全てです」
「……かなり不可解な事件ですが証拠と証言が真実を物語っていますね」
「……結果としては彼をこのプリズンから排除できた、と考えて良いと思います」
「……その事実を容易く認めることができるのは不幸中の幸いでしょうか」
幸いだった。そう思い込めば少しは悩みが軽くなるかもしれない。そんな憂いが顔に出てしまったのか、所長は優しく微笑んでオレを見つめた。
「……よくぞ私からの最後の指令を遂行しました。『狂犬狩り』という業績はこのプリズンだけでなくアナタ自身への限りない名誉としても残るでしょう」
『狂犬狩り』。19班の仲間だったオレにはその名誉は素直に喜べないものだった。でも、受け取りを拒否することは出来なさそうなので諦めて受け入れる。
「……誠にありがとうございます」
「その報奨に関して色々と話し合うべきかもしれませんが……今は矯正展を成功させることが最優先です。矯正展が終わり次第決めるということでよろしいでしょうか?」
「……それでいいです」
そうとしか言えなかった。
「……あれだけの強敵と戦ってお疲れでしょう。今日は矯正展の事は考えずに過ごしてください」
「……はい。失礼しました」
所長室を後にして食堂に向かう。何を出されてどう食べたのかいまいち覚えられなかった。炭鉱での作業は彼との戦いを思い出していまいち集中できなかった。松岩に思い切りツルハシを叩き込んでしまい、小沢に心配されるほどだった。思い返せば彼はこのプリズンでオレと共に色々物事を起こしていた。小沢と花丸に始まり、エロデューサー、夕顔、ソフりん、我妻と何かと騒がしかった。初めてのちゃんとした人間の相棒みたいな感じだった。
「……もしかしたら彼は私に代わって君を導くことができたかもしれないな」
アマツくんがここまで認めるのは初めてだ。しかし、そう簡単に同意できるものではなかった。
「それは流石に言いすぎ……だと思う」
「だが世間一般では私より彼を相棒と言った方が通じると思うぞ?」
「そうかもしれないけど……それは何か俺じゃない気がする」
「そう言ってもらえるのは嬉しいが…………今は作業に集中しよう」
「……そうだね」
頬を叩いて気合いを入れる。何とかノルマを達成できたので足早にPCルームに向かい19班の皆に報告する。
「……ということがあって九十九さんはこのプリズンからいなくなった」
俺の発言に皆がなんとも言えない神妙な顔になった。
「お姉ちゃんから聞いた時は耳を疑いましたが……柊一郎も言うなら事実ということでしょう」
「ああ……私も目の前で起きた事のはずだが、いまだに受け入れられていないんだ」
「あの狂犬先生が負けるなんて……2人の話じゃなきゃ信じられませんよ……」
「聞いた限りじゃ自ら退いたように聞こえるが……だとしたらあたし達に何のために挑んだんだ?」
「誓約書作って挑んだのに自滅ってのは狂犬先生らしくねえな……」
「そぉ、それに、何か九十九さんらしくない、気がする……」
「そうますね。あの人は何も考えずにそんな意味不明な事をする人じゃないます」
「そもそも銃を持っていたのにお前に向けなかった段階でアイツはお前を敵として見ていないですよ」
花丸の発言に全員の視線が向かう。オレと彼は敵同士になって戦ったはずだ。
「オレを更生不能房に送ると言っていたのにか?」
「アイツはかつての部隊の隊長から仲間には絶対に銃を向けるなって教えられているんです。言い換えれば銃を向けられたら敵と認識されてるってことです」
「……確か奴は銃を取り出してそのまま上に向けて撃っていたから、湊に銃を向けてはいなかったな」
彼は最後の最後までオレを仲間だと思っていたということだ。だとしたら今回の彼の行動はやはり意味不明だ。所長に仲間を売ってでも故郷を守るという意思表明をしたのに、それを果たすことなく自ら敗北した。何か裏があるような気がしてならない。しかし彼はもうプリズンにおらずその意図を知るすべはない。彼が何か残してでもいない限り────ある。彼はこのPCルームに明らかな痕跡を残していた。
「組長、伊栖未。九十九さんが追加したデータを見たか?」
「いくつか見たが1つだけパスワードがかかってて見れなかったんだ」
「わ、私もそうだった……エピローグのシナリオだけパスワードが必要だった……」
間違いなく彼は何か残している。それを知らないとこの心のもやもやを拭うことはできないだろう。なんとしてでも知らなければ。しかし、何処にパスワードなんて────
「パスワードが隠してありそうな所は分かりますよ。DLCのプログラムでしょうね」
「あっ! もしかしてあの"passcord:Priester"ってそうじゃないですか!?」
2つのファイルにパスワードを入れる。組長の方は開いたが、伊栖未の方のは開かなかった。とりあえず開かれたイラストを見て見る。九十九さんが金色の神父服を着て十字架の様に両手を広げている神々しいものだった。
「記念に残したって訳じゃないだろうな……ん? 何だこのレイヤーは……?」
カズラというレイヤーとアルバというレイヤーの間に、パスワードと書かれた白い四角の何かが描かれたレイヤーがあった。
「多分ここに伊栖未のファイルのパスワードがあると思う」
「そうかもしれねえが……この服は奴さんが持ってるんじゃないのか?」
「いや、この服は今更生不能房のとある人物が着ていたはずだ」
オレはすぐにその服を着た囚人に声をかけに行った。
「我妻、その服を貸してほしい」
「どうしてですか? 結構気に入っているから簡単には渡したくないんですよ」
「……まさかお前にまで九十九さんが根回しをしているとは思わなかった」
その言葉を聞いて彼女は服の内ポケットから1枚の紙を渡してきた。
「彼は裁縫も得意みたいだったみたいですね。知らない内に作られていてびっくりしちゃいました」
その紙には"SeiReiSerenReira"と呪文のように書かれていた。
「家族の名前を書いたみたいですね。一体何のために書いたのでしょうか? 意味ありげでしたから捨てませんでしたけど、何かの役に立てれば……あら? もう行っちゃうんですか?」
間違いなくパスワードだろうと確信が持てた。PCルームに戻って入力したら見事にファイルが開いた。
『水城所長は俺を消すつもりでいた。彼女は青藍島の人間に娘を殺されたことをきっかけに青藍島を憎んで、『金色の狂犬』である俺によって世間の青藍島への印象が変わりつつあることが許せなかったらしい。俺が提案したこととはいえ、湊君に俺の排除の指示が出されたのが何よりもの証拠だろう。だから俺は彼女の目をかいくぐってこの島から出る必要があった。そのために君達19班を利用した。俺の頭では君達と敵対してどこかで重傷を負って救急搬送で出るという作戦以外思いつけなかった。多分研修は今回の戦いで終わりになると思う。君達に俺と敵対する気苦労及び良心の呵責に関してここで謝罪させて欲しい。本当に申し訳ありませんでした。君達との日々は故郷では体験できないとても楽しいものだった。俺の事は偶々巡り合った奇妙な人ぐらいに覚えておいてくれると嬉しい。間違っても君達の枷なるような存在になりたくない。それでは、『やりたいようにやらせてもらいました』。良きドスケベライフを。
P.S 水城所長にはまだ『やりたいようにやらせてもらいました』とは言っていない』
彼からのメッセージを読んで皆がハアと溜息をついて話し始めた。いくら何でもやりすぎだとか、彼らしいとか、異名も響きすぎると困りものだとか。でも、何所か皆嬉しそうだった。これなら彼に関してオレたちがあれこれ悩む必要はなさそうだ。彼の『やりたいようにやった』のなら、オレたちがとやかく言うのは彼の望むところではないだろう。お風呂上がりのようにさっぱりした気分で宣言をする。
「それでは新たに指示を出す……九十九さんがいなくなった穴を埋めるように頑張るぞ」
そこからの日々はとても充実したものになった。所長から矯正展の実行委員長を任命され、19班の皆と出し物を考えながらゲームのクオリティを上げていった。
「出し物なら私達の工房でウィッグ作りの体験なんてどうでしょうか?」
「いい案じゃねえか? 予算も大してかかりゃしないし、客人相手なら見張りも最低限でいいからな」
「大人は良いと思うかもしれないますが、子供はつまらないと思うかもしれないます」
「じゃ、あ……炭鉱体験ツアー、っていうんはどぉ、どうでしょ?」
「へぇ……! そいつはいいんじゃねぇのか?」
「ありよりのめちゃありですね」
多忙なんてものではなかったが、心から湧き上がる何かがオレを突き動かしていた。こうしてみんなで何かをするのは、ゲーム制作じゃなくても楽しかったのだった。矯正展という一つの物事に対して協力の協力に囚人看守という身分の差はなかった。こんなに楽しい事は人生で初めてだった。全裸になることよりも気持ちがよかった。"ラーレ"という製作チームの名前も手に入れて全てが順調で────
「では今すぐ、データを削除しなさい」
順調な時に限って物事は急に止まる。所長からの唐突な宣告に対して咄嗟に反論する。
「あれは消せません……何があっても」
「であれば、仕方がありませんね」
所長の指示によってスピーカーから騒々しい音が聞こえる。
「──おい、手前ら何者だ!?」
「えっ、あちょっ、うぐぅ……っ!」
「伊栖未ちゃん!? お前ら事と次第によっては死んでもらうますよ!」
「ぐえあ!? なんだコイツは!?」
「こちとら柔術に関しては一家言あるんでなあ……銃如き脅しにならねえぞ?」
「うぎゃあ!? い、いつの間に地面に!?」
「これはすべて水城所長のご命れっ!?」
「あんまり本職の動きはしたくないんですよねぇ……水城所長、私達は一族の繁栄よりも個人の誇りを取ります」
恐らく彼女が刺客を差し向けたのだろうが、逆に返り討ちに合っているようだ。それでも彼女は冷静に指示を出した。
「発砲許可を出します。なんとしてでも全てのPCのデータを消去してください」
「所詮私は都合のいい内通者でしかなかった訳ですね。三途の川は1人で渡るつもりはありませんよ」
「狂犬先生への恩は命を懸けてでも返してやるさ。刺し違えてでもここは守ってやる」
「それにゲームデータは狂犬先生のスマホにあるます。ここで死んだ奴は全員無駄死になるますね」
「……何ですって?」
流石にこの発言は所長も予想外だったようだ。九十九さんはここまで見越していたのか。
「……引き上げてください。ここで争わずとも手段はいくらでもあります」
そう冷たく言い放つ彼女はオレがよく知る優しい人とは別人だった。
数日後、プリズンは一変した。所長の手によって全ての囚人が更生不能房へ落とされ、囚人の選別が始まったのだ。矯正展もいつの間にか終わり、いつも以上に静かなプリズンは本当に異様でしかなかった。話し相手もロクにいないのでアマツくんと話す。
「所長は最初からこれを狙っていたのかな」
「そう考えると彼を排除したがっていた理由も見えてくるな」
所長目線で見たら、彼は世界を変えかねない青藍島の人間であり自身に反逆しかねない異端の人間である。なんとしても排除しなければならない存在だろう。そして排除できた今、彼女を止める物は誰もいない。
「どうする柊一郎? 19班の皆は絶対戻さないと所長が言っていたが……」
問題なしと判断された囚人は地上に戻って来ているが、見事に責任から逃れた花丸を除いたラーレの囚人たちはずっと更生不能房にいることになるだろう。そうすればあのゲームが世に出ることは────彼が発表すればいいだけだ。だとしたら今の所長が作り出している状況の意味は何だ?
「……オレたちをどうにかすればゲームは世間に発表されない?」
確か九十九さんは意識不明の重傷で運び出された。その後を聞く暇もなく矯正展の実行委員長に任命されたから、今の彼がどうなっているかは不明だ。最悪の場合、彼が死んでいる可能性もある。そうだったとしたら、オレたち19班を活動不能にしておけばゲームの発表は不可能になる。
「だとしたら……私たちに出来ることはもうないかもしれないな……」
アマツくんでさえ諦めかけるような状況だ。しかし、オレの生きた証は必ずこの世に残したい。それができるなら────
「……たった1つだけ思いついた」
「……っ!? 正気か柊一郎!? それをやったら君は────」
「それでもかまわない……それがオレの『やりたいようにやる』だからだ」
この作戦は湊柊一郎という1人の人間が行う、最初の命を懸けた作戦になるだろう。