精が家に戻ってから数日が経ち、我が家にもそれなりの平穏が戻ってきた。
「ただいま……今日も仕事がヤバくて死にそうだ……」
こんな風に限界で帰ってきた私を、相変わらずの金色のジャージで彼が出迎えてくれる。
「おかえり。そろそろ帰ってくるだろうと思って風呂沸かしておいたぞ。折角だし背中を流してやろうか?」
「背中だけじゃなくて全身頼む……」
「んじゃマッサージもサービスしておくか。ディナーは子供達がハンバーグを作ってくれるそうだ」
こんな感じで新婚時代を思い出す様なVIP待遇を日々受けている。こんな日々がずっと続けばいいなあと私は思っていたが、彼は全くそう思っていなかった。
「いい加減働きてえ。タダ飯喰らいの居候は性に合わねえ」
「家事代行サービス顔負けのハウスキーパーやっててもタダ飯喰らい判定なの? もっと自己肯定感を持っていいよお父さん」
「まあ金を稼いでいねえっていう点だけで言えばタダ飯喰らいだな。その歳じゃ再就職も難しいだろうしな」
「一応特別休暇中なんだが……まあ、お前の事だからいつか言うと思っていたよ」
働きたいと言っている人間に働くなという助言だけはしてはいけないので、食事終わりに桐香様に一報入れる。
「遂に精が働きたいと言い出しました」
「彼にしては比較的持った方です。流石に戦闘の恐れがある巡回任務はダメですが、事務仕事なら大丈夫でしょう。しっかり彼のサポートをしてあげてくださいね」
ということで明日から働き出すことが決まった。彼はもっと体を動かす仕事が良かった、と4人分の食器を食洗器に綺麗に並べながら不満を溢した。
翌日。彼と一緒にSHO本部を訪れ、相変わらず多忙殺を極める事務室にやってきた。
「あー! 精さんじゃないっすか! お久しぶりっす!」
「君が来たなら百人力、いや千九百十九人力だよ!」
スス子とシューベルトの歓迎を受けても彼の顔はいまいち浮かばなかった。
「初めましてなワケないんだろうが……今の俺からしてみたら初めましてなんだ、お手柔らかに頼むぜ」
「……今までハメたマンの個数は覚えてるっすか?」
「3」
「本当に記憶無くなってるじゃないか……これは僕のデータが────」
シューベルトの肩に手を置いて余計な事はするなと釘を刺す。私が鬼教官だった時代の圧を感じて、手に持っていたノートパソコンをスッと閉じた。
「……とりあえず業務を教える。書類を分別し、電話対応をし────」
「百聞は一見に如かずだから実践で教えてくれ」
本当に遠慮がないなコイツと若干ピキりながら一通りの業務を教える。
「それじゃあまずはこの書類50枚を仕分けてもらおうか。先に言っておくが私のチェックはかなり厳しい。復帰直後だからといって甘い判定はしない────」
「終わったぜ。こっちの16枚はエビデンス不足でリジェクト、こっちの20枚は似たような事しか書いてない嵩増しだから処分後に金輪際受け付けない、残りの14枚は上に通せ」
「……は?」
あまりにも信じられない速度だったので3人でトリプルチェックを行う。
「……全部言った通りだ……」
「本当に精さんは記憶を失ってるんすよね? いや、記憶があったとしても人間の速度じゃないっすよ?」
「何だこの速度は……!? 僕のデータにないぞ……!? なんだったら僕のデータよりも早いぞ……!?」
「これでもまだ勝手がわかってないんでな。もうちっと働けば掴めるかもしれねえ」
彼は現場主義と言って事務仕事をほとんどしないと聞いていたが、現場に出られるほど程事務仕事を早く終わらせていたのが実態だった。本調子でないのにこれだけの速度で終わらせられるとしたら、カンを取り戻した暁にはこの職場にも閑古鳥のさえずりが聞こえるかもしれない。そうなれば彼を事務仕事専門にしておくこともできるかもしれない。
「ならもっと働いてもらおうか。さあ、口よりも手を動かせ!」
「アイアイサー。休んで多分はしっかり取り戻しますぜ」
そんなこんなで昼休憩を迎えた。だいぶ現役の処理速度に戻った彼は空きっ腹を抱えて社食に目を輝かせていた。
「海鮮系のメニューが豊富だな……! とりあえずしらす丼は確定にして、マグロとイカの紅白丼も欲しいな……!」
「精さんが海鮮系を選ぶなんて珍しいっすねー。ダイエットっすか?」
「僕のデータによると記憶喪失になった人間は食の好みが変わることがあるそうだよ」
この間リクエストしたカレーに対して歳のせいか肉がきついと言っていたのはそのためか。宣言していた2つの丼を美味しそうに頬張っていたから、暫く夕飯は魚介類にしておけば問題ないだろう。
「そういや……シューベルトだったか? お前は俺のデータは何か無いのか?」
「僕だけが特別に持っているデータっていうのは無いかな。精くんのパソコンでも見れるようなデータばかりだよ」
「あとベルさんにデータを聞くのはやめたほうがいいっすよ。この人音声データ以外ろくすっぽ持ってないっすから」
全くその通りだ。彼もふぅんと興味なさそうに鼻を鳴らして丼を再び口に運び始めた。食事を終えても休憩の時間が残っていたので、彼は職場の自分のパソコンを開いて自分の事を調べ始めた。
「……この間見せてもらった紙と同じような事しか書いてねえな……ん? 何だこのファイル……?」
そう言って彼がマウスをカチカチと何度か鳴らし────
「んほぉ♡旦那様のちんぽやばすぎりゅぅ♡今日は縛られてにゃにも抵抗できにゃいぃ♡」
記憶にありすぎる音声が流れたので駆け寄って即座に動画を閉じる。
「何やってるんだバカ!?」
「いや、必見動画ってタイトルだったから見たんだ。そしたら今のが流れた」
仕事場のPCにまでデータを転送して残しておきたかったのか。いやそうじゃなくて。この場にいる全員が苦笑いしている。
「まー精さんはお盛んっすからねー。パコり休みで何人かダウンさせてたら話にならないって、男性行為室でシコってるっすからねー」
「その時は僕の音声が度々役立っているね。折角だから職場復帰のお祝いに『ギャルビッチクラスメイトの全肯定甘やかしオナサポ~屋上編~』で致すというのはどうだい?」
2人の冗談に彼は耳も傾けず、両手の指先を合わせて考え始めた。
「……画角の縁には礼の顔と指の腹が映っていた。ということは今の動画は俺が撮っていて、しかもスマホで横持ちにした時じゃなきゃありえない。なあ礼、俺のスマホどこにあるか知らねえか?」
即座にそこまで考えられるのは驚きだが、その質問には簡単に答えることができる。
「家にある。お前の生活が一旦落ち着いたら返そうと思っていたんだ。慣れない生活の中で身に覚えのない連絡が来たら厄介だろう?」
「……それはそうだな。んじゃ仕事終わって家に帰ったら返してくれ。多分連絡が先日までの俺レベルに溜まってるだろうからな」
特に怪しまれなかったが、本当の理由は違う。パスコードが分からなかったから手出しができず、データを消してから渡したかったのだ。麻沙音やレイラに頼めば簡単にできただろうが、逆に彼がどちらかに頼んでデータ復元をされかねないから止めた。とりあえず2人には絶対にパスコードを教えないように連絡しておこう。いくら何でも、私ですら知らないパスコードを記憶喪失の彼が解けるとは思えない。
仕事を終えて帰宅し、早速彼にスマホを返した。相変わらずの金色のスマホケースだが、万が一にも彼の記憶を刺激しないように卵の写真は抜き取っておいた。
「随分とカッコいいケースだな……ヒビが入っているのがまた味があるぜ」
彼は帰ってきたスマホをじろじろと眺めてうんうんと頷いている。そして電源を入れてパスコード入力画面に直面して、今度はうんうんと唸り始めた。
「……俺のスマホのパスコード知ってるか?」
「いや? 知らないぞ?」
「…………じゃあ質問を変える、俺のスマホの画面に触ったか?」
「いや? 壊れていないか確認するために電源を入れただけで触ってないぞ?」
すると彼はスマホの画面に様々な角度で部屋の照明を当て始めた。そのまま適当に入力したらバンゴウガチガイマスとなってロックされるのがオチ────
「スマホに2種類の指紋が残っている。多いのが俺のだとしたら、少ない方は誰に渡して何のために付いた? あんな動画を残しているスマホを容易く渡したということは、それなりの関係の人間だと推測できる。そんな奴の指紋がキーパッドの数字の上に重なっているということは……コイツはパスコードを打ち込んでいるはずだ。ただ、治安管理をしていて、妻とのAVを撮り、その妻にもパスコードを教えないような人間がわざわざ他人にパスコードを教えるとは思えないから、身内なら分かる数字にしているはずだ」
スマホの画面1つでここまでの推理ができるあたり、彼の頭は何一つ衰えていないようだ。
「使われているのは1.4.5.8.9、指紋の個数から12桁、5が4回でそれ以外がそれぞれ2回ずつ、指紋の動きから1の後に5か9・9の後に1か5か9・4の後に5・5の後に4と8・8の後に5が来ている。だとしたら……
彼のスマホのロックが解け、彼が私を背負ってセレンとレイラを両腕にぶら下げている待ち受けが出てきた。
「……こんなこともしていたのか。さて、俺の正体に繋がる何かがあればいいんだが……」
マズい。彼のスマホにどんな情報が入っているか分からないが、間違いなく『金色の狂犬』に繋がる何かが入っているはずだ。なんとしてでも止めなければ────
「……音楽のアプリとハメ撮り数本とバカでかいファイル1個しか入ってねえな」
「何だって!? それは本当か!? ちょっと見せてみろ!」
彼からスマホを貸してもらいデータファイルを確認する。彼の言った通りの物しか入っておらず、私が心配するようなものは何一つなかった。安心してスマホを返す。
「よかった……何もなかった……」
「……まるで見られたら困るようなモノがあったような言い方だな」
しまったと思った所でもう遅い。何とかして姑息な手を考えねば。
「その、お前とのハメ撮りの中に結構ヤバいモノが入っていてな……私に犬耳を付けさせて犬の様におしっこさせたヤツとか、アナルセックスして私が大きい方を漏らしたヤツとか……」
「人間は黒歴史ほど記録に残すからな……良かったな、記憶と記録に残ってなかったらどこにも残ってないぜ」
明日は彼のPCのデータを漁って、その動画があったら即座に消しておこう。何か追及されたら土下座してちんこを舐めてでも許してもらおう。そうなったら明日は早めに出勤する必要があるので、一足先に就寝するとしよう。
彼すら目覚めていない早朝、私はSHO本部にで彼のPCから該当する私の痴態の動画を無事に消した。これで過去を振り切った。安堵から眠気が来たのでそのまま彼の机に突っ伏して一眠り────
「……精の匂いがする」
彼の残り香にちょっとムラムラとしてしまったので致してから眠るとしよう。流石にここでするわけには行かないので女性行為室に行って、アダルトグッズをいくつか拝借してシャワー付きの個室に入る。
「……折角なんだ、ガッツリイクとしよう」
目隠しをして、口はディルドで、両乳首はピンクローターで、まんこは電動マッサージ機で塞いで、全ての電源を最強にしてオンにする。
「んぐぅぅぅ♡♡♡」
こうでもしないと絶頂を迎えられない自分が情けない。これも彼に色々開発されたおかげだ。記憶を失った彼に調教し直されるのも悪くないだろう。
「イッグゥゥゥ♡♡♡」
そんな妄想をしながら快感に身を委ね、へたりこみながら床に潮と尿をぶちまける。朝から我慢していた甲斐があった。全ての道具の電源をオフにして綺麗に洗い流し乾燥棚に立てかけ、何事もなかったかのように部屋を後にする。そして彼のデスクに突っ伏して寝ながら業務開始を待つ。なんて最高の朝だ────
「……い、………………ください、れい」
誰かの声に揺さぶられて目を覚ます。
「んん……もう業務開始か……」
起き上がって伸びをしたら手が柔らかい何かにむにゅんと当たった。
「あら……意識ではなくレズビアンが目覚めてしまいましたか? 仕事が終わったら構いませんよ♪」
透き通るような声、小さいながらも確かにある柔らかな感触。間違いない、桐香様だ。
「すすす、すみません桐香様! とんだご無礼を!」
「うふふ、今朝は随分とお楽しみでしたね?」
「ななっ、何故それを!?」
「今日は本部一斉清掃の日ですよ? 私の担当はこの階の行為室ですから」
そういえばそうだった。完全に忘れていた。
「因みに彼はこの部屋ですが……ふふっ、その様子を見る限りお伝えしていないようですね」
「いいい、今すぐ連絡します! おい精! 起きろ! 緊急連絡だ!」
まだ応答もしていないのに言うほど焦っている。これ以上失態を重ねるわけには────-
「グッドタイミングだ。アンタ、俺に"研修"の事を隠していただろ?」
この瞬間、私にとって最悪の一日になることが確定した。